可愛い旦那様は、私を愛することが「出来ない」らしい。え、王家の呪い?そんなの信じてるんですか?
「すまないが、私は君を愛することは出来ない」
ほほぅ?
愛することは出来ないと?
また面白いことを仰いますね、と思いつつ、私は目の前で悲痛の表情を浮かべている美男子を観察する。人間の美醜に全く興味のない私ですらため息が出そうなほど、男は実に綺麗な顔をしていた。
美人は三日で飽きるというが、三日で慣れることも難しそうだ。
「一応、私たちは先ほど神に永遠の愛を誓って、夫婦になったはずなのですが」
そう、この美形は私の夫なのである。
初夜にとんでもない発言をなさる旦那様に、私は首を傾げて問いかけた。すると目の前の美形は再び申し訳なさそうに顔を歪める。
「あぁ、分かっている。君のことは妻として、そして王妃として尊重し、大切にするよ。しかし私の愛……心を渡すことは出来ないんだ」
「はぁ、なるほど」
なんだか悲劇のヒロインみたいなことを言っているが、先ほど神に誓って私の夫となってしまったこの人は、我が国の第十五代国王陛下でいらっしゃるアルベール様だ。昨年お亡くなりになった先代の国王陛下によく似た優しい面差しで、国民人気は高い。
それなのにこの人は、本人には咎のないささいな理由のためになかなか王妃が見つからず、私みたいな変わり者しか嫁いでもらえなかったのだ。可哀想に。
「えーっと、理由をお伺いしても?」
内心でそう同情しつつ、私は話を深掘りすることにした。基本的に面倒な話は嫌いなのだが、なにせ初夜だ。暇つぶしの本すらも持ち込めない密室だ。朝までこの部屋から出られないので、この陶酔型美男子アルベールとのお喋りを続けるしかない。妥協案として私は会話を続行しようとしたのだが。
「……博識と名高い君ならば分かるだろう?」
私が知らぬふりをしていると思われたのか、はたまた揶揄っているとでも思われたのか、アルベールはぎろりと私を睨んだ。
「我が王家の呪いを、君も知っているはずだ」
「はぁ、呪いですか」
もちろん知っている。その胡散臭い呪いのせいで、伯爵家の変人と名高い私にまで、王家から見合い話が回ってきたのだから。
「王家に入った女性は早世しやすい……というものですか?」
「そうだ」
大陸各地でよく聞く類の噂である。基本的には後宮の権力争いや王位争いなどが原因で起きる悲劇なのだが、残念ながら我が国の場合はちょっと違う。
特に理由もなく唐突に、外から王家に入った人間が早死にするのだ。
これが王家の呪いと言われている。
呪い、つまり呪詛だ。
少しずつ科学が魔術を追放しつつある現代において、呪詛。
あまりにも前時代的すぎる発想で普通に考えれば失笑ものなのだが、王家も臣民も大真面目である。
なにせ実際に嫁入りしたやんごとなき女性たちが、次々と儚くなっていくのだから。
「私の婚姻に際して、なんとかこの呪いを解こうと試みたのだが、大陸中の魔術師や呪術師を呼び寄せてみても、うまくいかなかった」
「なんと……」
魔術師や呪術師を呼び寄せたのか。
え、是非とも会ってみたかった。
そういう人たちはきっと、書籍にないような知識を持っているに違いないのに。
さも恨めしそうにしていた私の面差しをどう捉えたのか、アルベールは気まずそうに目を逸らした。
「我が国も全力で解決のために取り組んではいるんだ。だが、……この婚姻には間に合わなかった。すまない」
「いえ、そんな」
謝罪を受けて私は多少、いや、かなり動揺する。別に責めるつもりではなかったのだが、国で一番偉い人間に真正面から謝罪を受けてしまった。王様って謝るんだ。この人こんなに真面目で、王様をやっていけるのかしら?内心で大変不敬な心配をしながら、私はこの場を明るくする言葉を探した。
「あの、顔を上げてくださいませ」
しょぼんと肩を落として項垂れているアルベールの肩をぽんぽんと優しくたたきながら、私は苦笑する。
「何十年と解明しようとしてきて無理なのでしょう?それは仕方ないですよ」
そう。
これまで何度も、多くの者たちが善意から、あるいは悪意から、妾妃早世の原因を究明しようとしてきた。
なにせ、王家の呪いを解明することを目的とした研究団体があるくらいである。
現実的な説としては、後宮の空気には妙な毒素が満ちているのではないかというものがあった。だが、妃の世話をする侍女たちは平気だということで、この説は否定された。
では国王の寝室に問題があるのではないかということで、一時期は国王の寝所を庭園のど真ん中に移した。庭園の真ん中なら見晴らしもよくて侵入者に気が付きやすいし、何より空気が良いだろうと言う理由らしい。しばらくはうまくいっていたのだが、なにしろ寝所がそんなところにあっては、国王陛下の今宵のお相手が後宮からテクテク向かっていくのが見えてしまう。見られる方も見る方も、なかなか精神的に苦痛だったらしい。結局その時の寵妃は心を病み儚くなってしまったということだ。
