8話
「生産スキル?」
また新しい機能だろうか。翌日俺たちは片方の部屋に集まってこれから何をするか話し合っていた。
「うん、メインストーリーを進めると覚えられるらしいよ。素質によって適正はあるらしいけどね」
グレッグが調べてきた情報を俺に聞かせる。生産スキルがあると便利だとは思うが……素質と聞いて嫌な予感しかしない。
「STRなら鍛冶や採掘、DEXなら彫金や裁縫かな。INTが高ければマジックアイテムの作成や薬品の調合らしいよ」
「AVDは?」
そう聞いてグレッグは微妙な顔をする。やはり合う生産スキルはないのだろうか。
「えーと、薬草採取?」
「何で俺に聞いてくるんだ……」
何となく予想はしていたが、合う生産スキルはないようだ。出来れば素質に関わりのあるスキルを選びたかったが……。
「料理」
サーシャが言ってくる。どうやら救いがあったらしい。
「え?料理って他のゲームと違ってステータスアップとかないわよね?」
エイミーが言ってくる。どうやら完全に趣味の生産スキルらしい。
「他で活躍できないのなら料理スキルを取って皆に披露してやるさ!!」
味覚がちゃんとしているこの世界なら意味が無くても美味しく食べられるだけでモチベーションが変わるはず。俺はそれを信じている。ちなみにリアルで料理はしない派だ。
サーシャが拍手をしている。何だかんだで食い意地張っているよね。この子。
「そういえば料理を食べていなかったなー丁度いいから酒場で食べてみようか」
財布係が提案する。俺とサーシャはそれにすぐ反応して同意する。エイミーはその様子に少し呆れているようだった。
俺たちは1階に降り、酒場で注文をする。俺とサーシャは肉料理、エイミーとグレッグは魚料理だ。もうサーシャは遠慮をしないらしい。
しばらく談笑していると料理が運ばれてくる。パンと兎肉のステーキだ。前回の注文と全く一緒である。肉料理で一番安いのがこれなのだから仕方ない。
「肉もおいしそうだね」
「やらんぞ」
グレッグが言ってくるが、すぐに即答して拒否する。残念ながら俺は魚に対する情熱を持っていない。グレッグは少し寂しそうにしているが男がそんな顔をしても鬱陶しいだけである。
俺たちは食事を無事に終え、生産スキルを得る為にメインストーリーを始める。内容は町の中のお使い→兎狩り→お使いと退屈なイベントだった。どうやらチュートリアルを兼ねているようだ。今更感が漂う。
「あ、このクエストが終わったら生産を覚えるらしいよ」
エイミーがクエストの情報を見ながら言っている。退屈なイベントもやっと終わりらしい。内容は先程と同じお使いだ。目的の人に会いに行くだけらしい。自動移動などがないから面倒だが、何かをしなければならない訳ではないので楽といえば楽である。
最後の報告を終えると生産スキル一覧が出てくる。
「どれにするかなー」
「フィルムは選択肢はない」
サーシャに言われて俺は黙って料理を取る。畜生。
「僕は鍛冶か採掘にしようかな。エイミーはどっち取る?」
「採掘の方が楽そうだったらそっちを選ばせて貰うわ」
どうやらSTR組が相談をして鍛冶と採掘を分けたらしい。装備の充実を図るのなら両方必須なのだろう。
「アシュリーは薬草採取を選ぶらしいから私は調合を取る」
どうやら個人チャットでアシュリーと話していたらしい。この2人で1つの組み合わせらしい。アドンはどうするのだろうか。採取の必要が無いマジックアイテム作成が良さそうだが、あの体格で細かい作業とか違和感しか無いが。
