婚約破棄された転生聖女は、むしゃくしゃしてモフモフにしてやった
「は? ありえないんですけど」
思わず口をついて出た声は低く、思ったよりも遠くまで響いた。
「え、リ、リアナ……?」
公衆の面前で「婚約破棄だ!」とのたまい、堂々と浮気相手を連れてくる男は――ただのクズ以外の何者でもない。
顔だけが取り柄の男に惚れ込んでいた自分が情けなかった。
ああ、むしゃくしゃする。
この鬱憤をどう晴らすべきか――癒しを求めた心は、唐突に天啓を得た。
――そうだ、モフモフにしてやる!
◇ ◇ ◇
「リアナ・ヴァレイン! お前との婚約を破棄する!」
それは、春に催される国主催の夜会でのことだった。
唐突にそう宣言してきたのは、アレグリア王国第二王子にして、リアナの婚約者であるジェスター・アレグリアだ。
しん、とその場が静まり返る。
ジェスターは傍らに、金髪の肉感的な美女を伴っていた。
黒髪紫眼のスレンダーなリアナとは対照的だ。
「お前は色気もないし、いつもいつも、魔物の討伐だ、精霊がああだと言い訳を並べ立てて俺を蔑ろにしているだろう。聖女だろうが、たかが伯爵家の出にすぎないというのに、王子の俺を立てて尽くそうと言う気はないのか!」
「――ジェスター様……?」
聖女は国の守り手であり、王族に忖度する必要はない。
それは王侯貴族なら誰もが知っている常識のはずだった。
――もしかして。
(美しい外見に反して、粗野な所も魅力の一つだと思っていたのに……)
勉強嫌いなのは知ってはいたが。
見た目だけなら、金髪碧眼の童話の王子様のような整った容姿。
その美貌に軽蔑の色を浮かべてこちらを見てくる彼は、聖女の何たるかをよく理解していないようだった。
色気が無いだの尽くせだの、何を言っているのだろう?
「あの、もしかして精霊史の授業を受けていらっしゃらないという話は本当で――」
「またそうやって、俺を馬鹿にするのか!」
リアナの言葉を遮り、激怒したように騒ぎ立てるジェスター。
彼が王子として学ぶべきことを放り出し、眉を顰めるような遊びにのめり込んでいるという噂は、事実であったようだ。
「………」
「賢しらなことばかり言って、俺を引き立てることもしないお前にはうんざりだ。聖女といっても、魔物を倒すのは騎士に任せて、どうせ大したことはしていないのだろう」
「そんな……!」
「お前と違って、ミレーネは俺を励まし、支えてくれる」
あ然として言葉を紡げなくなったリアナをよそに、ジェスターは腕にしなだれかかる美女の腰を抱いて続けた。
ミレーネと呼ばれた女性は得意げにこちらを見ている。
リアナが昔一目惚れした美しい王子様は――ひどく下品な表情で彼女を見下ろしてきた。
「お前にミレーネの半分でも愛嬌があればな……まあ、聖女らしくはないが、見目は悪くない。政務も得意だし、彼女のように、俺に誠心誠意尽くす覚悟があるというなら、側室あたりにしてやらんこともないが」
ジェスターはじろじろとリアナを下卑た目で見て、これ以上ないほどの侮辱を吐く。
――その瞬間。
「う……」
ガツンと金槌で殴られたような酷い頭痛がして、思わずリアナはよろめいた。
押さえた頭の奥で、何かがひび割れるようにして、怒涛のように吹き出す。
(あ――)
それは、リアナとして生まれる前。ここではない世界に生きていた女性、自分の――前世の記憶だった。
(……ああ。また、こんな見た目だけのクズに入れ込んでしまった)
自分で自分が情けない。面食いなのは死んでも治らなかった。
前世の私も、こういう顔だけの男に惚れ、尽くし、ボロ雑巾のように弄ばれて捨てられた。
――その記憶が、今の境遇と重なって、恋心を凍りつかせる。
リアナもジェスターに恋をして、聖女としても婚約者としても恥ずかしくないよう日々努め、できる限り彼に尽くしてきた。
その姿勢に満足しなかったのは、ひとえにジェスターがクズだから、としか言いようがない。
どれだけ褒めても満足せず、勉強に誘えば罵られる始末。
今日だってエスコートをすっぽかされドレスも贈られず、挙句の果てに婚約破棄。
――百年の恋も冷めるというものだ。
理想の王子様への恋心はひび割れ、木っ端微塵に弾け飛んだ。
ここまで、体感としては長くとも、実際はおそらく数秒のことだった。
蘇った前世の記憶はすぐに馴染み、割れるような頭痛も消失している。
すっと姿勢を直し、やや伏せた目蓋越しにジェスターを睥睨する。
リアナの眼差しは、氷のように冷たくなっていた。
このクズ男は何と言った?
