第20話 課題
それぞれのやりたいことを発表した後、ハイマン先生はわたしたちを図書室に連れてきてくれた。
「さてと、これからそれぞれに三冊ずつ本を渡す。一冊読み終わるごとに、俺にレポートを提出すること。それが当面の課題。お前たちの学びたい方向性の本をオレが個別に渡していくこともあるし、魔法以外の本もあるが、知っておいた方がいいと思われる本も渡していく。読んでも理解できないところがあれば、そこは個別に教えていくから質問に来い。まあ、そんなスタイルだ」
ハイマン先生は、そう言いつつ、書棚から、ひょいひょいと本を取り出した。
「これは、アンディ。こっちはニーナ。ああ、これとこれはモルダーな」
わたしも三冊分、本を受け取った。
ええと……。
アンディ兄様が渡された本は『人体構造』『解剖生理学』『基礎病理学』の三冊。
う、ううう?
魔法のまの字もないけれど?
「治癒魔法を学ぶということは、魔法以前に怪我をした人体が、どうやって治癒していくのか、その仕組みを知らないといけないだろう。あとは病気になったら薬を飲むが、その薬がどうやって体に効いて、治していくのかもな。その過程がわかれば、魔法で治癒過程を再現すればいいだけだ。アンディ、お前はまず、医者になるつもりで、医療と人体構造を学べ」
アンディ兄様は「なるほど……」と頷いて、さっそく一冊目を読みだした。
わたしは『基礎魔法』『魔法属性一覧 火、水、風、土、光、闇、無』『物質の形状変化』の三冊だった。
「ニーナの魔法はかなりのものだったけどな。でもお前、まだ魔法を学んで一か月かそこらなんだろ。だったらまず魔法の基礎を学べ」
「はい!」
生徒一人一人にあう本をサクサクと選び出せるハイマン先生はすごいなあ……。
とりあえず、わたしは手にした三冊のうち『基礎魔法』を読み始めた。
アンディ兄様は試験に合格できるために、手っ取り早く金色のキラキラを使った魔法を教えてくれたけど。それだけに頼るのも限界があるかもしれない。
アンディ兄様に手とり足取り教えてもらい続けるわけにもいかないし。
まず、基礎。
それが今のわたしに必要なこと。
よし、がんばる。
まず一回、わからなくてもいいから最初のページから最後のページまで読み通す。
読み終えたら二回目。今度は読んでも理解できない箇所をノートに書き写す。
ノートに書いた箇所を、理解するためにどの本を読めばいいか、ハイマン先生に聞く。ちょうどいい参考文献がない場合は、直接教えてもらう。
そうして、全部理解出来たら、三回目。
今度は暗記。『基礎魔法』に書かれている内容をひたすら覚える。
ここまで出来たら、ハイマン先生に提出するレポート作り。
書いて、書いて、書いて、書く。
レポートに合格出来たら、二冊目の本。『魔法属性一覧 火、水、風、土、光、闇、無』も、一冊目と同じように行う。
三冊全部、読み終えて、レポートも提出してハイマン先生から合格をもらえるようになったころには。それだけで、もう半年以上経過してしまっていた……。
***
「あー……」
朝から根を詰めて勉強し続けていたら、頭がぼんやりしてきてしまった。
食堂に行って、おやつのクッキーをもらってから、中庭に向かう。
その中庭のベンチでボケーっと空を見上げながら、もそもそとクッキーを食べた。
雲が高い位置に見える、よく晴れた、爽やかで澄んだ空。
花壇のコスモスが風に吹かれて揺れる。
もう少ししたら、木々が赤や黄色に色づき、美しい光景を楽しめる……。
ああ、わたし、この半年、よく頑張ったなあ……なんて、自画自賛。ふふふ。
うん、ハイマン先生は、すごいなあ。
わたし、この半年、徹底して基礎魔法だけを教えてもらってきた。
特別なことなんて、何にもやってない。
なのに、自然に魔力は増強されているし、金色のキラキラなしで、魔法を使えるようにもなっている。
そう、キラキラを使ってないのに、入学試験の時と同じアゲハ蝶を作って飛ばせるようになっていた! 我ながらすごい! なーんて。えへへ。
あー。クッキーの糖分と、気持ちのいい中庭の相乗作用で、ぼんやりしていた頭がはっきりしてきた。
うん、午後もがんばって勉強しよう!
立ち上がって、伸びをしたところでミュリエルがやってきた。
「探したよ、ニーナ。こんなところにいたんだ」
「ミュリエル」
「あのね、マーガレット先輩たちが、街に行って冬用の服とかコートとか、買いに行くんだって。よかったらニーナも一緒に行かない?」
冬用の、服!
そういえば、わたし、家出するときに、簡素なワンピースとか下着とか、トランクに入る程度しか持ってきてなかったんだ。
そのうち買いに行こう……とか思っていたんだけど、魔法に熱中していたから、あるものを着回し続けていたんだ……。
「行きたい!」
「よし、じゃ、用意が出来たら玄関ホールで!」
「うん!」
わあ、女の子の友達と、誘い合ってお買い物なんて初めて!
えーと、お金……は、持ってないから、アクセサリーとか宝石とか、それを換金してもらえば大丈夫でしょう。
よしよし。
かわいいワンピースとか冬用コートとか、たくさん買っちゃうぞー。




