第41話 それでは皆様、ごきげんよう!
本日二つ目の更新です
「……リチャード様」
「何だよ、ようやく素直にオレに好きって言う気になったか?」
へらへらと笑う気持ち悪い顔。
いえ、元々の顔の造りは……それなりに美形の範囲に入るとは思うんだけど。
性格で大きく減点。
言動で更に減点。
理解力のなさは、果てしなく減点だ。
「他人の話を全く理解する気もない、理解できないあなたには、この『改良版・モゲロ』の魔法をかけて差し上げます」
言うや否や、わたしは左手を大きく振り上げて、パチンとリチャード様の頬を叩く。
「は……?」
叩いた頬は、別に痛くもないだろう。頬が赤くなるほどの衝撃ではないし。
ただ、リチャード様にも、体の中を魔法が通っていく、そのぶわっとした感覚は……、感じ取れたのだと思う。
「な、なんだ今のは……」
きちんと魔法が掛かっている証拠に、リチャード様の声が、高くなっていた。胸も、ちゃんと。
よし!
魔法は成功!
「な、何をしたんだ……」
おどおどした声。でも、わたしは答えない。
だって、わたしがリチャード様に何をしたのかなんて、見ればわかるでしょ。
もう、リチャード様の体にだって、魔法による変化が現れているのだから。
その変化に、最初に気がついたのは、リチャード様のお父様であるジャクソン伯爵。震えながら、リチャード様を指さした。
「リ、リチャード……! そ、その胸はいったいなんなんだっ!」
「へ? 胸……?」
ジャクソン伯爵に言われて、リチャード様は視線を落として……。
「え、え、え⁉」
驚きながらも、自分の両手を、自分の胸に当てた。
ふかふか。
そんな感じの感触に、リチャード様は驚愕の表情になり、それから、叫びをあげた。
「や、柔らかいいいいいいいいい⁉ 何だこれ、本物かあああああああ⁉」
玄関ホールに響き渡った、甲高い声。
そう、柔らかいのよ。
サービスして、ゆっさゆっさと揺れるくらいに豊かにしてあげたから。
リチャード様は、更に別の何かにも気がついたようで、今度は胸に当てた手を下ろして、ご自分の足の間のとある部分に、その両手を当てた。
バスバスというか、ポンポンというか。
そして、触れても、慣れ親しんだ質量が感じられないことに動揺してなのか、わたしたちに背を向けただけで、履いているズボンの中を、凝視した。
「な、な、な、な、な、無いっ! 無いいいいいいいいっ! 何をした、ニーナっ! オレに、何をしたんだあああああああああ!」
何をしたかって?
「不要なものを引っ込ませて、それで、引っ込んだ分を盛り上げただけよ」
そう、それが『改良版・モゲろ』なの。
『ハゲろ』とか『水虫』とかの魔法のエネルギーも、この『モゲろ』に変質させて、更にパワーアップした、かなり強力な魔法。
もぐ……のとは、ちょっと違うんだけど。まずへこませて、別のところを盛り上げたから……。改良版・モゲろ、というよりは、デコボコ魔法というべきかも。
まあ、名称は……今はいいか。
「何だよそれっ!」
「だって、わたし、リチャード様となんて、絶対に婚約も結婚もしたくないもの。だから、リチャード様を女性の体に変化させていただきました。他国なら認めているところもあるみたいだけど、アドネア王国では同性同士の婚姻は不可能だからね」
だから、男性の体の中心にある、とある器官を引っ込ませて、代わりに胸を作って、女性化させた。
「じょ、女性の体ああああああ⁉」
巨乳にしたのはちょっとした茶目っ気よ。
男性からモテモテになって、リチャード様のお婿さんとして、素敵なお相手が来ますように!
なーんて!
嘘。
本当は単なる嫌がらせ。
多くの男性は、胸の大きな女性がいると、無意識にでもその胸を見てしまうでしょ。リチャード様も、その巨乳で、大勢の男性から胸を凝視される恐怖と嫌悪感と不快感を味わうがいい‼
そのための、大注目浴びるくらいの、豊かで大きな胸にしてあげたのよ!