婚約破棄の上、側室にする?
「は? あり得ないんですけど」
思わず口をついて出た声は低く、思ったよりも遠くまで響いた。
既に静まり返っていた場故に、余計に。
(しまった)
そう思ったが――すぐに、
(いや、別に良くない?)
と思い直す。
どこからどう見ても、自分は悪くないのだし。口調だけは前世に引っ張られてしまったので、令嬢として正すべきだが。
「え、リ、リアナ……?」
困惑した声で名を呼んでくる相手に、ぞわっと怖気が走った。
これまでは名前を呼ばれるだけで心が弾んだものだが、イラッときて舌打ちもする所だった。
婚約者でなくなったと言うならば、気軽に名を呼ぶな。
家名、もしくは役職で呼べ。
この男は、リアナを何だと思っているのだろう。
前世を思い出さなければ、今後も都合のいい女として使われていたのだろうか。
今となっては、顔がいいだけの、この男のどこが良かったのか――自分の趣味の悪さに呆れるばかりだ。
誰よりも美しく光り輝いて見えたはずの顔面すら、安っぽい張りぼてにしか見えない。
あの美貌が衰えたら目も当てられないだろう。他の取り柄が何一つ見つからない。
(顔がいいだけで、更生の余地なしのクズと結婚したって、何の徳にもならないわ)
前世の記憶を思い出したリアナにとって、元婚約者の価値など無いに等しくなっていた。
そう。
公衆の面前で「婚約破棄だ!」なんてのたまい、堂々と浮気宣言をする男は――たとえ王子であっても、ただのクズ以外の何者でもないのである。
婚約を取りやめたければ内々で話をすればいいだけだろうに、わざわざ大勢の目の前で棄ててやると言わん態度。
事前に話せば周囲に止められるからだろうが、愚かとしか言いようがなかった。
衆人環視のもと第二王子が行った発言は、ぐつぐつと煮え滾るような怒りが沸くほどの屈辱だった。
王族という立場を失墜させかねないこの男への怒りは、前世を思い出す前から積み重なっていたのだろう。
聖女だから、婚約者だから、彼を支え正しい方向へと導かねばと思っていた自分が、何より哀れだ。
小さく細く、罵倒したくなる気持ちを吐き出した。
「側室の件は、謹んでお断り致します。第二王子殿下とはご縁がなかったということで――そちらの方と、末永くお幸せに」
騒ぎ立てればこちらにも非が生じる。
目蓋の裏に憤りを隠し、完璧な笑顔で優雅に一礼して、くるりと踵を返す。
「は――おい、リアナ! 待て!」
待てと言われて待つ理由もない。
呼び止められるのも鬱陶しいと、精霊に願えば、彼らはすぐにリアナの姿を隠してくれた。
きっと、ほかの人々には突然聖女が消えたように見えたのだろう。
ざわめく会場の中を誰にも見咎められることなく、真っ直ぐにリアナは出ていった。
己の不甲斐なさと王子への怒りを踏みしめながら。
◇ ◇ ◇
この世界では、かつて異界より幾度も勇者を召喚していたそうだ。
古より人類は魔族の脅威にさらされ、神の眷属たる精霊の力を借りて抗ってきた。
中でも精霊に愛された聖者や、今は絶えた精霊獣は、都市を支え魔物から人々を守る存在だった。
しかし、精霊獣や聖者が不在の時代、強大な魔王を前に人類は滅びかける。
救いを求める声に応えた神は、異界より勇者を遣わし、魔王を討たせた。
めでたしめでたし。
――それで終われば、美談だったのだが。
魔王は数十年後に復活した。
それからというもの、魔王が現れるたびに勇者を召喚し、討たせる。
そんな悪習が、五十年から百年ほどの周期で繰り返されたという。
……誘拐じゃん、と今なら思う。
ゲームならともかく、生きている人間を異世界に拉致して命懸けの戦いを強いるなど、胸糞が悪いにも程がある。
その連鎖に終止符を打ったのが、数百年前にアレグリア大国が召喚した、最後の勇者――レン・アカツキだった。
彼が最後の精霊獣レーナルーアと共に魔王を討ち果たし、この世を去ってから二百年が経つ。
