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第2話 婚約なんて、絶対に嫌

 馬車に乗って、家族みんなで家に帰って。その夕食の時間にわたしはお父様から言われた。

「ニーナ。ジャクソン伯爵夫妻から話があったのだが……。そろそろお前とリチャード殿の婚約を結ぼうかと……」

 わたしは手にしていたナイフとフォークを落とした。

 ガチャンと、嫌な音が食堂に響く。

 婚約? 

 わたしとリチャード様と?

 わなわなと体が震える。

 嫌。

 絶対に嫌。

「お父様、それは、フィッツロイ伯爵としてのご命令ですか? つまり、わたしに死ねということですね?」

 死ぬというのは大げさかもしれない。

 だけど、会うたびに貶されて、髪を掴まれて。

 そんな相手に嫁ぐなんて、不幸一直線の人生でしかない。

 わたしは、がたんと音を立てて、立ち上がった。

 不作法だけど、構うものか。我慢には限界がある。婚約を結び、結婚をしたら、毎日毎日、朝から晩まで、リチャード様のあの暴言を浴びせられるのだ。

 想像するだけでもぞっとする。

「リチャード様に嫁ぐくらいなら、わたしは修道院へ行くか、平民となってこの家を出ます」

 涙のにじむ目で、きっぱりと言った。

 お父様はとお母様は驚いた顔になった。

「ちょっと、ニーナ、修道院……って、あなた、何を言っているの? リチャード様とニーナは好きあっているのでしょう?」

 お母様の言葉に、わたしはもう我慢できなくなった。

「誰がそんなふざけた嘘を言ったのよ! わたし、リチャード様なんて、絶対に、嫌! あんな人、大嫌いです!」

 わたしの怒鳴り声に、お父様が口をモゴモゴさせながら、言った。

「誰って……、もちろんリチャード殿だよ。いつも二人は仲睦まじく過ごしているのだろう?」

 ふざけるな。

 何が仲睦まじく……だ。

 怒りの感情が爆発する。

「地味だ。キレイじゃない。お前と婚約を結ぶ相手なんていない。売れ残り確定の地味女。会うたびに、暴言を吐かれ、髪を引っ張られる。それを仲睦まじいとお父様は言うのですか? 嫌だからやめてとわたしが言っても、リチャード様はへらへら笑うだけなのに⁉」

 目からぼたぼたと涙がこぼれて落ちる。口を開けば、更に怒鳴り声を上げそうで、歯を食いしばるけど、嗚咽が漏れる。

 あっけにとられたような顔のお父様とお母様をこれ以上見ていたくなくて、わたしは走って食堂から出た。階段を駆け上がり、自室のベッドに潜りこむ。

 毛布をかぶって、大声で泣いた。

 嫌。

 絶対に嫌。

 あんな暴言を吐くリチャード様と婚約なんて、冗談じゃない。

 これほどまでに、わたしがリチャード様を嫌っているというのに、お父様もお母様も、わたしの気持ちに気がついていないばかりか、逆に仲睦まじいなんて思っていたなんて。

 理解されない哀しみの気持ちもあって、わたしはまるで赤ん坊のように泣きじゃくってしまった。

 泣いて、泣いて。どれくらい時間が経ったのか。

 わたしの部屋のドアをノックする、控えめな音が聞こえた。

「ニーナ。大丈夫かい?」

「アンディ兄様……」

 わたしは毛布をかぶったまま、その毛布の隙間から、兄様を見た。

「ニーナのお父上とお母上……二人が驚いていたよ」

「だって……」

 お父様とお母様だけじゃなく、アンディ兄様まで、わたしの気持ちを理解してくれないのか。

 ひどく落胆して、わたしは毛布の中に閉じこもった。その毛布の上から、アンディ兄様はわたしを撫でてくれた。

「お二人はね、ニーナがリチャード殿を嫌っているのを知らないんだよ」

 だって、言えない。

 ううん、言えなかった。

 お父様と、リチャード様のお父様は本当に仲がいい。お互いに同じ伯爵位。隣の領地。そして、幼いときからずっと一緒に育って、大人になっても頻繁に交流する。

 リチャード様のお兄様のテレンス様がいらっしゃれば、まだマシだった。あまりの暴言は、テレンス様が止めてくれたから。

 それに、交流が、ジャクソン伯爵家でなく我が家であれば。

 わたしは熱があるとか具合が悪いとか言って、部屋に閉じこもることもできた。

 だから、今日は最悪だった。

 テレンス様のいないジャクソン家。

 お父様はチェスに夢中。

 お母様はお話に夢中。

 アンディ兄様は本に夢中。

 リチャード様の暴言にわたしはひたすら耐えるしかなかった。

「ごめんな、ニーナ」

 毛布の向こうで、アンディ兄様がわたしに謝ってきた。

「ボクは本を読みだすと……、夢中になってしまうからなあ……」

 とはいえ、退屈なジャクソン家で、本を読む以外のことは、アンディ兄様はしない。

「ごめんな。一緒の部屋にいたのに、気も配ってやれなくて」

 謝ってはくれたけど、わたしは「もういいです」とか「許します」とかは言えなくて。ただ、こくりと小さく頷いた。でも、涙はまだ止まらなかった。

「アンディ兄様……」

「うん」

「わたし、絶対に、リチャード様なんかと婚約したくない」

「うん……」

「だけど、両家の間で、話は……進んでしまっているの……?」

「正式な話はまだみたいだけど。さっきニーナが怒鳴った後、お二人が話し合っていたよ。リチャード様の話とニーナの気持ちは完全にすれ違っているって言うか、全く違うから、いったいどういうことなんだろうって。でも……」

 お父様とお母様が話し合っていた内容を、アンディ兄様がまとめて説明してくれた。

 リチャード様が言うには、わたしはリチャード様が好きとのことで、リチャード様も、わたしのような地味な女は婚約者のなり手がないだろうから娶ってもいいと言っていると。

 ただし、そういう言いかたは、リチャード様の照れであって、リチャード様はわたしを好いているのだと思うとお父様とお母様は認識しているらしいとのこと。

「待って、兄様。それ、冗談じゃないわよ! どこをどう見たら、わたしがリチャード様を好きだなんて見えるのよ!」

 気持ちが悪い。

 確かに初対面の当時は、まるで王子様みたいにきれいなリチャード様を見てポーッとしたこともあったけど。

 リチャード様の外見はともかく、中身はわたしを貶すしかいないクズ男だ。

 そんなの、好きになんて、なるはずはないのに!

 ううん、気の迷いで好きになったとしても、すぐに嫌いになるわよ!





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