アシュリーから調合を取った事はアドンに伝わるだろう。
「それじゃ、折角だし生産スキルを上げようか」
「上げるといっても俺の料理とサーシャの調合は素材が無いしすぐに無理そうだな」
何せ素材が無い。調合は薬草採取だと思うが、料理はどうやって上げるのだろうか。素材を買って作るとかなりの値段になりそうな気がする。
「そうだね、採掘と鍛冶を上げようか。そうなるとまずは採掘場所までエイミーの護衛かな」
グレッグはそういうと採掘場所を調べだした。その間俺たちは暇なので雑談をする。
「採掘って何か道具は必要ないのか?」
「つるはしが必要になるわね。道具屋か雑貨屋辺りで買えそうな気がするけど……」
グレッグの方を見ると近場を確認したのか、こちらを振り向く。そして俺たちは道具屋へ向かう。
「つるはし1個60G、破損の恐れがあるから複数か……思ったより高いな」
これで作れるのが鉄の剣とかだと大損だ。ネトゲの生産はある程度上げないと儲けが出ないというのは良くある話ではある。グレッグとエイミーがつるはしを選んでいる間暇なので、道具屋の中をサーシャと見て回る。
「塩2G、胡椒3G、うーむ……」
普通に料理の調味料は売っているようだ。塩や胡椒は1回で全部使うらしい。瓶1本一杯に入った塩と胡椒を全部使ったらどんな味になってしまうのだろうか。その辺りはゲームだからと諦めるしかない。一番簡単な野菜炒めですら素材で10G使う。それなら酒場で食べた方が良い様な気がしなくも無い。
「それ以前に調理道具と場所がないんだよな」
「家を買うまで我慢」
薬草を見ていたサーシャがこちらへ寄って来ていたようだ。確かに家なら台所くらいはありそうだ。それまで上げられないというのも何か寂しい気がするが。
「薬草はどうだった?」
「高い。元が取れないから完成品を買った方がいい」
どうやら調合も似たような物らしい。本当に生産は不遇である。調味料を見ているサーシャを見ると猫耳がピクピク動いている。凄く触りたい。だが触ると怒られるんだろうな……。そんな葛藤をしているとつるはしを買ったグレッグとエイミーが来る。残念だ。
「つるはしを買ったから採掘場所まで行こうか。相手は蜘蛛だけだから喧嘩を挑まなければ襲ってこないよ」
どうやら護衛すら必要はないようだ。アイテムボックスがあるので荷物持ちもない。俺たちは一体何をしにいくんだ、という感じではある。
「それなら私1人でいいわよ。3人は狼でも倒しに行って来たら?」
確かフィールドのボスは1日1回という制限はあるものの割と楽に出来たはずだ。
「今更な気がするけど、突っ立っているよりはマシか」
「そうしようか」
俺とグレッグは意見が同じようだ。サーシャも頷いている。どうやら賛同のようだ。俺たちは分かれ、採掘と狼狩りへ向かった。
「これで終わりっと。”ダブルスラッシュ”」
グレッグがスキルを使って狼にトドメを刺す。今回は油断もないし、装備も以前より強い為楽勝だった。
「さーて、箱だ」
俺たちは箱に向かって歩いていく。サーシャの方を見ると凄く開けたそうにしている。
「開けてもいいんだぞ?大丈夫だ、今回は驚かさない」
そう宣言する。さすがにまたやったら嫌われそうだからやる気はない。
「なら開ける」
サーシャは箱の前に座ると普通に箱を開けた。中から剣とスクロールと鍋を取り出した。鍋?
