33話
「温泉に行こう」
ゆっくりとレベル上げを勤しんでいた時、突然グレッグが言い出した。温泉があるのか。
「温泉は良いんだが、周囲に魔物が一杯とか言われても困るぞ?」
「大丈夫、そこの温泉には敵は居ないよ。ただ、混浴だから以前の水着はあった方がいいけどね」
水着着用だとしても混浴という言葉には心が惹かれる。例え恋人が居ようとも。
「ふーん、それでどこにあるの?」
珍しくエイミーが釣れた。もしかしたらリアルでも温泉好きなのかも知れない。あの果実が水に浮くのかだけ興味がある。
「北東の火山だね。やや北の方だけど、雪は山頂付近だけだから景色としてしか影響ないと思う。ただ……」
前回の雪山は途中で中断されてしまったが、やはり雪山の登山というのはかなり精神的に疲れた。滑るのはきつい。
「お主ら、グレッグが半端に言葉を曖昧にするという事は何かあるという事だぞ。今回は何があるんだ」
グレッグ信用ねぇな。アドンにまで言われてやがる。いや、別の意味で信用されているのか。
「うん、その温泉がフィールドのボスを倒した先に出るんだ。珍しく終了地点が入った場所とは異なるんだよね。しかも帰りは一方通行のワープだから直通はなし」
「てことは、余程のタイミングでない限り、俺たち以外は居ないって事か。それはそれでいいな」
それだけなら良い話だろう。でも今まで話題に出てこなかったという事はそれなりの何かがあるのかも知れない。
「そこのボスなんだけどさ。フレイムドラゴンが同時に2体出るんだよね」
「駄目じゃねーか……」
1体なら問題ない。火耐性もあるし、反射だってある。余程迂闊な事をしない限り負けはしない。ただ、2体居るという事は、盾役が2人は欲しいという事だ。1人でやるのは無茶である。
「カイティングでもするのか?ドラゴン相手だと骨が折れるぞ」
1体と戦っている間、もう1体を引っ張りまわして時間を稼ぐ方法がある。ただし、それはもう少し小さい個体での話だ。下手に大きいとすぐに追いつかれる可能性があるし、ドラゴンは素早い突進があるから無理だろう。
「大丈夫、大丈夫。フィルムなら2体同時だってやってくれるよ」
あっけらかんとグレッグが言ってきた。久しぶりの無茶振りキター。最近来ないから油断していたのにな……。
「さすがに雑魚とドラゴンは別物だろう。同時にブレスが来たらかなりやばいぞ。それ以外ならどうにかなるとは思うが……」
「どうにかなる時点で異常だろう」
俺が出来る事を言うとアドンが突っ込んでくる。珍しい事もあるもんだ。
「3次職にもなっているし、問題なく行けそうよね」
どうやら諦めるという選択肢はないらしい。エイミーは既に温泉に行く気満々のようだ。
「フィルム、頑張って」
「回復のし甲斐がありそうですね」
サーシャは良いとして、アシュリーさんは何て事を言っているんでしょうか。食らうことが前提らしい。
「それじゃ、行こうか。目的地は東のトゥースの村から歩いて3日だよ」
思ったより遠かった。てか、ゲームで歩いて3日ってどんな話だよ。ログアウト出来ないことが前提に作られたのなら良いのかも知れんが……。
「そうなるとキャンプが必要になるな。1日ではない以上、見張りの交代をしながら進むと精神的な疲労が残る。使い捨ての結界石か馬車が欲しい所だな」
何だかんだで旅慣れているアドンが提案する。結界石なんてあったのか。この間みたいな洞穴があれば警戒も最小限で済むが、そうでなければ全方位を警戒しなければならない。眠らなくても肉体的な疲労がないとは言え、ちゃんと寝たいという気持ちはある。
「なら馬車を買おうか。幸い資金には余裕あるし、他の場所にも行って見たいしね」
まさかの馬車である。ここは結界石を選ぶものじゃないのか?一応、レベル上げで攻略組にあっちこっち連れて行かれるから、あった方が狭い思いをせずに済む。いつも攻略組の馬車を使ってすし詰め状態だったし、あれはあれで他の人に気を使う。
俺たちはそういう方向に決まったので馬車を買いに町へと向かった。
「こっちの方がいいんじゃない?」
「いや、それだと予算が……」
