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第8話 プリンセス様、もっと超高級肉をお買い上げになる

 なんか聴いたことのあるフレーズだな。ミーテルピンクノイアデスタン……たしかコンビニの前で会ったときに、わけのわからんイスとかカーペットとかといっしょに云ってたような気がする。


「コンビニには売っておりませんでしたから、ここならミーテルピンクノイアデスタンが売っているとお母様に聞き、足を運んで参りました」


「なんだよそれ……聞いたことねえよ。そんな訳の分からないもんが肉屋に売ってるわけねーだろ。だいたい――」


「あるよ」


 ――えっ。


 綾音がぼそっと云った。


「ミーテルピンクノイアデスタン、あるよ」


「あるの!?」


「通称、ミーたん」


「ミーたん!」


 なんだそのかわいい響きは!?


「うちの店でも最高級の肉。めったに出ないんだけど……そんな肉を知ってるなんて、あんた、かなり通ね」


 なんだよその肉。めちゃくちゃ気になるじゃねえか。正式名称は意味不明だが、略称はゆるキャラだ。一体どんな肉なんだ。


 俺が顔を向けると、綾音はいきなり鋭い視線を突き刺してくる。


「なんであんたに教えなきゃいけないの。素人は黙ってて」


 いや、俺まだ何もしゃべってないんですけど……訊きたかったのは事実だけど。


 綾音はいったん店の奥にひっこむと、しばらくして大きめのステンレス製バットにはみ出すくらいの、なにやら長い肉をのせて出してきた。


「これが、ミーテルピンクノイアデスタン」


 黒っぽい赤で、表面には細かなつぶつぶがみえる。一方の端はぶ厚いが、もう一方の端は薄い。そのまま切り分けて使うような肉じゃない。ひとことで云えば、変な形の肉だ。これはひょっとして――


「ひらたく云えばタンね。牛の舌。ミーテルは牛の品種名。ピンクはそのままピンク色の。ノイアデスは牛の産地。『ノイアデス産のミーテル牛のピンク色をしたタン』っていう意味。ミーテル牛はノイアデス特産の牛で、種類の決まった良質の牧草だけで育てられていて、脂と赤身のバランスが絶妙なやわらかい肉がとれるの。ピンク色というのは専門の資格を持った人が肉の色や質を判別して、特A級と認められたものだけにつけられる称号。だから、素人が見た目でピンク色って名前をつけたわけじゃないってことは、絶対覚えておいてほしい」


 きっちりがっつりこだわりをもって説明してくれた。ありがとう、綾音。


「別にあんたのために説明したんじゃないんだからね。こういう高級品を出すときは詳しい説明が無いと『ハク』がつかないでしょ」


 あいかわらずひとこと多い。まあ、どんな肉か分かったから胸のつかえがおりた。


 それにしても、牛の舌ってこんなデカいのか。根元の部分とか、見た目はグロテスクだけど、きっと美味いんだろうな。


「ミーたんに限らず、タンで一番美味しいのは舌の根元にほど近い、幅も厚みもある部分ね。味も食感も抜群。よくレストランとかでタンのステーキを注文しても、もってくる部位はまちまちだから、気をつけて。調理法にもよるけど、舌先なんかはあまりおすすめできない。ま、食い放題の焼肉屋でバカ薄いタンを食べるなら、どこでも大差ないけど」


 俺の心が読めるのか綾音……。


「で、あんた買うの? もちろん買うよね」


「ええ、お願いします」


 そう云って、女はもっていた手提げカバンから銀色に輝く財布を取り出し、中から一万円札をつまみあげた。ちなみに「日本ではシンガポールドルは使えない、円を使うこと」というニホンの常識を教えたのは俺だ。こいつがなんでそんなことも知らなかったのか分からないし、なぜシンガポールドルをもっていたのかも分からない。もう分からないことだらけだ。


 女は万札を次々取り出す。二枚、三枚、四枚……おいおい、何枚出す気だ。


「十万円あれば足りるかしら」


「ほんとは十万三千二百円なんだけど、まけといてあげる」


「ありがとうございます」


 えっ……えーーー!?


