第45話 ハッピーエンド(最終回)
本日二つ目の更新です
金色の橋を渡って、しばらくすると、海辺に着いた。
誰もいない、暗い夜の海。
だけど、月と星で、お互いの姿ははっきりと見える。
「暗かったら、魔法で明かりを灯すけど」
「ううん、大丈夫。だってほら、夜空の月と星で、十分明るいから」
そうだね……ってリアム様が微笑んで。
そうでしょう……って、わたしも微笑み返す。
静かな波の音。
寄せて返す、そのリズム。
いつまでも、二人で黙ったまま、その波の音を聞いていたいな……なんてことも思うけど。わたしは、息を吸って、言う。
「えっと、リアム様。相談というかなんというか……なんですけど」
「うん、みんなにも秘密の話? なんだよね?」
「その前に、えっと……。わたし、リアム様のおかげで、もう憂いはなくなりました。魔法も、この一年間楽しく学べて、わたしの今のしあわせは、全部リアム様のおかげだと思っています」
本題の前に、改めて、感謝を伝える。
「それは……ニーナが一生懸命がんばったからだよ。ボクはきっかけを与えただけ。実際リチャード達との対決も、ボクはほとんど黙っていたようなものだし」
「でも、リアム様が居なかったら。わたし今頃……修道院暮らしとか、家出したけど悪い人につかまって売り飛ばされるとか、連れ戻されて、無理やりリチャード様と婚約を結ばされるか……、そういう未来しか、なかったと思う。毎日が楽しいなんて、絶対になかった」
だから、まずはありがとう。
「それからね。Sクラスの一年目で、わたし、アゲハ蝶を作るような、物質を形状変化させる魔法とか、基礎的な知識とか、そういうのはある程度のところまで、できるようになったと思うの。だから、これからの二年目で、どんな魔法を学ぶのかって、考えていて……」
「二年目の魔法で、何を学ぶか、なの?」
リアム様はちょっと首を傾げた。
相談内容が、それなら、誰もいない場所で話すのではなくて、むしろハイマン先生にも参加してもらった方がいいんじゃないか……なんて、きっと思っているね。
でも、それは……ちょっとね。だって、みんなの前で言うのは、恥ずかしいのもあるけど……。それよりも。わたしが本当に言いたいことは……。
「わたし、考えていることがあるんです。リアム様には、それの承諾をお願いしたいんです」
「承諾? ボクの?」
「はい」
「改めて言われなくても、ニーナがしたいことなら、ボク、応援するし、手は貸すよ?」
「はい。でも、きちんとリアム様に言いたいんです」
だって、わたしが二年目……ううん、これから先ずっとしていきたいことは……。
それを、今から言う。
息を吸って吐いて。
お腹に、力を溜めて。
リアム様の目を見て。
「わたしの寿命が尽きるまで、ずっとリアム様と一緒にいたいんです」
「えっ⁉」
予想外の言葉だったのか、リアム様が驚いて声を上げた。目も、大きく見開いて。
びっくりさせちゃったよね。でも、わたし、言う。
「それから、わたしが寿命で死ぬとき。五十年後とか、百年後とかかもしれないけど、その時は、リアム様。わたしと一緒に死んでください」
言って、詰めていた息を吐きだした。
「えっ、えっ⁉ ちょ、ちょっと待ってニーナ。ニーナが死ぬまでずっと一緒って言うのはもちろん喜んで、だよ? だけど、ボクは不老不死……」
死なない、体。
もうすでに、五百年以上生きていて。
わたしと一緒に死ぬなんて、普通なら、無理。
わたしが死んだ後も、きっとリアム様は、生き続ける。
だけど、それ、わたし、嫌。
楽しい人生がずっと続くなら、生き続けたいけれど、つらい人生なら死にたい。
それが、前にリアム様が言っていた本音。
永遠に楽しいなんてことは無理。
きっとどこかの未来で、また、リアム様にとってつらい時間がやって来る。
悲観的に物事を捉えているわけじゃなくて、人生なんて、いつ、どんな不幸がやって来るかわからないでしょう?
わたしが死んだあとのリアム様の人生で、死にたいのに死ねないなんてことが降りかかったら……。
その時には、わたし、なんにもできない。
リアム様の側にいることも、助けることも、何もできない。
仮に幽体になって、ずっとリアム様の側に漂い続けても……物理的に何にもしてあげられることはない。
だから、わたし、リアム様の寿命を普通の人間に近づけるための知識を、技術を、習得する。
一緒に生きて、それで、一緒に死ぬために。
「方法論は、完成しているわけじゃない。だけど、考え方の方向性は……いくつかあると思うの」
リアム様の体を不老不死じゃなくする。
なくすのが無理なら、変質なら?