面白い説だと、王族の子種には毒があるというものもある。そのため他国とはちがい、我が国ではお手つきになるのを恐れる侍女が多い。しかし臣籍降下した先で子をなした場合は大丈夫とかいう謎の抜け道もあるので、おそらく違うのだろう。
どうにも理屈が見えないが、自国内の女性と相性が悪いのかもしれないということで、他国から王妃を迎えたこともあった。二代前のことだ。
その時は前の王妃が難産の末に姫君を産み落として亡くなったため、我が国にとって二人目の王妃様だった。幸いなことに、その王妃様との夫婦仲は割とよろしかった。きっと今度こそ大丈夫だと、我が国の者たちは胸を撫で下ろしたらしい。
しかし、王妃様は王太子をお一人お産みになった後、産後の肥立ちが悪かったということもないのに、ある日突然お亡くなりになったのだ。
この時は荒れた。
大いに荒れた。
我が国に非はないのか、責任の所在をはっきりさせよ、と散々に非難されたものだ。
憔悴した国王陛下が必死に説明していたらしいが、皆々様を納得させることはできず責め立てられた。
ご実家のお国はもちろん怒り狂い、出産時や産後の医療体制に問題があったのではと大陸統一神殿からの外部調査が入った。
しかしそれでも、理由をはっきりさせられなかった。
おかげで怪しすぎると言われて、他国王家からは軒並み嫁入りNGが出されているくらいだ。
こんなにも有名な王家の呪いであるが、さて。
ここまでの流れでお察しかと思うが、私は全く信じていない。
「特に早死にするのは王が自ら選んだ側室が多い。今回は政略結婚だからきっと大丈夫だとは思うが、念を入れるに越したことはないからな」
過去の話を語った後、生真面目な顔で続けるアルベールに、私は一応真面目な顔で相槌を打つ。
「……なるほど」
しかし根がひねくれている私は、「まぁ、そりゃそうでしょうね」と内心で続けてしまった。
王に選ばれた側室なんて恨みも妬みも山ほど買うだろうから、殺されたりするでしょうなぁ、などと思って聞いていたのだ。しかし。
「おい。何を考えているのか知らないが、……いや、だいたい見当がつくぞ。違うからな」
「え。……おほほ、何も考えておりませんよ?」
不服気な顔でじろりと睨みつけられて、私はへらっと誤魔化し笑いを浮かべた。
「彼女たちの死因は暗殺などではないぞ。我が国の後宮の治安は、そこまで悪くない」
「ほほほ、……失礼いたしました。それはこわいですね」
真面目に心配してくれたのに鼻で笑うような態度をとられたら、そりゃあ人格者の王様とて不快だろう。
神妙に頭を下げた私は真剣に同意したのだが、私の真顔を目をすがめて眺めたアルベールは、深い深いため息の後で嘆くように呟いた。
「君はこの深刻な呪いを本気にしていないな」
「うっ、そ、そんなことありせまんヨ?」
「はぁ……」
普通に思考がバレていた。必死に真面目に取り繕おうとしても、社交界嫌いで家に閉じこもって暮らしてきた私の感情隠蔽術は未熟だったのだろう。アルベールはひどく不満そうに眉を寄せ、断言した。
「彼女たちは、殺されたのではない。王が寵愛したために死んだのだ」
「ほぉ、なるほどぉ……?」
また夢見がちな。
真面目に聞こうとしていたのに、つい呆れてしまった。内心でまたアルベールへの揶揄、いや、微笑ましいナァという感情が溢れて、つい目尻がほころんでしまったので、当然それもバレた。
「……君、本気でまっっったく信じていないな?」
「いえ、そんな、まさか」
「いや、誤魔化すな。本音を話せ」
「……では、お言葉に甘えて」
ひくひくと頬を引き攣らせながらこちらを見据えてくるアルベールを前に、開き直った私は片手を振ってにっこり笑った。
「まぁ巷で耳にした話はことごとくが面白おかしいばかりで整合性に欠け、盛りに盛られた創作話という感じでしたもの。恐れるほどのものとは思いませんでしたわ。でも妄想話と切り捨てるには興味深いお話ですし、とりあえず内部の方の話も最後まで聞いてから、この後宮に早逝の呪いというものが存在するのかどうか、そしてそれが私にも当てはまるのかどうか、また、対応策等につきましても検討し、健全な国家運営だけでなく私の幸福もふくめ、総合的に判断しようかと思いまして」
「興味深い……?総合的に……判断………」
悪びれずにペラペラと続けた私に絶句した後、アルベールは「はぁ」と大きなため息とともに肩を落とした。
「噂に違わず冷静な女性のようだな……」
「まぁ、お聞きの通り変わり者ですので」
何せ私は、人呼んで変人令嬢。何ならそう呼び始めたのは身内だ。