それ以降、魔王は復活していない。
勇者と魔王を失った世界は、魔物の脅威こそ残るものの、ひとまずの平和を得た。
だが――共通の敵を失い、人は人と争い出した。
かつて栄華を誇ったアレグリア大国は分裂し、今では小国の集まる連合国となっている。
その中心国家が『アレグリア王国』と名を残している、リアナの祖国だ。
神は遥か昔にこの地を離れ、最早人と関わることはないとされている。
その代わりに、精霊獣なき今では聖人や聖女の価値が高まり、彼らを守り育てる聖神殿が国を越える影響力を持っていた。
リアナもまた、その聖神殿で育てられた一人だ。
世のため人のために尽くすことが正しいと信じ、疑うことなく生きてきた。
聖なる血を繋ぐためと、王族との婚姻を命じられ、第二王子ジェスターと婚約した時でさえ、それを当然の務めとして受け入れた。
彼の顔に一目惚れしたため、喜んですらいたのだ。
けれど、肝心の婚約者は控えめに言ってクズだった。
勉学を嫌い、人を顎で使い、感謝の言葉も知らない。
初対面で、黒い髪に紫の瞳など陰気で聖女らしくない、と罵られたことも、今思えば腹立たしい。
王子妃になるために費やした時間と努力を思えば、溜息が出る。
得たものも確かにあるが――それはそれ、これはこれ。
(ああもう、むしゃくしゃする!)
精霊の灯りを頼りに、闇夜の中、この鬱憤をどう晴らすべきか、と大地を怒りのまま突き進む。
気持ちドスドス歩いているつもりが、悲しいかな淑女教育の賜物で、あまり音は鳴らなかった。
「――リアナ様」
固い声をかけられ、振り向く。
「……始末いたしましょうか?」
暗がりの中でも、精霊の光に照らされた銀の髪は美しい。
無表情の中の灰青の瞳に、静かな激昂を見た。
「やだ、ルカ。いたの?」
「はい」
「よく付いてこれたわね」
「リアナ様の精霊魔法には慣れましたから」
黒い騎士服に身を包んだ彼――ルーカシュは、聖女リアナの専属護衛騎士だ。
誰にも見られていないと思っていたが、当然のように付いてきていたらしい。気付かなかった。
慣れたからって精霊の隠蔽魔法を見破られるものかとは思うが、こんなことは日常茶飯事なので、もう突っ込むことはない。
ルーカシュは剣の腕もさることながら、天才的な精霊魔法の使い手でもあるので、その辺りでどうにかしたのだろう。
聖人でないのが不思議なくらいだと常々リアナは思っている。
「――それで、許可頂けましたら、始末して参ります」
改めて淡々と物騒なことを口にするルーカシュ。目が本気だ。
「あのね、あれでも第二王子よ。露見したらルカが……」
「そんな証拠は残しません」
リアナよりよほど彼の方が怒っているように見えて、黒い怒りの感情が落ち着きを取り戻していく。
「――王妃様が悲しむわ。だからやめて」
誰よりも誇り高く、リアナに厳しく、けれど親身に指導してくれた方だ。
きっと、息子の責は自分で取らせたいだろう。
一発くらいはお見舞いしてやりたい気持ちはあるけれど。
「……わかりました」
いつもなら即答するのだが、明らかに渋っている。
その様が、唸りながら耳と尾を垂らした犬のようで、頬がゆるむ。
リアナの為に、我慢しているのだ。
彼はいつも側にいて、味方でいてくれた。
元婚約者がリアナに対してひどい扱いをした時も憤り、今のように宥めてきた。
大切にされるのは、気分がいい。嬉しい。
――ふと、先日見た夢を思い出した。
あれは、歴史書で聖獣ルーナレーアがモッフモフの大きな獣だったらしいと知り、会ってみたかった、とがっくりきた日の夜のこと。
巨大な犬に、顔をうずめてモフモフする夢を見た。
至福の時だった。
銀色の毛があまりにも心地よくて、目覚めた時、存在しないことに絶望したものだ。
「………」
じっと銀の髪を眺める。
