第6話:王都に戻ることになりました
10歳になったマーサは王都に戻ることになった。
スパイン帝国と停戦してから1年経過しており、そろそろ王都に顔を出してほしい、と父ルイスから言われたようだ。父ルイスは停戦後に一度アクトゥール領にきていたが、戦後処理などが忙しく今は王都にいる。
マーサは朝食を食べ終えて、自室に戻った。
「アルマー、王都に行くから準備を手伝ってちょうだい」
「わかりました」
「3年ぶりの王都ね」
「そうですね。向こうでも冒険者活動しますか?」
一緒に冒険者活動をしていた二人は、普段は砕けた会話になっていた。
二人は今Cランクだ。
「もちろん!アルマも一緒ね!」
「はい、お守りしますね」
専属メイドのアルマは、服に仕込んであるダガーに触りながらニコッとした。
「頼もしいけど、ほどほどにね?」
「マーサ様もですよ。やりすぎないでくださいね」
アルマは苦笑いした。
マーサ様は、控えめにいってお強いのよね。
一番得意な氷魔法は、氷耐性があるはずの氷系の魔物を一撃で倒していたし、武器が通りにくいはずの岩系の魔物を魔法で強化した剣を使っていたとはいえ一刀両断したときは、驚いた。Bランク冒険者でも苦戦する魔物だから弱くはないはずなんだけど、、、あっそういえば、詠唱はどうするんだろう。
「魔法の詠唱はどうするのですか?」
この世界の魔法はイメージで発動するため、詠唱がなくても使うことができる。しかし、魔法のイメージがしやすい為、詠唱をする人がほとんどである。呪文と魔法名を唱える通常詠唱と、魔法名だけを唱える詠唱破棄、何も唱えずにイメージだけで魔法を使う完全無詠唱があり、マーサは得意な氷魔法はもちろん、水魔法も完全無詠唱で使えるようになっていた。
「完全無詠唱は目立つから極力控えようと思ってるの。詠唱破棄くらいにしておくわ」
悪役令嬢の件がまだどうなるかわからないので、私は必要以上に目立ちたくないのだ。
ゲームだと9歳で婚約するはずのムーノ王子とは、10歳になった今でも顔合わせすらしていないから大丈夫だと思うけど、、、
私が考え事をしていたら、アルマが可笑しいことを思い出したように笑っていた。
「チームスキンヘッドのみなさんもすごい驚いてましたよね」
「あの時のことは今でもはっきり思い出せるわね、、、完全無詠唱で魔法を使っていたら、チームスキンヘッドのみなさんが目を見開いて、口をあんぐりあげて、私のことを珍獣を見る目で見てたわね・・・」
「さすがにあれはやりすぎてたと思います。完全無詠唱を使いこなせるのは、トップレベルの魔法使いだけですから。わたしはまだ完全無詠唱で魔法は使えないので、早く成長したいです」
「けど、アルマも似たようなものじゃない?固有スキルの魔力の反射は凶悪よ。詠唱もしないし、結界を貼るわけでもないからどこで反射するかわからないじゃない」
「お師匠様の鍛錬の賜物ですね」
アルマは、ふふふ、と笑った。
続けて、
「マーサ様は、固有スキルの時は必ず詠唱していて、珍しいですよね」
「そうね。固有スキルは詠唱しなくても使えるけど、私の固有スキルはそれが条件だから。けどおかげで、固有スキルではなくオリジナル魔法として誤魔化せるからその点はありがたいわ。色々試してみて、魔法でいうところの詠唱破棄まではできるけど、完全無詠唱は無理みたい」
試行錯誤してわかったのだけど、私の固有スキルはグンマカルタの読み札に関連した事象を引き起こす。だからなのか、読み札を詠むように、最低でも一言は詠まないといけない。変に探られないように、これについては私一人で検証した結果だ。
「よく使っている、”冬桜”、は綺麗ですよね」
カルタでは、”さ”、にあたる札だ。これも検証してわかったのだけど、読み札の言葉を上部だけそのまま実現するのではなく、読み札の背景なども実現できる。元が読み札である性質上、制限もあるけれど、能力の幅が広い。カルタの師匠でもある前世のおばあちゃんに鍛えられたので、カルタの読み札は背景まで理解しているので、色々と試行錯誤ができた。
「”冬桜”は私も気に入ってるの。小さな氷を空中に具現化して操っているのだけど、東大陸の極東で見られる桜吹雪に近いわね」
冬桜は一番気に入っているし、私が最初に試した固有スキルでもあった。紗都として過ごした前世で、癌で亡くなったおばあちゃんとの最後の思い出の場所だったからね。「吹雪いてきたねぇ、さっちゃん寒くないかい?」そう言われた時のあの時の光景が、氷でできた桜吹雪に見えて、今でも美しい記憶として残っている。
「桜は、初代アクトゥール公爵様の手記にもでてきますよね。いつか見てみたいです」
「私もアルマと一緒にみたいわ。いつかいきましょう」
私とアルマは準備を終え、馬車に向かって歩き出した。
急に身の危険を感じたので振り返ると、戦いの師匠である今世のお祖母様が投げたナイフが飛んできたので、体を逸らして避けた。
「お祖母様、手加減をしていただけたのは嬉しいのですが、危ないです」
「しっかり避けられていますね。上出来です、マーサ」
私は思わずジト目になってしまった。
「王都でも元気でおやり」
「はい、お祖母様。今度王都に遊びにきてください」
お祖母様は、アルマにも話しかけた。
「アルマちゃんも元気でね」
「はい、お師匠様もお元気で」
過激なお見送りの後には、平和なお見送りが待っていた。
「マーサ、元気でね!王都でいじめられたら知らせるんだよ!」
「お姉ちゃんもう行っちゃうの?次はいつ会える?」
「ワシが育てたハシカプという果物を1カゴあげよう。見た目はブルーベリーに似ているが生食には向かないから、ジャムなどにして食べておくれ。感想もまっている」
それぞれ、お兄様、弟のテオ、お祖父様である。
みんなにお別れを言って、私とアルマはアクトゥール領を後にした。