いや本当に、嫁入り前の娘に随分と失礼なあだ名をつけたものである。
婚期を逃していたらどうするつもりなのか。
まぁ現実は、微妙に婚期を逃した結果、なぜか王家に嫁入りする羽目になったのだが。
「人間に興味が薄く、権力欲がなく、王家の秘蔵書が読めるというただ一点のみを目当てに嫁いできたと聞いたが」
「その通りです」
「王国の書庫番」と呼ばれる我が家より本がある家はあまりない。
我が一族には、平均して二代に一人の割合で知識欲の化身のような者が現れる。揶揄と畏怖と侮蔑をこめて「知識狂」とも呼ばれた彼らが生涯をかけて蒐集してきたのだから、我が家の書物量は並大抵ではない。王国どころか大陸でも屈指の書籍持ちだ。「書の魔窟」とも呼ばれる一族の書物蔵は、案内なしで入ったら出られない。ちなみにこれは誇張ではなく、時折不法侵入者が白骨死体になって発見される。
しかし、世間からは無尽蔵と言われる我が家の書物も、私は十歳を過ぎる頃に読破してしまったのだ。
だから私は、常に新しい書物に、新しい知に飢えていた。たくさん本が読めるなら何でも良い、いっそ貴族籍を抜けてどこか大きな商会に嫁ぐのもいいと思って、嫁げそうな家を探していたのだが、……この度あいにく王家に捕まってしまったわけだ。
秘蔵書の読み放題はね、さすがに惹かれちゃうよね。しかも、歴代の研究者たちがどれだけ調べても原因不明な我が国最大の謎を、現場の最前列で見ていいというおまけつきだ。
「私は新しい本が読みたい、というか、新しいことが知りたいだけの知識欲の塊なので、いろいろ気にしないでください。別に泣く泣く嫁入りしてきたわけではないので。なんならちょっと前のめりに了承してますし」
「お、おぉ、それは、よかった?」
にっこりと笑って堂々と言い切ると、アルベールはたじたじになりつつ頷いた。
「私、基本的にあまり恐怖心とかないんですよねぇ。むしろ王家の謎のど真ん中に来れてワクワクしています。色々聞かせてください。わりと状況を楽しでいるので、本当にお気になさらず」
「そ、そうか……調子が狂うな……んん」
動揺から少し声が裏返ったアルベールは、恥ずかしそうにかすかに頬を染めた。エヘンとわざとらしい咳払いをして喉の調子を整えると、アルベールは私に向き直って厳かに告げた。
「まぁいい。おそれを知らぬ娘よ」
「……はい」
真面目な空気を出されたので私も神妙に頷いたが、内心は「おい、なんか始まったぞ」である。
演劇や戯曲も大好きな私である。芝居がかった語り口は嫌いじゃない。
ワクワクしちゃうじゃないか。
「ならば、話そう。……我が王家の汚点ゆえ、他言無用だぞ」
「承知いたしました」
私も真顔を作って向き合う。
幸か不幸か、初夜の本日、早々に寝室に押し込められた私たちだ。
朝まではたっぷり時間がある。
「それではまずは、喉を潤しましょう。わが領の名産の葡萄酒ですわ」
「うむ、いただこう」
私はテーブルのグラスに二人分の葡萄酒を注ぎ、片方を差し出した。
楽し気に目を細めて笑った私に、アルベールは静かにグラスを受け取った。
「じっくりお聞かせくださいませ」
度数の高い酒を一息に煽ったアルベールの目が据わっている。きっと口もよく滑ってくれることだろう。
こりゃあ随分と面白いお話が聞けそうだ、と胸を高鳴らせながら、私も葡萄酒を飲み干した。
「私は王族に嫁ぐ女性たちの相次ぐ早逝を、長らく疑問に思っていた。呪いだとしても誰が?何のために?いつから?」
アルベールの語り口はなかなかに巧みで、吟遊詩人顔負けだった。
私は茶々をいれることなく、ウンウンと頷きながら真面目に聞き入る。
なにせ私は、創作話も好きだが実話モノの方がもっと好きなのだ。
だって、現実は物語より奇妙奇天烈なのが常なのだから。
「長年独自に調査を続け……そして見つけたのだ!父王の手記を!」
「先代陛下の?」
うひょお!と心の中で声を上げる。
さすが王様の話す御話だ。
登場人物が身近な大物すぎてドキドキする。
「父の二代前から王家では妃の死が相次いでいたからな。どうやら父も疑問を持って調べていたらしい。なにせ、父の母、つまり私の祖母も他国から嫁ぎ、王太子を産み落とした後で突然死しているからな」
くだんの外国からきて亡くなった王妃様は、そういえばアルベールの祖母だ。つまり、いまや私の義理の祖母にあたる。
歴史の中の登場人物がいきなり身近に感じてきて驚きだ。
「父は名高い占い師のもとへ秘密裏に通っていた。様々な不運が続いていたある日、占い師から王家の森から怪しい力を感じると言われたのだ。父は、半信半疑ながらも占い師を伴って森に向かった。すると森の中に急に開けた場所があり、占い師が『ここから邪気が生まれている』と叫んだのだ」
「なんと!」
ほほぉ!盛り上がってまいりましたな!