出会った頃はお互いまだ小さかったし、リアナより背が低かったのに、今ではルーカシュの方が頭一つ以上高くなってしまった。
「――ねえ、ルーカシュ。ちょっと屈んでくれる?」
「はい」
怪訝そうにリアナの言葉に従う様は、本当に忠犬のようだなぁと思いつつ、手を伸ばす。
なでなで、と触った髪は存外柔らかかった。
「っリアナ様?」
「我慢してくれてえらいわ。ありがとう。ルカがいつも私のこと考えてくれるから、助かるわ」
「……もう子どもではありませんが……」
「知ってるわよ? 大きくなったわね」
「……年も一つしか変わりません」
「あら、でも私がお姉さんなことに変わりはないわ」
ルーカシュの眉間に皺が寄った。
年下扱いをされるのが不服らしい。
無骨だが、整った顔立ちなので凄みが増す。
婚約者であったジェスターは細身の正統派美男子であったが、ルーカシュは野生の獣のように精悍で男性らしい美を持っている。
無表情も相まって、怖がられているようだが、それでいてリアナの前では犬っぽいのが面白い。まるで番犬だ。
可愛いなあと思ってしまう。
(犬。犬か――)
リアナの周りで、心配そうにくっつくように漂っている精霊達。
精霊は目に見えない存在で、聖人聖女であっても光の塊のようにしか見えない。
「あ」
癒しを求めた心は、唐突に天啓を得た。
(そうだ――精霊を皆、モフモフにしてやるわ!)
ふわふわと漂う光の欠片のような存在たち。
幼い頃からリアナに優しく、家族のようだった精霊達がモフモフであったなら、間違いなく癒されるはず。
今思えば、前世では家族が動物アレルギーで何も飼えなかったので、ふれあいカフェや動画などでモフモフ欲を宥めていたのだ。
現世では動画もカフェも動物園もないから、癒しを求めるならきっと、こうするのが一番良い。
やり方はわからないけれど、きっとやればできる! と変な方向に舵を切ったリアナは、聖女の力をごり押しし――
「……できちゃった」
何かよくわからないけどできた。
初めて実体を与えた精霊は、黒い犬と銀色の猫の姿をしていた。
しかも前世でいう黒柴と、サバトラだ。
両者とも子犬と子猫のように小さく、愛らしい。
「可愛いー!」
あまりの愛らしさに黒柴に抱きついたら、顔面に猫パンチをお見舞いされた。痛くはなかった。
それを見たルーカシュが抜剣しかけて慌てて止め、ルーカシュと猫が睨み合い、犬が猫を叱ってごめんねとばかりにリアナにすり寄ってきたり。
思ったよりギスギスしている、なんだこれ。
ほんわかモフモフパラダイスになるはずだったのだが。
犬はよく力を貸してくれる精霊で、猫はいつもその犬にべったりな精霊。
リアナを気に入って手伝ってくれる方にだけ試してみたつもりなのだが、力を込めている時にもう一体も割り込んできたようだった。
他の精霊で、こんなに片時も離れない様子は見たことがない。
薄々勘付いてはいたが、サバトラは黒柴への執着心が強いような……。
(聖獣レーナルーアと勇者レンみたい)
そう感じて、すぐに、史実でしか知らないのに、何故そう思ったのかと不思議に思う。
「――あなたがレーナ、あなたはレンね」
名前はそれ以外浮かばない。
名付けられ、存在を固定された精霊達は、心なしか満足そうだった。
「……ルカ」
「はい」
「ごめんなさい、疲れたわ……」
「――御身をお預かりいたします」
予想外に力を使ったこともあり、全力疾走した後のように、ごっそりと削れた魔力に身体が悲鳴を上げている。
もう立っていられないとへたりこむ。
ため息をひとつついて、ルーカシュはリアナを抱き上げた。
所謂お姫様抱っこというやつで、はじめは恥ずかしかったがもう慣れた。
精霊に力を借りる際、人は自らの魔力を捧げて魔法を使う。
聖女は主に結界や浄化など守る為の魔法に特化しており、精霊の寵愛を受ける為か――魔力の質が良いとも聞く――魔力の消費も常人より遥かに少ない。
