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月に叢雲(むらくも) 

 神無かんなは苦悩していた。


「うー、源十郎げんじゅうろう様に|他の女(悪い虫)を近づけさせないためにバラ播いた噂のせいでこんな事になるなんてぇ」


 実を言うと能登のと 源十郎げんじゅうろうの数々の悪い噂をバラまいたのは神無かのじょである。そしてそれを増長するような言動や行動を取ってきたのも当然 わざとである。

しかし、こんな展開は彼女の予想外だった。彼女の予定では他の女に相手にされなくなった源十郎げんじゅうろう様が隣の美少女、もちろん自分の事である、に自然に惹かれてゆくはずだったのに。


「うー、失敗したようっ」抱え込んだ自分の頭の中でたで喰う虫も好き好きという言葉がぐるぐるぐるぐると回っていた。



 加納かのう 虎次郎こじろうは苦悩していた。


「また、救えなかった」ボソリと呟いて彼、加納かのう 虎次郎こじろうは打ち込みを再開した。

 初めて彼女かんなの姿を見たとき、可憐という言葉の具体例じつぶつを見た気がした。しかしすでにそのとき既に彼女は能登のと 源十郎げんじゅうろうの毒牙にかかっていたのだ。


 背中の、帯をまいた大木がぎしりと悲鳴のような音をたてるが気にもとめず、あの最低男をアスファルトの地面にたたきつけるつもりで思いっきりと打ち込む、みしりという音がするがやはり彼は気にもしない。


 能登のと 源十郎げんじゅうろうがどれほど愚劣な男か思い知ったのは、努力が実り神無かんなちゃんと初めてデートした時のことだった。


 映画館で、ファミレスで、遊園地で、なにか事あるごとに彼女は電話していた。あの男のところにだ。事あるごとにあの男に報告を入れて許可を求めていたのである、さすがに腹が立って彼女を問いつめてみれば「私のすべては源十郎げんじゅうろう様のものですから」と言い放ったのだ。それもあの幸せそうな微笑みを浮かべて、だ。そして彼は決意した。彼女をあの男の魔の手から救い出そうと。


 彼は知らない。彼とのデートそのものがちーっとも自分に惹かれない源十郎げんじゅうろう様への当てつけであったことも、たびたび彼女が電話して自分の居場所を源十郎げんじゅうろうに教えていたのも、源十郎げんじゅうろう様が嫉妬にかられてその場にかけつけてくれるのを期待しての行動であったことを。


 滝のような汗を流しながらも加納かのう 虎次郎こじろうは打ち込みを続けていた。


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