第26話 アンディの遺言
壮絶な、話を聞いて。
わたしはなんと言っていいかわからなくて。
でも、目の前のこの赤い髪の男の人は……アンディ兄様じゃない。
そのことだけは、理解はできて……。
「本物の、魔法使い……なの? 五百年も前の……伝説の……リアム・リードーマ……様」
「うん」
返事をした後、リアム・リードーマ様は、わたしに向かって「フルネームじゃなくてリアムって呼んでよ」と言った
「じゃ、じゃあ、アンディ兄様は? 本物のアンディ兄様はどうしたの⁉」
リアム様は、つらそうに顔を顰めた。
「亡くなったよ。テレンスは覚えているよね。君の記憶は弄ってないし」
「あ、ああ……。葬儀の時のことは……、よく覚えている」
葬儀……、アンディ兄様の……。
「ごめんね。ニーナとニーナのご両親には魔法をかけて、そのあたりの記憶をあいまいにしたんだ。今、ニーナにかけた魔法を解くね」
すっと……伸ばされた手。その手から放たれた金色の光がわたしの全身を包む。
あ……。
記憶が、蘇る。
アンディ兄様が亡くなって……、そして、泣き崩れた日々が。
あ……、ああ……、そうだ。アンディ兄様はもうとっくに……。お葬式の時、わたしはテレンス様と声を上げて泣いて……。
「思い……だした……。アンディ兄様は、もう……」
いない。
今まで手を繋いで一緒に歩いていた人が、いきなり消えたような、喪失感。
ううん、消えたような、じゃない。
現実として、もう……とっくに、アンディ兄様は……亡くなっていたんだ。
魔法で、その記憶があいまいにさせられていた。
それで、アンディ兄様の姿をしたリアム様を、わたしはずっとアンディ兄様だと思い込んでいた。
そういうこと、なんだ……。
淋しさとか、悲しさとか……苦しさとか。
そんな気持ちが、どんどん胸の奥から湧き上がってくる。
アンディ兄様がいない。もういない。死んでしまっていて、そのことを、わたしは魔法で忘れさせられていた。
悲しさと、騙されたことのくやしさ。
苦しくて、どうしようもない。
ああ……、今すぐに自分の部屋に駆け上がって行って、ベッドに飛び込んで、大声を出して泣いてしまいたい。
だけど。
歯を食いしばって、ぐっと耐える。
だって……。
わたしは、知っている。
リアム様……、アンディ兄様のふりをしたリアム様は……わたしに優しかった。
魔法で、勝手にわたしの記憶を改ざんしたのは事実だろうけれど。
騙されていたと思えば、苦い気持ちも湧き上がるけど。
だけど。
わたしに、金色のキラキラを見せてくれた。
一緒に家出をしてくれて、魔法を教えてくれた。
魔法学校に来てからSクラスのみんなと、わたしは毎日楽しく過ごしている。
それは、すべてリアム様のおかげ。
リアム様がいなければ、きっとわたしは今頃……。
リチャード様が嫌で、嫌で。一人で家出をして。そうしたら、その後、どうなったかな。
伯爵家の令嬢が、婚姻が嫌で家出なんて。
修道院に辿り着ければ、マシで。
悪い人に騙されて、売られるとか。
連れ戻されて、無理やりにリチャード様と婚姻を結ばせられるとか。
そんな未来しか、予測できない。
今、マーガレット先輩たちと一緒に毎日楽しく笑って……なんて、きっと無理だった。
わたしが今、楽しく過ごせているのは、リアム様がいたから。
騙されたからと言って、そんなリアム様をひどいとは思えない。
わたしは、じっと、リアム様を見つめた。
ごめんねって、申し訳なさそうな瞳。
うん、リアム様は、絶対に、悪い人、なんかじゃない。
「リアム様。わたしの記憶を変えたのは、何か事情があるんでしょう? 話してもらってもいいですか?」
リアム様は頷いた。
「うん……。アンディの、遺言。それがボクからの二つ目の話」
「遺言……」
アンディ兄様の。
「『僕は間もなく死ぬ。だけど、僕が死んだらニーナは……、多分、僕の両親たちから命じられる。リチャードと婚姻して、ニーナが産んだ男児にフィッツロイ伯爵家を継がせろって。それをニーナが望むのならともかく、あの子、リチャードが嫌いだから。不幸な結婚をさせないで』って」
「アンディ兄様……」
「ボクも、いろいろあって、ちょっと身を隠したいって言うか、短い間でもいいからごく普通の生活がしたかった。アンディが死ななければ、ニーナの婚姻は強制されないかもしれない。だけど、死んだ。だったら……」