だが、魔物との戦場では時に魔力切れを起こすこともあった。
そんな時の運ばれ方がこれだ。
軽々と顔色一つ変えずに抱き上げる仕草が丁重であることに、尊重されているのを感じる。
「……ありがとう……」
自然と目蓋が重くなってきた。
「何かを試すのは次からは神殿でお願いします。――どうぞ、お休みください」
ちくりと釘を刺すのも、リアナのことを心配しているからだとわかる。
知らず、笑みをこぼしながら意識は夢に溶けていった。
――もし。ジェスターが、ルーカシュの誠実さの一欠片でも持ち合わせていたならば、今頃は和解できていたのだろうか。
あり得ない考えだ。
傷ついた幼い恋心が、一筋の涙と共に流れていった。
◇ ◇ ◇
婚約破棄騒動から、早十日。
第二王子と浮気相手――何でも複数の高位貴族の男性に言い寄っていると眉を顰められる程、問題があった男爵令嬢らしい――は互いに謹慎処分を命じられ、王家から聖神殿へ正式な謝罪と慰謝料が届いたが、正直それどころではなかった。
「魔獣の群れが大発生し、既に精霊騎士団が討伐に向かっています。些か戦力が心許ないのですが――大精霊様方には、結界の構築や前線での戦い、どちらかご助力頂けますでしょうか?」
神官に尋ねられ、視線を向けると、リアナの傍らでキリッとお座りする黒柴レーナと、レーナにくっつきながら丸くなってあくびをしているサバ猫レン。
普通の精霊よりも遥かに高位の存在、大精霊であることは間違いないが――緊迫した魔物対策会議のはずが、気が抜ける要素をぶち込んでしまった。
「えー……と」
ジロ、と猫目に睨まれる。言いたいことはすぐに分かった。
「……結界の構築であれば、力を貸してくれるそうです」
フン、と猫は鼻を鳴らした。
物凄く不遜だが、神官は低頭する。
「大精霊様に心より感謝を捧げます」
合わせてその場にいたほとんどの人物が礼をとるので、お猫様に跪く人間達という構図になってしまっている。
光のような精霊のままであったほうが、絶対に神聖な光景だった。
……私が動物化してしまったので、絵面がひどい。
位の高い精霊だと判明したので尚更。
レーナはあわあわと焦った様子で、レイに頭突きを食らわせているが、全く効いていない。
寧ろ構ってもらえて嬉しそうだ。
子犬と子猫が絡まっている様は、見ているだけで浄化される。
が、皆気を引き締めて緊張感を保っていた。
「それでは、聖女リアナ様は大精霊様と結界の構築、維持を願います。騎士ルーカシュは、魔獣の討伐を――」
「私の使命はリアナ様を護ることです」
スパッとルーカシュは答えた。
「ですが、貴方の力は……」
「私以外の騎士であっても魔獣討伐は可能でしょう」
「る、ルカ……」
頑なな様子に少し慌てる。
聖神殿の騎士は、精霊魔法を扱い、聖者に準ずる存在故に精霊騎士と呼ばれる。
ルーカシュは一騎当千の力を持つ、当代きっての精霊騎士だ。
そんな存在を聖女の護衛だけに留めておくのは適材適所ではない、と考えるのは普通だろう。
「――愚かな王子との婚約を押し付けておきながら、今度はリアナ様を身体的な危険に晒すと仰るのですか?」
ビリ、と空気が震えたようだった。
うちの護衛騎士、殺気立っててこわい。
神殿にも怒ってるって前から言ってたけど、会議を進行していた神官様が可哀想……。
他の護衛をつけようと思ったのに……なんて聞こえてくる。
「ルカぁ……」
「――聖女リアナよ」
ストップをかけようとした所で、聖神殿のトップ、大司教に声をかけられて振り仰いだ。
厳粛な声音、長い年月を神に捧げてきた者だけが持つ聖厳な佇まいに自然と背筋が伸びる。
「此度の件、聖神殿の判断が誤っていたことは否定せぬ。王家への配慮を優先し、聖女を守るべき務めを果たせなかった。すまなかった」
頭を下げられて焦った。
面食いでほいほい引き受けてすみません!
