「どちらが大切なの?」と聞いたら、旦那様が泣き出しました。
「末姫様と私、どちらが大事なのですか?」
普段であれば絶対にしない質問をあえて問いかける。多分私は限界だったし、屋敷の皆も限界だった。
夫はきょとんと目を丸くすると、
「………………どうして、どうして、そんなことを言うんだ」
と言って、さめざめと泣き出した。
◆
貴族の婚姻は大半が政略結婚。その例に漏れず、私と旦那様は幼い頃から決められた結婚相手だ。名門侯爵家と爵位だけは立派な伯爵家は祖父が侯爵家を助けたことがあるからなどという浅い理由と大人たちの思惑で結びつくことになっていた。
旦那様は、昔から特に変わらない人だった。
冷静沈着、大人顔負けの頭脳、身体能力も頭ひとつ抜けている、おまけに美形。ちんちくりんでその辺に3人はいそうな顔の私とは大違いのキラキラとした存在。学園に通っているころはそれはもうやっかみを受けたものだが逆に愛人におさまれるのではないかと画策するものも多かったし、面と向かって別れたほうがいいんじゃない?と遠回しに言われることもあった。
まあ、特に別れることもなかったのだが。後から聞いた話ではあるが、そもそも旦那様の家も少々力が強くなりすぎてここらで無害な家と繋がろうというよくわからない理由がメインでこの婚約が成っていたのだ。そんなことある?とは思ったがそんなことがあったのだ。親世代の話は私にはわからない。
そんなこんなでそれ以上何が起きることもなく厳かな結婚式を終え、私たちは晴れて夫婦になった。……なのだが、結婚初日に旦那様は部屋に来なかった。突然呼び出しを受けたとかなんとかで。執事が伝えてくれたのはちょっぴり評判の悪い末姫様に目をつけられたということだけだ。
曰く、「旦那様は長年の婚約者に飽きた」。
曰く、「陛下の寵愛深き末姫がこの結婚を喜んでいない」。
曰く、「そもそも旦那様は結婚する気なんてなかった」。
あらまあと首を傾げている間にもおしゃべりな雀たちが話を広め、すっかり私は放置妻の称号をもらってしまった。実家から付いてきてくれた侍女なんかは帰りましょうと言ってくれているが、こんなことで戻ってくる娘など恥だろうと宥めた。
そうして一日、二日、三日、七日、二週間と間が伸びて、やっと旦那様の顔が見れたのは一月後のことだった。だから、つい言ってしまったのだ。
「末姫様と私、どちらが大事なのですか?」と。
これで振られたらきっぱりさっぱり諦めて実家に帰ろう、そう思っていた私とは反対に旦那様は泣き出したのだ。
「……贈り物は、嫌だったか?」
「え?」
「私の目の色をあしらったものは、嫌だったろうか。今まではあまり高価なものを渡すなと言い含められたから。結婚したらいいだろうと思って手配したんだが、やっぱりわたしのような初日から放置するような愚かな男にはもう愛想が尽きてしまったのだな……」
「あの、旦那様? 話が見えないのですが」
「花もたくさん贈ったのだが、やはり薔薇や百合よりもっと小さな花がよかっただろうか。でも贈り物にはそれが最適だと……」
「え? え?」
「手紙もたくさん書いたのだが、だめだったろうか……」
ハラハラと泣きながらも旦那様は喋る。けれども話の内容がひとつも理解できない。
贈り物なんて何ももらっていない。花だってもらっていない。手紙なんて一通もきてない。何かがおかしい。
追求しようと口を開きかけるが、ぐらりと旦那様の体が揺れ、慌ててその体を支える。そしてそのご尊顔を間近で見てようやく気がついた。……綺麗な顔立ちで誤魔化されていたが、かなり濃い隈がある。心なしか顔も青白い。
「お、お医者様!お医者様を呼んでーっ!!」
わたしのその一言で、今まで固唾を呑んで見守っていた使用人たちが一気に動き出した。
結果として、特に大きい病気ではなく過労だった。「ひと月の間に、ろくに睡眠が取れてないのでは?」というのがお医者様の見立てであり、それに全く気が付かなかった自分を恥じた。旦那様はすやすやと眠っており、片手で私の手をしっかりと握って離してくれない。……どれだけ眠っていなかったのだろうか。
