第11話 プリンセス様、格ゲーで悔しさを学ばれる
あれから俺はミースとゲーセンのゲームをプレイして回った。だがどれをやっても、ミースは普通の人間じゃありえない裏技や不正操作を駆使してゲームを料理してしまう。
UFOキャッチャーをやればUFOが人形をにぎりつぶすくらい力が強くなるし、スロットをやれば100%の確率で777を出す。サッカーゲームをやれば全選手がファンタジスタ並みの動きでゴールを決めるし、競馬ゲームをやれば自分の持ち金を無限に増やして好きなだけ賭ける。
「ミース、パンチングマシーンでもやってみるか」
ずどん。
「……これだけなんですか?」
軽くパンチしただけで999kg。
いままでやった全てのゲームでミースはなにかしらの最高記録をつけているから、やたらと目立って仕方がない。「そろそろゲームはやめにしないか」と何度か提案してみたが、そのたびにミースの表情が消える(=こめかみからバルカンが出る)ので、すぐに前言撤回する。その繰り返しだ。
そんなわけで、俺はいま泣きそうになりながら、次に犠牲となるゲームを探していた。
たいして広いとはいえないゲーセンの中をぐるぐると回りながら、なかば途方にくれる。そこへミースがおもむろに話しかけてきた。
「そういえば、壬堂さんはここへ何のゲームをされに来られたのですか?」
「俺? 俺は格闘ゲームをしに――」
……しまった。
「格闘ゲーム? それはどんなゲームですの? わたくしもプレイしてみたいですわ」
口がすべっちまった……。
それだけはわざと避けてきたのに。格闘ゲームは俺の聖域。ミースみたいなチートプレイヤーに手をつけさせるわけにはいかなかったのに……。
「ミース、格闘ゲームなんて全然面白くねえぞ。変なキャラクターが一対一でただ殴りあうだけのゲームなんだから」
「あら。でもいまのところ、特に面白いといえるゲームはございませんでしたから、かまいませんわ」
ぐさっ。俺の繊細なハートにミースの鋭い言葉の矢が突き刺さった。
「そ、そうか……はは……ははは……ならなおさら、格闘ゲームなんて――」
「でも壬堂さんはそのゲームをやりにこられたんでしょう? たとえいままでで最もつまらなかったとしても、壬堂さんが好きだというゲームを、わたくしも一度体験としてプレイしたいですわ」
全然フォローできていないどころかむしろおとしめられてる。いや、最初に格闘ゲームをおとしめたのは俺なんだが。
俺は観念してミースを格闘ゲーム「ロマンシング・鉄拳2」のところへ連れていった。
二人のキャラクターが様々な技を駆使し、文字通り格闘する。殴られるたびに体力が減っていき、先に全て体力が無くなった方の負けだ。
俺がルールを簡単に説明すると、ミースはまた「○rksKK+@-……」などと意味不明な言葉をぶつぶつとつぶやきながら、しばらくのあいだデモ画面をながめていた。どうせまたキャラを動かすためのデータとかいうのを取得しているのだろう。
「(ピピッ)できましたわ。では始めます」
ミースがゲーム機の席に座るのをみて、俺もその隣にある同じゲーム機の席に座ろうとする。
「あら。壬堂さんもおやりになるの?」
「当たり前だろ。お前と対戦すんだよ」
「壬堂さん、と……?」
彼女は困惑したような表情になる。
「……わたくし、まだ壬堂さんに関する戦闘データを取得できていませんわ。一度壬堂さんの闘いを拝見してから――」
「そりゃ俺も同じだっつーの。相手の闘い方がわからねえから、面白いんじゃねえか」
「わからないから……面白い?」
「そう。やればわかるって」
そう云って俺はゲーム機に金を入れ、キャラクター選択画面に入る。使うのはもちろん俺が尊敬するキャラ「老ネルソン師範」だ。
スキンヘッドに白く長いあごひげ、小柄な体の老いた闘士。黄緑色の中国服を身にまとい、独自に編み出した拳法「烈火白砕拳」を武器に闘う技巧派ファイターだ。俺がこのゲームをするときは、いつもこのキャラを使う。気分転換や研究のために他のキャラを動かすことはあるが、勝負するときは必ず老ネルソン師範だ。
俺はさっさと次の画面に移動すると、まだキャラ選択を終えていないミースの方をながめてみた。
ながめながら、なんとなく気がついた。
いままでミースがやってきたゲームのやりかたは、楽しむというよりも、ただの「作業」に近かったんじゃないか。
