9話
あれから数日経った。インスタンスダンジョンには挑まずに生産スキルとクエストをこなす毎日を過ごしている。まずは家を買いたいという願望がある為、それを達成させたい。
作られたHQ品は俺たちが装備しているが、余った分は売っている。鉄防具になると装備できるのは俺だけだ。皮細工が必要だったかも知れない。
「あー金稼ぎに良い方法がねぇかなー」
「そんな方法があったら皆やって市場が崩壊するだろうね」
わざわざ独り言に突っ込んでこなくて良い様な気がするが、グレッグも暇なのだろか。今俺たちは狼退治の途中だ。つまり戦闘中。ちょっと黒い狼で普通の狼の上位種らしいのだが、当たらなければ関係ない。
「話してないで戦ってよ!!」
エイミーから叱咤が飛ぶ。俺は普通にターゲットを取って回避しているから、グレッグに言ったのだろう。そうに違いない。
しばらく戦闘を続けクエストを完了して帰還する。ムーブアップが何気に便利だ。傍から見たら早足の集団なんだろうけどな。現在溜まっているお金は2万だ。結構溜まってきた気がする。
「うーん、地道に稼いではいるんだが、もっとこう一攫千金みたいなのはないのかね」
「1ヵ月後で良いのなら、武道大会が開催されるらしいよ。そこで結構な賞金が出るんだってさ」
そういう大会があるらしい。正直攻撃できず回避しか出来ない俺には出番はないだろう。出るとしたらグレッグかエイミーになるだろうな。
「そういう大会は攻略組が出てくるでしょ。私たちではそこまで進めないと思うわよ」
「うん、といっても私には関係ないけど」
エイミーとサーシャが言ってくる。レベルで部門別にでもなっていない限り無理だろう。武道大会がどんなルールなのかさっぱり解からない。そうしているとグレッグがビラを持ってくる。どうやらこれが告知らしい。
「えーLV30未満と30以上ので分けるのか。何で30なんだ?」
「30で1回目のクラスアップが出来るらしいんだよ。今攻略組のトップがそれくらいに達したらしいよ」
クラスアップの事をすっかり忘れていた。上がって攻撃手段が増えれば嬉しいんだが……期待はしない。
「申し込みが後数日で終わるらしいから、やるなら早めに申請しようよ」
グレッグが急かす。俺を急かした所で出れないんだが……。俺たちは警備団のカウンターまで行くと申し込み用紙を渡された。ゲームなのに書かないと駄目らしい。名前は、グレッグ、LV20、住所不定無職と。
「ちょ、何書いているんだよ」
「俺が出ても仕方ないだろう?お前の分を書いていたんだが」
そう言うと申し込み用紙を強奪された。隣ではエイミーが書いている。どうやら出る気らしい。そんな事をしていると俺たちに誰かが声をかけてきた。
「お主ら、久しぶりじゃないか」
どうやらリザードマンのアドンらしい。俺は片手を上げて久しぶり、と挨拶を交わす。アシュリーは隣でお辞儀をしていた。
「ん?これは、武道大会か。お主らも出るのか?」
「俺は出ないが、グレッグとエイミーが出るらしい」
アドンは俺が出ないと言うと残念そうな顔をしたが、すぐに戻る。仕方ないだろう、回避のみが出ても勝ち目が一切ない。サーシャとアシュリーがなにやら話をしている。
「これで終わりと。あれ?アドンじゃないか、久しぶりだね」
「武道大会に出るそうだな。戦える日を楽しみにしているぞ」
そう言って握手を交わす。まだ早すぎるような気がしなくも無い。いつの間にかエイミーも書き終えアシュリーたちの方で何か話している。男は男同士、女は女同士というやつだろうか。
「折角久しぶりに会ったんだから、一緒にインスタンスダンジョンに行かないか?」
このまま別れるには惜しい。俺たちも随分と強くなってきているのだから、もう少し難易度の高いダンジョンに行ける気がする。
「おお、それはいいな。成長したわしの強さを見せてやろう。アシュリー」
グレッグはそういうとアシュリーを呼んだ。3人ともこちらへ歩いてくる。
「アドンさん、どうかしましたか?」
「これからダンジョンに挑もうという誘いを受けたんだが、行けるか?」
アドンが聞くとアシュリーは解かりました、とだけ答えた。久しぶりにこのメンバーで攻略だ。
「行くならどこにしようか。物理主体となると結構幅広くあるよね」
「それなら巨大なゴーレムの居るダンジョンに行こうではないか」
グレッグとアドンが決めている。ぶっちゃけ俺はどんなダンジョンがあるかは知らない。サーシャとエイミーは何となく解かっているようだ。そろそろ俺も掲示板を開放すべきなのだろうか。
