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第5話 プリンセス様のせいでクラスメートの手下になる

 私立椥辻(なぎつじ)学園第二高等学校。それが俺の通っている高校の名前だ。


 全校生徒三百五十二名。このあたりでは比較的少人数の高校だ。各学年にAからDまでの四クラスがあり、俺がいるのはニ年生のAクラス。Aなんて優秀そうなアルファベットがついているが、クラス分けは成績に関係なくばらばら。だからAクラスといっても頭がいいわけではない。――そもそも俺の成績なんて下から数えた方が早いし。


 姉妹校の椥辻学園「第一」高等学校には普通科と特進科があるが、第二高等学校のうちにはひとつしか科がない。その名も「イノベーション科」。イノベーション=革新・新機軸ということで、「技術立国日本の次世代を担う人材を育てるため、さまざまな科学分野の技術的な知識を学び、広く教養を育む授業を行う」ことを目的としている日本で唯一の学校らしい。ようはかなり理系寄りの高校ということだ。


 そのため、学内にはいろんな科学実験設備がある。あれや、これや、それ……いや、詳しい名前は覚えてないんだが。中には国内でここにしかない「超高速粒子なんとか加速器」とか「遺伝子操作プログラムなんとかかんとか」というのもある。……正直、あまり興味がない。うわさでは魔法や妖術の実験施設なんてのもあるそうだが、学園伝説じみていてどこまで本当なのかはよく分からない。


 そんな学校で、六時間目が終わって放課後となったいま、帰宅部であるはずの俺は珍しく教室に残っていた。


 掃除委員である俺は、今日までに「掃除啓発ポスター案」を作らなければいけなかったからだ。


 委員には図書委員やら生物委員やら体育委員やら実験委員やらいろいろあるが、クラス全員がなんらかの委員に入らなければならない。俺は楽なら何でもいいやと思い、一番仕事が少ない掃除委員を選んだ。この委員がやることといえば掃除器具の管理ぐらいなので、とても気楽なのだ。


 だが年度の初めだけ「掃除啓発ポスター」――つまり「ゴミはきちんと分別しよう」「窓はいつもきれいに」とかいうメッセージをのせたポスターの案を作り、全クラスの掃除委員が集まる委員会でそれを提出しなければならない。案が採用されれば、全校舎にそれが掲示される、というわけ。イラストを描くのが好きな人なら喜んでやりそうだが、あいにく俺はそういうことにあまり興味がないし、そもそも絵心が致命的に欠落している。そのため、なんとか簡単で適当な案を一、二枚描くだけで済まそうと考えていた。


 で、俺はさっさと家に帰って案を描こうと思っていたのだが――


「う~ん、ここのところがイマイチなんだよね~。邪魔くさいけどもう一度書き直すか」


 なぜかいま目の前にいる同じ掃除委員の女子に呼び止められ、二人して案を描いている、という状態になっている。


「案、っていってもどこまで描けばいいんだろうね。鉛筆書きだけでいいのかな~。でもそれじゃダサすぎかぁ。……あ、字を書くスペース空けるの忘れた。ここも消さないといけないのか~。めんどくさ」


 ずっとひとりごとを云っているこの女子は、瓜生(ウリュウ)沙弥香(サヤカ)。明るい性格で友達も多い、クラスでもわりと中心グループにいる人気者だ。


 特に男子からはアイドル的存在で、この高校に入ってからたった半年で、二十人以上の男子から告白されたりプレゼントをもらったりした……といううわさがある。といっても、いま瓜生はそれら有象無象の男どもとは別の男子とすでに付き合っているみたいなのだが。


 たしかに顔立ちはよく、バトミントン部に所属しているせいか見た目に健康的で、茶髪をツインテールにくくった髪型もよく似合っていてかわいい。さらにフランクな性格で、だれとでも愛想良さそうに話す。こんな娘とお近づきになれたら毎日どれだけ楽しいかと思うといてもたってもいられない気持ちはよく分かる。……いや、あくまでたとえばの話。


 だがひとつだけ、彼女には欠点というか、好きになれない点がある。それは――


「でもこの案もさあ、本当に私らが描いてて意味あるのかなあ。だって選ばれてるの、毎年三年生のだっていうでしょ。だったらさ、気合入れて描いてもあんまり力の無駄づかいっていうか? 時間の無駄づかいだしさ。ああ、それで思い出したんだけど、三年生の掃除委員の球磨田。 あいつ昨日うちのバト部が体育館の場所取ろうとしたらさ、『ここは私らの場所だからあっちいけ』とか言うんだよ。うちが先に予約してたってのに、なーんか因縁つけてくるのよねえ。明日の委員会でなにかつっかかってこなければいいけど。ああ、ところでさ……」


