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その五

 目が覚めると、部屋にいたのは京軍だけだった。


「あ、気がついたのかい」

「ええ……」

「いやあ、大変だった。でも謎が解けたよ。問題はすべて解決した」

「え? どういうこと?」

「何から話せばいいんだろうな……。まず、一番大きな間違いから話そう」

「一番大きな間違い?」

「ああ、君は……」

 京軍は言った。


「……君は、メリーじゃない」


「…………」

 ……私はメリーじゃない?

「いいかい、君は、メリーという悪霊の最初の犠牲者だったんだ」

「最初の犠牲者?」

「ああ、君は二十世紀末に生きていた、小学生くらいの女の子だ。そして君には、メリーという友人がいた。君はその友人と、なにか手ひどい別れ方をしたらしいんだな。まぁ、もう絶交よ、とかそんなことを言ったんじゃないのかな。本気だったかどうかわからないが、何せ小学生のことだから。でも、メリーにとっては相当に傷つくことだったらしく、君を恨んでいたんだ」

「メリーは死んじゃったの?」

「たぶんね。もしかすると、君に嫌われたショックで自殺したとか、そういうことだったのかもしれない。とにかく、君はメリーの霊に呪い殺された」

「殺された……」

「そう。例の都市伝説の原型になるようなことが起こったんだろう。君のもとに突然電話がかかってくる。出てみると死んだはずのメリーだ。だんだん近づいてきて最後は……」

「そんな……でもそれじゃあ、何で私は……」

「そう、何故だかわからないが……君は単に殺されたんじゃない。メリーの魂に取り込まれた」

「取り込まれた?」

「ああ、融合した、と言ったほうがいいかもしれない。君とメリーの霊魂が融合して一つになった。それが悪霊メリーさんの正体だ」

 私は自分の身体を見る。姿が……変わっている。気のせいか……手足が短い。子供の身体……。

「今はもう、メリーさんと君は分離したよ」

「何が……あったの?」

「退行催眠で君を少女時代に戻すことに成功した時、教授は最初に、君はメリーか? とたずねた。そうしたらね、いいえ、と答えたんだ。たぶんそれで……思い出したんだね。その瞬間さ。君の身体……と言っても霊体だが……そこから紫色の光の塊が飛び出してきた。分離したメリーさんの霊だ。教授が言ってたが、死んだ直後の霊みたいな、出来立ての霊というのは、そういう小さな光で、人の形はしていないらしい。昔はヒノタマと呼ばれた現象だ。時間が経つと霊体を構成して人の形になる」

 私は、自分の身体……霊体がずっと希薄な存在になっているのを感じていた。たぶん分離した方……メリーの霊の方がずっと……霊としての力が大きかったのだろう。

「京四郎の術は、私を2つに分けるんじゃなくて、私とメリーの霊魂を分離するように作用したってことなのね」

「そうだね。君がこの時代に現れた時、既に人を呪い殺そうという衝動に駆られていなかったのも、メリーと分離しかけていたからだ」

「私は……メリーではなかった……」

「そうだ。君はメリーに殺され、メリーと融合してから、自分をメリーだと思い込んでいた。メリーが恨んでいる対象は君だ。だから自分を恨む存在……悪霊になって、多くの人を呪い殺すようになった。世間を騒がした悪霊「メリーさん」は、メリーと君の二つの人格が生み出していたわけだよ」

 じゃあ……。

「それじゃあ……私の名前……なんていうの」

 京軍は、私の目を見て、私の名を口にした。

「カズコ」

「……カズコ」

 その瞬間、私の記憶がよみがえった。そう、私の名前は……和子(かずこ)だ。


 *


「その、メリーの霊はどうしたの、飛び出した後」

「ああ、その飛び出した霊魂なら、捕まえておいたから安心していい」

「捕まえた……どうする気なの?」

「ああ。まだヒノタマの状態だから話はできないけど、霊体が構成されて話が通じるようになったら、警察に引き渡すよ」

「メリーさん……まだ私を恨んでいるのかしら」

「うーん…………可能性は否定できない。危険な存在であることは確かだろうね」

「教授は?」

「拘束室にいるよ。捕獲したメリーさんの霊魂は逃げ出さないように、拘束用マネキンに入れてあるんだ。それが置いてある部屋だよ」

「拘束用マネキンって?」

「霊魂を閉じ込めておく為の、擬似的な身体だ。正式には拘束用擬似生体」

「拘束用擬似生体……?」

「ああ、擬似生体っていう、人間の身体をほとんど臓器ごと再現したものがある。これに霊体を封じ込めると、そのまま生きていた頃と同じように動ける」

 ああ、その話ならハゲに聞いた。

「拘束用生体ってのは、その首から下がプラスチックでできた、ただのマネキンなんだ。これだと霊を封じ込めても、首から下は動かせない。悪霊を封じ込めて、色々と事情を聞くのに便利なんだ。首から上だけは動かせるからね」

