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第12話 さようなら


 俺とミースは街中を走りながら、なんとか人気の少ない裏通りまでやってきた。


 息も絶え絶えになりながら、店からの追っ手が無いことを確かめると、俺はその場にへたりこんだ。


「どうしてゲームが壊れてしまったのでしょう。あれは銃を撃つゲームではありませんでしたの」


「実弾を撃つやつがどこにいんだよ!! 壊れるに決まってるじゃねえか!!」


「でもわたくし、ゾンビのみなさんが画面から出てこられてゲームセンターをはいかいされると、大変なことになると思って……」


「出てくるわけねえだろ!! ゲームだっつーの!!!」


「……もうしわけありません」


「もうしわけもなにもねえよ……どうすんだよこの状況」


 俺はがっくりと肩を落として絶望的な気分になった。もう冗談で済む話じゃない。


 ゲーム機がミースの右手マシンガンで粉々になった。警察もびっくりの発砲事件だ。


 俺は心の底からがっくりして、暗たんとした気分でつぶやいた。


「こっぱみじんだったから、修理どころの話じゃねえよな……もうあのゲーセンにはいけねえよ……」


 涙が出そうになった。いや、もう枯れてしまったかもしれない。最近いろんなやつらに泣かされてきたからな。はは。ははは。


 全ての感情が平らにならされて空笑いしかけている俺の前で、ミースはずっとたたずんでいる。どうせまた鉄のように固い思考回路で、次にどう行動するべきか解析とかしているに違いない。


 ミースはそっと口を開いた。


「わたくし、壬堂さんに、多大なご迷惑をおかけしてしまったようですわ……」


 うつむき加減のままかすれるような声で云うミース。あれ、予想していたのと様子が違うな。


「もう……お会いしない方がいいのでしょうね」


 つぶやくような小さな声で、ミースはそう云った。


 どうやら相当凹んでいるらしい。俺は拍子抜けした。なんだ、こいつでも凹むことがあるのか。


 俺はなんとか家の塀を背に立ち上がりつつ、暗い顔のミースに云った。


「……ま、会いたくなくても、この辺をぶらついてたらどうせ会うだろ。ミースは目立つからな」


 一応、励ますつもりで云ったのだが、あまり励ましにはなってなかったみたいで、ミースは暗い顔のままさらにどんよりとした空気に包まれてしまった。……困ったな。


 俺は雰囲気をまぎらわせるために、とりあえず前から知りたかった疑問を訊いてみた。


「――そういやいま初めて聞くけど、ミースってロボットだよ、な?」


「わたくし、ですか」


 俺が訊くと、ミースはようやく顔を上げた。


「……はい。わたくしは『MEASE-205Ω メカニカルヒューマノイドN型プリンセスタイプver.2』――若年女性人型タイプのアンドロイドであると、お母様から聞いております」


 改めて云われてみると、やっぱりすげえなと思う。いろいろズレてるとはいえ、こうして普通に話せて、普通に生活できてるロボットが目の前にいるんだから。


「じゃあ、歳もとらないわけだよな。お前、いま何歳なんだ」


「三ヶ月ですわ」


 赤子か。


「できてまだそれだけしか経ってねえのか?」


「はい。ただ、わたくしのメモリーにあるのはここ二ヶ月ほどの記憶だけです。三ヶ月というのはお母様から聞きました」


 それなら、世間の常識とか、遊びの楽しみ方とか、いろんなことを知らないのも、無理はないのかもしれない。ロボットの脳のつくりなんてよくわからないけど、たぶん。


 俺はミースの顔を見た。不安そうな表情で、訴えるように俺の方を見上げてくる。


「――壬堂さん。また……お会いしてもよろしいでしょうか。わたくし、まだ人間のことをよく存じ上げませんし、色々とご迷惑をおかけするかもしれませんが……わたくしが気兼ねなくお話しできるのは、壬堂さんだけなのです。だから――」


 そのとき、俺の胸にどきっとくるものがあった。


 いまのミース……かわいい。純粋に、そう思える。


 ミースは願うように、アメジスト色の瞳を向けてくる。その姿は、どうみても普通の女の子にしかみえない。


 ここできっぱり「ごめん」と云って断れば、これ以上ミースと付き合うことで生じるいろんなトラブル――今回みたいに目の前でゲーム機を破壊されるとか――は回避できるかもしれない。そうすれば、またこれまでと同じような、波風立たないいつもの生活に戻れるだろう。


 どうせこいつはロボットなんだから、俺が傷つくようなこと云ったって、感情に流されずまた次を探すだろうし。もし傷ついたとしても記憶を消すとかすれば済むんだろうから、良心だってたいして痛まないんじゃないか。


 でも――


 そんなドライな考え方が、俺にはどうしても、できなかった。


「……まあ、俺でよければ、その――」


 俺は人差し指でほおをかきながら、視線を横にはずしつつ云った。


「――いつでも相手になってやるから、さ。気軽に声かけてくれよ」


「……ほんとう……ですか?」


 まだ三ヶ月しかこの世を生きていないミースの、子供のように大きくてまっすぐなまなざし。うれしそうにするその眼は、なぜか少しだけうるんでいるようにみえた。


 ……って、んなわけないだろ。ミースはロボットなんだから。涙なんて、出るはずがないのに。


「本当に、またわたくしとお話してくださいますか?」


 涙でぬれているようにみえた。


「ああ、いいよ。俺は拒むなんてこと、しないから」


「……わたくし、うれしいです。心の底から。ありがとうございました、壬堂さん!」


「別に感謝されることじゃねーよ。いままでどおりでいいって言ってるだけなんだからな」


 俺の言葉に、ミースは幼く純粋な笑顔をたたえる。


 ――本当にこれでよかったんだろうか。いや、よかったんだ。間違ってない。


 老ネルソン師範もよく云ってるじゃないか。『人生とは徳の積み重ね。人としての道をふみはずすことなかれ』って。


 ようやくもとの表情を取り戻したミースに、俺は声をかけた。


「これからどうする? っつっても追われてるかもしんねーから、行けるとこ限られてるけど」


「すみません。わたくし、そろそろエネルギー切れですので、お屋敷に帰らなければいけませんの」


「そっか……。じゃあまた今度だな」


 俺が云うと、なぜかミースは一瞬寂しげな表情を浮かべた。


「――壬堂さん、今日は付き合って頂いて本当にありがとうございました。この三ヶ月間で、今日が一番楽しかったです」


 ミースはぺこっと頭を下げる。それから、小さく云った。


「……また、会えますよね」


「ああ、会えるさ。っつーか明日またばったり会うんじゃねえか」


「そう、ですね」


 ミースは笑顔をつくりながら、俺に明るく云った。


「わたくし、こちらから帰ります。それでは壬堂さん――」


 方向転換して、ミースは俺に手を振ってきた。


「さようなら」


 それが、ミースからの最後の言葉だと、俺は気づかなかった。


「ああ、またな」


 ミースが精一杯の笑顔で去っていく。俺もつられて手を振った。そのまま、塀の角を曲がるまでミースを見送る。


 ――今日は大変だったな、いろんな意味で。


 これからも、あいつのドタバタな行動に付き合わされるんだろうな、きっと。でもいくらかあいつのことが理解できただけマシか。俺は遠くに消えるミースをみながら、どうせすぐにまた会えるんだろうと心のどこかでのんきに思っていた。


 まだ新緑が薫る、五月のできごとだった。







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