「大司教様、頭を上げてください! 私だってこの婚約に乗り気だったんですから――」
「――が!」
杖を床に打ち鳴らす音が、会議室に響いた。
「だからと言って、我らが聖女を愚弄してよい理由にはならぬ!!」
くわっと目を剥いて怒りに震える大司教。
ご高齢なので落ち着いてほしい。血管切れないだろうか。
「リアナ、すまなかった! もうあの王子と小娘は破門にした! 何度も抗議しても正さぬのだ、王家の結界も前より弱くしてやったし、なんならこの国全体の結界も消してやるぞ! 神殿ごと他国に行ってやるわ!」
「いやいやいや、やりすぎです!」
破門となれば精霊に見放されることになるし、結界を消したら魔物が入り放題だ。
「庇わんでもよい! こんなに蔑ろにされるなどっ、うちの聖女をなめくさりおってー!!」
「大司教様、落ち着いてください」
穏やかに声をかけたのは、リアナの直属の上司とも言える神官長だった。
柔和な顔立ちと落ち着いた雰囲気を持つ壮年の男性は、人の心を解すような微笑みを浮かべている。
(良かった、きっと止めてくださる)
リアナがほっとしたところで。
「敬虔な民に罪はありません。まずは王家の求心力を更に下げられるよう、既に聖女がどのように非道な扱いをされたかを周知している所です。王領と男爵領の結界を外す手筈も整え、貴族への根回しも開始しました。次の王家はどの家にするか、皆で協議したいと思っています」
(神官長〜!!)
王朝が挿げ替えられようとしていることに戦慄した。
神官長も激おこだった。
リアナの育ての親のような方で、温和で立派な人格者なのに。
大司教は振り回さんばかりだった杖を静かに下ろし、うむ、と落ち着きを取り戻す。
「確かに儂は直情的過ぎた。その方が良いだろう。それでは、魔獣討伐後に全てを進めよう」
「はい」
「いやあの――」
頬をひきつらせながら意見しようとしたが、まるっと無視された。
「また、先ほどの件だが、聖女リアナは後方より結界の統括を。騎士ルーカシュは、彼女の直衛として同行せよ。不足分は我が護衛から持って行って構わん」
「適正なご判断、ありがとうございます」
穏やかな声で神官長が続ける。
「聖女の安全は、神殿の威信そのものに関わりますから。聖騎士だけでなく、アレグリア国の騎士団にも当然働いていただきましょう」
有無を言わさぬ上からの決定に、誰も異を唱えることはなかった。
「あの、私一人でも平気です……が……すみませんなんでもございません……」
モンペ上司と護衛騎士の圧が強すぎて何にも言えないまま、会議は終了した。
◇ ◇ ◇
魔獣の発生量は、予想を遥かに上回っていた。
王都郊外、国境沿いの森から溢れ出すように現れたその群れは、周囲の複数の領に被害を及ぼす勢いだという。
報告を受けたリアナは、ただ静かに頷いた。
「じゃあ、はじめるわ」
「はい」
精霊に祈りと共に魔力を差し出す。
リアナが結界を展開すると、精霊たちは呼吸を合わせるようにその力を補強した。
結界とは、魔を通さないための不可視の膜のようなもの。
都市全体に張られた結界は、かつて精霊獣が構築したもので、神殿が歴代の聖者達の魔力によって保持してきた。
普段はリアナもその一端を担っているが、魔力を込めた魔石があれば一定期間は代わりになる。
ただ、数の暴力に押し負けることもあるので、魔物の群れを発見した場合は討伐しなければならない。
都市結界の外に出て魔物を倒す騎士達に聖女が付き添うのは、騎士団に致命傷を負わない程度の結界を張り、騎士一人ひとりの戦力や守備力を向上させ、怪我を癒すためだ。
(バフデバフをかけるのと、回復役って所よね)
視界に入る魔獣の動きを鈍らせつつ、ついついゲーム脳になってしまった。
