4話
俺たちは蜘蛛狩りから帰り、糸を売りに道具屋へ行く。糸は1つ辺り20Gで売れた為、一気に500Gまで膨れ上がった。宿に10日も泊まれる計算だ。レベルも7まで上がった為、良い感じである。ちなみに、今回も1度も当たっていない。
「LV7ならそろそろボス戦に挑めるかな。最初のボスがそれくらいの3人で行けるらしいからね」
グレッグがそんな事を言ってくる。俺たちに普通が当てはまる気はしない。
「ならグレッグの武器と、もしも被弾した時の為にフィルムの回復薬を用意した方がいい」
サーシャも乗り気らしい。挑んでみるのも楽しいだろう。俺たちは生きるのと同時にゲームとして楽しみたいと思っているのは共通の認識だ。
「ならそうしようか。僕のだけ装備を買うのは悪い気がするけど」
「お前以外のダメージが通らないんだからそうなるだろう。むしろ俺たちが攻撃できないから悪い気になってしまうぞ」
「フィルム、照れ隠し」
どうやらサーシャには、すぐにばれている様だ。俺たちは武器屋へと向かった。
「いらっしゃい、何にする?」
禿げたおっさんが出て来る。この世界の店員は禿げが共通なのだろうか。
「剣が欲しいのですが、300Gくらいのってありますか?」
グレッグが聞いている。ちなみに100Gは俺の回復薬で消えた。残り100Gは宿への保険だ。
「300Gとなるとこの辺かな」
おっさんは剣を渡してくる。どうやら鉄の剣らしい。攻撃力は今の倍だ。思ったより上がるらしい。グレッグは承諾するとそれを買って装備する。古い武器をそのまま下取りして貰う。10Gと殆ど捨値だが仕方ない。劣化がないので予備の装備を用意しなくて済むのは気が楽だ。
「で、ボスってどこにいるんだ?」
「掲示板の話だと僕たちが蜘蛛を狩っていた所の近くみたい。そこにある祭壇に兎の毛皮を置くと専用フィールドに移動して狼型の魔物が出るんだってさ」
掲示板の情報らしい。そういえばこのゲームの掲示板って見た事がない。
「掲示板ってどうやって見るんだ?」
俺は2人に聞くと2人は渋っている。どうしたんだろうか。
「フィルムは見ない方がいいかも」
サーシャが珍しく濁したように言う。変に晒されているのだろうか。
(回避特化だしネタキャラ扱いにはされるわな)
そう思って閲覧を諦める。出来れば自分の中傷を好んで見たいとは思わない。
「まぁ、とにかく狼みたいだから動きも早いと思う。気をつけてね」
そうグレッグが忠告してくる。そりゃ俺だって痛みを味わいたくはない。俺たちは途中兎を狩って毛皮を入手し祭壇へと向かった。
「ここか」
俺たちは今祭壇の前にいる。小型の遺跡みたいな感じだ。森の中にぽつんと石柱と土台があるだけである。見つけた人はどれだけ目ざといのか、と思ったがマップを見ると明らかに怪しい雰囲気を発していた。
「うん、この土台に毛皮を置くとボス戦にいきなり突入するらしいよ。準備はいい?」
グレッグが聞いてくる。こいつの喋り方がリアルと同じ感じになってきている。見た目と相まってグレッグという名前が凄く似合わない。
「俺はいつでもいいぞ。サーシャは?」
「おーけー」
サーシャに聞くと短く返事をしてくる。事前のバフは切れてしまうのだろうか。かけようとはしない。
「それじゃ行くよ」
グレッグが毛皮を置くと大体30mくらい先だろうか。全長3mを越えた大きな狼が現れ遠吠えをしてくる。サーシャのバフを確認すると、俺は剣と盾を握り締め、狼へと突撃した。
俺の役目は正面から狼を受ける盾役だ。挑発スキルを使い自分に向ける。これ以外にもシールドバッシュ(盾で攻撃補正)やディフェンダー(防御強化)などレベルが上がって覚えたが、正直攻撃が当たらないし、防御は紙なので殆ど効果がない。
使えるのは挑発ただ1つである。それをリキャストが終わる度に定期的に使用し、ターゲットを自分から剥がさないように気をつける。何せ攻撃が当たらない為そちらでヘイトをあげる事が出来ないのだ。
狼の突進は盾で体を守りながら受け流し、前足での攻撃や噛み付き攻撃は体全体を移動させて回避する。盾で相手を殴り回避する行為は何故か敵に当たる。ダメージにはならないからだろうか。このゲームの仕様がイマイチ解からない。