「うん、ならそこに行こう。でももう夕方だから明日かな」
「そうだな、明日の8時ごろにダンジョンの土台に集合だ。パーティ申請をくれ」
パーティを組んだまま宿に泊まる事は出来る。夕方に組んでもこうすればマップで皆の位置が解かる為、会えないとかはないようだ。俺たちは別れ、宿へ向かう。
翌日、俺たちは土台に集まった。今回の捧げ物は鉄鉱石らしい。
「今回は硬い敵が多いから、魔法がダメージソースになると思う。僕とエイミーはちょっと大変だけど確実に倒していこう。攻撃は全部フィルムが受けてね」
そうグレッグが言う。どうやら今回も俺のやる事は変わらないらしい。もう慣れたさ。
「戦い方が前回と同じだからと言って油断はしないようにね。それじゃ行こうか」
皆頷いて答える。やる気は十分だ。土台に鉄鉱石を置くと瞬時にダンジョンへ切り替わった。どうやら坑道のようだ。
「ここって採掘出来る所あるのかしらね」
「情報だとあるらしいよ。制限時間がある訳ではないから、探そうか」
エイミーとグレッグがそんな事を話している。採掘で特殊な素材を取れるとかならまた来るのも良さそうだ。
「ゴーレムを発見」
サーシャが言ってくる。どうやら雑魚はゴーレムらしい。
「サーシャ、バフをお願い。それが掛かったら釣るから準備してね」
準備は主に俺だろう。他のメンバーは武器を握る力が入る。俺は剣で盾を叩き気合を入れる。サーシャが後ろでビクッとしているのが面白い。でも睨んでくるのは止めて欲しい。
グレッグは皆の様子を確認するとゴーレムにダーツを投げて釣る。俺は向かってくるゴーレムにプロヴォークを使って全部こちらへ向かせる。ゴーレムが振ってくる腕を盾を使って受け流し、体当たりは避けてかわす。これは慣れるまで大変そうだ。
ゴーレムの攻撃を避けていると1体の体が開き銃身が出てくる。
「おい、ファンタジーそれでいいのか!?」
射線上に居なければあたる事は無い。周囲のゴーレムを確認し、銃が向いていない事を確認すると射線に入らないように行動する。すると突然銃を撃って来た。タイミングが全く解からない。開いてから撃つまでの時間が一定なら良いのだが……。
「うおっ」
後ろから声が聞こえる。どうやらアドンに流れ弾が当たったようだ。2割ほどHPが削られている。どうやら飛び道具は仲間の位置も把握する必要がありそうだ。
「すまんっ方向を誤った!」
「この程度気にするな、回避に専念しろ」
後衛に攻撃が行った事を俺が謝るとアドンが返事をしてくる。そしてそうしている内に戦闘が終了した。
「まさか銃を持っているとは思わなかったね」
「ああ、近代兵器っていいのか?これ」
グレッグが言ってくる。ファンタジーはこれでいいのだろうか。ある意味なんでもありがファンタジーなのかも知れないが。
「世界観が解からなくなるわよね」
「ミサイルとか出たら面白そう」
エイミーとサーシャも乗って来る。ミサイルとかマジで勘弁してください。避ける方は必死なんですよ?実際出たら爆風で吹き飛ばされそうだ。
「たまになら食らってもいいんですよ?」
アシェリーが物騒な事を言ってくる。痛みがあるので勘弁願いたい。いくら出番が少ないからってそれは酷い。どうにも旗色が悪い。
「さぁ、そろそろ進もう」
グレッグが救いを出して促す。いつもお世話になっています。
「あ、採掘出来る場所あったわよ」
エイミーがマップを確認して声を出す。あれからしばらく戦闘を続けてようやく見つけた。いつもだったらボス部屋に直行しているのだが、今回は採掘出来る場所も探している。
「おや、薬草もあるみたいです」
アシェリーがそう言うのでそちらを見ると雑草が生えていた。正直違いが解からない。エイミーはつるはしでガンガン壁を削り、アシェリーは草むしりをする。何この光景。
「傍からみたら壁と雑草だからね。その辺りが採掘と薬草採取スキルの違いみたい」
グレッグが周囲を警戒しながら言ってくる。どうやら見えるものが違うらしい。
「おおおお、レア鉱石!!」
エイミーが突然叫ぶ。アシュリーの隣で草むしりを見ていたサーシャが肩をビクッと震わせる。相変わらず大きな音は苦手らしい。
「へー何が手に入ったんだい?」
グレッグが気になるのかエイミーのそばに寄って聞いている。俺とアドンは腕を組み皆の様子を見ている。俺はただ真似しているだけだが。
「これでこっちは終了っと」
