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第39話 は?

本日二つめの投稿です

 街で馬車を借りて、フィッツロイ伯爵家の屋敷へと乗りつけた。予定にない来客に、使用人たちが慌てて出てくる。

 玄関の前の車止めで、わたしとリアム様が手を繋いでゆっくりと馬車を降りる。

 馬車の御者には、それほど待たせないだろうから、待っていてくれと伝えていたら、使用人たちが驚いて声を上げてきた。

「ニーナお嬢様っ!」

「ご、ご無事で!」

 約一年ぶりに、家出をした娘が、突然に帰ってきたのだから、驚くわよね。

「……お父様とお母様はご在宅かしら」

 いるのはわかっているけど、あえて聞く。

「お、お待ちくださいませ! 今、急いで……、と、とにかく、お嬢様はサロンのほうへ……。ああ、コートもお預かりいたし……」

 使用人たちが慌てて玄関扉を開けたところに、更に、馬車からテレンス様が下りてきた。

「……あああ! テレンス様!」

「私の家族も、こちらに既に来ているかな」

「は、はい! 皆様サロンでお集りに……」

「そうか、ありがとう」

「い、いいえ!」

 使用人たち、かなり慌てているわね。

 ……不作法を咎める気はない。だって、わたし、もうフィッツロイ伯爵家の娘を辞めるんだから。

「いいえ、用が済めばすぐに帰るから。玄関ホールで待たせてもらうわね」

 コートも脱がずに、さっさと玄関ホールを進む。ホールの中は、そのまま馬車を乗り入れることができるほどに広い。正面には大階段。その左右の壁にはいくつもの肖像画や風景画が飾られて、暖炉の前にはテーブルやソファも並んでいる。わざわざサロンに行く必要なんてない。ここでも十分話ができる。

 わたしはリアム様にエスコートをしてもらって、置かれている長椅子にさっさと座った。もちろんリアム様と一緒。ついでに、親密さを醸し出すために、リアム様の腕に、わたしの腕をそっと絡めておく。

 テレンス様も、わたしたちの横の椅子に座った。

 すぐにバタバタとした音がして、お父様とお母様、二階から大階段をジャクソン伯爵夫妻、それからリチャード様も降りてきた。

 うん、みんな揃っているわね。これで、二度手間を省いて一回で話を済ませることができる。

「ニーナ!」

「ニーナあなた今まで一体、どこで何を……」

 お父様とお母様が階段を駆け下りながら言った。

「ジャクソン伯爵家を継がないとはどういうことだテレンス!」

「テレンス! どうしてあなたがニーナ嬢と一緒にいるの⁉」

 ジャクソン伯爵も大声で聞いてきた。

「テレンス兄上! ニーナと一緒とはどういうことですか……って、誰だその男は⁉」

 ……うーん、五人にバラバラに発言されると対処に困る。さて、何からどう言おうか……と思っていたら、すっと立ち上がったテレンス様が、端的に言った。

「私たちはアンディの墓参りついでにこちらに立ち寄っただけで、すぐにお暇します。用件は挨拶のみ。私もニーナもそれぞれの家を継ぐつもりはありません。ジャクソン伯爵家はリチャードに継がせてください」

 そうね、言いたいことだけをまず告げてしまおう。

 わたしは立ち上がらずに、リアム様の腕にしがみ付いたまま、言った。

「お父様、お母様。わたしはずっとリチャード様からの暴言に苦痛を感じてきました。顔を見るのも嫌なのに、婚約なんて冗談じゃない。拒否します。わたしのことはフィッツロイ伯爵家から除籍してください。平民になっても構わない。わたしは自由に生きますので」

 テレンス様のご両親は、前置きもなしにいきなり言われたことに戸惑うばかり。おろおろとしていた。

 わたしのお母様も「そんな……」とか「ちょっと待って……」とか言っているけど。

 わたし、一年も家出していたんだから、考える時間くらいあったでしょう?

