反撃の糸口と、握りつぶされた科学
一ヶ月の一時閉廷期間。
その間、僕は警察署の面会室で、中田弁護士と高橋さんに、僕の身に起きた一年前からの出来事をすべて、事細かに打ち明けた。
交通事故に遭った友人を治して家を出たこと。
新宿駅で、母さんの指の怪我を治したこと。
唯一優しくしてくれたホームレスのシゲさんの肺病を治して、老人になってしまったこと。
ボランティア職員の山川に騙され、ビジネスホテルで彼の娘の顔を治し、その様子を動画で撮影されたこと。
そして事件の夜、新宿駅から両親をつけていた黒いキャップの男の存在――。
僕の途切れ途切れの長い告白を、二人は涙を堪えながら、一言も漏らさずメモに書き留めてくれた。
「……分かった。君の証言をもとに、全力で裏付け調査を進める」
中田弁護士は血走った目でそう約束し、世間からの猛烈なバッシングの嵐の中、泥臭い調査に奔走してくれた。
数日後、面会室に現れた中田弁護士は、少しだけ希望の光を宿した顔をしていた。
「聖くん、君の言う通りだった。新宿の地下道で聞き込みをして、亡くなった『シゲさん』という男と、いつも一緒にいた『こうちゃん』という不思議な少年のことを覚えているホームレスたちを見つけたよ」
それは、僕が確かにあの冬、十歳の姿で新宿にいたという小さな証明だった。
しかし、中田弁護士の表情はすぐに険しく曇った。
「ただ、事件当夜に新宿駅からご両親をつけていた『黒いキャップの男』の目撃情報や防犯カメラの映像は、今のところ見つかっていない。……今の世間は、私たちの事務所を完全に敵視している。聞き込みに行っても『人殺しの味方をするな』と水を撒かれる始末で、調査は難航を極めているんだ」
社会の「常識」という分厚い壁が、真実への道を物理的に塞いでいた。
「もう一つ、君を騙した『山川』という男と、彼が撮影した『治癒の動画』だ。これが手に入れば、君の能力を法廷で証明できる強力な証拠になる。現在、ボランティア団体の名簿から男の身元を洗い出しているところだ。……絶対に、見つけ出してみせる」
中田弁護士の言葉に、僕はシワだらけの手を合わせて深く頭を下げた。
僕の言葉を信じ、僕のために動いてくれる大人がいる。その事実だけで、軋むような老体の痛みも、冷たい独房の孤独も、少しだけ和らぐ気がした。
しかし。
僕たちの微かな希望は、再開された法廷で、木戸検事の冷酷な一撃によって無残に打ち砕かれることになる。
一ヶ月後。第一審、再開。
法廷の傍聴席は、相変わらず僕たちへの憎悪に満ちた群衆で埋め尽くされていた。
裁判長が着席し、開廷が宣言された直後のことだった。
中田弁護士が前回の「DNA鑑定」に基づく主張を展開しようとした瞬間、検察席の木戸検事がスッと立ち上がった。
「裁判長。弁護側が前回提出した『DNA鑑定書』について、検察側から重要な報告があります」
木戸検事の声は、法廷全体を冷え冷えとさせるほど静かで、自信に満ちていた。
「検察が独自に専門機関へ再調査を依頼した結果、警察で保管されていた竹原聖の『へその緒』は、長年の保管状態の悪さから細胞組織が著しく【劣化】していたことが判明しました。さらに、弁護側が依頼した民間の鑑定機関の検査プロセスにおいて、コンタミネーション(試料の汚染)が発生した可能性が極めて高いという所見を得ました」
「な……っ!?」
隣で、中田弁護士がガタッと音を立てて立ち上がった。
「よって」
木戸検事は中田弁護士を嘲笑うように一瞥し、裁判長に向かって高らかに宣言した。
「当該DNA鑑定の結果は、劣化した試料と杜撰な検査による【誤検出】であり、科学的証拠としての能力を一切有しません。検察は、この鑑定書の証拠採用の却下を求めます」
法廷が、どよめきに包まれた。
「ふざけるな! 鑑定機関の所長は、間違いなく一致したと……!」
「弁護人は静粛に」
裁判長が冷たく言い放ち、木戸検事から提出された「再調査の報告書」に目を通した。
「……確かに、検察側の主張には十分な根拠が認められます。常識的に考えても、七十代の被告人と十歳の少年のDNAが一致するなど、自然科学の法則に反しており、検査過程の重大なエラーと考えるのが妥当です。よって、裁判所は本鑑定書の証拠採用を【却下】します」
頭を、鈍器で殴られたような衝撃だった。
(嘘だ……)
そんなわけがない。
コンタミネーション? 誤検出?
違う、僕のDNAだ。僕自身の体なんだ。
「裁判長! それはあまりにも……!」
激しく抗議する中田弁護士の声を掻き消すように、傍聴席から「ざまあみろ!」「当然だ!」「詐欺師の嘘がバレたぞ!」と、歓喜の野次が飛んだ。
科学という絶対的な真実すらも、権力と「常識」の前に、ただの紙切れとして握り潰されてしまったのだ。
「それでは、証拠調べ手続きに入ります」
裁判長の無機質な声が響く。
僕たちは初っ端から最大の武器を奪われ、文字通り丸腰の状態で、検察が用意した「死刑へのレール」の上に引きずり出されてしまったのだった。




