第8話:王都で冒険者活動をしました(1)
私マーサ・アクトゥールは今、ワイバーンの足に掴まれて空を飛んでいる。
気球やハングライダーは存在するけど、人類が扱える浮遊魔法はまだ発明されていない。空を飛べる機会は少ないから、ついつい上からの眺めに見入ってしまっていた。
けど、このままだとどこまで連れて行かれるかわからない。
意を決した私がワイバーンの足を殴りつけると、足から解放された私の体の空中落下が始まった。
「からっかぜ!」
固有スキル、ソウルオブグンマの一つを発動した。強い風を引き起こすことができるので、落下スピードを相殺して、ふわりと地面に降り立った。風に意識を集中しても若干雷も起こしてしまうので、あまり多用は出来ない。
なぜ命綱なしのスカイダイビングをすることになったのかを言うと、時は少し遡る。
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ムーノ殿下との婚約を聞かされた数日後、私は王都で冒険者活動をすることにした。アルマは実家の都合で、しばらく留守にするらしく私一人だ。アルマの実家はアクトゥール家と関わりのある男爵家だった。何があったのか教えてくれなかったけど、今度聞いてみようと思う。
幻惑魔法で髪と瞳の色を変え、髪型を三つ編みにして、ショートソードを腰にさし、マジックバックを装備し、冒険者のペンダントを首から下げ、冒険者アテナの出来上がりだ。
マジックバックは高価だがものをたくさん収納できて便利だ。ファンタジー万歳。
ちなみに、私は幻惑魔法があまり得意ではないので、変装は普段はアルマにやってもらっている。
冒険者ギルドに着くと焦った様子の女性が依頼を出している場面に遭遇した。
急ぎで対応してもらいたいようだ。
不思議とその女性に見覚えがあるような気がして、話を聞くことにした。
聞いた話をまとめると
・街でパン屋を経営している
・一時期経営が落ち込んだ時に、とある男爵にお金を融通してもらったが、急に返済を求められた
・ワイバーンの肉を使った新作惣菜パンを1週間で開発すれば融通したお金はなかったことする
・ただし新作惣菜パンを作れないようならすぐに金を返せ、返せないなら娘をよこせ
ということらしい。
噂ではきいたことあるけど、権力をひけらかすだけの例の男爵じゃない。一時期経営が落ち込んだのも、おそらく男爵の差金でしょう。
ワイバーンは亜種とはいえ竜種だからAランクに相当する魔物だ。自ら狩るには危険だし、常に市場に出回っているわけではなく仮に売っていたとしても高い。そんなワイバーンの肉を平民がすぐに手に入るわけがない。おおかた、こちらのパン屋の娘さんを手に入れる為に仕組んだ茶番劇でしょう。
「わかったわ、その依頼私がうけるわ」
一緒に話を聞いてクエストの依頼書の準備をしていたギルドの職員がまったをかけた。
「嬢ちゃん、気持ちはわかるが相手はワイバーンだ一旦落ち着け。Aランクパーティーに声をかける」
「それまで待てるの?それにAランクパーティーとなると報酬が高くなるけど大丈夫?」
女性が言いにくそうに答えた。
「今日まで市場で肉を探してたのですでに3日経ってしまっていて、残りの時間があまりないです。それとその、報酬もそれほどご用意ができません、、、」
冒険者もボランティアでやっているわけではない。ギルド職員からは何とかしてあげたいがこればかりは、、、という雰囲気が出ている。
「ギルドのおじさん、ワイバーンの討伐ならAランク相当だけど、今回必要なのはワイバーンの肉よ。尻尾を少し切るくらいBランク相当でも問題ないんじゃない?私はCランクだから、一個上のBランクの依頼も受けられるわ。報酬はそうね、、、1切れ程度でいいからワイバーンの肉を食べる許可と、完成した惣菜パンの試食をする権利でどうかしら?」
「ランクについては確かにそうだが・・・報酬については安すぎる。相場からかけ離れた設定はやめてくれ。ワイバーンの肉については一旦おいておいて、せめて、惣菜パンの試食をする権利ではなく、惣菜パンの販売権利にはしてほしい」
「私は構わないわ。あなたは?」