エイミーは最後に1回壁をつるはしで殴ると採掘を終了させる。思ったより長い時間やっていた気がする。この手の採掘は何箇所も採掘場所を設置して1箇所自体の回数は少ない気がするのだが、どうやらこのゲームは1箇所に集中らしい。
「僕も分担して持つよ」
グレッグがいくつかの鉱石を自分のアイテムボックスへ入れる。鉱石は重量があるから許容限界になりやすいらしい。生産職でなければ一杯なる事は滅多にない。
アシュリーとサーシャの方を見るとサーシャが薬草を受け取っていた。専属契約でも結んでいるのだろうか。
『グレッグ、サーシャにさり気なく調合に必要なアイテムを買ってやってくれ』
俺はグレッグに個人チャットを飛ばす。グレッグはアシュリーとサーシャの様子を見て『了解』と答える。
「さて、採取も終わったしボスを探そうか」
「おお、ようやくか」
グレッグが言うと暇そうにしていたアドンが返事をする。確かに生産スキルを持っていない人からしてみたら暇だからな。アシュリーが薬草採取を持っているのなら、アドンも何か生産スキルを取ったと思うのだが、何を取ったのだろうか。
「アドン、生産スキルは何を取ったんだ?」
「皮細工だ。兎のコートを作ったから後で渡そう」
どうやら皮細工らしい。でもコートって裁縫じゃないのか?そんな事を話しているとサーシャがこちらを見ている。もしかしたら欲しいのだろうか。
「俺よりもサーシャに渡してやってくれ。このゲームはサイズ調整とか勝手にやってくれるんだよな?」
「ああ、解かった」
アドンが快諾してくると俺たちはボス部屋に向かって雑魚を蹴散らしながら進む。銃のタイミングはランダムらしく、結構シビアだが、ある程度予測すればどうにでもなった。
「さて、ボス部屋の前だが……」
「ここのボスは、巨大なゴーレムだね。片手で大きな剣を振るうらしいから、範囲攻撃に注意して戦ってね。僕とエイミーは近接戦闘するから巻き込まれないように注意って所かな。あ、雑魚が居たら先に殲滅するからお願い」
俺がグレッグの方を見ると、グレッグが早口で一気に説明する。解説をありがとう。しかし、ゴーレムばかりだな。
「バフ使うから皆寄って」
サーシャが声をかけると俺たちは集まる。確かバフをかけるのに範囲は関係なかった気がするが、他のゲームの癖なのだろうか。
バフをかけて貰うと俺たちは巨大な扉を開ける。前回のように扉を蹴るような真似はしない。仲間達の冷たい目が癖になっても困る。
「でけぇ……」
思わず呟く。ゴーレムがかなり大きい。その分部屋の高さはある為エイミーも空を飛べそうである。既に飛ぶ気満々なのか翼を動かしている。周囲を見渡すと雑魚はいないようだ。ランダムなのだろうか。
「いくぞっ」
仲間達に声をかけて俺は突撃する。挑発を使い自分にターゲットを向ける。多少距離があったのでゴーレムもこちらに歩いてくるが、かなり遅いようだ。3秒に1歩くらいだろうか。逃げながら魔法を使うという戦い方が出来そうな気がする。さすがに接近職が半分居るパーティでカイティングはしないが。
巨大な剣はさすがに盾ではどうしようもないので避ける。縦に斬り下ろす攻撃と横に広く斬る攻撃があるようだ。他の攻撃は見当たらない。ボスだけにHP減少でパターンが変わる可能性もあるから油断は出来ない。
縦に振り下ろす攻撃はそこそこ早いが、横は遅いのですぐに見切ることが出来る。剣を鞘に収め、盾をアイテムボックスに入れる。そしてゴーレムが横に薙いで来た剣の上に飛び乗る。
「フハハハハハハハ」
俺は剣の上で腕を組み笑う。そして目をカッと開くと……。
「ぬるいわっ!!」
と叫んだ。仲間達の行動が止まる。サーシャだけマイペースにライトボールを放っている。それはそれで寂しい。1度やってみたかったんだ、ジャンプで剣に乗るってやつを。
ゴーレムが再起動し、俺を剣から振り落とそうと大きく振る。そして俺は当然の如く落下した。
「ぬわーーーーーー」
後の事を考えていなかった。俺はどうにか足から地面に落ちる。当然綺麗に落ちた訳ではないので、凄く足が痛い、というか動かない。HPのバーが半分以上減っている。相当な高さから落ちたようだ。俺に向かってゴーレムが剣を振り上げる。やべぇ……。
振り下ろされる直前にアドンが俺を脇に抱え走る。その表情は怒っていた。さすがにアホな事をしてしまった事に怒っているのだろうか。
「詰めが甘いわ!」
アドンが言ってくる。どうやらやった事よりその後が駄目だったらしい。そういえばそういう男だったよ、こいつは。
