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その二

「大丈夫か」


 影は倒れている私に声をかけた。見上げると若い男だった。……目が細いな。どっかで見た顔のような気がする。着ているものは無地の黒いシャツと……革ジャン……? 違うなぁ。素材がわからない。まぁ、100年後のファッションなんて完全に理解の外ね。どうでもいいけど。

「さあ。何をもって大丈夫だと言えばいいのかさっぱりわからないわ」

「今がいつでここがどこで自分が誰だかわかっていれば大丈夫だ」

 そういうことにしておくけど。

「今は、22世紀だと聞いたわ。ここは、東京らしいわね。私は、二十世紀末から二十一世紀にかけてちょっと有名になったこともある悪霊の一人よ。三つとも今やあんまり自信がもてないけど」

 あ、やべ。悪霊って言っちゃった。

 男の表情が険しくなった。

「悪霊だと? 名前はなんだ」

 さっきのハゲの話だと、私の名はそこそこ知られているらしい。黙っているべきかとも思ったがこの男の反応が見たくなり、名乗ってしまうことにした。

「メリーよ。よろしくね」

 男が目を見開いた。うふふ、有名人は辛いわね。サインでもあげようかしら?

「一緒に来てもらおう」

「あんた、誰」

「副島京四郎の子孫だ」

 うげ。最悪。

「早く言ってよ。宿敵じゃない」

 私は右手の霊体の手首から先を引きちぎった。激痛。しかし手錠を外す為だ。一刻も早くこの男から逃げるのが最優先。

 副島京四郎という除霊師は100年前に私に深手を負わせた張本人だ。あやうく徐霊されかけた。傷が癒え、意識を取り戻してすぐ私はやつに復讐する為に蘇ってきた。まあ、100年も経ってしまっていたのは誤算だったが……。流石にもう生きてはいないだろう。……待てよ? 子孫だと言ってたな……じゃあこの男は京四郎の代わりだ。私は新たな復讐の相手に決める。

 ハゲがかけたドーム上の結界を吹き飛ばすべく、全力で周囲に自分の存在を満たしていく。くそっ。インスタントな結界なのに、何でこんなに頑丈なのか……。未来、恐るべし。だが諦めるわけにいかない、ここが正念場だ。

「敵じゃない」

 男が何か言いかけるが、聞いている場合じゃない。

 パリン

「よしっ」

 割れた。結界技術のほうは銃ほどの凶悪な進化は遂げなかったようだ。まだ太刀打ちできる。昔の技術とは雲泥の差だが……。

「じゃあね、さよなら」

 逃げる。いったん霊界に戻って力を回復しないと……。

「逃げるんじゃない」

 だが、私が開いた霊門はまたしても消し飛ばされた。男の腕にはなにやら怪しげな光る腕輪――また未来の除霊グッズ?――と、見たくもない、あのライフル銃だ。なんなの、この時代にはこんな奴らばっかりなの?

「あんたも、結局はお仲間ってわけ」

「あの連中のか? それは違う。あれは霊を捕まえて商売してる闇の連中だ」

「特殊部隊とか言ってたけど……嘘なの」

「さあ。本当かもしれない。特殊部隊の中にもそういう奴らがいる」

 あ、そう。腐ってるのね。

「いずれにせよ、こうしていたら別の特殊部隊が駆けつけてくる。君の霊体反応はセンサーからは隠せない」

 男は、何かをこちらに投げた。避けようとしたが……目の前で広がって私を包み込む。うっ。さっきの結界に近いものを感じる。ベールのような形状……黄色くうすぼんやりと光っている。

「なにこれ」

「これで君は霊体感知センサーの類に引っかからなくなる」

 ……何? 助ける気?

「と同時に君の行動の自由も制限している。悪く思わないでくれ」

 ふーん。なるほど。捕まえるけど、特殊部隊とやらには渡したくないってわけね。

「……なにさ、やっぱ同類じゃない。ま、どうぞご自由に。あんたロリコンそうだしね。あーあ結局、慰み者にされるのか……」

「……なぐさ……な、何を言ってるんだ」

 男が真っ赤になって手を顔の前で振った。

 …………なんだこいつ。

「きっもちわるいわねアンタ。……何なの? この時代の男って両極端しかいないの」

「両極端ってどういう意味だ」

 まあいい。そんな話しててもしょうがない。

「で? どうすんの?」

「とりあえずうちにいくぞ」

「はぁい。……ねぇシャワーくらい浴びさせてくれるんでしょうね」

「シャワーか。うちには霊体を擬似生体に移す設備は無い。無理だな」

「…………」

 冗談が通じないのか。100年という年月の重みを感じる。


 *


 男が連れてきたのは、四角い箱、と表現したくなるような建物だった。男の家らしい。窓の無い、真っ白な箱。中に入ると、やはり真っ白で、ベッドと机があるだけだった。何? 病院? ここで生活していて気がどうかならないなんて、どうかしている。この時代の家がみんなこうだなんて思いたくはないけど。