「私もかまいません。ワイバーンの肉は試作に使う量さえ残していただければ、もっと食べていただいても大丈夫です。むしろ、この報酬で本当にいいのですか?」
「いいのいいの!」
新作惣菜パンは私としても食べてみたい。食への探究心は止められない。
権利は有効活用できない人が持っていても意味がないから、後で依頼者の女性に販売権利を無償譲渡してしまおう。
ギルドのおじさんも依頼者の状況を不憫に思っていたようで、報酬についてはそれ以上言わなくなった。
「尻尾を取るだけとはいえ、危険なことに変わりないぞ。危ないと感じたらすぐに逃げるんだぞ。ワイバーンは火球を使ってくるから気をつけろ。爪も硬いから引っかかれないように気をつけろ」
素の性格が良い人なのだろう。すごい心配してくれる。
「大丈夫大丈夫、それなりに鍛えてるしなんとかなるわ!」
ワイバーンの肉の採取依頼を受けた私は、王都から少し離れた山に来ていた。ワイバーンがよく姿を現すと、ギルドのおじさんに勧められた場所だ。主要なエサ場や水飲み場も教えてくれた。
1時間ほど歩き回って、私はついに1頭のワイバーンを見つけた。アクトゥール領には居なかったから、初めてみる。
当のワイバーンは呑気に湖の水を飲んでいる。
どうやって近づこう。私が隠れている森から、ワイバーンまでの距離は15〜20メートルほどある。身体強化魔法をかけて、一気に近づけばギリギリバレないかな?
私は強化魔法を自分とショートソードにかけて、森から飛び出した。ショートソードを振り上げたタイミングでワイバーンが気付いたが、私の方が早かった。
スパッと尻尾が切れて地面に転がった。
「ギャオオオオオオオオオ」
ワイバーンが怒り狂っている。今回は討伐ではないから、尻尾を拾って早くこの場から離脱しないと。
ワイバーンが振りかざしてきた腕を避けて、地面に転がっていた尻尾を森の方に蹴り飛ばした。あとで回収しよう。まずはワイバーンの動きを抑えよう。
ショートソードを鞘に戻し、固有スキルソウルオブグンマを発動した。
「ねぎとこんにゃく!」
ネギソードとこんにゃくシールドを召喚した。今回必要なのは、こんにゃくシールドだけなのだけど、ネギもついてきてしまう。この2つはセットなのでしょうがない。
ぷるぷるしたこんにゃくシールドは、こんにゃくのように物理的な衝撃の吸収に向いていて、ワイバーンのドラゴンクローを真正面から受け止めた。小さな人間に真正面からドラゴンクローを受け止められた経験がないのか、ワイバーンは驚きの表情を浮かべていた。
この隙に無詠唱で氷魔法を発動し、地面とワイバーンの足を凍らせ縫い付ける。
”ねぎとこんにゃく”を解除し、別のスキルを使う。
「ふたごづか!」
馬形の土偶を2頭召喚することができる。防御力も抜群だ。ワイバーンにはこの子たちと遊んでもらおう。
土偶をワイバーンにけしかけ、私から意識が逸れたことを確認してからワイバーンの尻尾を拾い上げた。尻尾をマジックバックに収納して、森に逃げ込む。
ワイバーンの尻尾はトカゲみたいにまた生えてくることもあるようなので、水魔法系列の治癒魔法をワイバーンにかけた。これで多少は怒りがおさまってほしい。
”ふたごづか”を解除して、私は本格的にその場から離れた。
十数分走ると、森の中の小さな広場のような場所にでたので、小休止をすることにした。
ワイバーンの肉の味が気になってしょうがない。せっかく報酬に入っているのだ、とれたてほやほやを試食しよう。
私はマジックバックから塩コショウと小さなフライパンを取り出し、ワイバーンの肉も1切れ切り取った。
塩コショウをまぶしたワイバーンの肉をフライパンの上に乗せた。
塩コショウをしまい、私は左手にフライパンをもち、右手で火魔法を発動した。4大魔法の場合は自分の属性以外にも生活魔法程度ならつかえるから、フライパンで肉を焼くくらいはできる
焼き上がったワイバーンの肉を噛み締めながら夢中で食べていた私は、上から降ってくるご本人?ご本竜?に気づかなかった。
まずい!咄嗟に防御のために氷魔法で自分の体を覆った。ワイバーンは足で私を掴み、空に飛び立った。そんなに怒っていたのかな。尻尾を食べていたから代わりにエサにしてやろうと思われたのかな。
そうして、命綱なしのスカイダイビングをすることになったのだった。