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第6話 プリンセス様のせいでもっとクラスメートの手下になる

「でさ~、Cクラスの猪瀬から聞いたんだけど、苗代先生の彼氏、マレーシア人らしいよ」


「うそ~!? 全然そんな風にみえないし。さやりん、それほんと?」


「ほんとほんと。私もびっくりしたよ~。ああみえて結構ヤリ手らしいよ。あー、なんかノドかわいたな。壬堂くんよ、ちょっと飲み物買ってきて」


「なっ……し、承知しました」


 お金を受け取ってパシる俺。後ろから女子たちの会話が聞こえる。


「え~!? 壬堂君どうしたの。もしかして、さやりんの新しい彼氏?」


「ん~とね。彼氏じゃないけど、私の言うことなんでも聞いてくれるの」


「なにそれ、マジで?」


「へえ、さやりんかっこいい……」


 くそ、云いたいこといいやがって……。


 瓜生のいるおしゃべり女子グループが、教室から出て行く俺の姿をみてひそひそしている。ああ、いままで教室の隅で過ごしていた平穏でマイペースな俺の学生生活が遠ざかっていく……。


 俺は校舎の裏にある自販機で炭酸飲料のティリンレモンを買い、さっさと教室に戻った。瓜生は女子達三人と話し込んでいてこっちに気づかないようなので、俺のほうから声をかけた。


「瓜生さん、買ってきました」


「おおご苦労、壬堂君よ。……あれ、ティリンレモン買ってきたの。私的には『白椿ストレートティー』な気分だったんだけどなぁ。子分なんだからちゃんとそこまで読んでほしいな~」


(んなこと知るかよ!)


「え、なんか言ったかい?」


「……なんでもありません、瓜生さん。すみませんでした」


「うむ。次からは気をつけなさい」


 腕を組んで物々しく云う瓜生に頭を下げ、俺はそそくさと自分の机に戻った。


 瓜生は俺のことなどかまわず「でさ~、今度の日曜、部活休みだし、みんなで富士Qハイランドに行かない?」などとしゃべりながら、俺の買ってきたティリンレモンをあっさりあけて口をつけている。


 こんな日々がこれから毎日続くのか。俺は気分が落ち込んできた。あのコスプレ女のことをバラされることより、いまの状況の方が本当にマシだろうか。ものすごく疑問に思えてきた。


 よくよく考えれば、こうなったのも全部あのコスプレ女のせいなのだ。人を銃で脅し、平気で殴りつけ、反抗すると泣いて他人の同情を買う。俺の人生を無茶苦茶にした卑劣な女……というのはあまりにも云いすぎだが、でも現時点ではそう思いたくもなる。


 だいたい、あいつは一体なんなんだ。人間じゃないことだけは確かだ。こめかみからバルカンを放ち、ひじから先をロケットのように飛ばすんだから。気のせいかもしれないが、瞬間移動もしていたような気がする。おまけに人を磁石のように引きつける力まであるらしい。


 そんなアンドロイドっぽいわけのわからないやつが、なんでその辺の道を自由に歩いてるんだ?


 一度きちんと調べた方がいいだろうか。――いや、どちらかというともう近づきたくない。面倒なことになるのは目に見えている。


 だがあの女がこのあたりをうろついているとすれば、またはち合わせする可能性は高いだろう。どのみち遭うのだとすれば、俺ひとりの力ではなんともなりそうにない現状、いまのうちにだれかに助けを求めておいたほうが――。


 学校で数少ない会話をする数少ない貴重な同級生である環田は、あれ以来だいぶ疎遠になってしまった。これまでは実験の時間などで一緒の班になればひとことふたことくらいは交わしていたが、いまでは全く話しかけてこない。


 まあ、環田に話しかけられないからといって俺の生活の何が変わるわけでもないので、かまわないっちゃあかまわないのだが、やはりコンビニでの一件が尾をひいているとなると、毎日顔を合わせるだけあってあまり気分がいいものじゃない。


 とりあえず事情だけは説明しておいたほうがいいのかもしれない。いま俺のことを「プリンセスのコスプレ女好き」だと勘違いしているのは、瓜生と環田だけのはずだ。環田も俺と同じくクラスではぼっち状態だからおそらくは大丈夫だろうが、万が一にもほかのだれかに誤解したままの情報をもらしてしまわないとも限らない。いまのうちに対策を打っておこう。


 俺は教室の角でぽつんと立っていた環田に近づいた。だが、環田は俺の気配に気づくとなぜか半歩後ずさる。さらに寄ると、今度は逃げ腰になる。もう一歩踏み出すと、環田は背を向けて廊下へ逃げ出した。


「って、ちょっと待て!?」


 俺が追いかけると、環田は走りながらこちらを振り向く。


「どうしてじゃ。どうして壬堂にばかり女がしゃべりかけてくるんじゃー!!」


 瓜生のことかよ!


