06.朋友
さすがにまだ公務の時間であるからと庁舎の正門でエインホフと別れ、ベルンハイムはカバン持ちの兵と共に官舎に向かった。
官舎、正確を期すならば士官宿舎は帝都の外縁部に所在しており、帝都駐留軍の駐屯地からもほど近い。士官級の大半を貴族が占めており、大概の貴族は帝都に本宅なり別宅なりを持っているから階級が上がれば上がるほど使用するものが減っていく。そのためか外壁は灰色、屋根は白と微塵も飾り気を感じない外観をしていた。当のベルンハイムにとってはまだ大尉であった頃に一時的に帝都に滞在していた時に使用して以来であった。佐官になっただけのことはあってか、まだ大尉であった時よりも部屋の面積は二倍で、当時は二人でシェアしていたそれは一人暮らしが許された。
ベルンハイムはあてがわれた部屋につくとカバン持ちの兵に佐官としてははるかに少ない荷物を部屋の中にまで運ばせ、昼からずっと自分に随伴してくれた兵に感謝の言葉を述べた。兵の方は一瞬面食らったような表情を見せたがすぐに恐縮ですと返し、その場を後にした。
カバンから次々と中身を取り出して部屋の整理を済ませると既に外は夕暮れであった。ベルンハイムは改めて部屋を見渡した。これからしばらく済むことになるここはかつて暮らしていたヒルパート家よりもあるいは広いかもしれない。だが・・・
(彼女を呼ぶにはいささか手狭か)
そう結論付けると備え付けの机の上に何枚かの紙とインクを広げ手紙をしたため始めた。そしてそのまま作業に没頭していった。
手紙を書き終わる頃には既に日は沈んでいた。あとはやることもないとばかりにベッドで横になろうと椅子から立ち上がると突然不規則なノックが聞こえた。
トントトントントトントン
聞き覚えがあるリズムだった。そう例えば夜間外出禁止の士官学校の寮から抜け出す時に仲間を呼び出そうと仲間の部屋の窓をたたいたリズムに似ていた。内心期待しながら玄関に向かい扉を開いた。
「お久しぶり♪」
「ラウディッツ!」
アウグスト・フォン・ラウディッツ。亜麻色の髪をした甘いマスクの士官はアッヘン地方に領地をもつ男爵家の末息子であり、士官学校時代の友人と呼べる数少ない人物の一人でもあった男である。
「公務が終わったから来ちゃいましたよー。うわ!部屋むちゃくちゃ広いじゃないすか。」
「玄関先というのもあれだ。何もない部屋だが上がっていけ。」
「勿論勿論。そのつもりで来たんですから。」
ラウディッツは遠慮もなしにズカズカと入室した。適当に椅子をあてがったベルンハイムは自身もベッドに腰掛け話を切り出した。
「相変わらずの色男ぶりだな。また何人の女を泣かした?」
「いえいえ、小生は世間の言うよりもまじめな男ですとも。少佐殿が何を聞きかじりなすったのかは知りませんが、心当たりがありませぬな。」
おどけた調子で返すラウディッツに対してベルンハイムも思わず破顔した。
「ははははは。士官学校時代には7人の女と付き合っていたお前の事だ。帝都では何人を釣り上げたのか、本当のところが知りたいものだ。」
「いやいやこれが大マジなんですよ。小生としたことがしくじっちまいましてね。どうにもやらかしちまいまして。」
「お前の女遊びが止まるほどとなるとよっぽどだな。何をやらかした?」
「いやそれが…」
ラウディッツが返答しようとするとまた玄関からノックが聞こえた。今度もまた先ほどの不規則なノックであった。
トントトントントトントン
「誰が来たんですかね。」
「おおよそ想像がつくな。」
いうだけ言うとベルンハイムはまた玄関に向かい扉を開けた。そこには赤毛で緑の目をした士官と木箱を抱えた茶髪でノッポの士官とが立っていた。
「ラルフ!それにクノッヘンではないか。」
「よう、エーリッヒ!久しぶりだな。」
ラルフと呼ばれた方は親しげにベルンハイムに対して話しかけた。対してノッポの士官は木箱を抱えたまま近づいてきた。
「ラルフ、クノッヘンは何を持っている?」
「どうも手土産代わりにワインを調達してきたらしい。」
「なんと!それは気が利くな。さすがはクノッヘンだ。さぁさぁ、お前たちも入れ。もうすでにラウディッツも来ている。」
そう玄関先で話していると、また一人金髪の士官がエーリッヒの部屋に近づいてきた。
「おや私が最後でしたか?」
「エインホフ!そう、お前が最後だ。早く部屋に上がらせてもらおうぜ。」
ラルフと呼ばれた赤毛の士官はエインホフに対して返事をし、ベルンハイムも手招きして彼を呼び寄せた。
そして五人の同期がベルンハイムの部屋に集合する運びとなったのであった。