第36話 お墓参り
卒業式の次の日。
わたしとリアム様とテレンス様は、ブライトウェル魔法王国王都からアドネア王国に向かう乗合馬車に乗った。
もちろん、そのままアドネア王国に行く……訳ではない。
途中下車して、宿を取る。
宿代は、先払いしておく。
事情があって、夜に出立することになるかもしれないからと、宿の人にもちゃんと伝えて。
そうして、誰もが眠る夜中に、ブライトウェル魔法王国に来た時のように、金色のキラキラの橋を作って、アドネア王国まで渡った。
テレンス様には金色の橋のことは言っておいたんだけど、すごくびっくりしていた。
「ほ、本当に、伝説の魔法使い、なんだな、リアム様……」って。
三人分の力で金色の橋を作ったためか、それとも来た時よりも、わたしの魔法の力が強くなっているためか、夜が明ける前にアドネア王国王都郊外にある墓地に辿り着いた。
夜明け前の墓地なんて、言葉だけからすると、怖い場所のように感じてしまうけど。アンディ兄様が埋葬されている墓地は、まるで宮殿の庭のような感じなのよね。
外壁に沿うようにして造られた回廊には絵画や彫像が飾られているし、お墓自体もまるで美術品みたい。例えば、棺の上に眠る故人をかたどったお墓、神殿風のお墓、球体状のお墓など、見ごたえのあるお墓やユニークなお墓がいっぱいなのよ。敷地内には緑が豊かだし、噴水広場や花壇に植えられた花なんかもあって、お墓参りにではなく、散歩に来る人もいるほどの場所。
ここは、墓地という言葉から連想されがちな暗さや湿っぽさはまったくなくて、心安らぐ美しい場所。
きっとアンディ兄様も、心穏やかに、過ごしているに違いない。
難点は広すぎるから、どこの区画に埋葬されているのか、わからなくなりそうってことくらいかしらね。
わたし一人だったら絶対に迷子になっていた。だけど、リアム様もテレンス様も、迷うことなくサクサクと足を進めている。
わたしと違って、二人とも何度もお墓参りに来ていたのかもしれない。
ようやくたどり着いた時には、もう間もなく日の出……という時間帯になっていた。
わたしは、ふと、空を見上げた。
「ブルーアワー……って、言うんだっけ。こういう夜明け前の蒼い空」
ブルーアワーは、日の出前と日の入り後に発生する空が濃い青色に染まる 時間帯のこと。
夜から朝、または夕方から夜に移り変わる、数十分という短い時間だけの、自然の贈り物。
ううん、アンディ兄様からの贈り物かもしれない。
よく来てくれたね……って。
わたしはアンディ兄様の墓石にそっと手を触れる。
「おはようございます、アンディ兄様。美しい薄明の空を、ありがとう」
本当は、忘れていてごめんなさい。
ずっとお墓参りにも来ることが出来なくて、アンディ兄様を一人で淋しくしてしまって……ごめんなさい。
そういうつもりだった。
だけど、わたしの口からは、するりとおはようなんて挨拶が出てしまった。
うん、きっと。アンディ兄様にごめんなさいなんて言ったら。
「謝られるよりも、ありがとうのほうがいいなあ」って、アンディ兄様は、きっと、笑う。優しい笑顔で、そう、言う、はず。
だから、わたしは、感謝を告げよう。
目を瞑って、胸の前で両手を組んで。神様にお祈りするみたいに、心の中でアンディ兄様に語り掛ける。
まずは、たくさんの感謝を。
特にリアム様のことを。
それから、今魔法学校で楽しく過ごしていることの報告も。
心の中でたくさんアンディ兄様に話しかけて、ふっと目を開けたときには。
もう朝の光が、眩しいくらいに降り注いできていた。
わたしは「ふう……」と息を吐いた。そして、それから、胸いっぱいに、朝の新鮮な空気を吸い込んだ。
「アンディ兄様。見ていてね」
わたし、がんばる。
リチャード様のこと。
お父様とお母様のこと。