 テレンス様からの手紙だって、届いていたんだから。

「ニーナ、どうしてそんなこと言うの。ニーナとリチャードが結婚して、我が家で暮らしてくれるのを、お母様はずっと夢見ていたのに……」

 は? 

 夢? 

 お母様の夢のために、わたし、リチャード様に虐げられて暴言を吐かれて苦痛しかない人生を送らなきゃいけないの?

 冗談じゃないわ。そんな人生なんて、嫌だって、わたし、リチャード様が嫌いだってちゃんと言ったのに!

「そうだ。アンディ……は、もういないが。元々は、体の弱いアンディが爵位を継げば、負担は大きいだろうから、ニーナとリチャードが結婚をして、アンディを支えてと思っていたんだ。どういうわけか、アンディの記憶が妙に曖昧なのだが、それでも、ニーナとリチャードが我が家を支えるというのは決定事項なんだ。両家で、ずっと、昔からそう思っていた。だから、婚約の契約などは後でもいいかと……」

 お父様まで……。

 落胆なんてものじゃなかった。

 リチャード様が嫌で、一年も家出していたのに。

 それなのに、お父様もお母様も、わたしの気持ちなんて、全然考えてくれないで、一年前と変わらないまま、また、リチャード様と婚姻をなんて言ってくるの⁉

 信じられない。

 わたし……、本当は、ほんの少しだけ、期待していたの。

 一年も家出していたんだから、わたしの気持ちをお父様もお母様も分かってくれたかも……って。

 わかってくれたのなら、わたしは魔法使いとしてブライトウェル魔法王国で生きていくけれど、定期的にフィッツロイ伯爵家に帰って来て、それで、お父様やお母様と一緒にアンディ兄様のお墓参りに行けたら……なんて。そうなったらいいなって、ちょっと思っていたのに……。

 ああ……、わたしが家出するほど嫌だってことも、お父様やお母様には通じないのね。

「家出するほどリチャード様が嫌だという気持ちを、平民になってもいいとまで言ったわたしの気持ちを……、どうしたって、お父様もお母様もご理解下さらないのね……」

 だったらもう、これ以上何を話しても無駄かな……。

 親子なんだから、理解してくれるかも……なんて、期待したわたしが愚かだということかな。

 泣きたくなる気持ちを抑えて、リアム様の腕にしがみ付いた。

「ニーナ……」

 わたしがしがみついていない反対側の手で、リアム様がわたしの肩をそっと引き寄せてくれた。

「私もニーナも、両親の期待に応えられないことを申し訳なく思っています。ですが、私たちは、あなた方の希望通りの人生にしあわせは見出せないのです。申し訳ない。自分勝手な道に進むことをお許しください」

 テレンス様が、頭を下げる。

「それから、私もニーナも交渉に来たわけではないのです。申し訳ない気持ちはありますが、私たちは将来の道をもう決めたんです。しあわせになるために、私たちは、アドネア王国を出て、他国で暮らします」

 きっぱりとしたテレンス様の声。

 わたしも、言おう。言わなきゃ。

「お父様とお母様のご期待にそえないことは申し訳なく思います。ですが、わたしは苦痛の人生を選びたくない。しあわせに生きたい。リチャード様との婚姻なんて、苦痛と暴言しか与えられない苦痛な人生でしかない。そんなのは選ばない。選びたくないんです」

 ……もう、いい。両親との今後は諦める。アンディ兄様のお墓参りは、わたしとリアム様とテレンス様ですればいい。

 そう思った。

 言いたいことは言ったので、もうこの場から立ち去ろう。

 座っていた長椅子から、腰を浮かせかけたら、リチャード様が「あのさあ……」と、いかにも不機嫌そうに言った。

「さっきからニーナがしがみついているソイツ、いったいなんだよ。それに、オレの目の前で不貞を見せつけるってどういうことだ? ニーナ、お前、ちょっとどうかしてるんじゃあないの?」

 は?

 不貞?

 なにそれ。

 あんまりにあんまりな言葉をいきなり言われて、わたしは反論することもできずに、ポカンとしてしまった。

 リチャード様、言葉の意味、ちゃんと理解して使っているの?






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