分けるのであれば?
リアム様が一人で、五百年も考えて、実現できなかったことでも、二人でなら?
一人じゃ無理なことも、二人だったらできるかもしれない。
「たとえばなんですけど、わたしとリアム様の魂と寿命を繋ぐことが出来たら。普通の人間の魂と肉体、それから不老不死の魂と肉体。その二つが混ざって、そして均等に分ければ。お互いに、長寿なだけで、寿命はあるって状態にならないかなって」
「計算とかじゃないんだから! 一足す一は二になって、その二を二で割ったら一になるみたいな、そんなこと……」
「できないとは思わないんです。数式で成立しているのなら、魔法でだって!」
「あ……ありえないって」
「誰もやったことがないだけでしょう? ありえないとまでは言いきれない」
成功させるために、どんな魔法が必要なのかはわからないけど。
金色のキラキラ。
あれで、わたしとリアム様の寿命を混ぜて、二分割したら……って。
「失敗したらどうするんだよ! ニーナにどんな影響が出るかもわからないのに!」
「やってみて、失敗だったら次の手を考えます。影響も……してみないことにはわからないでしょう」
魔法でダメなら、錬金術でも、魔術でも、なんでも覚える。魔法と魔術、錬金術の融合とか、重ねがけとか、可能性があるのなら、やってみせる。
「でも……っ!」
「でも、わたし。どんな影響が出ようとも、リアム様と一緒にいたいんです。リアム様を残して、一人で先に死にたくないんです」
きっぱりと言った。
この気持ちが、恋とかなのかは、正直分からない。
だけど、リアム様。
わたし、一緒に生きたいんです。ずっとずっと一緒に生きて、そして、せーので一緒にアンディ兄様の元に召されたいんです。
「わたしも不老不死になって、永遠に一緒に生きるっていうのもちょっと考えたんですけど。それだと永遠に、アンディ兄様の元へは行けないから。だから、ちゃんと寿命のある人生がいいなって」
「ニーナ……」
「だから、リアム様。もしもわたしのことが嫌いじゃなかったら、一生側にいさせてください。それで、わたしが死ぬとき、リアム様も一緒にアンディ兄様のところに行きましょう!」
リアム様がいいよって言ってくれたら。
わたし、実現させるために、努力する。
二年じゃ、無理なら、三年でも五年でも、十年でも時間を費やす。
十年が無理なら、わたしの寿命が尽きるのは……多分、五十年とか六十年後くらいでしょう。
それだけの時間があれば。
一緒に生きて、一緒に死ぬっていうことくらいできるはず。
ううん、はず、じゃなくて、叶えてみせる。
一生懸命に話すわたし。
リアム様はなにも言わずに、ただ、わたしの話を聞いていた。
そして……溜息みたいに、大きく息を吐きだして……。
「ニーナは、いいの? ボクのために、一生を無駄にしていいの……?」
泣きそうな顔で、聞いてきた。
「無駄なんかじゃないです。わたしが、これからやりたいこと。学びたいことで、叶えたいことです」
リアム様の唇が、開きかけて、そして、また閉じた。
「一緒に、いさせてください。そして、一緒に死んでください。それを叶えるための方法を、一緒に探してください。わたし、方法が見つかるまで、絶対にあきらめませんから!」
泣きそうな顔のリアム様が、震える手をわたしに伸ばして……そして、壊れ物でも扱うみたいにそっと……。わたしを抱き寄せてきた。
「ありがとう……」
波の音に、消えそうなくらいのささやかな、声。
「ありがとう……、ニーナ……」
わたしも、リアム様の背中に手で触れる。柔らかく、抱きしめる。
夜空には、月と星の光。
地上には波の音。
わたしの肩に、次から次へと落ちる涙。ショールが濡れて、着ている服まで滲みてくる。
そして……、わたしの、心の、中にまで。
「一生をかけるくらい、大好きです、リアム様」
自然に、わたしの口から、好きという言葉がこぼれて出てきた。
「ニーナ……」
この気持ちが恋かどうかはわからない。
だけど、きっとね、一生をかけられるくらいの大きな気もちだから……愛、と言ってもいいんじゃないかな。
だから、繰り返す。
海の、寄せて返す波のように。
「大好きです、リアム様」
リアム様は、頷いて。
そして小さく「ボクもだよ……」と呟いてくれた。
終わり
お読みいただきまして、ありがとうございました。
これにて完結です。
後程、登場人物設定とか後書きとか書きますね。