こいつのやろうとしていることは、ゲームを完璧にクリアするために必要な作業をただ行うこと。極端に云えば、そんな感じに見えた。
なまじ「データを取得する」とか「プログラムをいじる」とかいう常人外の裏技が使えるから、余計にゲームをすることが「作業」になってしまっているような気がする。きっといまも、ミースはこの「ロマンシング・鉄拳2」のゲームで相手に勝つには何が必要か。そのためにはどんなデータを得るべきか。そんなことばかりを調べているに違いない。だから、ゲームを楽しむという感覚が、どうしてももてない。
――『遊ぶ』って、そういうことじゃないだろ。
ミースがだれを選ぶのか横からのぞいてみた。すると、どこをどう操作したのか、このゲームじゃ選べないはずのキャラを選んでいた。「ロマンシング・鉄拳2」の最終ステージに出てくるボス「シュタイガー」だ。
「新しく開発された身体強化薬を飲んで体が異常に強くなった」という設定のキャラ。ゴツい体に固そうな筋肉がボコボコと浮き立っている。半狂乱の面構えで、いまにも目の前の相手にかみつきそうだ。実際、一発のパンチやキックそのものの威力が強いし、技も強力なものが多い。最後のボスにふさわしいステータスをもったキャラといっていいだろう。
予想通り、いきなり反則技を使ってきたミース。でも、格闘ゲームはそんなに浅いもんじゃない。特にこのゲームは。
早速バトルが始まった。ミースの操るシュタイガーは、最初からガツガツとこちらに歩いてきては、強力な技を次々としかけてこようとする。一撃で相手をはじきとばすフック、防御不可能なキック、腕をつかんで引き込み、そのまま押しつぶす投げ技等々。だが俺の老ネルソン師範は、それらをひとつひとつ丁寧にかわしていく。
そして――
「――ここだ!」
ふとしたタイミングで一歩踏み込み、逆にこちらが技を仕掛ける。相手の急所を突く掌底。倒れるシュタイガー。
そこから関節技。次に踏みつぶし。起き上がってきたところを投げ技。連続技で相手の体力を奪っていく。
「ど、どうなっていますの? 立ち上がることもできませんわ……」
もうひとつ技を、というところで、ミースはなんとか抜け技を使って逃れる。だが体力はほとんど残っていない。
そこからお互い殴り合っていると、先にシュタイガーの体力が尽きた。俺の勝利。
ふー、と俺が大きく息をつくと、ミースは不満そうな顔で俺に云ってきた。
「――やはりデータ不足でしたわ。でもいまの闘いで壬堂さんの行動パターンを記録しましたから、次は勝ちます」
そうしてまた画面に向かう。思えば、ミースがこのゲーセンで負ける姿をみたのは、これが初めてだ。
俺はもっとひどい裏技――プログラムを変えて一撃で全体力を奪えるようにするとか、こっちの攻撃が全く効かないようにするとか――をやってくるんじゃないかと想像していたのだが、どうやらそこまでの操作はできないらしい。
それなら、十分勝てる芽はある。俺はそう判断した。
勝負は第二戦へ。先に相手を二回倒した方が勝ちだから、次も俺が勝てば試合終了だ。
ミースがさっき以上に怒とうの攻撃をしかけてくる。俺の行動パターンを記録した、という彼女の言葉どおり、俺のさっきまでの攻撃がまるで通用しなくなっている。数少ない隙を狙おうとしても、うまく攻撃が入らない。それどころか、攻撃をはね返されこちらがダメージを受けてしまう。
まだ三分の一ほど体力が残っているが、シュタイガーの攻撃力ならあと一撃で倒される可能性が高い。それに対して、シュタイガーの体力はまだ七割以上残っている。ここは慎重に攻めなければ。俺が距離をとろうとすると、ミースが口を開いた。
「あら、壬堂さん。さきほどまでの威勢はどうされましたか? 逃げてばかりいては勝てませんわよ。それとも、わたくしの攻撃に恐れおののいてふるえ上がっているのですか?」
ミース、どこで『挑発』なんて技を覚えたんだ……。
「壬堂さんの行動パターンはさきほどの闘いで分析済みです。これ以上の闘いは無意味ですわ。早く降参なさい」
「このゲームに降参なんて選択肢はねえよ。やるか、やられるかだ。それに――」
いままで後ろへ退いてばかりいたのを止める。
「――まだ勝負はこれからだって」
俺はシュタイガーの大振りなキックをかいくぐって前に出る。ここでさっきまでは掌底を使っていた。相手に与えるダメージが一番大きいし、次の技につなげやすいからだ。