 なんだこのセレブな取引は! みたこともない数の札束が受け渡されてるぞ!! ってかミーたん、たけえ!!


 綾音は女から諭吉十枚を受け取ると、慣れた手つきで枚数を改める。町のお肉屋さんの風景じゃない。卸売業者と小売店のやりとりだ。うわ、領収書に収入印紙まで貼ってる……。


「はい、これ領収書。いまからミーたんを包丁でさばくから、ちょっと待ってて」


 ミーたんを包丁でさばく、ってなんかいやな響きだな……。そんなことを思っていると、女が裏にひっこもうとする綾音を止めた。


「あ、さばくのはわたくしがやりますから、そのままで結構ですわ」


「えっ。あんた、タンさばけるの?」


「はい。淑女のたしなみですから」


 どこがたしなみだ。でもそう云うってことは、持って帰ってから屋敷の人間にやらせるんじゃなくて、自分で肉を切るってことか? なかなか顔に似合わないことするなあ。……まあ、するかもしれない。


「じゃあ、このまま包んでおくから」と綾音が云うと、女はそれもさえぎった。


「いえ、ここでさばきますわ。そのお肉ごといただいてもよろしいかしら」


 ……えっ?


 いま、ここでさばくって云ったか?


 綾音がぽかんとしている。そりゃそうだ。たぶん俺もぽかんとしている。


「いや……客にやらせるのは悪いから、こっちでさばくけど?」


「大丈夫です。すぐに済みますから」


 そう云って女は軽く笑顔をみせつつレジの奥に入ると、綾音のもっていたバットをつかみ、近くのテーブルに置いた。綾音は困った顔をして俺のほうを一瞥いちべつする。いや、俺にふられても困るんだが……。


 あたりまえだが、肉をさばくには包丁がいる。綾音が奥から取ってこようかどうしようか迷っているのがみえる。それに女は気づいたようで、


「あら、包丁なら必要ありませんわ。手刀がありますもの」


 とにっこり微笑みながら云った。


 その言葉の意味を理解する前に、女は肉に右手を下ろした。


 指をそろえて手刀をつくり、それを肉にあてる女。空手家のかわら割りじゃないんだから、そんなことしても切れるわけないじゃないか。切れるわけが――


 だが女が右手をすばやく横にスライドさせると――


 スパッ!


 タンの表面が、きれいにそぎ落とされた。


「「!?」」


 俺も綾音も驚きで顔が引きつる。女はそんな俺たちにかまわず、さっさっと右手を振り回し、ミーたんの余計な部分を次々とそいでいく。無駄が一切排除された、俊敏な動き。それが終わると、さらに肉を食べやすい厚さにカットしていく。


 作業時間、十五秒。


「(ピーッピピ、シュー)さすがに大きなタンですわ。いつもより四秒長くかかってしまいました」


 いつもは十一秒!?


 いったいどうやって切ったんだ? 手に高性能包丁でも内蔵されてるのか? そう思って、なぜか額の汗をぬぐう女の手を見るが、ただの素手にしか見えない。ってか、手に血も脂も全くついてないのはどういうわけなんだ?


 俺が青ざめている間に、女は「さばかれたミーたん」を紙に包んで袋に入れる。「お邪魔しました♪」と綾音に礼をし、カウンターから出ようとする。


 そこで、綾音ががしっと女の腕をつかんだ。


「――あら、どうかされましたか」


 女の言葉に、綾音は真剣なまなざしで答えた。


「あんた――うちで働いてみる気、ない?」


 はいーーー!?


