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第3話 プリンセス様、イスをお求めになる


「なんだ壬堂、今日はこのコンビニか」


 そう環田に云われ、俺はすぐさま「それはこっちのセリフだ!」と云い返した。


 環田徹次たまきだてつじは俺と同じ帰宅部。授業が終われば家に帰って宿題でもやって過ごすか、寄り道をして近くのコンビニで漫画でも読むか、お互いそういった平凡な生活を送っている高校の同級生だ。


 環田は特に変わりばえのしない中肉中背の俺と違ってかなり体がでかい。中学までは柔道部だったらしく、体をかなりきたえていたらしい。だが帰宅部であるいまとなっては特段に力が強いというわけでもなく、ただただ立ち読みのときに横幅をとるだけの体になっている。


 高校で最初に話したのは繊維化学の授業のとき。実験で同じ班になったので話してみると、環田も帰宅部というのでなんとなく話が合った。合った、といってもただ、授業終了後すぐに帰る生徒が俺以外にもいたのが分かったというだけの話だが。


 で、今日は俺が週刊マンガ雑誌「ヤングアフタヌーン」を読みにいつものコンビニに行こうとしたら、環田が後ろから声をかけてきた、というわけだ。


「今日はこのコンビニか」と環田は云ってきたが、俺は基本このコンビニしかいかない。むしろヤツの方がいろんなコンビニを渡り歩いている。


 環田は、自他ともに認めるマンガ中毒者だ。


 毎週読んでいるマンガ雑誌は少年ダンプ、少年マガジーヌ、少年サムデイをはじめ、ヤングダンプ、ヤングアフタヌーン、少年グランプリ、ガンガンガンヤング、少年サバイバル、エリスネクスト、コンプエリス、コミックブレイダー、はては少女マンガのアカリボン、ハロー!、ユージン、ユメミラン、DXユメミラン、しょこら、プリプリ、Kisses等々。月刊まで含めればさらに増える。とにかくコンビニにあるマンガというマンガを全て読む尽くしている男だ。環田ほど図体のデカい男が女児向けの「ハロー!」を読む姿は相当人目を引くと思うのだが、本人はもはやなれてしまったためかなんとも感じていないようだ。


 ただ、一箇所で全てのマンガ雑誌をそろえているコンビニはなく、また何日も居座っていると店員に目をつけられるため、学校に近い六つのコンビニを毎日一箇所ずつローテーションで回っているらしい。


 なぜそんなに毎日毎日大量のマンガを読むのかと訊いたことがあるが、そのとき彼はどこか遠くの山岳でもみるような目つきで、力強くこう返してきた。


「そこにマンガがあるからだ」


 いや、かっこよくねーぞ、全然。

 

 そんなヤツと今日はいっしょにコンビニで立ち読みするはめになりそうだ。環田といると俺までマンガマニアで少女マンガ好きと思われるので、必死に他人のフリをしないといけないから面倒といえば面倒。まあ、いつもどおりなにも話さずお互いただ黙々とマンガを読めばいいだけの話なのだが。


 環田と並んで自転車で少し走ると、目の前にいつものコンビニが見えてきた。自転車を降りようとしたところで、環田が話しかけてくる。


「今週の『ヤングアフタヌーン』は『聖なる街のプリンセス』がある週だったか? 壬堂君、ちゃんと毎週読みたまえよ。ワシ予想では、あれはマンガ誌に残る名作になるだろうからな」


 セリフがかった話し方で自分のことをワシと呼ぶのは以前から。話すたびに気になるが、今日はなぜかそこに上から目線が加わっている。俺は少しムカッとしたので云い返した。


「なんでお前にマンガの読み方を押し付けられなきゃいけないんだよ。俺の読みたいように読ませろ。――それから、マンガを読んでる間は俺に話しかけんなよ。コンビニに入った瞬間から、俺とお前は他人だ」


「なっ……どうした壬堂、ワシがなにか気にさわることでも言ったかね?」


「そうじゃなくてだな。高校生男子で堂々と小学生低学年女子向けの『ハロー!』とか『アカリボン』を読んでいるやつはそれだけでオタク扱いされかねねえだろ。しかもコンビニで。俺はオタクじゃねえんだから、お前といっしょにされるのは嫌なんだよ」