「さてと……良かったら、解説してもらえる? なんなのこの時代。すっかり幽霊の立場ないじゃない」

「君の知ってる時代というと、21世紀中頃か?」

「ええ。生きてたのは20世紀の終わり頃だけど、そっから50年くらいは活躍したわね。私があんたのご先祖とやりあったのは2040年よ。その頃まではちょくちょくこっちに出てたわ」

「じゃあその後の世界の話をすればいいのか。……ああ、別に文化とか政治とかその辺の話はどうでもいいよな」

「心底興味ないわ」

 どうせこの男、私が知りたいような方面の文化は知らないもの。きっと。

「21世紀中頃といえば……まだ霊の存在自体が半分幻覚だと思われてた時代だな……。となると違いがあり過ぎて説明するのも大変だ」

「今は何年なの」

「2150年」

 私が回復するのに110年か。よほど深い傷だったらしい。

「今世紀初頭、つまりほぼ50年前の2103年が、悪霊退治元年とか言われる。霊体にダメージを与える武器が初めてできた年だ。感知する技術や追い払う技術に関してはもう少し前から出来てたと思うが……すまん、正確には知らん。あまり歴史は得意じゃなくてな」

「とんでもない」

 私はニッコリと笑う。

「100年経っても、そういう人がちゃんといるってわかって、とても嬉しいわ」

「そうか、それはよかった」

 男はくったくなく笑う。……この時代の人間にはイヤミが通じないのか。

「で、今やほとんどの幽霊や悪霊の類は、この世界に出現してすぐに発見され、捕獲ないし退治されてしまうんだ。東京みたいな大都市だと1時間以内に退治されるのが普通だ」

「あのハゲも、センサーで監視してるみたいなこと言ってたわね……」

「霊の探知情報は公開されてるんだよ。だから奴らみたいなのも後を絶たないんだ」

 そういえば、こいつ、口調が柔らかくなってるな。最初の格闘シーンがあまりにも凄絶だったので騙されていたが、案外、なよっとした奴なのかも。

「で、善良な霊なら……相談所のほうに案内されるんだ。そういう施設があるんだよ。そこでは霊と話をするのを専門にしてる医者がいて……成仏に至れない理由を探って、心残りを解決したり、未練を断ち切ったりする」

「カウンセリングってわけね」

「知ってるのかい」

「生きてる人限定のはね。昔からあったわ」

「で、悪霊の類は…………いやこれは、本当に矯正不可能な悪霊と認定された場合だけに認められてることなんだけど、その……」

 私はニコッと笑って、男のわきに置いてある銃を指差した。そのまま右手の人差し指を立てて言った。

「バン」

 そして指先に漂う煙を吹き消す仕草。古すぎて伝わらないかな。

「更正できないような性質の悪い連中は消しちまえってわけね。わかりやすいわ」

「そ、そんな言い方しなくても……」

「気にしないで。私の生きてた時代もだいたい同じだから」

「え? まだ君の時代には霊に対してのアプローチなんてないだろう」

「生きてる人に対しての話よ。更正が望めない犯罪者は死刑。同じことよね」

「い……生きてる人間に対してそんなこと、するわけないじゃないか! 君たち野蛮人の時代とは違うんだよ!」

 なんだ? 男が怒鳴りだした。

「あはは。野蛮人? 何言ってんの。ほんの100年前よ」

「この時代の人間から見れば立派に野蛮さ! し、死刑だなんて……生きてる人間が生きてる人間を裁く権利なんか無いよ! い、今は……無いんだよ、死刑なんて。鞭打ちだって拷問だって無い。君たちの時代には同じ人間同士で……酷い仕打ちをしてたって聞いてるけど、もう犯人を傷つけるような刑は無いんだ。犯罪者だって同じ人間だよ。罪を憎んで人を憎まずさ。更正させるんだよ」