アドンが走ってアシュリーの近くまで俺を運ぶとヒールの詠唱を始める。そしてすぐに俺のHPは満タンになった。
「すまん、助かった」
「もうやらないで下さいね」
アシュリーに笑顔で釘を刺される。ちょっと怖い。痛みが消えた事を確認すると剣と盾を装備し、俺はすぐ戦線に戻る。グレッグは呆れた顔をしていたが、いつもの事かとすぐに戻る。こいつの中で俺はどんな評価をされているのだろうか。
エイミーは飛んで頭を攻撃しているので良く解からない。サーシャは今更、という感じだろうか。
ゴーレムは相変わらず縦斬りと横薙ぎしかして来ない。これでは本当に楽だ。大体ゴーレムのHPを半分くらいまで減らした所だろうか、ゴーレムの胸の部分が開き、そこから銃身が複数現れた。
「散開してくれ!!」
グレッグが叫ぶ。射線上に居たら俺が避けられない。銃身は20近くもある。これが一斉に俺を撃ってきたら避けられるのだろうか。冷や汗が流れる。アドンがファイアーで銃身を攻撃し、破壊していく。どうやら攻撃で壊せるらしい。少しでも減らして欲しい所だ。
それに習いサーシャとアシュリーも魔法で銃身を狙い始める。接近職では銃弾が発射された時危険なので攻撃はしない。グレッグはどちらにしても届かないだろうが。
ゴーレムは足を地面に固定し始めた。破壊できたのは10基ほどだ。半数が残っている。どうやら時間らしい。銃は俺に狙いを定めると弾丸を放ってくる。連続で。
「うおおおおおおおおお」
思わず俺は叫ぶ。さすがに10発くらい撃たれて終わりだと思っていた。予想に反して、俺に銃弾の雨が降り注ぐ。基本的にかわしているが、当たりそうになった弾を盾で防ぐと反動で盾が手から飛ぶ。かなりの威力のようだ。剣も投げ捨て俺は必死になってかわし続ける。幸い1度も当たらずにかわせたようだ。
「ふぅ……これはやばいだろ……」
そう言って落ちた剣と盾を拾う。HPが2割程削れていた。盾で防いだ時のダメージなのだろうか。左手が痺れている。そして銃身を見ると、その銃は未だにこちらを向いていた。どうやらまだ攻撃は終わらないらしい。
次の射撃の間に5基減り、大分楽になってきた。それをかわすと残りは全て破壊された。もう何もないよな?そう思っていると、今度は足が開きミサイルポットが現れた。勘弁して欲しい。ゴーレムのHPは1割を切っている。どうにかあれは撃たれる前に終わって欲しい。仲間達も悟ったのか全力で攻撃している。俺はただ盾を握り冷や汗をかいている。そしてミサイルは発射された。
俺は反転すると一気に走って逃げる。爆風に巻き込まれるだけでもやばいだろう。ぶつかる寸前に回避する。
「ふぅ……」
息をついていると、俺を追い抜いたミサイルが旋回してこちらに向かってくる。
「ホーミング付きかよぉぉぉぉ」
俺は叫び、仲間達から遠くに走って離れると爆発した。
『無事かー?』
『この状態を無事と言うならな』
俺は箱の遠くで倒れている。どうやらボス戦はあの後すぐに終わったらしい。ゴーレムが箱に変わっていく姿が見える。
『復活させるスキルがないから先に戻っていてくれ』
『そうさせて貰うわ。折角のアングルだけど、こうしていても仕方ないし』
俺はそう言って復活地点に戻るを選ぶ。突然画面は変わり、街中に変わる。どうやらゲームを始めた時に居た広場のようだ。石碑が未だに残っている。
この文章って良く考えるとおかしいと思う。外からアクセス出来ないのに警察はどうやって文章を送ったのか、ゲームが始まって数時間で強制捜査とは早過ぎないか。事前に異常が起こることが解かっていたのなら、サービス開始自体が阻止されるだろう。ニュースなどでも一切の警告はなかった。
どう考えても変な部分が多い。そう考えていると何を信じればいいのか解からなくなる。
『フィルム、いつもの宿の1階の酒場に皆集まっているよ。戦利品の分配もあるから早く来て』
グレッグから個人チャットが来る。俺はそれに『解かった』と伝えると、考える事を止めて、仲間達のもとへ向かう。
カイティング:直訳すると凧揚げ。凧を揚げる様に敵を引っ張って移動しながら戦う戦術。ボス戦などのように専用フィールドでやる分には問題は無いが、通常フィールドでやると殲滅速度や範囲攻撃などで他のプレイヤーの迷惑になる事がある。その為、古参ユーザーであるほどそれを嫌う事がある。
攻略に直接関係する情報は結構充実していますが、それ以外の部分に関しては情報がまばらな為、明かされていない情報が多くあります。
その為、調べても予想外のことが起きたりするのはよくあります。