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とある男の日常

いつも同じ夢を見る。

名前も知らない黄金色の美しい髪色をした女性がコツコツと

足音だけを立て、暗闇に消えていく。そんな夢だ。

夢を見ている時だけ何故か記憶が鮮明に覚えていて、夢の中でも意識がある。

名前を訊こうとしても、話し掛けたとしてもただ、時を刻む時計のように

コツコツとどこか哀切な音を立て、姿が遠のいてゆく。

きっと彼女は何かを伝えたいのだろう。

夢を見てふと目が覚め、鏡を見ると、涙で顔をクシャクシャにしている。

それから、ありふれた憂鬱な日常を何食わぬ顔でただ淡々と送っていく。

眠っていても、起きていても一向に悪夢は覚めない。いつになれば

夢から覚めることができるのだろうか。

今日も時間だけが去ってゆく。彼女のように音を立てながら。

今晩もまた彼女に逢う。

その光景は、暗闇の中で一輪だけ咲く花のように凛とした美しい彼女がいる。

今日もこちらに背を向けひっそりと去ってゆく。

そんなことを予想していたが、予想は大きく外れた。

「私を…探して…」それだけを言い残し瞬く間に目の前から蜃気楼のように消えた

(探す?探せと言われても、手掛かりなしでは探せない。どうすれば…)

いつのまにか、外からは鳥の囀りが聞こえる朝を迎えていた。

慣れた手つきで準備をしてドアノブに手を掛ける。

仕事をしていても、あの夢のことが頭から離れない。

その時、上司に肩を叩かれる。

「おい、大丈夫か。しっかりしろ」

「はい…大丈夫です」

こんなところで大丈夫ではないと言えるはずがない。

「最近、働き過ぎだよ。少しは休め。」

(こんな時に休んでられるか。こっちは働くために生きているのではないんだ。)