脳内で思わず「よっ!名場面!」と掛け声をかけてしまった。
「父は、付き人に命じて周囲に比べて少し盛り上がっていた土を掘り起こさせた。すると、中から高貴な女人の白骨自体が見つかったのだ!」
「えええっ!」
それはすごい。
先代陛下ってば墓荒らしをしちゃったってこと!?
いや、王家の森に無断で死体が埋められていたって話になるの!?
どっちにしろやばすぎるっ!
これが書物なら、ページをめくる指先が震えてしまうやつだ。
「そしてその白骨の真っ白な指は、まるで真新しいかのように綺麗な紙を握りしめていた。そこには……『私を冤罪で殺した王の一族を呪う』と書いてあっだそうだ!」
「わぁ!!」
あらまぁー!こりゃ物語のクライマックス級の出来事じゃないの!!
私は興奮して頬を両手で挟んで叫んだ。そんな物語みたいな展開あるの!?先代陛下ってば人生楽しそう!!
はしゃいだ声をあげて聞き入る私に触発されたのか、アルベールもますます語り口に熱が入る。一人舞台の役者のごとく滔々と語り上げる様を見て、ちょっとつっこみたくなった。ノリ良すぎない?
「驚いた父王が調べると、父の祖母、すなわち私の曽祖母にあたる先先代王妃は元は男爵家の庶子で、学園時代に当時王太子だった国王と恋仲になり、婚約者だった公爵令嬢を冤罪で陥れて処刑していたことがわかったのだ!」
「えー!それは大変」
我が国の王家ってば、随分とやらかしてたのねぇ!?
「その公爵令嬢は隣国の呪術大国の血を引くご令嬢だったらしく、死の間際に「お前達には、愛する者を失う苦しみを味わせてやる」と言っていたらしい。このご令嬢の呪いで、今も我が王家では、王が愛した者は早世する呪いにかけられているのだ」
「ははぁ……なるほどぉ……」
情感たっぷりに長いお伽話をありがとうございました。
私の感想は一言である。
「わぁーーっ、おもしろぉい!」
「は?」
「戯曲にしたらきっと人気出ると思いますよ」
「馬鹿にしているのか!?」
してないよ?
それにアルベールだってまるでここが舞台の上かのような語り口だったじゃないか。
あなた、ノリノリでしたよね?
さては誰かに聞いてほしかったんだな?
