第7話 魔法修行、一日目
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爽やかな柑橘系の香りに誘われて、目が覚めた。
ベッドから体を起こして、アンディ兄様は……と思ったけれど、わたしが眠っていたベッドの足側と右側には、部屋の仕切り兼目隠し用の大きな衝立があるので、アンディ兄様の姿は見えない。
だけど、何やらごそごそと音がする。
どうやらアンディ兄様はわたしより先に起きていたようだ。
「兄様?」
「あ、起きたかい? そっちで着替えてから、顔を洗いにおいで」
うーん、衝立があるとはいえ、同じ部屋の中で着替えるのはちょっと恥ずかしいような気がするけれど。しかたがない。個別の部屋などない丸太小屋だ。衝立があるだけまし……である。
わたしはなるべく音を立てないようにして、そっと着替えをした。
今日から魔法修行をすると聞いていたから、汚れてもいいように、紺色のワンピースを選んだ。髪をとかし、後ろで一つに三つ編みをする。
靴を履いて、衝立をそっとずらし、暖炉のほうへとトコトコ歩く。
「おはようございます、アンディ兄様」
「おはよう。そっち座って」
「はい」
元々備え付けられていたテーブルとイス。その片方の椅子に座ると、アンディ兄様はわたしの前に紅茶の入ったカップを置いてくれた。
「わあ……、これ、オレンジティー?」
「オレンジの輪切りを紅茶に入れただけだよ」
口に一口含むと、ふわ~っとオレンジの香りが広がる。
温かいお茶とオレンジの香り。ほっとする。
「美味しいです、兄様」
「よかった。ゆっくり飲んで」
「はい」
余ったオレンジと、それから昨日買っておいたパンを食べる。
食べ終わって、ボケっとしていたけど。ここは伯爵家じゃない。食べ終わった後、食器をかたづけてくれる使用人はいない。
えーと、カップとかお皿とかをどうしたらいいんだろう……?
ちょっと考えていたら、先に椅子から立ちあがったアンディ兄様が、洗面器よりも大きくて、盥というには小さめの、丸くて平たい桶みたいな容器を取り出した。その容器の中に、アンディ兄様が使い終わったカップやお皿を入れていく。
「丸太小屋の裏手の川で洗おう」
「あ、アンディ兄様、わたし、運びます!」
「こっちは重いからボクが運ぶよ。ニーナはタオルを二枚くらい持ってきてくれる?」
「は、はい!」
えーとタオル。昨日買ったばかりのタオルは、すでにテーブルの上に置かれていた。それを言われたとおりに二枚、手に取った。
「じゃ、行こう」
扉を開けて、そのまま小屋の裏手に回る。
少し斜面になっているけど、川のほうへ下りられそうだ。
わたしはアンディ兄様の後に付いてトコトコ歩く。
斜面を降りて、川のそばに行くかと思ったら……、小屋の裏手に来ただけで、川のほうには降りて行かずに、アンディ兄様は足を止めた。
「さて、ニーナ」
「はい」
「顔を洗うのと食器洗いをするんだけど」
「はい」
「同時進行で、魔法の修行をしていくからね」
同時進行?
意味が分からず、わたしは首を横に傾げた。
「昨日の、金色のキラキラ、見えるよね?」
「はい」
魔法をどうやって使うかはわからないけど。
キラキラ。
いつの間にか、呼吸するみたいに、自然に、わたしもキラキラを見ることができるようになっていた。
えーと、なんだっけ?
アンディ兄様が言っていた……、魔法を使えるようになるための魔法器官は、普通、体の奥底で眠っている。それを起こしたから、もう、自然にキラキラが見えるようになったのかしら?
「その状態で、今からボクのすることをちょっと見ていて」
「はい」
何をするんだろう?
アンディ兄様はご自身の両手を川のほうに向けて、川の水をすくうように両手を動かした。
すると……川のほうから、キラキラが、アンディ兄様のほうへと向かってきた。そして、兄様の両手に水がたまった。
「す、すごい!」
ヒューって、川の水が、兄様の掌まで来ちゃったよ!
「自分の手のキラキラと、川のキラキラを結び付けて、それを自分のほうに引き寄せる感じ……ってわかるかな」
んーんと、実際には川の水は遠いけど、ここから、自分の手で、水をすくう感じかな……?
「やってみます」
アンディ兄様と同じように、手で水をすくう形を作る。掌の、キラキラ。川の水の、キラキラ。手を繋ぐように、両方のキラキラを結び付けて、引き寄せる……んだけど。
……アンディ兄様のように、うまくはできなかった。
2025年6月28日
[日間]異世界〔恋愛〕 - 連載中 04-07時更新 13 位
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