「……その、首から下は動かせないってのはなぜ……?」

「神経網が無いからさ。人間の身体じゃないんだ。人間の幽霊が動かせるのは人間の身体だけ。猫の幽霊なら猫の身体だけ。犬の幽霊なら犬の身体だけ。そういうもんさ」

「犬用とか猫用とかもあるの」

「あるよ。まぁ、もっとも彼らは幽霊化すること自体が稀だけどね」

 私はふと、嫌な予感がした。

「それ、物の幽霊だったら、どうなるの?」

「物の幽霊?」

 京軍はオウム返しに聞いてきた。

「道具なんかも、長く使った道具とか大事にしていた道具には霊が宿るって言うじゃない。九十九神っていうやつ。知らない?」

「ああ、九十九神か。知ってるよ。無生物の幽霊についてはサンプルがほとんど無いせいか研究も進んでなくて……探知技術すら確立してないんだ。まぁでも、基本的な理屈は同じさ。例えば時計の幽霊なら時計を動かせる。本の幽霊なら本に宿って本を動かすことができる。……おい、どうした?」

 私が、青ざめていることに気付いたらしい。京軍が、心配そうに聞いてきた。

「……京軍、これ、言っておかなきゃいけない気がするんだけど、メリーさんの怪談、肝心な部分が伝わってない」

「え、何?」

「メリーさんはね、私の大事な友達だった。でも……別れたのは喧嘩したからじゃない。ショックで自殺したわけでもない」


 トゥルルルルルル……


 私は小さく悲鳴を上げた。

「たぶん教授だよ」

 京軍が笑って、テーブルの上の小型端末を操作した。モニタに映像が浮かび上がる。しかし砂嵐のような画面に「SOUND ONLY」と表示されているだけだった。

「こちら通信室…………。教授ですか? ……あれ、聞こえないな」

 端末からは時折ザザッとノイズ音が聞こえるのみで、何も聞こえない。と思ったら切れた。

「たぶん教授、スクランブル解除してないんだ。あの人、機械音痴だしな……」

 私は全身の毛がよだつのを感じた。

「京軍! メリーさんの霊を何に封じ込めたって言った!? その拘束用なんとかって……」

「だから、拘束用擬似生体だよ。首から下はマネキンで……いや本当にお粗末なもんさ。プラスチックでできた…………人形みたいなもんさ」

 私は息を飲んだ。最悪だ。

「……なんだ、さっきから青い顔をして……。そういや何か言いかけてたな……伝わってない肝心の部分、だっけ?」

 私は、それを口にした。


「メリーというのは、人形の名前なのよ」


「……?」

「私が大事にしていた人形なの」

 京軍は何を言われたのかわからないという顔をした。

「……引越しの時に邪魔になるとかそんな理由で……捨てなくちゃいけなくなってしまって……。私は泣く泣くゴミ捨て場に置いてきた。そうしたら引越し先の家で、ゴミ捨て場のメリーさんから……電話がかかってきて……」

 京軍の顔がみるみる歪んでいく。

 そう。人形の霊であるメリーさんを人形に入れてしまったのだ……。


 トゥルルルル……


 テーブルの上の端末は、短くコール音を鳴らした後、ポーンと鳴って画面を映し出した。通話ONになったらしい。

「教授、教授ですか!?」

 京軍が声を上げる。

「……わた……さ……ん」

 かすかに声らしきものが聞こえる。ノイズが酷くて、聞き取れない……。

「なんだ……? ……何を渡さないって……? 教授の声じゃない?」

「京軍! お爺さんに……逃げるように伝えて!」

 京軍が頷いて、別の端末を操作する。モニタにどこかの部屋の画面が映る。京軍は次々と切り替えていった。

「うわ!! なんだ、これ……」

 京軍が叫び声をあげた。背後からモニタを覗く。画面には、薄暗い部屋の中、大量の……死体!? ……いや違う、マネキンだ……。折り重なるように倒れたマネキン達だった。

「これが……拘束用擬似生体……ってやつなのね」

「そう、これは悪霊たちが封じ込められてる拘束室の映像だ……だけどこの有様は……」

「何かが暴れたみたい……」

 その時、まだついていたテーブルの上の端末装置から、かすかに声が聞こえてきた。

「……わたし……めり……さん……」

 切れた。

「メリーさんだ……ど、どこにいるんだ、拘束室からじゃない」

「お、お爺さんは……無事なの……?」

 京軍が青ざめている。

「わ、わからない。拘束室にはいないみたいだ……逃げたのかな」

「私たちも逃げましょう!」

 ドアを開ける。

 私は悲鳴を上げた。

 そこに倒れていたのは、紛れもなく……お爺ちゃん、教授だった。

「きょっ教授……!」

 私は廊下を見渡す……が、誰もいない。記憶がフラッシュバックする。……あの、20世紀の終わり……私が引っ越し先の家で電話を受けた時。やはり廊下には誰もいなかったのだ。


 トゥルルルル……


 再びのコール音。部屋の中で端末が音を出している。

「……出ちゃダメよ! 出なければ……」

「…………だ、ダメだ。この端末は自動通話モードになってる……!」

「も、モードを切り替えてよ! 早く!」


 ………ポーン


「わたし、めりいさん、いま、あなたの……」

 声がしたのは…………背後からだった。


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