お見舞い
窓にかかった薄いピンクのカーテンを、ひらりと風が揺らした。
「先生、寒くないですか? 窓閉めましょうか? 」
私は椅子から立ち上がった。
ここは雨宮先生が入院している病院。
今日はお見舞いに来たのだ。
「いいえ、ちょうどいいわ。風が秋らしくなってきたわねえ」
ベッドの上で、たてかけた枕に寄りかかった雨宮先生は、小皿によそった梅のはちみつ漬を食べている。
「うーん、おいしい。
佐代さん、わざわざお見舞い持ってきてくれてありがとう」
「春に漬けた梅が、まだたくさん残っていたんです。
味のほうがちょっと心配ですが…」
「いえ、とーっても、おいしいわあ。
私食いしんぼだから、病院の食事だけじゃ物足りなくってねえ」
ふっくらしたお顔と体つきで、ころころと笑う雨宮先生。
ついこちらもつられてしまう。
「早く退院したいんだけど、年も年だしねえ。
退院してからも、完全に治るには一ヶ月か二ヶ月と言われてるの。
料理教室はしばらく樹に任せないとねえ。
佐代さんにも負担をかけるわねえ。」
「私は構いません。
先生の料理教室で、私は本当に、救われましたから…。
少しでもご恩返しになれば」
「でもお子さんもいらっしゃるし。ご負担にならない? 」
「基本は家でできる仕事ですし、料理教室は月に2回だけですから」
雨宮先生は、お皿の梅をきれいに平らげた。
「せっかくですから、先生はごゆっくり休んでください。
怪我や病気をしたってことは、休んでいいって時なんですよ」
「なるほど。そういう考え方もあるのねえ」
先生は、うんうんと頷いた。
「私、そろそろ帰ります。お大事になさってください」
「ありがとう。子どもたちによろしくね」
見舞客が帰ってしまうと、静かな病室は、余計寂しく感じてしまう。
「ああ、つまらない。食べたいものも食べられないし。
はちみつ梅、もうひとつ食べちゃおうっと」
ベッドから腕をのばし、横にある冷蔵庫をゴソゴソしていた。
「何をしてるの」
「あら、樹。来てくれたの? 」
顔を上げると、すらりと背の高い先生の孫がいた。
落ち着いたトーンの声が、病室に心地よく響いた。
「いえね、ちょっとおやつを食べようとしただけよ」
「おやつって…もう少ししたら夕食だろ。
それに無理してごそごそ動くと、怪我に響くよ」
「だって、退屈なんですもの。
樹、冷蔵庫にはいっているタッパーとってちょうだい」
樹はため息をつきながら、冷蔵庫からタッパーを取り出した。
「梅のはちみつ漬けか。あいかわらず食いしんぼうだな、ばーさまは」
「ありがとう。あなたもどう? 佐代さんが持ってきてくれたのよ。教室の生徒さんの」
「佐代さん…? 」
樹は一瞬、止まった。
「ええ、料理教室のときに会ったでしょう。彼女が作ったのを持ってきてくれたの。
作り方を教えたのは私だけどね。はい、どうぞ」
雨宮先生は小皿にひとつ梅をのせた。
「食べるとは、言ってない」
「あらそうだった? もう出したから食べちゃいなさいよ」
樹はしぶしぶ口をつけた。
「佐代さん、今はひとりで、お子さんをふたり育ててるの。
真面目で素直ないい人よお。でもちょっと素直すぎるのよね。
もう少し適当でもいいんだけど」
外が暗くなってきた。
樹は立ち上がると窓を閉めた。
そして、小皿を差しだし、ボソッと言った。
「もうひとつ」