 よくしゃべる。本当によくしゃべる。


 ほかにだれもいない教室でポスター案を描き始めてから三十分間、俺の方はひとことも発していないのだが、瓜生はほぼノンストップでしゃべり続けている。たまに聞く分にはいいのだが、これがエンドレスで続くということをこの女に告白した男子は把握していたのだろうか。


 俺はふだんどの友達グループにも属さず、教室の端で静かな状態で存在しているため、当然瓜生と話す機会など無い(というか他の女子と話す機会も無い)。そんな俺がいきなり高い声のマシンガントークをあびせられたので、正直対応に困ってずっと下を向いたまま案を描いている、という状況だ。


 あまりに俺が無反応だったためか、瓜生が今度ははっきりと俺に向かって云ってきた。


「……壬堂くん、聞いてる?」


 どこからどこまでをだ? と俺は思いながらも、いちおう返事をした。


「……まあ、一応」


「一応? なら相づちくらいうってくれればいいのに。なんか一人でしゃべってるみたいじゃん」


 実際そうなんだが。


「ってか瓜生さん、全然ポスター案進んでねえよ」


「ああ、こんなのあと三分もあったらぱぱぱっと済んじゃうから。心配しなくてもだいじょーぶ!」


 絶対三分じゃ済まねえ……。


 俺は未来永劫続きそうなポスターづくりに終止符をうとうと提案してみた。


「あの、さ……もうそれぞれ家でやったほうが早くねえかな。このままじゃお互いいつまでかかるかわからねえし」


「え? あ……わ、わかった。もうしゃべらないから。続きやろ、続き! えーと、ここの色は青色にしてですね、こっちは……」


 ひとりごとは相変わらずだが、とりあえず瓜生の手が動き出した。


 そもそも、なんで瓜生は俺といっしょに放課後残ろうと誘ってきたのか、それが分からない。


 一人じゃ集中できないというなら、たくさんいる友達のだれかを連れてきたらいいんじゃないか。瓜生がポスターづくりに熱心で、同じ掃除委員の人に意見を聞きながら描きたい! とかいうんであれば分からないでもないが、瓜生もどちらかというと俺と同じく「こんな面倒な作業はさっさとすませたい」という姿勢だ。なおさら俺といっしょに作業する必要性は薄い。


 二年生で同じクラスになったものの、瓜生とはまともに話したことが無い。それが急に放課後二人きりの状況に持ち込んできたということは……。


 いや、まさか。俺は頭の中で否定した。よくある青春ラブコメ的な展開で、「実は私、壬堂君のことが……」なんてこと、あるはずがない。あるはずがないんだ。あるはずが――。


「壬堂くん」


「……えっ、あ? いや……えっ?」


 妄想にとりつかれつつあった俺に瓜生が不意に話しかけてきたので、俺はわけもなくびくっと反応してしまった。けげんな顔で俺の方を見る瓜生。


「なにその反応」


「い、いや、なんでもない……で、なに?」


「……あのさあ。その……」


 すると、いままでしゃべり続けてきた瓜生が珍しく云いよどむ。そして少し間を空けてから、ふるえた声で云った。


「……壬堂くんにはさあ……か、彼女とか、いるの?」


 おおっ!?


 なんだその質問は。どうしてそんなこと訊いてくるんだ。


 瓜生はこちらに目を合わせずうつむく。表情はうかがえないものの、どこか緊張しているような様子だ。ついさっきまでとは明らかに違う張りつめた雰囲気が、彼女の方からただよってくる。


 頭の中で、冷静な俺が「んなわけねえだろ。おちついて考えてみろよ。そんなわけのわからないうまい話があるわけねえって!」と全力で否定しているが、興奮したもう一人の俺が「こんな状況でそんな質問……もう答えはひとつしかないだろ。いけいけ、いっちまえ!」とささやいてくる。だが冷静な俺は「……意外にそうかもな。俺って一度女の子に告白されてみたかったし。よし。いけいけ、いっちまえ!」と云って……っておい! 冷静な俺流されすぎだろ!!


「興奮した俺」に心を支配された俺は、少々の願望も込めてシミュレーションしてみた。






『彼女は……いないよ』


『私、実は……壬堂くんのことが好きなの。だから……彼女になってもいいかな?』


『……俺でいいのか?』


『うん。壬堂くんがいいの』


『沙弥香……』






 という流れだろう! 最後にさりげなく苗字呼びから名前呼びに替えればなおOKだ!