誰にも気付かれない声で一人呟く。

舌打ちをして、ブラックコーヒーの缶を手に取り一気に飲み干す。

フラフラと足元をおぼつかせながら、帰宅する。

帰宅すると、部屋には、ただ鬱蒼と冷たさが広がっている。

「…ただいま」

誰の耳にも届かない程度に虚空に向かい挨拶を交わす。

返事が返ってこない。より心が冷たく感じる。

何度も読み展開を覚えている漫画を手に取り暇を潰す。

「…もう飽きた」漫画を本棚にそっと戻し

ベットに横になり何も考えずに天井を見る。

「……死にてぇな」

ただその一言だけは頭からは消えない。

今日も冷めて硬くなった弁当を温め口に運ぶ。

いつもと何も変わらない味が舌を刺激する。

「…まずい」

前は美味しく感じたのに、今では何も感じなくなった。

そんなことを考えながらも完食する。

風呂に入る気力が湧かずベッドに横になり目を瞑る。

「ここじゃないどこかに行きたい」

目を瞑りながらふと考える。

いっそ仕事を辞めて好きなことだけをやろうかと自暴自棄になる。

周りが暗くなり目の前にはまた彼女がいる。

今私は眠っているということにここで気づく。

今回はなぜかモノトーンの彼女がいる。

モノトーンだと何処かいつもとは違う美しさがある。

「…さよなら」耳をすまさなければわからないほど微かな声だった。

彼女は背を向け静かに闇に向かって歩いて行く。

それから、彼女には会えなくなり、悪夢を見ることもなくなった。

だが、どこか胸にぽっかりと開いたような喪失感が残る。

それから全く仕事が手につかず辞職した。

何もない毎日が始まった。

最初は何事にも縛られないという自由に喜んでいたが

数日経つと考え方は全く変化を見せた。

何もやることがない。なくて良いと思っていたがいざ無くなってくると

生きる目標が消えてしまった。

毎日挨拶をするようにやってくる朝。

月日が経ってゆき段々と恐怖感を感じるようになっていった。

「…死にたい」

その言葉だけがまた残ってしまった。

退屈な時間が飽きるほどやってきては去ってゆく。

何も考えていない時に、彼女の声が聞こえるようになった。

「私を探して…」あの声が何度も鼓膜を振るわせる。

ある日、彼女を探すために旅をすることにした。

彼女の声と服装を手掛かりだけで暗中模索で探す。

何も考えず歩き回る。いつもとは違う時間が流れる。

漫画ではよくあるシーンを思い出し、スクランブル交差点へと足早に進む。

車が走るとともに鳴り響く轟音、人が歩いていることがわかるほどの

足音が轟音とともに空間に響いては消えていく。

信号を待っている時間がやけに長く感じた。

いつもは体感50秒ほどだが何故か数十分ほど待っているような退屈さがある。

足が痛い、身体中が軋んだような音を立てる。

これが何より自分が生きている証拠だと勝手に解釈する。

全身が痺れるような痛みが走り出した時にやっと信号機の色は変わる。

いつもとは違う嬉しさで胸を躍らせゆっくりと歩みを進める。

反対には数えきれないほどの人がいる。

信号が変わった瞬間、壁のように迫ってくる。

恐怖感を感じつつ歩く。

歩いて行くと段々と不安感がなくなりむしろ愉しさが芽生える。

真ん中に来たところで、反対側にいた人とすれ違う。

だがそこには日本人らしい黒髪だけしかなかった。

あの特徴的な黄金色のシルクのような美しい髪の人はいなかった。

「あぁ、いったいどこにいるのだろうか」つい言葉が零れる。

ちょうど近くにあった適当な飲食店に入り、一人用の席に腰を下ろす。

なんとなく、直感で選んだものだったが想像以上に美味しかった。

久々に美味しさを感じた瞬間だった。

しばらくボッと何も考えずに時間が過ぎて行く。

何事もなく会計を済ませ、ふらっと店を後にする。

なぜだかいつもとは違うことが胸を躍らせる。

これが生きるということなのだろうか。

だが、結局は誰にもわからない。気づかれないまま身体は滅び消えていく。

しばらく夜の街を歩き回り、辺りを見回す。

そこには、自分には知らない世界が、まだ広がっている。

自分がその世界を完全に理解するのなら、先にこの身が滅んでしまうくらい

無尽蔵に世界が広がっている。

知らない場所を踏みしめながら、空気を堪能する。

ここら辺はやけにカップルが多い。

周りをよく見渡してみると、官能的なピンク色がよく目立っている。

そう、ここはピンク店が並ぶ場所だった。

私には無縁な場所なのだが、自然と胸が昂る。

だが、持ち金がなくホテルを予約していたのでその場から遠ざかる。