グレッグは狼の後方から剣で何度も斬り付けている。アタッカーは攻撃が来なければずっと攻撃し放題だ。羨ましいと思いながら回避を続ける。サーシャは唯一の遠距離攻撃だろうか、丸い球を出現させては狼の頭にぶつけている。突っ立って同じ事を繰り返すのは苦痛のような気がする。早く新しい攻撃の手段が増える事を祈るしかない。
(しかし退屈だな)
高い回避率のせいか、全く俺に当たる気配がない。狼の攻撃全てが凄く遅く感じるし、補正があるお陰で少しミスしても勝手に相手から避けてくれる。このまま何もしなくても敵から避けてくれるんじゃないか、とすら思ってしまう。
そういった油断からだろうか。狼の前足の攻撃を1発当たってしまう。
「いってぇぇぇぇぇぇ」
HPのバーが一気に9割削られる。1撃食らっただけで瀕死だ。慌ててポーションを飲み完全回復まで持ってくると傷の痛みが消えた。前足の攻撃1撃で瀕死になるとは思わなかった。凄く心臓がドキドキしている。噛み付かれたら即死するんじゃないだろうか。
(これは油断出来ない)
食らったのは腕だったはずなのに全身に凄まじい痛みが走った。あの痛みをもう感じたいとは思わない。俺はもう食らわない様に慎重に回避を続けていった。
「これでっ終わりだ!!”スラッシュ”」
グレッグはスキルを付与させて斬り付ける。それでやっと狼のHPバーは真っ赤になり横たわる。やっと終わったようだ。狼が居た場所には宝箱が出現する。どうやらボス報酬という物らしい。俺は剣と盾を下ろし構えを解く。
「終わったか。これが報酬なのかね」
俺たちは全員宝箱の周辺に集まる。これが爆発したら全滅しそうだ。さすがにボス箱で罠とか汚すぎるとは思うが。
「うん、早くあけよう」
サーシャが少し興奮するかのように言ってくる。この子が感情を表に出すのは珍しいな。いつも控えめだった気がする。やはりサーシャもゲーマーって事だろうか。
「さすがに罠はないだろうし、サーシャ開けてくれるかな?」
グレッグが空気を読んだのかそう言ってくる。サーシャは頷き宝箱に近付く。開ける瞬間に俺は「どーん」とサーシャの後ろから驚かせる。驚きでサーシャの耳と尻尾がピンと立つ。そしてサーシャは涙目で俺を睨む。ズボンなのがとても残念だ。
「箱を開けるタイミングでそれは止めて欲しい」
「スマンスマン、お約束って奴だ」
箱を開ける為にしゃがんでいるサーシャの頭を撫でながら謝る。さすがに意地悪だったか。
「いや、いちゃついてないで早く箱を開けて欲しいんだけど……」
グレッグが呆れた表情で言ってくる。サーシャはそれを聞くと顔を真っ赤にして箱へ向きなおす。
(表情が出てきたって事は、俺たちに慣れてくれたって事なのかね)
ずっと知らない人と一緒だったからだろうか。サーシャはずっと張り詰めていた気がする。気を許せるようになったのであれば、俺は嬉しく思う。
サーシャは箱を開けると中には金属の盾とネックレス、紙のような物が出てきた。それらを全て箱から取り出すと俺たちは祭壇の場所まで戻された。戦利品を回収した事で専用フィールドが終了したようだ。
「戦利品は全部鑑定しないと効果が解からないんだ。町に戻って鑑定してもらおうか」
グレッグがそう言って俺たちに帰還を促す。遠距離ワープのスキルが欲しい、と皆で愚痴を言いながら俺たちは歩いて町へと帰っていった。
町に戻った俺たちは道具屋へ鑑定をしに向かう。どの店でもやってくれるらしい。装備毎に別の店とか面倒な事はないようだ。
「たのもう」
俺はそう言って道具屋に入る。相変わらず禿げたおっさんが出迎えてくる。
「用件はなんだい?」
テンプレと化しているやり取りが始まる。たまには奇怪な行動で混乱させてやろうかと思っていると、それを察したのかグレッグが前に出た。
「鑑定をお願いします」
そう言って戦利品の盾とネックレスと紙を渡す。残念だ。
「この3点だね。30Gだけど良いかい?」
金額はそう高くないらしい。ギャンブル要素を残す為に未鑑定品を作ったんだろうか。未鑑定品の取引のワクワク感は凄まじいと思う。大抵はハズレを引いてがっくり肩を落とすオチだが。グレッグは金額に承諾する。
「これは鉄の盾と魔力のネックレス、ファイアーストームのスクロールだね」
おっさんはすぐに鑑定を済ませると言って渡してくる。俺たちはそれを受け取ると装備品を調べてみる。