「ワシはオタクではない。ただ小学校低学年女子の好みが俺の好みとたまたま合致しただけだ」


「十分オタクじゃねえか! だいたいお前みたいなガタイのでかいやつが少女マンガなんか読んでたらコンビニで目立つだろ。他人の目とか気にならねえのかよ」


「マンガを読み始めるとトランス状態に入るからな。さっぱり気にならぬわ。うわははは」


「うわはははじゃねえ! 自分が他人の悲しい目線にさらされた状態にあることにちょっとは気づけ!」


「考え過ぎだぞ、壬堂。ワシなんかほら、あそこにいる客に比べれば空気みたいなものだ」


 そう云って環田が指差すほうに、俺も視線を向けた。


 俺の目に、コンビニの中をさまよっている中世貴族風の白黒ドレスを着た女の姿が目に入った。






 …………。






「は、はぅあああああああああっっ!?」


 ヤツがなぜここに……。


 目を見開きひどく驚愕する俺。めまいがし、嫌な汗が出る。


 環田は俺が予想以上のリアクションをしたためか、どことなく心配げに「……どうした壬堂、そんなにショックだったか?」と云ってきた。


 それどころではなくなった俺は、急いで再び自転車のサドルに乗った。


「あれ、おい。どこいくんだ」不思議そうな顔をする環田に、俺はひきつった表情をみせた。


「いや、俺さ、ちょっと腹の中で眠っていたサナダムシが目覚めたみたいでさあ……急に腹が痛くなってきたから、先に家帰るわ。それじゃ!」


 俺は云い捨てると、すぐさまペダルをこぎだした。


 できれば記憶から消したかった人間……人間なのかどうなのかもよくわからない……いや、絶対人間じゃない女。こんなところで会ったらなにをされるか分かったもんじゃない。


 俺は全力で自転車をこいだ。一刻も早く逃げなければ――。


 だが突然。


 自転車のペダルが、急激に重くなった。


「なっ!?」


 俺は立ちこぎで自転車を加速させようとする。だがどれだけ体重をかけても、ペダルが一向に回らない。


「どう……なっ……てん……だよ……これ……!!」


 すると今度は、自転車が徐々にバックし始めた。タイヤは前に回ろうとしているのに、なぜか後ろへどんどんとひきずられていく。


「おおおおおっ!?」


 そしてついに――


 俺と自転車は、なにかの力にひっぱられるようにしてコンビニまで一気に引き戻された。


「う、うわあああっ!!」


 あまりに強引だったため、俺はバランスを崩して自転車ごと地面に投げ出される。


「いっ……てえ……」


 足をしたたかに打った俺は顔をしかめつつ、後ろを振り返った。


 そこには、いつのまにかコンビニから出ていたあの中世貴族の女が、広げた右手をつきだした格好で立っていた。


「あら、来陽亭さん。こんなところでお会いするなんて、奇遇ですわ」


 ……最悪だ。


 いま俺は「自転車ごと後ろへ引っ張られる」という超常現象ばりの動きをみせたことに対してもっと素直に驚くべきだと思うのだが、なぜか俺の中で根拠の無い確信があった。


 いまのは、この女が正体不明の力を使ってやった。間違いない。


「来陽亭さんもコンビニをご利用なさるのですね。わたくし、運がよかったです」


「あー……ごめん。君だれ? どこかで会ったっけ? 記憶がないなあ。それじゃあ」


 俺はしれっと云って再び自転車を立て直し、自転車で走り去ろうとした。だが20mほど進んだところでまたペダルが重くなり、それ以上前へ進めないまま後ろへ引き戻された。あまりに強引だったため、俺はバランスを崩して自転車ごと地面に投げ出される。


 足をしたたかに打った俺は顔をしかめつつ、後ろを振り返った。そこには中世貴族の女が、広げた右手をつきだした格好で立っていた。


「あら、来陽亭さん。こんなところでお会いするなんて、奇遇ですわ」


「どこかでお会いしましたっけ? 俺、知らない人にかまってるヒマないんだよ。忙しいし。それじゃあ」


 俺はしれっと云って再び自転車を立て直し、自転車で走り去ろうとした。だが20mほど進んだところでまたペダルが重くなり、それ以上前へ進めないまま後ろへ引き戻された。あまりに強引だったため、俺はバランスを崩して自転車ごと地面に投げ出される。


 足をしたたかに打った俺は顔をしかめつつ、後ろを振り返った。そこには中世貴族の女が、広げた右手をつきだした格好で立っていた。


「あら、来陽亭さん。こんなところでお会いするなんて、奇遇ですわ」


 ……どうやら現実を認めるしかないようだ。俺はこの女から、逃げられない。

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