 あらあら、あたしそういうの、大っ嫌いなのよね。胸くそ悪い坊やだこと。くすくすと笑ってやる。

「それはご立派。洗脳でもするのかしら?」

「洗脳? ち、違うよ。……僕もよく知らないけど、犯罪に手を染める人も、それは本人のせいじゃなくて、脳のある部分が正しく成長しなかったからなんだって。だから、外科手術で治療するんだ。その部分の脳細胞の結合を一旦解除して、正しい並び方に再結合するんだよ。そうすると、人格が矯正されて、正しい人間になれるんだ」

 得意そうに言う青年。

「……わーお。これは予想の斜め上だわ」

 ほんと、こりゃ驚いた。

「すごいのねえ。この時代の人って。殺すより凄いわ。脳の改造じゃない。人体実験ってわけ」

「ち、違うよ。実験じゃないよ。ちゃんと長い歴史の中でいくつものその……実験で裏づけが取れた手術で……危険なんかないんだ。失敗する確率は七つ子が生まれる確率より低い」

 七つ子? その変な言い回しはこの時代特有のものかしら。

「ぷっ。そうよね。もう実験の段階はとっくに終わってるのよね。膨大な犠牲者の上に……。なるほど納得。私たち野蛮人の時代じゃ考えられなかった」

「た、た、確かに過去にそういう、あっちゃあいけない悲劇があったのは認める。でも少なくとも今行われてる手術は正しいものだよ。犠牲の上に成り立っていたとしてもそれをムダにしちゃいけなくて……」

「あっははははははは」

 ムキになっている男がおかしかった。

「いいのいいの。どうでもいいことじゃない。犯罪者なんでしょ? 都合のいい人格に書き換える。結構じゃない。口で説得するのも面倒だし無理そうだし、脳を改造するか! って」

 笑うしかないわ。やれやれ。素敵な世の中になったもんね。

「そ、そうじゃないんだよ……! これはあくまで更正させているんだ。都合よく書き換えてるだなんて……。君らの時代の感覚じゃ理解できないかもしれないけど、別に犯罪者じゃなくたって、脳細胞にメスを入れる手術は行われてるんだ。効率よく知識を吸収させる為の脳細胞再配列手術なんかも、もうメジャーになってきてて、子供のうちに受けさせる親が増えてきてる。まだ高額だからお金持ちじゃないと無理だけど……」

 ブハッ。私は吹いた。もう限界。

「脳細胞再配列……ですって? キャハハハハハハ。りょーきてきぃ! 子供の脳を切り刻むのぉ? 親が望んで? 嘘でしょぉ?」

「君は絶対に誤解しているよ。これはけして子供を傷つけているわけじゃないんだ。君たちの時代にだって、歯の矯正手術くらいあったんだろ?」

 あはは。それと同じなんだ。この時代の人の感覚。私は茶化してやる。

「子供のうちに包茎手術を受けさせる親なんてのもいたわよね!」

 男が真っ赤になっている。この手の冗談はやめとくか。

「そ、それだって、親の愛情だろ? 子供の幸せを思ってのことさ」

 ふーっ ふーっ。ちょっと笑いすぎて苦しい。

「はぁ。はぁ。もういいわよ。どんな素敵な未来が待ってるか、100年前の人に教えてあげたいわね」

 私は男をシゲシゲと見つめた。この男に復讐を果たすのもなんか違う気がしてきたなぁ。こいつ全然、京四郎の奴とは似ても似つかない甘ちゃんだ。こんなの殺したって意味ないわ。

 こいつの目的も結局よくわからない。深く考えずに闇商人に捕まった私を助けたものの、悪霊と聞いて野放しにはできないから監視しようっていうことかしら。

「私、眠くなってきちゃった。あんた、結局、私になんかする気ある? 何もしないんなら、私寝るけど」

「なんか?」

「触れやしないけど、目の保養くらいにはなってあげてもいいのよ」

「?」

 男はぽかんとしている。……未来人が、というわけじゃないな。単にこいつが鈍いだけか。こいつを代表扱いしたら、この時代の人に失礼ね。

「おやすみ」

 私はまどろみながら思った。……でもそういえばこいつ、一人で訓練された兵士を十人かそこら瞬殺したんだっけ……。何者なんだろう。

 ま、居場所も目的も力も行き場も……すべて無くした悪霊が、そんなこと考えたって仕方が無いわね。

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