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鉄の盾
効果
鉄製の盾。DEF+8
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魔力のネックレス
効果
MPが上がるネックレス。MP+60
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ファイアーストームのスクロール
効果
ファイアーストームⅠを覚える事が出来る。
使用可能職業
ウィザード系
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(盾は俺で、ネックレスはMPを使うサーシャだな。スクロールは全員無理か)
俺はそう考えているとグレッグは盾を俺に、ネックレスをサーシャに渡す。グレッグの意見も同じようだ。俺とサーシャはそれを受け取って装備する。
「スクロールはどうするんだ?俺たちでは使えそうに無いんだが」
「そうだね。なら露店で売ろうか」
俺の質問に対してグレッグはそう答える。どうやら店売りではないらしい。ボスドロップだからもったいないのか。このゲームでスキルを覚える手段はレベルが上がって勝手に覚えるスキルとスクロールを使って覚える方法がある。
スクロールは基本的に敵からドロップになる為、露店で売られる事が多いそうだ。ボスが落とすとなればソロで探すのは難しいだろう。それなりの価格が付くかも知れない。
(と言っても俺ら全員金欠だろうし、期待は出来ないけどな)
何せ金がきついこのゲームだ。皆お金はないので、そこそこの値段でしか売れないだろう。グレッグが「僕が売ってくるよ」と言って、俺たちに宿代の50Gと何か食えと20Gずつ渡して歩いていった。こういう交渉はグレッグが得意らしいので任せるのは良いのだが……。
「どうすっか。とりあえず宿を取りに行く?」
俺は隣に居るサーシャに話しかける。まとめ役がいないと結構ぎこちないと思う。グレッグの存在が大きいと今更知る。サーシャは頷くと俺の隣を歩いて宿へと向かった。
途中、露店でNPCが果物の飲み物を出していた。1つ5Gだったので、1つずつ買う。容器はどうなるのか疑問だったが、飲み干すと消えるらしい。オレンジに似た良く解からない果物を潰した100%ジュースを飲む。味覚を再現しているだけあってとても美味しく感じる。この分なら食事も楽しめそうだ。
サーシャはジュースを飲みながら猫耳や尻尾をせわしなく動かしている。
(この猫耳とかって本人の意思に関係なく動くんだろうか)
触れてみたい気分もあるが、さすがに失礼な気がしたので止めておく。さすがに本人の許可が必要だろう。下手にセクハラや痴漢をしてこのゲームから戻ったら逮捕とかになったら洒落にならない。何だかんだで身元がばれてしまうものである。
俺たちは宿に到着すると1部屋取る。そろそろ2部屋取れる気がするが、家を買うまで節約しようというのが俺たちの間で決まった意見だ。俺もそう思ったので賛同している。
宿の1階部分は食堂になっているらしい。俺たちは1人15Gで食えそうな品物を探す為メニューを見ている。思ったより多いようだ。
(何にするか。肉とか食ってみたいな)
俺は野菜や魚より肉派だ。兎のステーキ15Gを頼む。パンか米がないのは残念だが、贅沢は言っていられない。サーシャはパンと野菜の何かを頼んだようだ。
(見た目は猫娘なのにな)
そう思いながら注文を待つ。俺もサーシャもそこまでお喋りではないので、割と沈黙を保つ。まだ残っていたジュースを飲みながらゆっくりとした時間が過ぎていく。そしてジュースを飲みきると容器がいきなり消えた。
(うおっこれは驚くだろう)
いきなり手元から物が消滅するのである。さすがに慣れていないと手が空を切ってしまう。その光景を見たサーシャはニヤニヤ笑っている。かなり滑稽だったのかもしれない。
サーシャはさすがに俺の様子を見たからだろうか、飲み干しても手が空を切る真似をしなかった。とても残念だ。
そしてしばらく待つと料理がやってくる。ゲームなのにちゃんと作って出しているのだろうか。思ったより時間がかかった。
焼きたての肉からは湯気が出ている。かかっているソースは醤油ベースだろうか、色がそんな感じだ。この世界に醤油があるかどうかは知らないが。
