料理教室のキッチンで
当日、私はいつもより早目に教室へ行った。
教室は、雨宮先生のご自宅の一角にある専用キッチンだ。
「ああ、あったあった」
小栗さんが隠しておいてくれた鍵で、専用キッチンのドアの鍵をあけて中に入った。
「うん、綺麗」
ステンレス製のキッチンシンクが、美しく輝いている。
前回の教室が終わった時、磨いておいたそのままだ。
シンクは、先生用のものがひとつと、生徒さん用のものがみっつ。
私が入ってきた専用キッチンのドアの横には、もうひとつドアがある。
そのドアは、生徒さん用の洗面所に続いている。
そのさらに奥に、またドアがある。
それは、先生のご自宅へとつながるドア。
先生はそのドアを通じて、ご自宅と教室である専用キッチンを行き来できるのだ。
もちろん、そのドアには、鍵がかかっている。
私はエプロンをつけ、三角巾をして、身支度を整えた。
食材が届いたら、すぐ仕分けができるように、計量カップや計り、ボウルやザルも準備した。
生徒さん用の椅子も、数を確認して並べ直した。
「こんなもんかな…」
一通り終えたところで、一息ついた。
庭に面した南側の窓の向こうに、木々の葉が揺れている。
そこはデッキになっていて、全開放できるカフェ風の折れ扉がついている。
天気のいい日は、作った料理をみんなでデッキで食べることもある。
「本当に、素敵…」
ふたりの子どもがいる我が家ではありえない風景に、しばしうっとりとした。
「あ、今、何時? 」
はたと時計を見た。
「小栗さんも、食材も、遅いなあ」
なるべく早く来ると言っていたのに…。
小栗さんへの不満がちらりと顔をのぞかせた。
手持ち無沙汰のまま、キッチンのワークトップを指先でそっとなでた。
つるりと心地よい感触を、指で味わう。
「この感触、好きなんだよね」
その時、ふと音がした気がして、顔をあげた。
すると、洗面所へと続くドアが少し開いていた。
その開き途中のドアの隙間に、誰か背の高い人がいる。
男の人だ。
背中がざわっとした。
「ど、ど、ど、どちら様、ですか…」
ひっくり返った声で尋ねると、その人は、低い声で静かに答えた。
「あ、雨宮、です…」
雨宮!?
えっ、じゃあこの人が、先生のお孫さん!?
男の人だったの!




