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三大陸記  作者: 広谷砥石
第一章 近衛連隊編
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02.荷馬車の士官

 時は統一歴706年の2月9日、バルティア帝国での出来事である。


 とある2頭立ての麦を積んだ荷馬車が帝都バーデンハイムに通じる街道を進んでいた。この日は大きく冷え込むせいか、馬たちの歩みがのろく、壮年の御者も寒さに耐えながら苦慮していた。


 この日の馬車は物珍しい客を一人載せていた。その男はダークブラウンの髪をした細身の若い男であった。ぎりぎり長身といえるほどに背も高く目鼻立ちも相応に整っており、藍色の軍服を着用し、膝に唯一の荷物である大きなカバンをのせて目を閉じたままに代の端に静かに座っていた。あるいは眠っているかのようにも御者には見えた。


(いやに静かな男だ。)


 身なりは整っていて座席に座る前に見せた所作もそれなりに様になっていたし、なにより来ている軍服が士官用のそれであったからお貴族様であろうとも思われたが、それならば駅馬車などを利用することもあるまい。軍人であるならば軍用に整備された連絡街道を使用するものであろうし、ましてや荷馬車を使用するなどということはあり得ない。とはいえ、御者にとって彼が軍人だろうと貴族であろうとあまり関係はなかった。元々、パルム地方の農園から帝都の市場に荷を運ぼうと馬車を出す直前、帝都まで載せてほしいと頼まれて乗せたまでのことである。それも代金にと銅貨3枚もだそうとしてくれた程のことであるからあとは、帝都まで馬を歩かせるだけの簡単な仕事であった。そしてそうこうしている内に帝都の城壁が見えてきた。


「軍人さん、もうすぐ着くよ」


馬車に乗り込んでからずっと黙りこくっていた便乗者にそう声をかけた。どうやら実際に眠っていたらしく、目を見開くと小さく欠伸をした後大きく腕を伸ばした。


「すまないな。乗せてもらって。」


 そして馬車に乗り込んでから初めて口を開いた。


「検問の直前でおろしてくれ。個別に受けよう。皇宮までは歩いていくことにするか」


帝都に入る前には城壁の中で検問を受けねばならない。特におかしなことはないが、彼の言ったことの中で少しだけ驚くことがあった。


「へぇ、皇宮ですか。もしや軍人さんは偉い貴族様の息子だったりするんですかい?」

「間違ってはいないが正しくもないな。半分勘当された身だ。」

「それほど間違っちゃいないと思いますがねぇ。貴族ではあるんでしょう。」

「もう息子ではないと父は言った。だから貴族なのかどうかも怪しいな。」


 真顔のくせに冗談めかして言ってはいるが、どうにも面倒な家庭事情を抱えているらしい。御者にしてもそれ以上詮索する気も起きず、とうとう城壁の手前までたどり着いたとき馬を止めて、彼とその荷物を下ろした。


 すると、城門から彼の姿を見咎めたと思しき士官が数人の兵士を連れ立って駆け寄ってきた。


「フォン・ベルンハイム少佐!到着をお待ちしておりました。」


 士官は童顔で金髪の美少年で、彼のすぐ近くまで来ると直立状態で敬礼し兵士たちもそれに倣った。突然のことで動揺する御者を差し置いてフォン・ベルンハイムと呼ばれた士官はやはり真顔のまま返礼した。


「フォン・エインホフ中尉。いや、大尉になったらしいな。なんにせよ久しぶりだ。」


 フォン・エインホフと呼ばれた士官の方は苦笑しつつも恐縮した。


「士官学校以来です。パルムでは災難でしたね。総督府付の武官になったと思ったら叛乱とは。とはいえ、このような形でいらっしゃらずともこちらから迎えを出しましたのに。」

「パルムは遠いからな。馬車を往復させるより私から向かった方が早いだろう。」

「せめて駅馬車を使用なさってください。騎士ともあろう方が。」

「悪いことばかりでもない。御者が親切な男でな。銅貨なしで乗せてくれたおかげで運賃が浮いた。」


そんなことを話している士官たちの横で兵士の一人がベルンハイムのカバンを持ち、残りが荷車の検査を始めた。御者はというとやっと頭が働き出して荷台に乗せてきた彼の素性を知った。


「ベルンハイム?何か月か前にマクレーンで戦功をあげたとかいう少尉さんだったのですか?」


金髪の士官は明かしていなかったのかというような目でベルンハイムと御者をニヤニヤしながら眺め、ベルンハイムの方は御者の質問に対して首肯した。


「その通り、私はベルンハイム。エーリッヒ・フォン・ベルンハイムだ。」


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