グレッグとエイミーが馬車を売っている場所で話し合っている。俺たちは正直デザインとかまで気にしていない。乗り心地が悪くなければ問題は無い。
「フィルム、フィルム」
「ん?何だ、サーシャ」
サーシャが呼んでいる。何事かと思いそちらを見るとそこにはカボチャの馬車が置いてあった。どんだけメルヘンなんだよ。
「これは……買う奴いるのか?」
「中を見てみよう」
俺も中がどうなっているのか気になる。扉を開けると中はかぼちゃ臭かった。それ以外は普通。
「うっ……この中にずっと居るとか嫌がらせだろ……」
「うん……これは無理……」
まさか本当に野菜を使って作られているとは思わなかった。腐らないのだろうか。本当にここの開発は何をしでかすか解からない。
「おお、これはまた凄いな」
「リアルに戻ったら欲しいですね」
アドンとアシュリーが何か言っている。嫌だ、俺はそっちを見たくない。サーシャがそっちを見て小走りで向かう。残念ながら見て見ぬ振りを出来そうにない。アドンたちの方に向かうと驚いた。
「フィルム、やはり車はいいな」
アドンが笑いながら言ってくる。そう、自動車があったのだ。それでいいのかファンタジー。いや、免許取ったら欲しくなるけどさ。
「自動車って普通に走っても大丈夫なのか?皆当たり前のように道の真ん中を歩いているぞ」
「問題ない。PK保護があれば勝手にお互いに避けてくれる。事故が起こることがないのだ」
アドンがそんな事を言ってくる。まるで既に車と接触した事があるような言い草だな。てか、アドンってPK保護切っているのではなかったっけか。でも、PK保護はリアルで欲しいな。
「中はどんな感じなんだ?ちょっと興味があるんだが」
「至って普通の車両だったぞ。ただ最高速度が100kmほどしか出ないようだ」
時速100kmという事は燃費を考えると大体50kmくらいまでしか想定されていないのだろう。高速道路がないのなら100kmとか出されても困るけどな。これで魔物に体当たりをしたらどうなるのだろう。中の人たちはシェイクされそうだけど。
自動車の中に入ってみる。そろそろ免許を取ろうと思っていた頃にここに来てしまったから運転をしてはならないだろう。いや、ゲームだからいいのか。
エンジンを掛けずに色々と触れてみるが、昔友人の車に触らせてもらった時と大差ない。ここまでリアルに作ってどうするのだろうか。峠バトルとかするのか?
自動車から出るとグレッグとエイミーが寄ってきた。決まったのだろうか。
「最終的な候補を絞ったから、皆で決めよう。多数決なら文句は出ないだろうしね」
グレッグがそう言ってくる。どうやら最後まで決まらなかったらしい。主従関係が出来上がっている2人しては珍しいと思う。多数決に持ち込む辺り、エイミーも絶対君主ではなさそうだ。
俺たちが連れて行かれた先には2種類の馬車があった。片方は解かりやすい幌馬車でいわゆる荷馬車だ。もう片方は箱馬車だった。こっちは人が乗る専用車両だ。
「俺は正直どっちでも良いんだが……」
「なら偶数だし、フィルムは除外しよう。残りの3人でどっちがいいか選んでね」
グレッグが丁度良いとばかりに俺を外した。こいつ俺がこういうのは何でも良いって言うのを読んでいたな。
「私はこっちがいい。やっぱりこういうのに憧れる」
「そうですね。王族になった気分になります」
どうやらアドンにも選択肢は無かったようだ。2人とも箱馬車へ向かう。行商をする訳でもないし、箱馬車でも問題は無いと思うのだが……。
「はぁ……予算が……」
グレッグがため息を付いていた。どうやら結構高い代物らしい。ボスでも狩った時に少しでも足しになる様に渡そう。俺たちは馬車を購入し、自宅へと一旦戻った。
「馬車の馬って管理はどうなっているんだ?」
「勝手に色々としてくれるみたいだよ。家に着いたら庭に放しておくだけでいいみたい。旅中は馬車に付けたままで良いとか」
便利すぎる。ゲームだし、当たり前といえば当たり前なのかも知れない。どう見ても本物の馬にしか見えないんだがなぁ……。
「思ったより時間がかかってしまったね。今から出ても半端な場所でキャンプになってしまうし、明日から出掛けようか」