 俺は心臓の鼓動が極限まで大きくなるのを感じつつも、なんとか平静を装い答えた。


「彼女は……いないよ」


 そう云って、瓜生のセリフを待った。瓜生は体をふるわせながら、決意したように、うつむいていた顔をぱっと俺の方へ向ける。


「壬堂くん――」


 瓜生は云った。


「――昨日、学校の近くのコンビニで、金髪の女の子を泣かせてなかった?」









































 見られてたーーーーーーーーーーーー!!!!!









































 全身が石化した俺に向かって、瓜生は遠慮なく云った。


「いや~、びっくりしたよ。昨日部活が休みだったからさ、早めに学校から帰ってたらいきなりすごい格好の……あれなんていうの? ドレス? を着た女の子が道端で泣いててさ。その目の前で壬堂くんが右往左往してたから……私、てっきり壬堂くんが彼女を泣かせたんだと思って、うわあ、人って見た目によらないな、なんて思ってたんだけど」


 さっきまでの緊張したような雰囲気から一転、いたずらっ気に満ちた目で俺の方を見る瓜生。


「あれって、壬堂くんの彼女じゃないの? まあでも全部見ちゃったからねえ。隠しても無駄だけど」


「勘違いだって、瓜生さん! 全部見てたんだったら分かるだろ? 俺はあの女の店に出前に行っただけだって」


「あれ、そんな話してたっけ? 私は壬堂くんが『買い物ならひとりで勝手に行け!』って言って女の子が泣いたところしか記憶にないけどなあ」


「そんなことは言ってねえ! 勝手にデフォルメすんな!!」


「おっと、壬堂くんもそんな大きな声が出るんだねえ。感心感心」


「してる場合か!」


 はあぁ。なんか色々期待していた自分がものすごく恥ずかしくなってきた……。


「だいたい、なんでそんなことを散々もったいぶって話すんだよ……」


「いやー、このこと話したら壬堂君がどんな顔するのかと思ったらさ、途中で笑いが抑えきれなくなりそうだったから……ゴメンね!」


 てへ、と舌を出す瓜生。全身から力が抜けた。


 たぶんこいつははじめから、昨日の俺とあの女の間でおきた出来事の真相を確かめようとしていたんだ。だから俺をわざとだれもいない放課後に誘って……。


「でも結構かわいかったよね、あの子。外国人? それともあの髪はかつらかな? ま、壬堂くんとそのかわいいコスプレの女の子の関係は良好だという方向でみんなに広めるから。安心していいよ」


「安心できるか! だいたいあのコスプレ女と俺とは何の関係もねえ! できれば記憶から消したいくらいなんだ! 頼むから、変なうわさを広めないでくれ……」


「う~ん、どうしよっかな~。でも私、こんなに面白いこと黙っていられるほど、口堅くないしぃ」


 いよいよ瓜生の顔が小悪魔的な笑みに満ち満ちてくる。見ていてものすごく腹立たしいが、弱みを握られている以上、主導権は完全にあっちだ。


「……どうしたら黙っててくれるんだよ」


 俺が観念したように云うと、瓜生はニヤニヤしながら云った。


「じゃあさ、これから壬堂くんが私の子分になる、っていうのはどう?」


「子分!?」


「うん。私の言うことをなんでも聞いて馬車馬のように働くの。簡単でしょ」


「どこがだ! すでに馬車馬って言ってるじゃねえか!!」


 抵抗する俺に、瓜生は人差し指でほおをつつきながら余裕に満ちた表情で云う。


「でもねえ。それくらいはしてもらわないと、子分とはいえないでしょ」


「んなことやってられっか! なんで俺がお前の子分なんかに……」


「じゃあこれからバトミントン部の部員たちに壬堂くんのうわさを広めてきま~す。じゃあね」


「まてまてまて! くそっ……」


 相当悩んだあげく、俺はしぼりだすようにして云った。


「……本当に言うこと聞いてりゃ、だれにも話さないんだな?」


「誓ってだれにも話しません」


「…………わかったよ」


「え、ほんと? ほんとに子分になってくれるの?」


「だからなるっつってるだろ。何度も言わせんな」


「わは、やったぁ」


 瓜生の芯からうれしそうな表情をみて、俺ははらわたが煮えくり返る思いだった。


 まさか「瓜生からの愛の告白」になるはずだった会話がこんな結末になるとは。肩を落とす俺に瓜生は軽い調子で云ってきた。


「じゃあ早速このポスター案、私の分もお願いね」


「え!?」


「え、じゃないでしょ。子分なんだから『はい、承知しました』って言わないと」


「……はい、承知しました」


「うむ、よろしい。じゃあ私は部活に行ってくるから。あとよろしくね~」


 そう云い残して瓜生は鼻歌交じりに教室を出ていった。


 ――最低だ、あいつ。


 瓜生の脅迫まがいの手口に、俺はいいなりになるしかなかった。目の前には、二倍に増えた俺の今日の宿題。


「コスプレ好きの男」というステータスを回避した代わりに、別の致命的なステータスを獲得したような気がして、釈然としない。


 そうした俺の不安は、翌日にはさっそく現実になった。


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