07.”大将”
5人の同期はクノッヘンと呼ばれたノッポの士官の持ってきたワインを開けながら談笑を始めた。既に部屋の主であるベルンハイムの前でも気にせず他の四人は実家のようにくつろいでいた。士官学校時代にもこの場にいない4人を合わせた9人でこうやって酒盛りをしたのをベルンハイムはつい昨日のことのように思い出した。当時彼ら9人を中核とするグループは上流貴族の子弟が大半を構成する士官学校では異質である平民や下級貴族の寄り合い所帯であった。
「しかしエーリッヒがこんなに早く帰ってくるとはなぁ。パルムなんてド辺境にとばされると聞いた日には2,3年は会えないものと覚悟していたが。」
「蓋を開けてみれば2か月で帰ってくるんだから、もうデタラメ。」
「私もこの話を聞いた日には何かの冗談かと思ったほどです。相変わらず天運が味方しているとしか思えませんね。」
「・・・・・・(コクコク)」
口々に言う他の三人の同期の横でクノッヘンもうなずいた。
「私自身もそう思う。どのみち春までには帰ってくるつもりだったが、まさか冬が終わらぬうちとはさすがに想像を超えていた。」
「辺境滞在の期間は最高でも3年と軍法で定まっていますが、辺境を転々とさせられて一生帝都に戻れるものもいるのです。よくぞ戻ってこられました。」
「でも、しっかりと戻ってこれるってことを疑ってないあたり小生らの大将だよねー。」
茶化しながら笑うラウディッツにクノッヘンを除く他の面々もつられて笑った。思えば士官学校の時から彼はムードメーカーだった。
アウグスト・フォン・ラウディッツ。アッヘンの地方貴族、ラウディッツ男爵家の七男で、生まれながらに家を継承する責任とは縁がなかった彼は両親からも放任されて育った。とはいえ、地方貴族の例にもれず貧乏貴族の実家の脛をかじっていつまでも暮らすわけにもいかず食うためにやむを得ず軍人になる道を選んだと本人はかつて語っていた。ベルンハイムとは境遇が近かったことだし、大貴族たちの子弟が派閥を作る士官学校の中でお互いに身を守るために真っ先に親交を結んだものだ。普段から適当な口調で一見単なる愚か者のように見えるが、士官学校にいたときから彼は話術に長けていて他人から情報を引き出すことは数遍ならず、グループでは情報屋の立ち位置であった。
「当たり前だろ、お前ら。俺はこいつが自分を疑っているところを見たことないぜ。」
そういって赤毛の士官は再び笑い出した。
ラルフ・ヴァイスマン。時代がら、珍しい正真正銘の平民出身の士官であった。他の7人とは異なりベルンハイムとは幼年学校時代からの付き合いで、彼にとっては初めての幼年学校での初めての友人でもあった男だ。付き合いが長い分、彼の思考パターンを熟知していて、だれかと共同で何かをこなさねばならなぬ時にはベルンハイムはいつも彼を指定していた。士官学校にいたときはいつも副官のように傍に控えて要所で助言をしてくれていた。
「そういわれるとそうですね。私も見たことがありません。」
ヴァイスマンの指摘に隣に座っていた。エインホフも賛同の意を示した。
オズヴァルト・フォン・エインホフ。彼は中央の伯爵家の三男であり、ベルンハイムのグループの中で唯一の名家出身である。エインホフ家は建国以来の部門の出であり、当然のように放り込まされた当時まだ臆病だった彼はいじめの対象になった。伯爵位は平民や騎士が見れば天の上のような位だが、中央の貴族社会では中堅どころであった。そしてその貴族社会のトップである侯爵家や公爵家の子弟が集まる士官学校においては家の爵位は彼の身を保障しなかった。その日々の中でベルンハイムとヴァイスマンが彼を救ったのが友情の始まりであった。
「・・・・・・(コクコク)」
エインホフの言葉に部屋の隅に座っていたクノッヘンがまた首だけ動かしていた。
アリベルト・クノッヘン。フォンこそついていないが、先のヴァイスマンとは違い彼は没落貴族の家の出であった。どうもまだ彼が赤子だったころに貧窮から祖父が爵位を売りとばしたためである。やはり食うために軍人の道を選び、士官学校に進んだ彼ではあったが、没落貴族の家の出身という身の上はあるいは平民出以上に士官学校では差別の対象でもあった。そのためベルンハイムのグループに身を寄せた経緯があった。入学当時から無口無表情で知られ、実際に彼の声を聴いたことはグループ内の人間でも殆どない。しかし、それは裏を返せばだれよりも口が堅いということでもあり、無言でやるべきことを着実に実行するその姿勢からベルンハイムは地味だが欠かすべからぬ存在として彼を見なしていた。
「お前たちは私を何だと思っているのだ。」
ベルンハイムは笑いながら苦言を呈してみると他の四人は顔を見合わせた。
「そりゃ、もちろん大将さ。」
そしてヴァイスマンが他の3人の意見をも代弁する形で笑いながら返した。
「おそってくる苦難を逆に踏みつぶしながら大道を行く人だよ。キミは。」
さすがにベルンハイムもそれ以上は続けられなかった。ここまでまっすぐに賞賛されたのはずいぶん久しぶりの事であったから面食らったというのが正しいかもしれない。
実際にエーリッヒ・フォン・ベルンハイムは士官学校時代、当時在学していた誰よりも輝いていた人物であった。戦術・戦略理論においても実践においても同期や上級生は愚か教師すら度々唸らせたほどで、卓上模擬線でも討論でも負け知らずで、当時の学生たちを仕切っていたコンラート大公の権勢に怯える者が多い中で下級貴族や平民出身の士官たちの先頭に立ってたびたび大公のグループとは衝突していた。正論を貫き通すその在り方は彼の下にいた者たちにとっては当時まさしく希望であった。大公に憚って卒業席次こそ次席となったが、おそらくは首席で卒業した当の大公ですらそれが正しい席次であるとは信じてはいなかったことであろう。それだけ彼は優秀であったのだ。
「ラルフはいっつも、大将にいい顔する場面もっていくよなー。」
「でもそれも昔からではありませんか。」
「・・・・・・(コクコク)」
そこから先はお開きになるまで、ベルンハイムは無言であった。ヴァイスマンが駐留軍で先日上官と口論になったこと、エインホフが近衛連隊で注目株として扱われている事、クノッヘンが軍警察で一目置かれ始めている事、ラウディッツが情報部で先日貴族らの馬鹿なうわさを聞いたことなどの話を肴に、ただ彼はワインを傾け続けた。
久々の朋友とのささやかな酒宴は夜が深まってからも終わる気配を見せず東の空から太陽が顔を見せるまで続いたのであった。