切って一口食べてみると肉汁が口の中に広がる。ソースはやはり醤油だったようだ。正直、この技術を利用すればかなり儲けになったと思うのに何でここの開発はこんな真似をしたのだろうか。本当に解からない。
久しぶりに食べた肉はとても美味しく感じる。食べていると視線を感じる。どうやら正面からのようだ。と言っても、正面にはサーシャしかいない。
「あー、一口食べるか?」
そういって一口サイズに切り分ける。
「うん、食べる」
サーシャは遠慮なく切った肉を口に含むと、途端に幸せそうな顔になる。こんなに好きそうなのにどうして肉を頼まなかったのだろうか。女として何か譲れないものがあったのかも知れない。男の俺には到底解からない世界である。
俺たちは食事を続ける。途中さり気なく俺の兎肉をサーシャがつまんで食べている。女としてのプライドはもう良いのだろうか。慣れてきたと考えれば嬉しいが、俺の取り分が減るのは勘弁願いたい。
対抗してサーシャのパンを少し強奪する。やはり炭水化物は欲しい。栄養になるわけでは無いが。そうして俺たちはお互いの料理を奪い合いながら食事を終えた。
そして俺たちは宿の部屋に向かい、世間話をする。徐々に打ち解けてきているようだ。決して先程の奪い合いが原因だとは思いたくは無い。しばらく話していると疲労かストレスか解からないがサーシャは寝てしまった。俺は彼女をベッドに横たえると掛け布団をかける。
(何だかんだで疲れていたんだろうな)
いきなりログアウト出来ない、知らない人たちの中で過ごさないといけない。これは人によってはかなりストレスになると思う。いくらネトゲをやっていたとしても常時接続と言うわけではない。慣れている方が少ないだろう。
俺は幸運だったのだろう。知り合いが居た。どうにか生活を出来ている。そうじゃない人はどうしているのだろうか。
(考えても答えは出ないか)
実際見てきたわけではない。俺たちは自分の事で精一杯だ。他人を気にかける余裕はない。
『フィルム、今宿の前にいるんだけど、部屋はどこ?』
グレッグから個人チャットが飛んでくる。どうやら露店は終わったらしい。
『昨日と同じ部屋だ。サーシャが寝ているから静かにな』
俺は部屋を伝えるとグレッグから了解、と返事が返ってくる。まもなくこの部屋に到着するだろう。ドアが控えめにノックされる。同時に個人チャットで『今扉の前なの……』とか飛んでくる。元ネタが解からない。開けるとグレッグが居た。
『ありゃ、本当に寝てるよ』
サーシャの姿を確認するとそんな事を言ってくる。
『精神的に疲れていたんだろう。知らない男2人と一緒だとさすがに疲れると思うぞ』
『ああ、そうかもね。でも、こんな無防備に寝るなんてこの子の将来が心配になるよ』
俺がそう言うとグレッグが返してくる。疲れていたとは言え、確かに心配になる。
『少なくともここに居る間は俺たちが守る、そうだろう?』
『うん、俺が君を守るだっけ?結構ネタとして使われてるよ』
初めて聞いた。というかあの内容を他人に見られていたのだろうか。こいつやサーシャがわざわざ流すような事ではないと信じている。
『あの時の蜘蛛との戦いを見られて動画まで撮られていたらしいよ』
グレッグがそう言ってくる。どうやら俺の恥は広く知れ渡っているらしい。恥ずかしくて掲示板を見れない。
『そ、そういえば、スクロールはいくらで売れたんだ?』
露骨に話題を変えようとする。
『1200Gで売れたよ。これで装備が整えられるね』
グレッグは空気を読んで乗って来る。どうやら思ったよりいい金額で売れたらしい。家の値段が一番小さな6人用で5万Gなので先は長そうだ。実際は家を買っても家具がないので更に金額はかかるだろうが。
俺たちは夜になるまで世間話を続ける。そういえばこいつは食事をしてみたのだろうか。
リキャスト:スキルを再度使用出来る待機時間の事を指す。正式名称のリキャストタイムをそう略す事が多い。クールタイムと言う場合もある。
敵から素材以外のドロップは全て未鑑定品です。未鑑定品はやっぱりいいですよね。触って呪いを受けたりするのが。
主人公たちは利用しませんでしたが、ボスの所の土台では勝利したプレイヤーの戦闘動画が記録されていて、それを他のプレイヤーが自由に見ることが出来ます。