「それって鍋か?」
「鍋……だね」
どう見ても煮込み用の寸胴鍋だ。せめてフライパンなら今作れる料理に使えるだろうに残念過ぎる。俺たちはアイテムボックスへ放り込むと町へと戻った。
道具屋に行き鑑定した結果はこんな感じ。
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鉄の剣
効果
鉄製の剣。ATK+8
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ムーブアップ
効果
ムーブアップを覚える事が出来る。
使用可能職業
エンチャンター
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鉄人の鍋
効果
料理に使える寸胴鍋。DEF+8
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鍋って装備品なのだろうか。これを背負って戦えといわれても正直困る。グレッグとサーシャを見ると微妙な表情をしている。俺もそんな顔をしているだろう。
「えーと、ムーブアップはサーシャに使って貰おう。鉄の剣は2本あっても仕方ないから売ってしまうね」
鍋の事をスルーしてグレッグが答える。俺だって鍋を背負って戦いたくは無い。剣を売って鍋をアイテムボックスへ放り込んで外に出る。新しいスキルを覚えたサーシャは自分にムーブアップを使って勢い良く走って……転んだ。スカートじゃなくてとても残念だ。
「サーシャ、さすがにいきなり走るのは難しいと思うぞ」
俺はサーシャに手を貸して起き上がらせながら言う。移動速度が上がるスキルは便利だとは思うが、いきなり使えるようなものでもないと思う。
「残念……」
ショボーンと猫耳を垂らして言う。俺はその頭を撫で慣れて行こうな、と言っておく。耳の中に指を入れてみたい。
「はいはい、イチャイチャしていないでそろそろエイミーと合流するよ。採掘は終わって鍛冶場に居るってさ」
どうやらグレッグはエイミーと個人チャットで会話をしていたらしい。俺たちはムーブアップに慣れる為に使ってもらい慎重にゆっくりと歩いて行った。
「あ、来た来た。こっちよ」
鍛冶場に入るとエイミーが手招きしている。そちらに向かうとアイテムボックスから鉱石を出してきた。
「これは、鉄と銅だね。鉄の無駄な部分を排除して鋼にも出来るみたい。ただ、今のスキルレベルだと失敗する確率が高いかもしれないけど」
グレッグが生産スキルの作れるものを開きながら言っている。正直俺たちには何も出来ないので適当に終わらせて欲しい。
「ゲームだけど、ちゃんと金属を溶かしたりハンマーで打たないと駄目みたいだ。時間がかかると思うから、宿で休んでいてよ」
グレッグはそう言うと俺に2部屋代の100Gと3人で何か食えと更に100G渡してきた。相変わらず気配りの出来る男だ。
「それじゃ、行くか。何か食べたい物とかあるか?」
俺たちは鍛冶場を出ながら何を食べるか相談している。出来ればちゃんとした食事より新しい菓子や飲み物の方を探したい。
「飲み物は必要よね。その辺でジュースを売っているのをみたから買って行きましょ」
「甘い物とかあるのかな」
どうやら2人は何となく買う物が決まっているようだ。なら口を出さずに付いていった方が良さそうである。俺たちはその辺で果物のジュースを買ってアイテムボックスへ入れる。すぐに飲むより宿で菓子を食べながらゆっくりした方が良いだろう。何かいい物が無いか探しているとサーシャが目を見開く。その視線の先を見ると……。
「クレープ?ファンタジーの世界なのに違和感ありまくりだな」
「買おう」
サーシャは俺の手を引っ張って連れて行こうとする。エイミーもクレープかー久しぶりねーと言っている。もう買う気満々のようだ。クレープの屋台の前に来ると生地の臭いがしてくる。正にクレープだ。生クリームもあるらしい。ファンタジー(笑)。
値段を見ると1つ40G、トッピングは好きな様に選んで良いそうだ。だったら安くしてくれよ、と言いたいがNPC相手に喧嘩を売っても仕方ない。
「残りは85G、誰が買うかはじゃんけ……いや、何でもないです。どうぞ」
途中で凄く恐ろしい殺気が漂った気がした。どうやら俺には選択肢は無いらしい。畜生。
クレープは俺たちの世界のように食べ歩く訳ではなく、皿に乗っている。どうやらまた食べ終わると消えるのだろうか。2人は大切そうにアイテムボックスへと入れた。残りは5Gか……さすがにジュースだけは寂しいので、