でも面白くて笑ってしまう。だって、こんな単純な話なのに、なぜ分からなかったのだろうか。
「いや、うまいなぁと」
「なにがだ?」
しみじみと感嘆する私を訝し気に見て、アルベールは首を傾げた。純粋培養な王子様をにっこり見つめて、私はゆっくりと口を開いた。
「だってそれ、絶対誰も幸せになれないじゃないですか」
「は?当たり前だろう?」
「だから、死ななくで不幸でしょう?」
「どういうことだ?」
まだわからないのか。これだから選ぶ側の王子様は、まったくもう。女心をわかっていないのだ。
「私はまだ死なない、王の寵愛がないからだ、愛しているという言葉は嘘なのだ、と。愛していればこそ、死にたくなりすよねぇ」
「…………え?」
長い沈黙の後、アルベールはぽかんとした顔で瞬いた。意味を理解できないのか、いや、理解したくないのか。
「だから早くに命を断つ人も多かったのでは?」
「そ、れは……」
王族の自死など外に聞こえてくるものではないが、きっと多かったのだろう。アルベールは口を押さえて固まっている。
愛だけを頼りに、たとえ早く死ぬとしても生きている間だけは愛し合いたいと願って後宮に入った女性からすれば、生きているということ自体が耐えがたい苦痛であっただろう。
そして耐えきれず命を断つ。それは、王自身にとっては再び「呪いの成就」に見えたことだろう。
「かぁー、王様っていうのはやはり世間知らずで純情無垢なんですねぇ」
「だからっ、君は私を馬鹿にしているのか!?」
「してませんよぉ」
本当に馬鹿にしてはいない。むしろ感動しているし、心臓のあたりがキュンキュンしている。書物以外でこんなに胸がときめいたのは初めてかもしれない。私にも母性本能というやつは備わっていたらしい。
「そんな怪しげな御伽話で、自分の幸せを取り逃すのは損ですよぉ!陛下、いえ、アルベール様」
にこっと曇りのない笑みを浮かべた私は、がしりとアルベールの両肩をつかみ、まっすぐ目を見て言い切った。
「もう夫婦になっちゃったんだから、諦めてそこそこ夫婦愛的な何かを育みましょうよ」
「はぁ?この流れでどうしてそうなる!?」
私の言動が突飛なせいか、ちっとも理解が追い付かないらしい。可愛らしい国王様に、私は優しく論理的に幸福と人生を説いた。
「これから何十年と生きなきゃいけないのに、愛を拒否して生きていくのは空しく、つらいことでしょう?そんな必要ありますか?」
「だが、嫁いでくれた君に万が一があってはいけないだろう」
なんと。まだ数回しか顔を合わせていないのに、アルベールは私の家族よりよほど私のことを心配してくれている。
父母なんて「お前ならまぁ色んな意味で大丈夫だろう」とか言って、書庫から引きずり出した私を着の身着のまま王家に押し付けたのに。
兄姉には幸運を祈られただけだし、弟妹には笑顔で手を振られたし、家人たちからは万歳で送り出されたのに。
アルベールが一番私の今後に心を砕いてくれているようだ。どうしよう、照れる。
「なんですか、なんでそんなに不安なんです?もしかして私に一目惚れでもしましたか?愛しちゃいそうです?愛ゆえに呪われちゃいそうです?」
だめだと思いつつも、揶揄いたいという邪な欲求に負けた私の失言に、アルベールは赤い顔で眉を吊り上げた。
「ばっっっ!ただ!こんな悪い逸話つきの王家に嫁いでくれた君に何かあってはまずいと!!」
「え〜善人〜!王様にしとくのが心配!」
いや、本当に善人だな、うちの王様。責任感が強すぎる。国の中で起こることは全部自分の責任だと思っているみたい。さすが王様。
「うーん、アルベール様は『この人は私が見ておかないと心配』って思わせるタイプですね?」
「何を言ってるんだ?」
「母性本能くすぐる王様かぁー?んんんっ、かわゆいなぁ」
「なんなんだ君は!失礼極まりないな!」
国民や家臣たちの前で堂々としている様子も知っている私としては、普段との差に先ほどからやられっぱなしである。男を可愛いと思ったらオワリだと長姉が言っていたが、コレか。守りたい、この無垢さ。
「心配してるんですよぉ、アルベール様が素直そうだから。生き馬の目を抜く国際社会でやってけるのかなぁ?って」
「ぐっ」
私が叩いた軽口がなぜか心に刺さったらしいアルベールは、顔をゆがめてそっと私から目を逸らした。どんよりと落ち込んだ気配を漂わせる様子に察して、私は軽い調子で尋ねる。
「あ、なんか既にやらかしたんですね?」
「……わ、我が国は宰相と外務大臣が有能だからな」
「ちゃんと感謝できて偉いですねぇ」
詳しくは述べず、重臣たちになんとかしてもらったと正直に口にするアルベールの素直さ。成人男性としてはあるまじき良い子ぶりに、私の目尻は下がる一方だ。なんだこの可愛い生き物は。私はわりと性格悪いので、ちょうどいい組み合わせかもしれない。そんな気がしてきた。