だが俺はあえてそこで、弱いパンチを入れる。次に横蹴り。さらに回し蹴り。最後に足払いを入れて、シュタイガーの巨体を転がす。
すぐに立ち上がり、シュタイガーはタックルをかましてくる。それを俺はジャンプでかわす。
着地したところでシュタイガーと向き合う。だがすぐには攻めず、その場で意味も無くジャンプを繰り返す。
シュタイガーが放ってきたパンチをガードし、お返しに弱いキックを打つ。相手は防御体勢に入るが、俺はそこでも攻め入らずにしゃがんだり立ったりを繰り返す。
「……??」
ついさっきまでと違い、無駄な行動の多くなった老ネルソン師範にミースは混乱しているのか、急になにも攻撃してこなくなった。
間合いの取り方を探るように、前後に動くシュタイガー。そこへ俺がふらふらと近づいていく。シュタイガーはまたパンチを放ち、そこから連続攻撃。俺はそれをガードする。
そこまできて、ミースはキーとボタンを複雑に操作して「必殺技」を放ってきた。
各キャラに与えられている、一試合に一度しか使えない技。当たれば威力絶大だ。
シュタイガーの必殺技は「ファイナルストレートバズーカ」。異常発達した両腕にパワーをため込み、相手の体にストレートを叩き込む。一撃でも強烈だが、それを三連続で放つところが必殺技たる所以だ。
ガードで防ぐことは可能だが、それでも直撃のときの半分ほどは体力を奪われる。いまの老ネルソン師範の状態で三発も受け続ければ、確実にK.O.されてしまうだろう。
だが俺は、それを待っていた。
燃え上がる紫色の炎のオーラが狂戦士シュタイガーの全身から立ちのぼる。派手なアクションが起こり、奇声とともに一発目の腕を突っ込んでくる。
そして、拳がネルソン師範の体に触れる――
その一瞬にあわせて俺は短くキーを操作し、ボタンを押した。
当て身技。
相手の攻撃をわざと受け、敵の体の勢いを使って投げ飛ばす。合気道に似た、老体ならではの高度な技だ。
「――えっ!?」
ミースの目の前で、シュタイガーの大きな体が空中で180°回転し、地面に倒される。
技を放つどころか逆にひっくりかえされたシュタイガーは、起き上がりながらも頭がもうろうとしている。その隙を逃さず、俺は連続攻撃をたたきこむ。
シュタイガーの体力がゼロになる。巨体が地面に崩れ去った。
『混乱したときこそ平常心。平常心が大事なのだよ』
老ネルソン師範が勝利のセリフを発する。俺の勝ちだ。
「よっしゃあ!!」
俺は思わずガッツポーズをする。勝負に勝てたこともうれしいが、それにも増してミースのチート技に負けなかったことがうれしい。
「そんな……おかしいですわ。あの必殺技は返すことができないはずです。壬堂さん、一体どんなズル賢い技をお使いになったの?」
「お前にだけは言われたくねえけどな……」俺はツッコみながらも肩の力を抜いて云った。「普通は返せねえんだけど、あのキャラの、あの返し技だけは通用するんだ。まあ説明書きに書いてあるわけじゃねえし、どこかに発表されてるわけでもねえから、知ってるやつはそんなにいねえけどな」
「そんな技があったなんて、わたくしのデータ不足でしたわ……。では、途中で行動パターンが変わったのは」
「あれは遊びだよ。ただの」
「――遊び?」
「攻め方が単調だったら、だれだって動きを読まれるだろ。特にミースの場合はな。だからああやってちょっと遊んでみたんだ」
「あそ……ぶ……」
ミースは困ったようにつぶやく。どうやら理解に苦しんでいるようだ。俺は思っていたことをミースに云った。
「いままでミースは、クリアするための一番確実な方法だけでゲームをやってたんじゃないか? でもそんなのゲームじゃない。ゲームは、次勝てるかどうか分からないからこそ、面白いんだ。特に格闘ゲームは、こうやれば絶対に勝てる、っていう方法が無いんだ。だから、面白い」
ミースが揺れた紫色の瞳を向けてくる。俺はちょっと恥ずかしくなってほおを指でかいた。
「――まあ、偉そうなこと云ったけど、ほんとはただ暇だからゲームをやってるだけなんだけどな」
俺がそう云うと、ミースはようやく口を開いた。
「……わたくしには、まだ『ゲームをやる面白さ』が理解できていないのかもしれません。でもいま壬堂さんに負けたとき、悲しいような、腹が立つような、そんな感覚が、わたくしの胸の中にこみあげてきました」
「……悔しい、ってことか」
「悔しい?」
「ああ。それって多分、悔しい、ってことだ」
「……悔しいは、面白いということでしょうか」