前世の記憶が蘇ってから、余計なことを考えてしまう。
リアナの傍らでは、頑張るぞ! とやる気満々の犬と、相方が無事ならいいと無関心に犬にのしかかる猫の姿。
うん、可愛い。気が抜けそう。
「我らには精霊様の加護がある! ゆくぞ!」
聖女の到着と助力に、精霊騎士団は見るからに士気を高め、声高らかに魔物に立ち向かっていた。
『魔物を倒すのは騎士に任せて、どうせ大したことはしていないのだろう』
クズ王子の言葉がふいに思い起こされた。
確かに基本的に倒すのは任せるが――魔物を見たこともない人間に言われることではない。
倒れた魔物に浄化をかけ、塵と化しながら、リアナはふんと胸を張った。
《むー、うちのこをばかにするにもほどがある。はげてくさくなればいいのに!》
《ん、わかった》
なんて会話が繰り広げられ、近々某王子の悲鳴があがることなど知らず、聖女は役目に没頭する。
魔物の群れは、まるで意思を持つかのように押し寄せてきた。
騎士が倒し、聖女が癒し、浄化する。
何時間も続くそれに疲弊していくが、精霊が結界を維持してくれるので、騎士達のサポートと後始末に専念することが出来た。
ようやく終わりが見えてきた。
(今まではそういうものだと思ってたけど、オーバーワークじゃない?)
やることが多すぎる。
精霊騎士も魔法が使えるのだし、騎士一人ひとりが相性の良い精霊とパートナーとなって意思の疎通が出来ればもっとスムーズにいきそうだ。と、改善希望案を描きながら祈り続ける。
ふと、中型の魔獣が応戦していた騎士を飛び越えてリアナに飛びかかろうとして――即座に切り捨てられた。
ぼうっと炎に焼かれ、塵となる。
ルーカシュだ。
彼はリアナのそばに立ち、騎士達が討ちもらした魔物が近づく度に消し炭にしていく。
近くで苦戦している大型の魔獣にも、急所にナイフを投げつけ、燃やしていた。
リアナの護衛をしながら、一人で討伐した数はかなり多いだろう。
「……ルカって器用ね……」
「ありがとうございます」
「やっぱりルカが先陣を切った方が早かったんじゃない?」
「討伐では何が起きるかわかりません。お側にいます」
「でも、他の騎士にいてもらえば……」
「私より安全だと思う者がいますか?」
「……いませーん……」
ほら見ろ、と言わんばかりの顔に、視線が泳ぐ。
精霊が守ってくれるから平気だと思うが、ルーカシュより強く、頼れる騎士は浮かばなかった。
「それに、討伐を私一人に頼りすぎるのもよくありません。――が、再訓練が必要ですね。討ちもらす、時間がかかり過ぎる……リアナ様への負担が大きい」
(ああごめんなさい……)
藪をつついたら蛇が出てきた。
神殿に戻ったら死ぬ程しごかれるであろう騎士達に、心の中で謝るリアナだった。
特に、後方支援の国の騎士達も含まれるのだろうなと憐憫の念が絶えない。
◇ ◇ ◇
最後の魔物が倒れ、張り詰めていた魔力を解いた瞬間、戦場に静けさが戻った。
ふう、とため息を吐いた途端、どっと疲労感に襲われる。
背中をそっと支えられた。
「……無事で何よりです」
いつの間にか剣を収めていたルーカシュは、淡々とそれだけを言った。
まるで、何事もなかったかのように、戦場への興味は欠片も見えない。
彼が気にしているのは、最初から最後まで――リアナの無事だけだ。
言葉だけでなく行動で示される庇護。
背中を預けることができる理由。
「疲れた……。ねえ、ルカ」
「はい」
「――私が、聖女の立場も国も、全部投げ出して、新しい所で、モフモフに囲まれて楽しく生きたい……なんて、馬鹿なこと言ったらどうする?」
冗談半分のつもりだった。
だが、一拍も置かずに返事が返る。
「どこがよろしいですか?」
「え?」
「どの国でも、どの土地でも。何をなさろうと、それが貴女の望みなら」
