04.着任
帝都バーデンハイムはバルティア帝国の首都であるとともに西方大陸最大の都市でもある。皇宮を中心に巨大な円状に城壁が張り巡らされ、市内に主要ストリートだけで8つを有する広大な計画都市である。都市の外周部はいわゆる平民の居住区であって東西の両側に市場も備わっている。そして皇宮の周辺を取り囲むように貴族たちの邸宅が立ち並ぶ。それらは己の家格を誇示するかのように競って絢爛豪華なものが建てられ、貴族の私兵達が周回し、平民には近づくことすら許されない
だが、帝都、そして帝国の象徴たる皇宮はそれらの邸宅すらもかすむほどの威容を誇っていた。極太の円柱状の主塔を中心に天をも突くような7つの塔が取り囲むという遠目には王冠のようにも見える形状をしており、屋根は青く塗られ、壁は新雪のような白さを保ち、窓の一つ一つにまで純金の装飾が施されている。部屋数は800、東西南北に庭園を備えた古今まれにみる大建築であった。
その皇宮の西苑はいわゆる皇帝が日々の職務をこなすために使われるもので、臣下への謁見、外交使節の招待などに使用される。そのため皇帝を守護することを至上任務に掲げる近衛連隊の司令部もまた西苑におかれている。その西苑の司令部に通じる庭園には歩きながら会話する二人の士官の姿があった。そのすぐ後ろには大きなカバンを持った兵士が随従している。
「しかし、士官学校の同期とは久々に再会したぞ。他はどうしている?帝都を離れるとなかなか、知る機会がなくてな。」
「ケルトリングとマイヤー兄弟は前線の要塞ですから会うことは難しいでしょうが他は皆帝都にいます。クノッヘンは軍警察、ラウディッツは情報部です。ヴァイスマンは帝都駐留軍ですから東苑の司令部に行けば会えるかもしれませんね。もっとも今日あなたが来るとみんな知っていますからね。官舎に帰れば向こうから訪ねてくるかもしれません。」
「シュワルツェンベルクも今年士官学校を卒業だったな。あいつはどこに配属されるやら」
「上級貴族の子弟でもない限り国境ですよ。ご愁傷ですが。」
「お前が言えた口か。伯爵家の三男が。」
上官と部下の距離を保ちながらもダークブラウンと金髪の士官達は親しげに談笑している姿を見るにつけ随従する兵士は今日着任予定のダークブラウンの士官をことさら不思議に思った。前線帰りなど前線の緊張感から気難しかったり気性が激しかったりするものであり、ましてや軍功を挙げた英雄などと呼ばれる人種は殊更エキセントリックな面があったりするものだ。しかし、このエーリッヒ・フォン・ベルンハイムという士官はとりわけ自然体でかといって惰弱さも微塵も見せないある種の風格を持ち合わせているように見えた。
(あるいはこれが本当の意味での英雄なのかもしれないな)
随従の兵士がそのような埒もない事を考え付いた頃、ようやく近衛連隊の司令部の置かれる三階建てのレンガ造りの建物に到着した。新たな部隊に転属した場合、まずその部隊の責任者に挨拶をすることは一種の慣例である。ベルンハイムもその慣例を破ることなく連隊司令官のオフィスに挨拶に伺うことにし、エインホフに連れられて三階のオフィスに直行した。
連隊長のオフィスにつくと守衛に入室の意思を伝え、守衛はすぐに取り次いだ。2,3分ほど待たされたあと、二人はオフィスに足を踏み入れた。
「フォン・エインホフ大尉であります。フォン・ベルンハイム少佐をお連れいたしました。」
エインホフは入室してすぐに直立状態で敬礼しデスクに座る連隊長に向かって完璧な所作の敬礼をした。連隊長は眼鏡をかけた壮年の男性で、軍服を飾緒と勲章で飾り立てていた。
「フォン・ベルンハイム少佐であります。」
エインホフに続いてベルンハイムもまた、連隊長に向かって敬礼し端的に挨拶した。連隊長は彼の姿を見てわずかに顔をしかめたがすぐに表情を正して椅子から起立し、敬礼を返した。
「私が近衛連隊を預かるフォン・トリッテンハイム大佐だ。貴官の着任を歓迎する。」
その挨拶は完璧に形式にのっとっていたが、しかし形式だけであった。どことなくその視線はベルンハイムの全身を何か汚いようなものを見るような目であると彼の肌に感じさせた。
「先に言っておくが貴官のこの連隊での公式の役職は未定だ。なにしろ急な転属であったからな。さしあたっては副連隊長の職務を補佐するように。」
いうだけ言うと大佐は退出して良しと、その場を締めて二人を退出させた。ベルンハイムはわずかに不機嫌な調子でエインホフに切り出した。
「この連隊でも同じらしいな。大貴族特有の人を蔑視する視線というやつは。」
「やはり分かりますか。」
ベルンハイムの発言に彼は予想通りだとでもいうような顔をしてため息をついた。
「大佐は参謀総長閣下の御一門である子爵家の御当主です」
「ホフマン元帥の係累だと?いや、むしろ納得いった。参謀総長の係累であるならとりわけ強烈な視線であろうな。」
参謀総長を務めるテオドール・フォン・ホフマン元帥は大貴族の典型とでもいうべき人物であった。建国以来の侯爵家の当主でさして、功もなく武門の血筋であるからと元帥杖を得、凝り固まった門閥主義者だ。少なくともベルンハイムにはそう見えていた。
「ならばせめて副連隊長の方に期待するとしよう。なにしろ当分は直接の上司になるらしい。」
そういうベルンハイムの横でエインホフは若干微妙な顔をした。
「あまり期待しない方がいいですよ」
エインホフの呟きに頭を抱えたくなりながらもベルンハイムは副連隊長がいると聞いたオフィスに歩を進めた。