1.5 Interlude
1.5 Interlude.
エルピスが家に来てもう六日。世話をするのは想像以上に大変だった。こいつはいったい今日までどうやって生きてきたのか……。
「E、機械が壊れた」
「は……?」
こいつは筋金入りの馬鹿だ。洗剤を入れろと言ったのに、サラダ油を入れてしまった。それだけではない。
「E、頭がごわごわして気持ち悪い」
「お前、ボディソープで頭を洗ったな」
「パンツが濡れて気持ち悪いわ」
「風呂に入る時は服を脱げ……」
「脱いだわ」
「下着を着たままじゃ意味がないだろう。乾かしておけ。おい、そこは冷蔵庫だ、外に干せ。干すって意味はわかるよな?」
とにかく人間社会、生活での常識というものが存在しなかった。服がないからこいつにはバスタオル一枚で生活してもらっているが、それに対しても何の反応も見せなかった。
多分こいつに救急車を呼ばせたら確実に怪我人は死ぬだろう。百十九番の「九」は押せても「十一」が見付けられないに違いない。そんなレベルでこいつは毎日に渡って俺の家の何かを壊すか汚すか、天性の才能で家をめちゃくちゃにしていった。
そして今日――。
「ご飯を作ってみたいわ」
「このマンションの住人を焼殺する気か」
「しないわ」
「駄目だ。ローストされるのはごめんだ。火を扱うのは危険なんだ。特にお前みたいな、洗濯機に疑いもなく油を注ぎ込む奴はなおさらだ」
「ケチ」
「飯なら作ってやる。簡単なことくらいはやらせてやるから、実際に作るのはまだ見ておくだけにしろ」
エルピスにはサラダを作らせることにした。作ると言ってもレタスを剥き、俺が切った野菜を盛りつけ、ドレッシングの瓶を振らせて、かけるだけ。これなら事故の心配もなかった。俺が炒め物をして、料理を作り始めてから完成させるまでの間、エルピスはずっと盛りつけにこだわっていた。パズルのピースを合わせるように考え込んで、積み木のように野菜を重ねていく。ドレッシングは瓶を必死に振り、爆発物を扱うような慎重さで器に注いでいた。
「できたわ」
「こっちもできた。それでいいか?」
「ええ、いいわ」
鶏肉の炒め物にエルピスが盛りつけたサラダが食卓に並ぶ。エルピスはいつまでも手を動かさずにサラダを眺めているばかりで、その様子に俺もサラダにはなんだか手が出せなかった。
「いい加減食べたらどうなんだ」
「わたし、野菜嫌いなの」
結局、エルピスは鶏肉と米だけ食べて丸々残ったサラダはすべて俺が食べる羽目になった。