「最初はここまでする気はなかったんですけど。いくら嫌いって言っても照れ隠しとかなんだとか、見当違いの発言を繰り返してくるから。好きでもない相手から迫られるのって、はっきり言って怖いんです。嫌なんです。不快なんです。それ、リチャード様もご自分で体験してみるといいんですよ。どれだけ不快なのか、身をもってわかるでしょ」
テレンス様が、ジャクソン家を継がないで、ブライトウェル魔法王国で職につけば。
ジャクソン伯爵家の跡取りはリチャード様になる。
だけど、それはリチャード様が男性であればの話。
アドネア王国の女性には、継承権はない。
だから、女性の体になったリチャード様は、婿を取ることになる。
「女性としての人生を、がんばって歩んでくださいね」
にっこり笑って、リチャード様に背を向ける。
「さ、もうここには用はないわ。お父様とお母様。最後までわたしの気持ちを理解してはくださらなかったわね。だから、もう、わたしはこの家には帰りません。別の場所で、リアム様たちとしあわせに生きます。フィッツロイ伯爵家は親戚のどなたかにお任せするか、国に爵位を返上するか、どうとでも好きにしてください。わたしはもう、フィッツロイ伯爵家とは縁を切らせていただきますから」
「ニ、ニーナ……」
縋るような目で見られたけど。
この期に及んでお父様もお母様も、わたしの気持ちを考えないでごめんなさいとの言葉はない。
わかって、もらえない……んでしょうね。きっと、一生分の言葉を費やしても。
それは悲しいけど。
仕方がない。
だけど、お父様とお母様の勝手な思い込みや夢に付き合って、不幸な人生を歩むほど、わたしは自己犠牲の精神に富んでない。
お互いの意見や主張や希望が完全に異なるんだから、だったら離れて暮らしたほうがいいよね。
そうして十年か二十年か経過して、そのくらいの時間をかけて、ゆっくりとご自分の硬直した考えを変えていってくれればいいけど……どうかな?
人の考えなんて、そうそう変わらない。
変えようとしたって変わらない。
親不孝、かもしれないけど。
わたし、お父様とお母様の望む通りの人生を送って、不快感と我慢ばかりの不幸な人生なんて、嫌。
だから。
「さようなら、お父様、お母様」
二度と会わない……とまでは言わない。
お墓参りの時とか、偶然に、会うこともあるかもしれない。
その時に、わたしの気持ちも、ちょっとだけわかるようになってくれたらいいなー……なんて。
期待は、ちょっとだけ、心の隅に残しておくけど。
だけど、わたしは違う道を行く。
お父様とお母様の希望を叶えるために、わたしが生きているんじゃない。
わたしは、わたしのしあわせを目指して生きる。
「ニーナ……」
わたしはジャクソン伯爵夫妻に向き直る。
「わたし、本当に不快だったんです。リチャード様なんて、嫌い。気持ちが悪い。なのにご理解いただけないので、こういう手段を取らせていただきました。ジャクソン伯爵夫妻には申し訳ございませんが、今後リチャード様が男性に戻ることはありません」
「ま、待て、ニーナ! 困るっ! リチャードの体を戻してくれ!」
「嫌です。男性の体に戻して、また、リチャード様から迫られたり、不快な目に遭わされたりするのは、わたし、本当に嫌ですから。自衛のために、リチャード様には一生女性として生きてもらいます」
へなへなと、ジャクソン伯爵夫妻もリチャード様もその場に座り込んだ。
うん、一生戻らないよ。
だって、わたしがリチャード様の体を女性に変えただけじゃなくて、こっそりとリアム様が、固定化の魔法をかけてくれたから。しかも、かなり強力な。
多分、この場にいる人たちで、それが分かったのは、わたしとリアム様とテレンス様だけだろうけど。
「と、言うわけで。そろそろわたしたちはお暇しますね」
「さよなら、みなさん」
「父上、母上。不義理を許してくれとは言いません。ですが、私は、魔法の道に進みたい。これまで世話になった分の費用は、すぐには無理ですが、いずれお返しいたします。その金を持って、リチャードが良い婿を得られるようにしてください」
テレンス様、それ、追い打ちをかけてますね。ありがとうございます。ふふふ!
それでは皆様、ごきげんよう!