「綾音、何言ってんだ!! いまの見ててなんとも思わなかったのかよ!? 刃物ももたずに肉を切ったんだぞ!!」


「なんだ、まだいたのゴキブリ。さっさと帰って常連客にオチのない話でもしてくればいいのに」


「失礼すぎるだろ! なんだよゴキブリって!! 結構傷つくぞその言葉!! オチのない話も余計だ!!」


「ここにいてても邪魔なだけなんだから、ゴキブリと同等でしょ。それより――(女に向き直り)あんた、名前なんていうの? あんたの才能、ここでなら絶対活かせるよ」


 綾音が女の両手をつかみながら強い視線を送る。どうやって肉を切ったのかに関してはさらさら興味が無いらしい。心が広いな、綾音。


「わたくしの、名前……ですか」女はやや戸惑いながら答える。


 ――そういえば、こいつの名前をまだ訊いてなかった。どんな名前か知りたいと思ってたんだ。綾音、よくぞ訊いてくれた。やっぱり俺の心が読めるんだな。


「名前、というと、正式名称でしょうか。型番だけでもいいのでしょうか」





 ……型番?





 え~っと……型番っていうのは、電化製品とかパソコンとかについてる、アレのことかな?


 ってことはつまりこのコは――


「型番? ……よく分かんないから、じゃあ、正式名称の方を教えて」


「はい。わたくしの正式名称は、


『MEASE-205Ω メカニカルヒューマノイドN型プリンセスタイプver.2』


ですわ」





 わー、ガチだー。ガチでロボットだ。





 バルカンを撃ってきたのも、ロケットパンチを放ったのも、陶器を食べられたのも、こいつがロボットだったっていうんならつじつまが合う。中にはそれでもよくわからないこともあるが……こいつが人間だ、ということよりまだ理屈が通る。そうか、ついに彼女の謎が判明したぞ!


 ――いや、わかってたよ。わかってたけど、認めたくなかったんだ。人型ロボットが普通に町を歩いて肉屋に買い物に来るなんて、百年くらい先の未来の話かと思ってたんだ。それがほんとに現実に起きるなんて……もっと早くに名前を聞いてりゃよかった。


 彼女の名前を聞いて、綾音もさぞかしびっくりしているだろう――


「ちょっと長いね。エムイーエーエスイーにいぜろごオメガ? 何かいいあだ名をつけないと」


 あれ? 綾音、なにもツッコまないの?


 俺が驚きで固まっているのに、綾音はなぜか、人じゃありえないくらい完璧にロボチックな名前をすんなりと受け入れていた。そして俺の方を向いてくる。


「あんたもぼけー、っとつったってないで、なにか考えなさいよ。というか、あんたはこの子のことを今までなんて呼んでたの」


「俺? いや、別になにも……」


「でしょうね。兄様みたいに気の利いたこと、あんたにできるはずないんだから」


「いちいち聖矢を引き合いにだすな! ってか、綾音はこいつの名前変だと思わねえのかよ。どう考えても人の名前じゃないだろ」


「なんで? この人がそう言ってるんだから、そうなんでしょ。別にウソつく必要なんて無いんだし。っていうかあんたこそ、どうせこの人のこと、いままで『こいつ』呼ばわりしてきたんでしょ」


 う。そういわれると痛い気もする。


「くそっ……呼び名を考えたらいいんだろ。じゃあ……オメガとかは?」


「そのまんまだし。センスなさすぎ」


「じゃあお前が考えろよ! ――ったく」


 早く店に帰らないといけなかったのに。いまからじゃ確実にお袋に怒られるな……。


 どうせいくら名前を挙げたって、綾音は「兄様ならもっと良い名前を思いつくのにね」とか云って簡単にはうなずかないだろう。くそ、こんなところで時間をつぶしてる場合じゃないんだって……。俺は正式名称を思い出しながら、思いつくまま云ってみた。


「……なら『ミース』とかは? MEASEだからミース。……で、悪いけど俺、急いで店に戻らないといけ――」


「まあ、あんたにしてはマシな方かもね」


 意外と簡単にうなずいた。



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