第27話 これから先のことを
本日二つ目の投稿です
わたしも、テレンス様も。泣くのを耐えようとしていたんだけれど、どうしても涙がこぼれてしまった。
泣き続けるわたしたちに、リアム様はずっと「ごめんね」と言い続けてくれた。
ごめんねなんて、わたしのほうだ。
ごめんなさい、アンディ兄様。
何もできなかった妹なのに、わたしのことを考えてくれて、大切に思ってくれて、リアム様をわたしに会わせてくれた。
ああ、ごめんね、じゃない。ありがとう、だ。ありがとう、アンディ兄様。リアム様もありがとう。
ごめんねとありがとうを繰り返しながら、泣いて泣いて、ものすごく泣いて。
泣き続けていたら、テレンス様が立ち上がって、リアム様の前に行って、頭を下げた。
「ありがとうございます、リアム様。アンディの遺言を伝えてくれて」
涙をこらえているせいか、声は震えていたけど。
わたしも袖で涙をぬぐって、それから立ち上がった。
言わないと、わたしも。
「リアム様、ありがとう。今、わたしがしあわせなのは、リアム様のおかげです。本当にありがとう」
二人で感謝を述べたら、リアム様は戸惑ったみたいな顔になった。
「……ボクは、二人から罵られても仕方がないなって思っていたんだけど」
感謝の言葉をもらえるとは思わなかった。
そう言って。
「ちょっとだけは、騙されたのかなって、思ったりもしたけど、だけど、リアム様。わたしのためにわたしの記憶を消したんですよね。それと、アンディ兄様の遺言もあって」
「うん……」
「だったら、わたし、リアム様にはありがとうとしか、告げる言葉はないですよ。どれだけ感謝しても、足りないくらい」
ありがとうは、アンディ兄様にも伝えたい。
直接言うのは叶わないけど、だったらせめて。
……お墓参りとか、したいな。
今、ここで、心の中でアンディ兄様に感謝を伝えるだけじゃ、足りない気がするから。
でも、それは、できるかな……、どうかな?
お父様とお母様に、見つかってしまって、連れ戻される? それは嫌だな……。
どうしようと思っていたら、テレンス様がゆっくりと話し出した。
「……私は正直に言えば、アンディには申し訳ないと思っていた。アンディの病を治すために、治癒魔法を覚えるだの言って、こちらの国に留学して。でも、間に合わずにアンディは死んだ。だったら、留学なんかしないで、せめて死ぬまでの間、側にいればよかった。そうしたら、アンディだって少しは心が安らかになったかもしれない。いや、私にできることなんて、結局何もなかったのに……。そんな後悔ばかりを、ずっとしていたのだけど……」
リアム様が首を横に振る。
「アンディは、テレンスを、大事な友だと言ったよ。病はつらいけど、大事な友を得ることができた人生だったんだ。だから、しあわせだって」
「ありが……とう……」
抑えた涙が、また、こぼれてしまった。
わたしも、テレンス様も。
「ニーナとテレンスが許してくれるなら、ボクはアンディの代わりに、君たちが二人がしあわせになるための手伝いをしたい」
それが、アンディの望みだから……と、リアム様は言った。
「しあわせ……」
わたしは、今、既にしあわせだけど。
でも……。
本当は……。
「……わたしね、本当は、家出なんてしないで。お父様とお母様にわかってほしかったの。わたし、本当に、リチャード様が嫌。売れ残り確定の地味女なんて、暴言ばかり言われて。髪の毛とか引っ張られたりして。嫌だっていうのに、照れてるだけとか、結婚して落ち着けば、本当は好きなんだから、大事にしてもらえるわよとか、そんなこと言わないでほしかった。お父様とお母様にはちゃんとわたしの気持ちを理解してほしかった……」
家出、なんて。両親を傷つける行動だ。そんなこと、わかっている。
家出したときは、衝動的な気持ちもあったけど。
今、振り返って見れば、もう少し時間をかけて、お父様とお母様にわたしの気持ちを伝えればよかったかなって、反省もしている。
だけど、それでもお父様とお母様は、わたしの気持ちを理解してくれなかったかもしれない。言葉を重ねて気持ちを伝えても、結局家出をすることになったかも……だけど。
わたし、本当に、リチャード様が嫌なの。
一生ずっと、暴言を吐かれて、苛められて、ニヤニヤ笑われて。
そんなの、嫌。
逃れるためには、わたしには家出という手段しかなかったの。
両親には、ごめんなさいって気持ちも……ちょっとは、ある。
わたしの気持ちを分かってよって、責める気持ちのほうが大きいけど。
「ニーナ……。すまない、私の愚弟が……」
「テレンス様が謝ることじゃないです。リチャード様とわたしのお父様とお母様が悪いの」
お父様とお母様がわかってくれたら。
リチャード様が大嫌いだっていうわたしの気持ちを理解してくれたら。
そうしたら、家出なんて、しなくてもよかったのに。
反省と、ちょっとの後悔と……それよりも何倍も大きいお父様とお母様を責める気持ち。
テレンス様は頷いた。
「リチャードは……、私の両親の前ではニーナのことをすごく褒めるんだよ」
「え?」
褒める?