グレッグがそう提案する。このゲームを始めて俺たちはかなりダラダラ生活するようになったと思う。リアルに戻ったら改善できるのだろうか。
俺たちは解散し、各々やりたい事をする。俺は2,3日は出来ないだろう料理をしておく事にする。さすがにキャンプをしながらはしたくは無い。
翌日俺たちはトゥースの村にゲートで飛んだ。まさか馬車がアイテムボックスに入るとは思わなかった。そして村の出口で俺たちは馬車に乗り込んだ。御者はとりあえずグレッグがやるらしい。相変わらずの便利キャラだ。昨日あの後練習をしていたとか。そういうところによく気が回る男である。
俺たち5人は箱馬車の中に入り座る。アドンが通常よりでかいので狭いのかと思ったが、思ったより広い。椅子は3対3人分の6人掛けになっている。片方は俺、サーシャ、エイミー。もう片方はアドンとアシュリーだ。3人で座っても大分余裕がある。御者の席も3人くらい座れるほど広さがあるので、後でそっちに座るのも悪くは無いだろう。
「それじゃ行くよ」
グレッグが合図をして馬車が動き出す。思ったより大きな振動は無いようだ。窓から外の風景も見れるが、殆どが草原なので目新しいものは無い。進路はトゥースの村より北へ動いている。程よい振動が眠気を誘う。俺は一番端なので壁に頭を当てて目を閉じる。するとすぐに眠気がやってきた。
突然爆発音が鳴り響いた。俺はそれに驚き目を覚ます。サーシャは俺の膝を枕にして寝ていたようだ。慌てて頭を起こす。
「な、なんだ?」
周囲を見渡すとアドンもアシュリーもエイミーもいなかった。俺とサーシャは慌てて外に出ると4人が居た。
「あ、起こしちゃったかな?」
グレッグが特に悪気も無く言ってくる。魔物の死体が一瞬見えたことから戦闘をしていたらしい。俺とサーシャは寝ていたから放置したのだろう。
「すまん、戦闘だったか?」
「そうだけど、雑魚だったからね。一気に倒したんだ」
道を塞いでいた程度の雑魚なのだろう。あっさり倒せたようだ。あの爆発はアドンの魔法か。俺たちは馬車へ戻る。グレッグに御者をやる方法を聞いたが、進めと思って鞭を打つと進む。止まれと思って鞭を打つと止まるらしい。正にゲームである。手抜き過ぎだろう。
それなら俺も出来そうだったので、到着予定地と進路を教えてもらい御者をやる。サーシャは俺の隣に座るらしい。他の4人は馬車の中へ入っていった。
馬を進めと考えながら叩くと歩き出す。これって速度調整とかはどうなっているのだろう。走れ、とか飛べとか命令したら面白い事になりそうである。さすがにやらないが。
周囲をサーチすると俺たち以外誰もいない。この温泉へ続く道はマイナーなのだろうか。そもそも温泉自体がドラゴン2体を同時に相手するという難易度だから人がいないのかも知れない。のんびり馬を歩かせ俺たちは進んで行った。
その夜、ここでキャンプを張るという事でテントを設営する。もう慣れたもので暗かろうが関係ない。設営後、グレッグが石を取り出して使う。馬車とテントの周辺に膜のようなものが出来て外と遮る。何となく予想は出来た。
「結界石だよ。思ったより安かったから買っちゃったよ」
それなら馬車の意味は一体なんだろうか。楽できるからいいんだけどさ。グレッグとエイミーは馬車で寝るらしい。何をするのか大体予想出来るが敢えて口にださないでおく。
俺とサーシャは寝袋へ入って眠る。さすがに初めての馬車での移動は思ったより精神を使ったのか昼寝をしたにも関わらずすぐに睡魔がやってきた。
2日後、俺たちは周囲が硫黄臭い場所へ辿り着いた。ここが温泉のある場所だろうか。周囲は森ではなくごつごつした岩が大量にある場所だ。植物は殆どない。
「あった、ここだ。ここに捧げ物を置くとボス戦が始まるから皆準備をお願い」
グレッグが指示を出す。俺たちは私服から武器鎧の姿へ変わる。さぁ、正念場だ。グレッグが捧げ物を置くと風景が変わる。基本的な様子は一緒だが、より深い火山の火口に近寄った感じだ。