俺たちは残りの5Gで焼き菓子を数枚買うと宿へと入って行った。部屋を2つ取り片方の部屋から椅子を持ってもう片方の部屋に集まる。さすがに2つしか椅子がなかったので俺はベッドに座る。2人はジュースとクレープを取り出すとじっくり味わって食べている。俺は寂しく焼き菓子を頬張るが、甘くもなんとも無い。保存食のようだ。
それをジュースで流し込むように食べる。幸せそうにクレープを無言で食べている2人から強奪したい気分はあるが、食べ物の恨みは恐ろしい。ジュースを飲みながら2人が食べる様子を見ている。サーシャは食べ終わってしまったみたいで、皿に付着している生クリームを舐めるかどうか葛藤している。
「さすがにそれははしたないと思うぞ」
俺は先手を打つ。ささやかな抵抗だ。サーシャが凄い勢いで俺の方を見る。そして皿を交互に見ている。プライドが勝ったようだ。その光景を俺とエイミーは苦笑しながら見る。食べ終わってしばらくすると皿とフォークが消滅した。本当にこのシステムは良く解からない。
「さて、今日の活動はもう終了だろうし、俺は昼寝するわ」
そう言って俺は自室へ戻る。椅子は戻さなくても良いだろう。俺はベッドに横たわると目を閉じた。
「ん?」
まどろんでいたら、扉をノックする音が聞こえる。誰だろうか。
『フィルム、起きているかしら?』
どうやらエイミーらしい。個人チャットが飛んでくる。
『ああ、今目が覚めた。どうしたんだ?』
『グレッグが、個人チャットを飛ばしても気が付いてくれないって愚痴を言ってきたわよ?』
窓の外を見ると夕日が出ていた。どうやら結構寝ていたらしい。
『ああ、すまん。結構寝ていたようだ。連絡しておくよ。ありがとう』
『気にしないで。早めに連絡してあげるのよ?』
それで個人チャットを切る。さて、寝るか。
『フィルムゥゥゥゥゥゥ』
どうやらグレッグかららしい。凄い情けない声だ。
『すまん、寝てた。鍛冶は終わったのか?』
『終わったよ。今宿に向かっている所だから、部屋の番号を教えて』
どうやら戻ってきているらしい。仕方ないので部屋番号を教えると、すぐに部屋の扉がノックされる。もしかしたら廊下で彷徨っていたのだろうか。
部屋を開けるとグレッグが入ってきた。
「武器は出来たのか?」
「うん、武器ではないけど防具が出来たよ」
そういって見せてくる。どう見ても鉄の盾と鎧そして杖だ。今俺が装備している物と大差ない。
「これって鉄の盾と鎧だよな。売ってきても良かったんじゃないか?」
「ふっふっふ……普通の装備じゃないから調べてみてよ」
そういわれたので調べてみる。
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鉄の盾(HQ)
効果
鉄製の盾。DEF+8+5
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鉄の鎧(HQ)
効果
鉄製の鎧。DEF+10+5
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HQとか書いてあった。ハイ・クオリティ品だろうか。防御が少し高いようだ。
「最初からHQ品なんて作れるのな」
「そこはほら、僕の才能って事で」
どうやら調子に乗っているようだ。俺はスルーして無言で今の装備と鎧と盾を交換する。
「杖はサーシャ用だな。俺たちが持っていても仕方ないし」
「そうだね。渡しに行こうか」
念の為、サーシャに個人チャットで今良いか聞くと大丈夫らしい。部屋の扉をノックする。
「どうしたの?」
すぐに扉が開きサーシャが出てくる。手に持った杖を渡すと反射的に受け取る。
「グレッグが杖を作ったらしい。頑張って作ったらしいから褒めてやってくれ」
俺が自分で言うのは照れ臭いのでサーシャに押し付ける。サーシャも他人を褒めるのに慣れていないのか困惑しているようだ。
「杖、ありがとう」
顔を真っ赤にして、それだけ言うと自室に入ってしまった。どうやら無理だったらしい。
「戻るか」
「うん……」
俺たちはそれだけ言うと自室に戻り、しばらく雑談をして眠った。
この町は塩、胡椒は高くないのですが、砂糖は高いようです。
HQ:High Qualityの略。通常よりもいい品物という意味でネトゲの作品によってはそう表記されるゲームもある。