誰が、誰を?
信じられない言葉を聞いて、わたしは思わずテレンス様を凝視してしまった。
わたしには暴言しか吐かないのに?
褒める?
嘘でしょう⁉
「リチャードが、ニーナを。私の両親には言うんだ。今日はこんなところがかわいかったとか何とか。結婚したら、あれもしてあげたい、これもしてあげたいって」
「……テレンス様、それ、冗談とかじゃないですよね」
「ニーナの髪を引っ張るのだって、そうすれば、ニーナがリチャードを見るからなんだ」
「……やめてくださいって、睨んでるんですけど」
「……あの愚弟は、ニーナが潤んだ瞳で自分を見つめてくれているんだと思っているんだ。恋人同士の目線で、お互いに見つめあって、気持ちを通じ合わせているんだとね」
「………………気持ち悪いこと言わないでほしい」
「うん。我が弟ながら、吐き気がするほど気持ちが悪いよな。独りよがりで、ニーナが嫌がっていることに気がつきもしていないどころか、喜んでいると思っている。それで親たちもリチャードとニーナが結婚すれば……って、夢を膨らませて」
「……………………気持ち悪い。本気で嫌。暴言やいじめを喜ぶなんて、ありえない」
「うん。ごめんな、ニーナ」
好きだから、弄りたいとか、そういう拗らせ系なのリチャード様って。
「好きな子をいじめるなんて、三歳児か五歳児レベルだって私は思うんだが」
「……幼くても、相手を思いやれる子はたくさんいます。それに好きな子をいじめるなんてよく聞きますけど、いじめられた方が、いじめてきた方を好きになるなんて、絶対にないです。気持ち悪い」
ああ、嫌だ。本当に、嫌。二度と会いたくない。
うん、フィッツロイ伯爵家に帰らないで、このままブライトウェル魔法王国にいられれば、わたし、きっともう二度とリチャード様に会うこともないとは思う。
それにもしも、わたしの居場所が、リチャード様に知られたところで、わざわざ隣国までは来ないでしょうし。
だけど、わたし、アンディ兄様のお墓参りに行きたいなって。
それから、お父様とお母様にも、もう一度きちんとわたしの気持ちを伝えて、わかってほしい。
暴言男との婚姻なんて、毎日嫌な気持ちで過ごすことになる。
そんなのは、嫌。
もう一度、お父様とお母様にわたしの気持ちを伝えて、それで、わかってもらえたら……。
だけど、もし、わかってもらえないのなら……。
悩む気持ちを、リアム様とテレンス様に言ってみた。
「……一度、帰国して、きちんと話すというのもいいと思う」
「テレンス様……」
「ニーナのご両親が、ニーナの気持ちを分かってくれるのなら。リチャードとの婚約なんか結ばないで、魔法学校を卒業するまで通わせてくれるだろ。それが叶うのなら、卒業後、フィッツロイ伯爵家に戻って、ニーナの好きな相手と結婚して、子を育てて、領地を守って……っていうのもいいかと思う」
「でも……テレンス様。わたしの両親が、わたしの気持ちをわかってくれなかったら……」
「うーん……」
テレンス様は黙ってしまったけど、リアム様は簡単に言った。
「やってみて、ダメなら。また逃げればいいよ」
誤字報告ありがとうございますm(__)m
感謝です!