「ちょっと違うけど、次に勝てば『面白い』になる、ということかな。そういう意味じゃ、悔しいことも『面白い』に入るのかもしれない」
「これが『面白い』……」
ミースはつぶやくように云う。いま自分の中にわいた初めての気持ちをかみしめるように、彼女はきゅっと口を結ぶ。そっと右手を胸にあて、『悔しい』ことの痛さと熱っぽさを興味深く感じているようだった。
少しして、ミースは思い立ったかのように顔を上げる。そして、つややかな笑顔を俺にみせた。
「わたくし、もっとたくさん、面白いゲームを経験したいですわ。いろんなゲームをプレイして、もっといろんな感情を学びたいです」
「感情を学ぶ?」
「はい。わたくしは、そのために機能しておりますから」
そのために――。
感情を学ぶために、機能している。どういう意味だろう。
それは、ミースがロボットであることと関係してるんだろうか。初めは何も感情が無かったから、いまこうして人間社会で生活しながら、いろんな感情を学んでいる、ということなのか。姿形だけでなく、心もより人間に近づくために――。
……なんかSFチックな深い話になってきたな。うーん、そういう話は苦手だ。やめやめ。とにかくいまは、せっかくゲーセンにいるんだから――
ゲームを楽しまなきゃ、損だ。
「よし。じゃあ他のゲームもやりにいくか!」
「はい! ご指導、よろしくお願いします!」
「おう。任せとけ!」
格闘ゲームで勝ってテンションが上がっていた俺は、ミースといっしょに、さっきとはうって変わって意気揚々と次のゲームに向かうことにした。
色々理由はあるかもしれないが、いまは少なくとも、ミースが純粋にゲームを楽しもうと思い始めている。それだけは確かだ。
ミースとゲームマシンめぐりをするのも悪くないな、とちょっと思いはじめる俺がいた。
「じゃあ、次はこれやるか」
「ぞんびはんたあ? これはどういったゲームでしょうか」
「ここに銃があるだろ。これで前の画面に出てくるゾンビどもを撃ちまくるんだ」
「まあ、面白そうなゲームですわね」
「ああ。とりあえずやってみよう。これは二人で協力プレイできるからな」
「そうなのですか? よかったですわ。壬堂さんとご一緒できれば、わたくしも安心です」
「んなこと言って、どうせミースの方が『データを取得しました』とか言ってばりばり撃ちまくるんだろ」
「そんなはしたないことは致しませんわ。やるなら一弾必殺です」
「言うねえ。期待してるぞ。さあ、お金を入れて……と」
「あ、わたくしが入れますわ――」
「いいって。いままで俺が入れてもらってたんだから。今度は俺に入れさせてくれ」
「……ありがとうございます」
「よし、やるぞ。銃をかまえて……っと」
「これで画面に向かって撃つのですね。わかりました」
「トリガーを引けば撃てるからな。よし。ステージを選択して……と」
「森のステージですか? わくわくしますわ」
「木や草の陰なんかにも敵が潜んでるからな。気をつけろよ」
「はい!」
「よ~し、ゲーム開始だ」
「……ゾンビの方々はどこからいらっしゃるのでしょう」
「もうすぐ奥の方から……来た。撃て!」
「――あら。この銃、弾が出ませんわ」
「えっ? 本当か」
「少しお待ちになって。弾が出るように致しますから……これで大丈夫ですわ」
「よし、そっちにゾンビがいったぞ! 撃てっ!」
「はいっ!!」
ババババババババババババババババババ!!
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!
ゲーム機が粉々に砕け散った。
俺の目の前で、実弾をうちこまれた「ゾンビハンター」のゲーム機が、穴だらけになってぷすぷすと煙を上げている。ものすごい破壊音に、周りのゲーマーども及び従業員の視線が一斉に集まる。
「――――――――――ミース」
「…………………………はい?」
「――――――――――お前、なにやった?」
「…………………………撃てとおっしゃいましたので、撃ちました」
「――――――――――この銃は、ゲーム用の銃だよな」
「…………………………はい。でも弾が出ませんでしたので、わたくしの右腕に内蔵してあった銃で撃ちました」
「――――――――――ミース」
「…………………………はい?」
「――――――――――逃げるぞ」
俺はミースの手を引っ張って、全速力でその場から駆け出した。