ホテルに向かっている間にある奇妙な人を見た。

全身をローブのようなものに包み、顔が見えない人物だ。

髪の毛はやけに黄金色で夢の中に出てきた女性に瓜二つであった。

その人物は建物と建物の間に入っていった。

それに続き自分も追いかけるように路地裏に入っていく。

そこはやけに雰囲気が全く変わっていかにもなところだ。

路地裏に入り暫く歩くと人影は瞬く間に消えていた。

頭を掻きもう一度周りを見渡した後に静かに道を引き返す。

さっきの出来事を考えながら大通りを歩く。

何やら不気味で不可思議な出来事だった。

歩いているといつの間にか目的地に着いていた。

歩いている時の記憶が曖昧になる程の疲労がのしかかる。

チェックインを済まし指定された部屋に入る。

自分の殺風景な部屋とは似ても似つかずやけに洋風な部屋だ。

荷物を置き風呂に入る。湯加減はちょうどよくとても極楽だ。

ふわふわと優しい肌触りのタオルで全身を拭い着替える。

ベッドに横になり今日の出来事をまた思い出す。

ガヤガヤとした人混みの中を歩き美味しいものを食べ、謎の人物に遭遇した。

その謎の人物の正体を知りたくなったが考えるのをやめた。

すこし腹が減ったので、ホテルから出て呑み屋を探す。

暫く歩くと丁度よく随分と年季がはいった一つの店を見つける。

勿論ドアはスライド式で暖簾がぶら下がっている。

気になったので店に入り近くの席に座る。

椅子に腰を下ろし、大将が水が入ったグラスを持ってくる。

「いらっしゃい」

この道のプロのような顔つきをしている。

顔には所々皺があり、シミがやけに多い。

メニュー表を見て、一番しっくりきたものを注文して水を飲み待つ。

飯を待っていると横に昭和感の強い服と帽子をした年寄りが

杖をつきながら椅子に座った。

「大将、いつもの」

「はいよ」

いつものという一言だけで会話が成り立つほどの常連だと確信した。

いつの間にか目の前には豪華な飯に酒が入ったジョッキが置いてある。

手に箸をもち食べようとした刹那、隣に座っていた昔のポスターから

出てきたようなおじさんが話しかけてきたのだ。

「おい、ここら辺のやつじゃねぇよな」

「はい、そうですけど」

話しかけてきた時は蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなった。

声が野太く、声が酒でカラカラに焼けている。

「いまの時間帯はあぶねぇやつが多いから気ぃつけろ」

所々訛っていて、聞き取りづらかったが会社で養われたトーク力でこの場を凌ぐ。

ジョッキに手をかけグイッと持ってゴクゴクと喉を鳴らしながら酒を嚥下する。

ジョッキを勢いよく机に置いてフッと息を吐く。

「んで、どこからきたんだ」

睨むような目付きでこちらを窺う。

「い、茨城から来ました…」

「わっはっはっは」

他の客がいるにも関わらず大きな笑い声をあげる。

「おめぇ、いばらぎから来たんか」

さっきの目つきは一体どこに行ったのか、瞬く間に優しい目つきになっていた。

「実は、オレもいばらぎ住みだった時があってな」

茨城を″いばらぎ″というのに違和感を覚えるが、そんなこと気にはできなかった。

酒をグビって飲んでフウッと息をする。

ここから茨城は何もないこと、おじさんのこれまでの人生の話を30分ほどした。

その時間は、周りから見て楽しいように見えてとても退屈なものだった。

「んでさ、話が変わるんだけどよ、最近この辺に変なねぇちゃんが出んだよ」

ここで自分は衝撃を受ける。そう、あれは幻覚ではなかったということだ。

「その話詳しく話してくれますか」

「おぉ、にいちゃん食いついたねぇ」

「あれは、オレが酒を飲んでヨタヨタ歩いて家に帰ってる時だったな。

目の前をここじゃああんま見ねぇ金髪のねぇちゃんがよ、

暑いのに変な布を被ってたんだよ。」

「気になってな、話しかけようとしたらいつのまにかいなくなっちまったんだよ」

呂律が回っていない。途中何を話しているのかは完全には理解できないと思ったが

案外理解できた。

「教えていただきありがとうございます」

目の前にある水をちょっとばかし口にしながら小さく頭を下げる。

「にしても不思議な話ですね」

そんな言葉を口にすると、おじさんはタバコを一服しながら何かを言いたそうにしている。暫くしてタバコの独特な匂いが店内中に漂い紅の炎を出しながら短くなっていき、最初の4分の1ほどのところで使い古されたことがわかるくらい焦げが付いている灰皿に擦り付けた。