そういえば、旦那様はいつだって誠実だった。最初に引き合わされた時も、愛人候補を自称する令嬢に迫られた時も、エスコートしてくださる時も、結婚式の時も。
『激しい恋ではないと思う。でも、政略結婚だったとしても、結婚相手が君でよかったと思ってる』
いつもの冷たい表情ではなくて、ちょっとだけ目尻が下がった笑い方。ああそうか、私は甘えていたのだ。いつだって誠実だった彼がそんなことするわけないと思って言ってしまったのだ。
「……ごめんなさい」
握られた手に力が籠る。隈にも疲労にも気づけずに何が妻だろうか。自分が情けない。俯いて手を見ていると、わずかに衣擦れの音がした。
「……泣いているのか?」
「泣いてません」
「泣いているようにも見える」
「……錯覚ですよ」
ゆっくりと目を開けて、私の頬に手を添える旦那様は前よりも青い顔をしていたが、眠ったことで少し元気になったのは頬に血色が戻ってきている。添えられた手にそっと頬ずりしてみれば、いつもよりずっと穏やかな顔で旦那様は笑った。
「不誠実なことをしてすまない。君はいつでも私の背を押してくれるから、甘えていた」
「いえ、私の方こそ……。まだ、眠りますか?」
「起きるよ。本当はそろそろ君不足で枯れ果てるところだった」
旦那様は起き上がると、思い切り私を抱きしめる。ぎゅうぎゅうとしばらく大人しく抱きしめられると、ぱっと体が離れた。一応は満足したのだろう。
「で、私からのものは何も届いていなかったのか?」
「はい。なにも」
「伝令もか?」
「はい」
「………………そうか。誰かが横流しでもしたのか。処罰が必要だな」
「そんなにたくさん贈ってくれたんですか?」
「……手紙と同じだけの量を贈った」
「では、お手紙と一緒に返してもらわないといけませんね」
そう笑って見せればこつんと額同士がくっつけられる。やはり、私たちはお互いに甘えていたのかもしれない。たくさん、たくさん言葉にしなければ伝わらないのだ。
「私は、君が大事だ。……君がそばにいてくれるなら、それでいいんだ」
そう、旦那様が言って。結婚式ぶりに私たちはゆっくりと二人だけの時間を過ごした。
◆
そこからはもう怒涛の勢いだった。末姫様に呼び出されてもなんのその。夕刻には颯爽と帰ってくる旦那様に苦笑しつつも穏やかに過ごした。そのおかげか旦那様は毎日ご機嫌で仕事をしているらしく、周りの皆からは感謝された。それまでは寝不足と私不足でかなり張り詰めていたんだとか。
そして、贈り物の横流し先はやっぱり末姫様だった。どうも私のような平凡な女が旦那様の隣にいることが許せなかったらしい。
とはいえ無遠慮な呼び出しと私への贈り物の総額を合わせて報告された結果、陛下が大激怒したらしく急に遠くの国に輿入れが決まったらしい。ドレスの類はサイズが合わずに破られていたが、幸いというべきか装飾品の類は無事に全て回収できたようでまた作り直して私に贈ってくれるようだ。
「高価な物でしか愛を示せなくてすまない」、なんて言っていたが十分だ。私は十分に愛されているのだとわかったし、何よりも届いていなかった手紙に書き綴られていた愛の言葉の数々に満たされているのだ。これ以上を望めば本格的に分不相応になってしまう。
「そういえば旦那様、良いお知らせと悪いお知らせがあります」
「……悪い知らせからで頼む」
「しばらくの間、寝室を分けたほうが良いかもしれません」
「…………良い知らせは?」
「家族が増えますよ」
そう伝えて、いつもの涼やかなお顔が満面の笑みに変わった瞬間を私は生涯忘れないだろう。
追記
誤字報告ありがとうございます。夜中に書いてるのでやはり見落としがありますね。助かります。
追記2
大筋に関係ないのでばっさり切り落としたんですけど末姫様、13歳です。この子だけ母が違います、