「仕方ないなぁ、王妃として頑張ってあげますよぉ。まさかの結婚してから王妃教育開始ですもんねぇ」
「う、面目ない……我が国は妃がいないと即位できない決まりでな……」
本当に申し訳なさそうな顔をするアルベールに、私は思わず吹き出した。怒っているわけではないのだが、気まずそうなしょんぼり顔は癖になりそうだ。本当に可愛いなこの人。
「あはは!これで王妃適性なしってなったらどうするんですかねぇ?私への信頼と国内の危機感えぐいですね。ふふ、燃えます。私の有能さを叩きつけてやりますよ」
「……王妃教育、わりと大変だと思うが、その、頑張ってくれ。ダンスや社交は私もフォローするし、君は博識だから知識面では問題は少ないと思うが……すまないな」
「……んもう!」
さっきからこの王様、謝罪しか口にしていない。もう少し偉そうに王様らしくしても良いのではないだろうか。これ以上母性本能を刺激しないでほしい。
「あんまり簡単に謝っちゃダメですよ?あなたは王様なんですから、簡単に頭を下げちゃいけません」
私が言うことではないが、一応注意しておかねば。なにせ私は王妃様になってしまったのだから。
わざとらしく怒ったフリをして、「メッ」と言わんばかりに進言すると、アルベールは真面目な顔で首を振った。
「妻とは対等なのだから、きちんと謝れと教育を受けている」
「ええっ!誰に!?」
「父母に」
「うそぉ!あはははははっ」
衝撃の事実に私は笑いながら天を仰いだ。
「我が国の王家の教育がまっとうすぎて心配ー!そりゃ夫婦仲も良くなるわっ!しかもピュアだし、これを見越してたなら、呪詛ったご令嬢ってば天才だな!」
他意のない私の純粋な感想に、アルベールは真っ赤な顔で怒鳴った。
「そこでその感想を持ってくるな!」
「確かに!私よくデリカシーがないって言われるんですよねぇ、慣れてくださいねっ!」
「堂々とするな!……ふっ」
胸を張って言い切った私に突っ込んだアルベールは、真面目に話すのが馬鹿馬鹿しくなったのか、ふっと口元を緩めた。
「あははははっ、本当に変人令嬢だな、君は」
「二つ名は伊達じゃありませんからね!だから安心して愛してよいですよ!」
くしゃりと可愛い笑顔を前に、私はパチンと慣れないウインクをした。不恰好な片目瞑りを笑いを噛み殺して眺めながら、アルベールは肩をすくめて首を振った。
「それは遠慮しておく」
***
「あー今日はよく働いたわ!」
「お疲れ様、助かったよ」
結婚式と即位からドタバタ忙しない日々を越え、やっとこさ落ち着いてきた今日この頃。
久々の大仕事を終えた私は、アルベールと並んで国王夫妻の私室に戻った。ほっとした顔で私を労ったアルベールに、私は自慢げに胸を張る。
「ふふ、あんな底意地悪いやつら久しぶりでしたからねぇ!腕が鳴りましたよ」
「うちの王妃様は本当に頼りになる」
「んふふ」
目尻に皺を寄せて私を見つめるアルベールは本当に顔が良い。今日も今日とてキュンと胸が鳴った。
「可愛くて善人の王様が可愛い善人のままでいられるように、私がなんとかしてあげますよぉ!長生きしてアルベール様を看取ってあげますから、安心して私を溺愛してくださいね」
「いやそれは遠慮しておく。溺愛も何も、そもそも私は君を愛していないから」
「臆病者さんだなぁ!ほら、遠慮なく!さあ!」
いつも通りの茶番を繰り広げていると、後ろから重い重いため息が四つほど重なって聞こえてきた。
「……お母さまたち、いつまでそれやるつもりなの?」
「そろそろ飽きないわけ?」
「見てる方は飽き飽きなんだけれど」
「というか懲り懲り」
アルベールによく似た面差しの天使が四人、私たちを寒々しい白い目で見下ろしてくる。鋭利な美形の長男と中性的な美貌の次男、美少女と言うしかない双子の娘たち。まったく我が子ながら美人揃いだ。私の血を引かなくてよかった。いや、血は引いてるけど。産んでるから確実に引いてるけどね。顔面が私に似てなくてよかった。
「あーん天使ちゃんたち、聞いてぇ!お母さま、なかなか愛されなくて悲しぃ~」
「膝枕されながら言われてもねぇ、全然説得力ありませんよ」
呆れ果てたと言わんばかりの長男に、私は我が意を得たりとニンマリ笑んだ。そして寝転んだまま、笑いを噛み殺している夫の頬を突く。
「ほらほら、客観的に見たら、私ったらとっても愛されてるみたいですよ?」
「ふふ、違うよ。私は、君が幸せに暮らせるように尊重し、王妃として大切にしているだけだよ」
「いやぁん、愛だわ~」
「違うよ、義務感だよ」
いつまで経っても愛してるとは認めない我が夫と、毎度恒例のイチャつきを子供達に見せつける。あぁ楽しい。このために生きていると言っても良い。