当然のことのように、彼は言う。
「どこまでもお供いたします」
胸が、変に詰まった。
「……ルカってば、私に甘すぎるわ。婚約破棄されたのも、私があの顔にこだわってたせいもあるのに……」
「それは違います」
見上げると、まっすぐに青灰の瞳に射抜かれる。
「確かに、顔に固執しすぎだと思いましたが」
「うっ」
「その他に良い所も見つけようとなさっていたでしょう。――リアナ様が夜の女神のように優しいことに甘え、手放したのはあの男が愚かだからです」
「め……っ!?」
突然の賛辞にぎょっとして、かくりと膝の力が抜けた。
「あ――」
「失礼いたします」
当然のように視界がふわりと浮く。
またもや軽々とお姫様抱っこされた。
そのまま歩き出したルーカシュの腕の中で、視線を彷徨わせる。
慣れているのに、彼の逞しい体に、体温に――何故かどぎまぎした。
「る、るか……」
「はい」
「ルカって、お世辞、言えたのね」
はは、と空笑いして言うと、ぴたりとルーカシュの足が止まる。
「世辞ではありません」
「ぅえ……」
「今までは婚約されていたので言わずにいただけです」
「………」
それは。
その、つまり?
再び歩き出したルーカシュの宝物を扱うような手つきや、衣擦れが何だか普段と違って感じられて、落ち着かない。
「――まだ」
「え?」
ぽつりと落とされる耳馴染みの良い声。
「まだ、あれに未練はありますか?」
「ぶ」
思わず噴き出しかけた。
こほんと咳払いをする。
「あれ、って。――流石に、未練なんて欠片もないわ。あんなクズ」
不敬ではないかと言いかけて、別にいいかとリアナも貶してやった。
記憶を取り戻す前から、本当はずっと、言ってやりたかった。
「では、この顔でよろしければ、ずっとお側におりますが」
さらりと言う護衛騎士の顔を、思わず凝視した。
確かに近寄りがたいだけで、貴婦人方から侍女達に至るまで観賞用として騒がれている程、整った顔立ちをしている。
はくはくと口を開閉して、むうと目を逸らした。
「……婚約破棄されたし。実家とは疎遠だし。新しい縁談もこりごり」
「はい」
「……私といて、ルカに何か利点はあるの?」
抱える腕に、少し力が入ったように感じた。
「――道を示して下さったあの時から、貴女の剣となり盾となることだけが、私の幸いです」
直接的な言葉は何もないけれど、すぐ近くで感じる鼓動に、眼差しに――気づいてしまった。
「……じゃあ」
「はい」
「ずっと、側にいてくれる?」
「最初から、そのつもりです」
僅かに微笑んだルーカシュの顔が、何故かとても輝いて見えて。
「……取り敢えずどこにもいかないから……」
「わかりました」
リアナは顔を覆って、頬の熱を隠した。
――その後、暫くして、王家には相応の変化が訪れ。
ルーカシュの義兄が王となったり、モフモフがふえたり、リアナが王弟妃になったりするのだけれど――それはまた、別の話。
面食いで損をした。
もしまた生まれ変わることがあるならば、顔にこだわることなく生きたいものだ。
出来れば地球で、精霊ではないモフモフも堪能したい。
ああでも――もう一度、彼と会っても面白いかもしれない。
数奇な運命は巡り、願い通り記憶をなくして日本に生まれ変わり――やがて、またモフモフ欲を抱いたままこの世界に生まれ変わることなんて、リアナは知る由もなかったのだった。
これは、婚約破棄されて精霊をモフモフにしてやった聖女の物語。
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話に入れられませんでしたが、ルーカシュは公爵家の庶子で神殿に入れられた所、リアナに出会って騎士となる道を選び、一途に彼女を思っています。