病弱でも、アンディ兄様が生きていれば、アンディ兄様が嫡男だ。
でも亡くなってしまえば。
フィッツロイ伯爵家に子どもはわたし一人だけ。わたしの国では女性には継承権がないから、わたしが婿をもらって、その婿との間にできた男児を跡取りにしないといけない。
その婿には……、リチャード様がなる可能性が高い。
嫌だと言っても照れているだけとか、恥ずかしがっているだけとか言われてしまう。
両親同士が仲がいいから、子ども同士だって仲良くて当たり前だと思い込んでいるお父様とお母様。
わたしが嫌だといくら繰り返しても、聞き入れてはくれないだろう。
ああ……、だから、リアム様は、魔法で姿を変えてまで、わたしの側にいてくれたんだ。わたしとお父様とお母様の記憶を魔法で改ざんして、アンディ兄様として過ごしてくれた……。
「身代わりとして、リアム様が……アンディ兄様のふりをして、わたしの側にいてくれた……のね」
「うん。どんな手段を取ろうか、アンディと二人で色々悩んだよ。アンディの友達として、ニーナにボクを紹介してもらって、恋仲になったふりをするとか」
「アンディ兄様……」
「でもそれじゃあ、リチャードとの婚約はなくなるかもしれないけど、将来ニーナに、本当に好きな人が出来たら困るでしょ。だから、ボクがアンディのフリをして、側にいることにしたんだ。ボクは記憶を操作する魔法を使えるし、この通り、外見を変える魔法も使えるし」
「そう……なんですね……」
うん、と。リアム様は頷いて。
「ただし、記憶改ざんの魔法は……そんなに強いものじゃないから。なにかきっかけがあれば、すぐにバレるかなって思ってた。ニーナの場合は、ボクがずっと傍にいて、ボクがアンディだと疑いもしなかったから、ずっとかかったままだったけど。ご両親は、どうかな……」
それは今考えても仕方がないか……とこぼしつつ、リアム様は、テレンス様のほうに向きなおった。
「遺言は、テレンス、君にもある。早く伝えなきゃと思いながらも、身バレすると困るから、今まで黙ってて、ごめん」
「……アンディは、私に何を……」
「言われた通り、そのままそっくり伝えるよ。『まずは、ありがとう。僕は、ベッドから出ることなんてできないほどのつらい病を抱えた人生だったけど。僕のために治癒魔法を学ぶと、そしてそれを叶えるために隣国に留学までしてくれた友がいたこと、それは何物にも代えがたい宝だと思う。本当にありがとう。君を待てないで、先に逝く僕を許してくれ』」
「アン……ディ……」
「『短い人生だったけど、大事なかわいい妹と、大事な友達を得ることができた。僕はしあわせだった』」
「アンディ兄様……」
わたしは、何も、していない。
そうよ、思い出した。
例えば、ジャクソン伯爵家の皆様がフィッツロイ伯爵家にやって来る時。いつも、わたしはリチャード様にいじめられていた。それが嫌で、わたしはアンディ兄様の部屋に逃げ込んでいただけ。
さすがに病人のいる部屋ではリチャード様も騒いだりはしなかった……、いいえ、騒げばテレンス様がリチャード様を叱ってくれたから。
三人で、何をするわけでもなく、ただ、アンディ兄様の側にいただけ。
お父様やお母様に叱られた時。
そんなときも、アンディ兄様の部屋にわたしは逃げ込んだ。
優しくて、わたしの話を遮ることなく、聞いてくれる優しい兄様。
都合のいい逃げ場でしかなかったのかもしれないのに……。
「それでも。自室で、病を耐えるだけのアンディには、ニーナとテレンスが来てくれることだけが楽しみだったんだ……」
「そう……」
「うん」
自分の体を、手でぎゅっ抱きしめる。そうしないと、涙が零れ落ちそうだった。
体が弱くて、熱ばかり出して、ずっとベッドで眠ってばかりだったアンディ兄様。
少しばかりお元気な時は本を読んで。
ああ……、そうだ。わたしやテレンス様がアンディ兄様の代わりに本を音読して差し上げたこともあった。それを聞いている時のアンディ兄様は穏やかに微笑んでいた。
だけど、それくらいしか、わたし、アンディ兄様にして差し上げたことなんてないのに。
なのに、しあわせを、願ってくれた。
ご自分が、死ぬ、その後のことなのに……。
言葉が出てこなかった。