「お二人とも、思春期の子供達の前でやめて頂けますか?」
「兄上、まともに相手をしない方がいいですよ」
口角を引き攣らせながら私たちに苦言を呈す長男を、冷め切った目の次男が諌めた。
「兄上が律儀に反応するから母上が図に乗るんですよ」
「そうだな。いくら親子とはいえ馬鹿夫婦の戯れあいに付き合う義理はないか」
「息子たちの口が悪い……」
二人の冷たい眼差しと声。うーん、この子達、内面は私似だわね、やっぱり。まぁ王族として生きていくにはこれくらい性格悪い方が生きやすいと思うけど。私の可愛い王様みたいな人は大変そうだもの。
そう思って硬い膝に後頭部をすりつけつつ頭上にある顔を見上げれば、蕩けた眼差しが私を見つめていた。うーん、甘いわね。息子たちと比べると明白に甘い。にやけちゃう。
「また二人の世界に入ってますね」
「死ぬまでやってろよ馬鹿夫婦」
「あぁ、息子たちが反抗期で、お母さま悲しい……」
「……二人とも」
泣き真似をすると、アルベールが眉間に皺を寄せて息子たちの方に顔を向けた。珍しく厳しい顔をしている。
「二人とも、お母様を傷つけるのはやめなさい。君たちの母である前に、彼女は私の大切な妻だよ」
「アルベールったら」
思い切りキュンッときた。たまにこういう格好いいことを言っちゃうんだよねぇ。麗しい顔でこんな台詞言われたら、さすがの私も照れちゃうわ。嗜めるように腕を叩いたが、アルベールは私を覗き込んで目を細めた。
「本音さ。君は我が国にとって大事な女性だけれど、それよりも私にとって大切な妻だからね」
ニコッと笑われて顔に血が上る。本当にたまに男前なのよね、アルベールったら。
まぁ、この国にとって大事な人物であるというのは、我ながらその通りである。なにせ久しぶりの『死なない王妃様』だ。私は、丈夫な母胎としても、国の偉いさんたちから大層ありがたがられている。ついでに国民からは、政略結婚に巻き込まれた惨めなお妃様で、我々の実態は仮面夫婦と思われているけれど、そうでもない。というか、そんなことはない。この通り、夫婦仲は絶好調だ。
「いや、僕らにとっては母ですし」
「それにどっちかというと、父上の妻というより、うちの国の辣腕王妃様ってところが強いと思うんですけど」
「何よあなたたち、言いたい放題じゃない」
両親のいちゃつきぶりが見ていられなかったのか、息子たちがゲンナリとした顔で突っ込んできた。空気が読めない子たちである。このまま二人きりにしてくれたら、次の春に五人目が産まれたかもしれないのに。
「母上、巷では不死身妃様とか呼ばれてるんだよ?字面が強すぎるでしょう」
「まぁお母様は実際強いからね」
嘆息混じりの次男の言葉に、アルベールは否定することもなく、にこにこと頷いた。『不死身妃様』は、呪いに勝っているというだけで、三人目を産んだ頃に国内でつけられたあだ名だが、今やイロイロあって周辺諸国から色んな意味で恐れられる二つ名に成長してしまった。全く予定外である。
「そうよぉ〜!それに比べてお父様ちょっと情けないわ!」
「お父様はもう少しシャンとした方が良いと思うの!」
私が過去を振り返って気恥ずかしいあだ名について思いを巡らせていたら、双子の娘たちが交互にアルベールの腕を引きながら辛辣な台詞を吐き始めた。
「王妃様頼みの弱王様って言われてるの知ってる?」
「優しいのはまぁ良いことだけれど、さすがにねぇ」
「もう少し威厳とか身につけた方が良いと思うの」
「お父様はお母様より弱いって思われていて良いの?」
「男としてどうかと思うわよ」
本当に辛辣である。元々私に似て口が達者な子達だったが、最近婚約者選びが始まってから、より一層悪化した。昨日も「なかなかお父様みたいな男がいない」って嘆いていたくせに、酷い言い草である。八つ当たりかもしれない。しかし頭の中でそんな推測を立てている私と違い、素直極まる我が夫はすっかり落ち込んでしまった。
「……まだ十歳の娘たちに言われるとは……確かにそうかもしれないな……君たちにも情けない思いをさせていたね……すまない……本当にお父様は昔から」
「あーこら!やめなさい!」
真面目に落ち込み始めたアルベールに、私は慌てて身を起こすとガバっと抱きしめてヨシヨシと頭を撫でた。アルベールだって、なんだかんだ外では散々矢面に立っているんだから。影の国王と呼ばれるのは私でも、やっぱりホンモノの国王の方が当たりは強いんだからね。家の中でくらい甘えさせてあげなさいよアンタたち。
「お父様が落ち込んじゃったでしょう!?可哀想!大丈夫よアルベール様はそのままで!」
「僕は良くはないと思うけどね」
「情けない、また母上に庇われてる」
息子たちが刺々しい口調で刺してくる。さてはお母様がお父様ばかりヨシヨシするから気に食わないんだな?