「にぃちゃんよぉ、ここの焼き鳥はうめぇんだよ、」

大将がちょうどいいタイミングで焼き鳥の乗った皿を昭和を匂わせる老人の前に置いた。

「どれ、にぃちゃんも食うか?」

焼き鳥の串を手に取り見た目とは違い綺麗に食べながら言ってきた。

「…じゃあ、いただきます」

酒呑みのおじさんから一本の竹串に刺された焼き鳥を手渡され一口齧ってみる。

昔ながらの味がよく焼き鳥に染み付いていてそのタレはこの店の歴史を語る本の

ようだと無意識のうちに考えていた。

「これ、美味しいですね」

「なぁ!うまいだろ!」

こちらに過去の社会を見て穢れきった目を輝かせながら嬉しそうにタバコで原色の黄色に染まった歯をカチカチと鳴らす。

そこから、自分は所持金がギリギリだったが欲望には勝てず一番安かった酒を注文した。ジョッキの淵部分まで入った夕焼けを彷彿とさせる薄い赤橙色の発泡酒が

フツフツと音を立てている。

それを手にして、おかわりをする金がなかったので一気に飲み干さない程度

に静かに嚥下する。

味は極上に美味だとは言えなかった。

どこにでも売っている安っぽい酒の味だ。

だが、何故だろうか。この店で飲んでいるといつも飲んでいる安酒よりも美味さがありコクが強く感じられた。

「この店には何か秘密があるのではないか」そう疑った。

しかし、酒が届くまでの一部始終を見たが何も違和感や不思議さを私の脳は感知しなかった。安酒を飲み過ぎたおかげで頭がやられてしまったのか。そんなこと

病院に行こうが過去に行こうが絶対にわかることはないのだろう。

しばらく、酒を飲みながら世間話をした。

その時間はいまでも昨日のことだったかのように鮮明に覚えている。

「んじゃ、俺もう帰るから」

重い腰を上げながら歩く昭和は呟いた。

「…ありゃ、金忘れてきた、大将、ツケで頼んだ!」

大将は溜息をつきながら吐き捨てた。

「ヤマちゃんこれで何回目だよ、俺も生活が苦しいんだからさ…」

「わりぃわりぃ大将、んじゃ、お前も気をつけろよ」

そう自分の肩を叩きながら茶色の服を靡かせながら、夜の闇の底へ消えていった。

隣にいたおじさんが消えた席には未だにタバコと酒臭さが残っている。

誰もいない空間に寂しさを覚えながらグイッとグラスにあった酒を飲み干した。

カウンターに置くと、氷がカランと哀しげな音を立てながら、じっくりと溶けていく。氷が完全に水になったあと、あの昭和を彷彿とさせる男の姿を重ねるようにして席から立ち会計をする。財布をとぼとぼと手に持ち一枚の札を渡して、背を向ける。「お客さん、おつりは?」大将がそう呼び止めてきた。

「あのヤマちゃんという人のツケの足しにしてくれ」

そう吐き捨て、ゆっくりと歩く。

外に出ると所々にテラテラと静かに光るライトが何故だか美しく見えた。

それは、何もない闇の中でただ一輪咲いた花のようだった。

ホテルに戻るため自分の背より何倍も大きい街灯を目印にして向かっていく。

10分ほど歩いたところにまたあの女がいた。

海を彷彿とさせるテラテラと夜の光を反射する瞳をもち、フードの隙間から飛び出した黄金の髪を靡かせている。

「あなたは誰なんだ?」そうわたしは問いかける。

「わたしはあなたが抱いた寂寞感を満たすための存在にすぎない」

そんな答えが返ってきた。正直、全く意味を理解できなかった。

「わたしはあなたを探してここまできたんだ!何か教えてくれ!」

そう叫んだ。その声はカサカサと酒で枯れた喉を必死に振るわせたにも関わらず

悲しく夜の闇へと消えていった。

「わたしはあなたが生んだ妄想なのよ」

「何故だ!あのおじさんも見えていたはずだ!」

返ってきた言葉に反論しようとしたがそんな言葉しか出てこなかった。

「あなたは、妹が死んだことで孤独感で押し潰されそうになっていた。

そんな時にあなたは気を紛らわせるためにわたしを生んだのよ」

そう、現実を突きつけられた。

自分は忘れていたのだ。職を失ったことで自殺まで追いやられたこと、そして妹が不運な交通事故で死んだこと。全てを思い出した。

その途端、目尻から涙が溢れ出し地面に手をつき四つん這いになっていた。

「うそだ!うそだうそだうそだうそだうそだうそだ!」

現実を受け止められなかった。自分の理想へと逃げ出したかった。

「それでは、さようなら」

こちらに背を向けて静かに歩き出す。

「…ありがとう、ゆっくりだけど現実を見ていくよ」

そう立ち上がり涙を流しながら嘆く。

静かに女は近づいてきた。そして、優しく毛布のように自分を包み込むように抱擁した。

「あなたのその言葉が聞きたかった…」

気付けばそこには誰もいない。ただ自分の胸の苦しさと切なさだけが残っていた。

頬を伝い流れた涙を拭きながら、その場を後にした。

都会の夜景は妖麗なほど美しく、ひとつひとつのライトに命があり、生活がある。

だが、最初見たときよりもやけに視界がぼやけるが美しく見える。

そんな、コンクリートジャングルと呼べる場所に1人の男が歩いている。

その男は、残酷な過去を背負いながらも月夜に照らされ静かに歩いている。

あの夜、いつものように見ていた夢のように。



















































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