サーシャがバフと火属性の耐性を上げる。3次職のエンプレスになった事で更なる効果が期待出来るようだ。かなりステータスが上がった気がする。俺は回避だけだが。
「それじゃ、右側から行くよ。フィルム頼む」
「了解した。俺に続けー」
俺は剣を掲げると突撃を仕掛ける。プロヴォークで両方のターゲットを取ると戦闘が始まった。
「うおおおおおお」
思わず俺は叫ぶ。案の定同時ブレスである。片方のHPは2割を切っているので、もう少しだろう。片方のブレスは盾で上空へ反射できたモノのもう片方は直撃を受けた。全身を焼かれHPがどんどん減少していく。それでもターゲットを外すわけにはいかないので耐えながら挑発をする。すぐにアシュリーの回復魔法が飛んで来る。お陰で痛みが徐々に回復していく。どうやら耐え切ったらしい。
「これでトドメだ!!」
アドンが氷の強力な魔法を放ちドラゴンを串刺しにする。詠唱がえらく長いと思ったが、相当な威力らしい。トドメ以外で使ったらタゲを固定されそうである。片方のドラゴンが倒れる。残りは1匹だ。仲間のMPを確認しても余裕がある。
ドラゴンはただでさえ赤い鱗が更に赤くなる。どうやら怒っているらしい。攻撃力がいくら上がろうが、当たらなければどうという事は無い。攻撃を全て余裕で回避する。ドラゴンはブレスを放つ為に大きく息を吸う。攻撃力が上がった状態でのブレスは相当な痛みだろう。だから俺はある事を試す為に跳躍した。
仲間達が驚く顔が見える。だが、飛んでしまった以上今更収まらない。ドラゴンが口を開けた瞬間に俺はその口に入り、盾を構える。この盾は火を反射出来る。ドラゴンの鱗は火属性の攻撃が一切効かない為反射しても意味が無い。だが、体内はどうだろうか。
俺に向かって喉の奥から炎が踊りかかってくる。俺はその炎を盾を構えて耐える。盾以外の場所は焼かれる感覚はあるが、殆どの威力は盾が吸収し反射させているようだ。広範囲に広がったのブレスは反射しにくいが、口から出ないブレスはほぼ一点に集中されている。その為、殆どの炎を反射出来ている。
ドラゴンがブレスを吐き終えたので俺は口から飛び降りる。ドラゴンの方を見るとHPが殆どなかった。どうやら自分の炎で大ダメージを食らったらしい。内部はそこまで火耐性がないようだ。
「無茶をするね」
「それでこそ、お主だ」
グレッグとアドンが褒めてくる。すぐに攻撃を開始しドラゴンを倒した。皆が俺の方に駆け寄ってくる。
「無茶をしちゃ駄目」
サーシャに怒られた。俺が変な行動をする度に心配をかけているのかもしれない。俺はサーシャの頭を撫でて誤魔化す。アシュリーは黙って俺を回復している。呆れているのかも知れない。エイミーは箱を開けていた。相変わらずですね。
箱の中の品物を取り出すと、周囲の景色が変わり、目の前に温泉が現れた。ここが目的の温泉らしい。
「アドン、ちゃんと水着を着てくださいね」
「む、しかし風呂は……」
アシュリーがアドンに釘を刺す。確かにいつもの調子だったら全員の前で全裸になっていたかも知れない。俺より大きいものをサーシャには見せたくは無い。
アドンは諦めて水着に着替える。それに習い、俺たちも一斉に着替えて温泉に向かう。お湯を手で触れてみるが、大体39℃程度だろうか。少しぬるい感じだが、許容範囲だ。
温泉に肩まで入り、壁に背を向けて足を伸ばす。やはり温泉は良いな。例えゲームの中でもいいモノである。サーシャが近寄ってきて俺の体を背もたれにして座る。相変わらずの甘えん坊だ。
アドンやグレッグ達もそれぞれいちゃついている様だった。だからサーシャもこちらへ来たのかもしれない。
「温泉はいいな。リアルでも行きたいくらいだ」
「うん、戻ったら一緒にいこ」
サーシャに誘われた。それも良いかも知れない。俺たちが戻った時、どうなっているのか解からない。だが、落ち着いたら皆で旅行に行くのも良いだろう。
「ああ、そうだな。そうしようか」
いつになるか解からない約束。だけれどもいつかは必ず叶えたいと思う。俺はサーシャの体を抱きしめながらそう思った。
ちなみに、戦利品は大した物がなかったので、省いています。
そのまま露店で売却されていきました。




