第1話 地味女ですが、何か?
新連載、よろしくお願いします!
「ニーナ! いつ見てもお前は地味だな! 同年代の麗しいご令嬢にはそろそろ婚約話の一つや二つは出ているというのにそれもない。お前は売れ残り確定だ! 嫁の貰い手なんてないぞ!」
……まあ、確かに。わたしは地味だ。
それに異論はない。
既に十六歳の誕生日を迎えてはいたが、婚約の申し込みもない。
それも事実だ。
だけど、単に領地が隣り合っていて、親同士が親しく交流をしているだけの関係のリチャード様に、そんなことを言われたくはない。
むっとしつつ、わたしは黙って下を向く。
そう、川を隔てて東側は我がフィッツロイ伯爵家の領地。西側がこの暴言男、リチャード様のジャクソン伯爵家の領地。
曾祖父の代からのお隣さんの上に、わたしの父とリチャード様の父は共に大のチェス愛好家。
故に、両家の交流は盛んなのだ。
父たちは、延々とチェスに熱中し。
母たちは、延々とお茶を飲みながら、噂話に美容の話に流行談議。
幼いころから、子どもたちは子ども同士で遊びなさい……と言われてきていたけど……。
一歳上の、わたしのアンディ兄様は、隙あらば本を読みだしてしまう。一度本を読みだしてしまうと、集中しすぎて、他のことなど目に入らないし、耳に入らない本の虫。
リチャード様のお兄様であるテレンス様はご不在。詳しくは知らないけれど、貴族学園卒業後、隣国ブライトウェル魔法王国に留学中だとか聞いたことがある。
だから、残されたわたしとリチャード様が一緒に過ごすしかないのだけれど……。
溜息をつくしかない。
それでも、幼い頃はまだよかったのだ。
金色の巻き毛に濃い青い瞳、いかにも貴族の子息っぽいすっと鼻筋の通ったきれいな顔のリチャードは、絵本の中の王子様のようで、幼いころのわたしは思わずポーっと眺めてしまったものだったから。
だけど、そんなリチャード様は、成長するとともに、ものすごく口汚くなっていった。いっそ、暴言発生機と言ってもいいほどの悪口雑言。
と言っても、悪口の種類が豊富というわけではなく、同じ暴言の繰り返し……だ。
地味だ。
キレイじゃない。
お前と婚約を結ぶ相手なんていない。
売れ残り確定の地味女……。
会うたびに、延々と繰り返される、わたしへの暴言。
最近は、言葉だけじゃなく、暴力……とまではいかないけれど、暴言を吐きながら、わたしの後ろで一つに三つ編みをしている髪の毛をグイっと引っ張ってくることも、増えてきた。
「金色や赤の目立つ髪色ならともかく、ミルクティのような薄い茶色の髪は地味すぎだろ!」
笑って、わたしの外見を、貶すリチャード様。「薄いのは髪色だけじゃなく瞳もだな! エメラルド色の瞳とかならきれいだけど、お前の目は草だよ、草! 踏みつけても誰も気にしない、草の色!」
顎を掴まれて、瞳を覗き込まれることも増えた。
触られるのも、顔が近いのも、もう、嫌。
「……放してください」
わたしが文句を言っても、リチャード様はへらへら笑うだけ。
本当に、不快。
幼いころの王子様イメージなんて、もうとっくに崩れ去った。
もう耐えられない。
リチャード様を突き飛ばして、部屋の隅でしゃがみ込んで本を読み続けているアンディ兄様のところまで逃げる。
本のページを捲る右手のほうではなく、空いている左腕にしがみ付く。
「あれ? ニーナ? どうした?」
ぼんやりと、アンディ兄様がわたしに言った。
……アンディ兄様の集中力は驚嘆に値する。だけど、同じ部屋にいるわたしが、暴言を吐かれていたり、髪を引っ張られていたりしているのに、気がつかないのもどうかと思う。
「……兄様、わたし、もう、帰りたい」
目尻に涙を浮かべて、小声で言えば、アンディ兄様はわたしの頭を撫でてくれた。
「……チェスの勝負がつかないと帰れないんじゃないかな?」
「でも……」
「うーん、じゃあ、あっちのお茶会にお邪魔させてもらおうか。ボクも小腹が減ったし、ニーナも何か食べさせてもらおう」
アンディ兄様はパタンと本を閉じて立ち上がった。腕にしがみ付いたままのわたしも一緒に立ち上がる。
リチャード様と一緒でなければ、それでいい。
わたしたちは、リチャード様には一言も何も言わないまま、さっさとお母様たちのいる部屋へと向かった。