わたしの気持ちをわかってもらって、リチャード様となんて、縁を切る。
それから……リアム様のことも。
今は、しあわせ。
そう言ったリアム様。
しあわせがなくなるのが怖いって、言ってもいた。
ねえ、アンディ兄様。
アンディ兄様が好きっていうきょうだいの愛情みたいな感じと、恋愛の好きという感じの……、その違いみたいなのは、正直に言えば、わたし、あんまりよくわからない。
リアム様は好き。
だけどその好きが、感謝なのか、アンディ兄様と同一視しているのか、それとも恋なのかとか。
全然全く分からない。
だけど。わたしね、リアム様にはしあわせになってもらいたいって思うんだ。
わたしが、リアム様をしあわせにできたらいいなって思っているんだ。
不老不死とごく普通の寿命。
わたしが、リアム様の側にいられる時間は……、たとえ、わたしが一生ずっと、リアム様の側にいられたとしても。
不老不死のリアム様からすれば。ブルーアワーのような、一瞬でしかない……よね。
わたしが生きている間、がんばってリアム様をしあわせにできたとしても。
わたしが死んだあと、リアム様は……失ったしあわせを、悔やむかな。悲しく思うかな。
今、わたしが……アンディ兄様がいないことを悲しむように。
リアム様も、わたしが死んだあと、わたしを思って悲しんでしまうかな。
それを考えれば……、どうしたらいいんだろうって。
いつか、遠い未来で、わたしが死ぬとき。
もしもリアム様が、望んでくれるなら……。
ねえ、アンディ兄様。
どうか、天の国で、わたしたちを見守っていて。
そして、遠い未来で……、わたしとリアム様が、アンディ兄様と再会できまるその時まで。
「じゃあ、アンディ兄様。また来るね」
わたしはくるりと向きを変えて、わたしの後ろで待っていてくれたリアム様とテレンス様に頭を下げた。
「お待たせしました」
「もっとゆっくり話していてもいいんだよ。まだ早朝だし。時間はある」
リアム様の言葉に、テレンス様も頷いた。
「ありがとう。でも、嫌なことはさっさと済ませたほうがいいかなって。それに、アンディ兄様にはまたいつだって会えるし」
キラキラの金色の橋をリアム様と一緒に渡れば。いつだって、来ることが可能だと思う。
いつだって……というのが無理でも、来たいと思えば、これなくもない。
「そっか、でも、流石にまだフィッツロイ伯爵夫妻も眠っている時間だろうし……。どこかで時間を潰すか?」
「んー、じゃあ、わたし、ちょっと休憩したいです。あと、お腹もすきました!」
「あー、ボクも同意する」
結局わたしたちは朝市を冷やかしながら、屋台でスープや軽食を注文して、一緒にそれを食べて。
お腹がいっぱいになって、体が温まったら眠たくなってしまったので、宿を取って、仮眠をとることにした。
わたしはぐっすり眠って、元気になって。
万全の体制なんだけど……。
フィッツロイ伯爵家やジャクソン伯爵家の様子を、こっそりと魔法で探ってくれていたリアム様によると、どうやらジャクソン伯爵家の皆様は、フィッツロイ伯爵家に向かって馬車を走らせているらしいのね。
でも、まだ到着はしていないって……。
「ま、フィッツロイ伯爵家とジャクソン伯爵家で、バラバラにいろいろ話すよりも、こっちに向かってきてくれているんだから、到着を待とうよ」
うん、まあ、二度手間になることを考えれば、一度で済ませた方がいいのよね。
「リアム様。ジャクソン伯爵家の皆様はどのくらいでこちらに到着しそうですか?」
聞いてみる。
「うん……、明日には着くんじゃないかな?」
「それでは、私たちは一日休暇をもらったつもりでのんびりしていればいいんじゃないかな?」
「賛成」
「同じく!」
テレンス様に、わたしとリアム様は頷いて。
三人でのんびりとジャクソン伯爵家の皆様の到着を待った。