「いや、違うぞ環田! 瓜生さんが話しかけてきたのは、お前が思っているような都合のいい理由じゃない――」


「世の中は無情じゃ! 天はこの世に環田を生まれさせておきながら、なにゆえ壬堂まで生まれさせたのじゃー!!」


 どこかで聞いたことのあるセリフだなと思いながらも、俺は足の遅い俺より遅い環田のえり首をつかんだ。息が切れてようやく逃げるのをあきらめる環田。こいつ、本当に柔道やってたのか?


「だから……勘違いだって環田。頼むから、俺の言い分も聞いてくれ……本当に困ってんだよ……」


「はあ……はあ……そんなことを言って……本当はリア充なのを自慢……したいだけなんじゃ……」


「いいから聞けって。いいか、まずこのあいだコンビニで会った女はだな……」


 それから、俺はあの女にラーメンの出前を運んだことから始まる一連のてん末、そしてそのことで瓜生に体よく脅されていることを詳しく説明した。特に俺がどれだけひどい目にあっているのかを強調して。


 ひととおり話し終わると、俺はようやく呼吸を整えつつある環田を見上げた。


「――てなわけだ。分かったか?」


「…………」


「…………環田?」


「…………っ、クックックックッ……ブハッハッハッハッハッ!!」


「な、なんなんだよ、その笑いは」


「いや、だって壬堂……こめかみからバルカン砲とか、ロケットパンチとか、そんな学園SFチックな話を信じろとでもいうのかね……ブハハハハハッ!!」


 いや、その笑い方マジむかつく。


「本当なんだって! 本当にあの女はラーメンの器をバリバリ食べたんだって! 信じてくれよ!!」


「ブハハハハハハッ!! 壬堂よ、漫画の読みすぎじゃないのかね?」


 お前に云われたくねえよ!


「ともかく、そんな非現実的な話を信じろという方が土台無理な話じゃのう。まあ瓜生に話しかけられた理由は納得できたから、同情はしてやろう」


「俺の方が納得いかないんだが……それでもいいよ。とりあえず、あの女のことはだれにも言うなよ!」


 うむうむとうなずきつつ、どこか可笑しさをかみころすような表情の環田。でも、これが普通の反応なんだろうな、と俺は悔しいながらも思った。「こめかみから出てきたバルカンで撃たれました」なんてどれだけ訴えたところで、十人中二十人が信じてくれないだろうし。瓜生なんかに云った日には「へえ。壬堂君、想像力豊かだね~」とか云われて干からびたミミズでもみるような目で見られそうだ。


 結局、どうすればいいのか。鹿ヶ瀬先生にでも相談するか。たしかロボット工学が専門だって云ってたし、あさっては先生の担当するシステム工学の授業だから、そのついでに聞いてみるのもいいかもしれない。――聞いたところで、環田と同じようにバカにされるだけかもしれないが。


 俺がそんなことを考えていると、去っていく環田と入れ替わるように、瓜生が背後からやってきた。


「やあ、壬堂君。いや、手下Aよ。元気かい?」


「なんで言い直した」


「や~、やっぱり手下は手下って呼んだ方が分かりやすいかなと思って。それより手下A、昨日の宿題はやってきてくれたかな?」


「掃除のポスター案のことか? 一応やってきたけど」


「うむ。えらいえらい。じゃあ今日の委員会は全て君に任せた!」


「ちょ、ちょっと待てよ。瓜生さんも掃除委員だろ!?」


「う~ん、でも正直出席するのめんどうなんだよねぇ。適当になんとか言ってごまかしてくれないかな。頼むよ、手下A。頼まれてくれないと、これから部活で君とあの子の関係を――」


「誠心誠意、2-Aの掃除委員として努めてさせていただきます!」


「よろしい。じゃあお願いね~」


 云って手を振りながら軽い笑顔で走り去る瓜生。腹立たしい。本当に腹立たしい。早くこの状況を打破して、元の平穏無事な生活に戻りたい。そのためには、あのロボ女をまずなんとかしなければ――。


 ――そういえば、あの子の名前、まだ知らないな。



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