「あなたたちもとっても可愛いわよ?そのまますくすく大きくなりなさい、お母様が許すわ」
満面の笑みで両腕を広げてやったが、二人とも飛び込んでくることはなかった。寂しい両手でとりあえずアルベールの頭をヨシヨシした。
「可愛いとか、それは別に嬉しくないかも。男だし」
「というかお母様の許可は要らない」
「僕らは冷静に冷徹に王族らしく生きていくつとりなので」
「なんで?男の子も可愛さって大事よ?お父様みたいに可愛く育っても良いのよ?」
まったく信じられない。アルベールが可愛いからこそ私はこんなに働いているのに。奥さんに可愛がられるってとっても大切よ?まったくこの子達、ちゃんと幸せな結婚ができるのかしら。心配だわ。
ヨシヨシヨシヨシとアルベールの丸い頭を撫で回しながら心を落ち着けていると、娘たちからもうんざりとした声が投げられた。
「ほらぁ、お母さまがそうやって甘やかすからぁ」
「そもそもなんでずっとお父さまの頭を撫でてるのよ」
「お父様がいつまで経っても、軟弱優男陛下って笑われちゃうのよ?」
「それでも良いの?お母様」
「あなたたち何言ってるの!」
しょげかえっていく最愛の夫と頬を膨らませながら罵倒してくる天使たちに挟まれ、私は耐えられなくなり叫んだ。
「お父様を馬鹿にするのはおよしなさい。いいのよこのままで!政治も外交も実質王妃に操られていても、結果は出してるんだから大丈夫!善政を敷いてくれる良君だって国民は喜んでるし、どうせ後世の人間には細かいこと分かりゃしないわ!お父様の名前は名君として、私の名前は賢妃として歴史に残るからそれで良いのよ!」
「すごい自信……」
「確定なんだ……」
唖然とした顔で呟く娘たちと、呆然と口を開ける息子たち。史書はそう語るわよどうせ。そういう史実を作るのよ。っていうか、なんなら無理矢理そう語らせるわよ。
フン、と胸を張り、私は堂々と語った。
「それにねぇ、お父様は王様なのにこんなに素直で可愛いのよ?全大陸稀少生物に指定されても良いくらいなんだからね!私の楽しみを奪わないでちょうだい!」
「……ん?君もやっぱり私のこと馬鹿にしてるな?」
「違うわよ!可愛い守りたいこの笑顔ッて思ってるだけ!結婚してからずっとね」
「守りたい……?」
「そうよ」
納得のいかない顔で眉を落とす可愛い夫に、にっこりと満面の笑みを向けて私は私の愛を謳いあげる。
「そうじゃなきゃこんな呪詛だらけの呪われた王宮で、延々王妃様なんかやってられないわよ」
「「「「「…………え?」」」」」
五人の声が一つになった。
あ、しまった。怖がらせてしまったか。私は慌てて言葉を付け足した。
「あ、もう全部解呪できているから、安心して良いわよ?」
「「「「「………………えええっ!?」」」」」
またもや五人の絶叫が合わさり、不協和音で耳が痛い。この人たちはなにをそんなに驚くのか。
「ちょ、呪いって実在してたの!?」
「そりゃちょっとしたヤツはたくさんあったわよ。なにせ後宮よぉ?」
当たり前のような顔で言い切れば、青い顔で固まる子供達をよそに、アルベールが泡を食って掴み掛かってきた。
「危ないじゃないか!早逝の呪いもあるんだぞ!?死んだらどうするつもりだい!」
「平気よ。探してみたけど、結局早逝の呪いなんてのはなかったしね」
それに、あったとしても、そんな呪いの成就をさせるわけないでしょう。
「大丈夫よ。王宮に入る前に、一応呪詛系は全てあたまにいれておいたの。どこぞのご令嬢が命を懸けた程度の呪詛なら、私でも解呪できるわ」
「え?」
あっさりと言い切った私に、アルベールは目を瞬かせた。
「この世に現存する有効な呪詛で私が知らないものなんてほとんどないもの。忘れてるかもしれないけど、私は知の狂人と呼ばれる一族からすら変人とドン引かれた女よ?」
「…………はぁ。ふふ、参ったなぁ」
パチリと昔より手慣れてきたウインクをすれば、アルベールは大きなため息を吐いてから私を抱きしめた。
「我が不死身の奥様は、本当に凄い。……君たちも分かっただろう?」
固まっている子供達に向き直り、アルベールは開き直ったように晴々と笑った。
「お父様がお母様に敵うことなんて一生ないさ。結婚したその日から、ずっとね」




