第30話:課外授業に行きます(2)
翌日、マーサたちは朝食をとり、2日目の森の捜索を再開した。森の真ん中あたりを中心に捜索しているようだ。
ファウナは森でキノコを物色している。
「あった!上辺茸!見た目は毒々しいけど、中身は美味しいのよね!」
ファウナは嬉々としてキノコを物色している。
「あった!ふにゃふにゃキノコ!」
今回の課外授業の課題でもあったふにゃふにゃキノコもしっかり見つけたようだ。
「どういう味なのかな。少しなら食べてみても・・・」
パン屋の娘として気になるのか、単純にお腹が空いているのかわからない。
「顔がふにっとして笑い出すのでやめてください」
聖女の力があるとはいえ、見かねたマーサがファウナを止めた。
レイラはファウナの様子を見て、ある種の毒キノコを食べようとするくらいお腹が減っているのかと勘違いしお昼をとることを提案した。
「そろそろお昼にしましょうか」
2日目も正午に近づいてきており、生徒達が森に入ってからだいたい24時間ほど経過している。
マーサたちが昼食の準備をしていると、突然それは起こった。
森の北部から一斉に信号魔法が打ち上げられたのだ。
「信号魔法?しかもこれだけ同時に?」
私は嫌な予感がし、アルマに知らせるために自分も信号魔法を打ち上げた。
「私たちも行きましょう!」
ファウナ、レオ様、レイラ様がうなづき、4人で走り出した。
私は、アルマが追いつけるようにと、氷の塊をところどころに落としながら、森の北部に向かっている。
そして、途中で怪我をした生徒のグループと遭遇した。
「何があったのですか?」
私の問いかけに、怪我をした生徒が答えた。
「マーサ嬢、北の山の方からきたらしい魔物が、森の北部で暴れています。近くにいたグループで協力して応戦していたのですが、魔物の数も多く、怪我人も出てしまい、撤退してきました。今は冒険者経験がある生徒たちが残り、足止めをしてくれていますが、いつまで持つかわかりません」
ファウナが横でうなづき、
「わかりました。自力で動けない人もいるようなので、まずはわたしが皆さんの怪我を治します。そのあと安全なところまで避難してください」
ファウナが私たちの方を向いて続けた。
「マーサ様、レイラ様、レオ様はこのまま森の北部に向かっていただけますか?」
「でも、ここに魔物がきたときに護衛がいた方がいいと思うけど」
「レイラ様、ご心配ありがとうございます。ただ、森の北部の方では今も戦っている人がいて、一刻を争います。大丈夫、わたしは聖女ですよ?ここに魔物がきても守り切ってみせますよ」
ニコッとわらうファウナは聖女の能力を過信しているわけではなく、聖女の責務を果たそうとしている。その決心を汲み取り、レイラはここを任せることに決めたようだ。
「わかりました、ただし、無理はしないでください」
「はい!治療が終わったらみなさんに追いつきますね!」
森の北部に向かう前に、マーサがファウナにハグをした。
「マ、マーサ様?」
周りの生徒も驚いている。中には、ひまわりと月下美人の戯れだと!?絵画に残したい!、などと緊張感のないことを言っている生徒もいる。元気そうで何よりだ。
ファウナも動揺していて、マーサが自身の固有スキルを発動するために呟いた言葉を聞き漏らした。
(ゆかりはふるし)
改めてマーサがファウナにこっそり話しかけた。
「ファウナ様、今ファウナ様の服に強い防護魔法をかけました。魔法だとドラゴンブレス、物理だとドラゴンクローくらいは防げると思います。ただし、注意点が3点あります。保護されるのは服だけなので体に攻撃が当たらないように気をつけてください。それと、一人分の服にしかかけられないので、周りも一緒に守ることができません。最後に、服に強化魔法を重ねがけしようとすると反発されるかもしれないので、使うとしたら身体強化魔法だけにしてください」
ドラゴンブレスを防げるほどの防護魔法をかけられる魔術師は非常に少なく、聖女であっても今のファウナでもかけられない。
ファウナは驚きつつも、マーサが自分のことを心配してくれたのだとわかり嬉しそうに答えた。
「わかりました、ありがとうございます!」
マーサたちが森の北部につくと、10名ほどの生徒が魔物と戦っていた。
現場につくなり声をかけた。
「皆さん、加勢します!戦いに支障がでる怪我をしている方はこちらにきてください!」
「なぜお前の指示に従わないといけない!」
ムーノ王子の側近、攻略対象でもあり騎士団長の二番目の息子エシロップ・ノムアダルがマーサに反論した。
「エシロップ様!?殿下もいないのになぜここに?・・・いえ、それよりも今は戦闘中です。怪我人はいますか?」
「だから、なぜお前の指示に従わないといけない?」
周りの生徒は、この非常時に何言っているんだこいつ?という目でエシロップを見ている。
レオとレイラは、それぞれ両手剣と細剣を抜き、すでに戦闘に加わっている。
マーサも、エシロップの相手を真面目にするのは時間の無駄と考えたようで、会話はしつつも、魔法で生徒の補佐をしはじめた。他の生徒がマーサが使う魔法を事前に認識できるように、詠唱もしている。
「エシロップ様、今は非常時です。「アイスランス!」まずは魔物への対応を優先「ヒール」しませんか?それから、「アイスラン」きゃっ」
エシロップが急にマーサを腕を引っ張った。
「俺との会話を蔑ろにするな!ムーノ殿下から聞いていたとおり、傲慢な女だな!公爵家の権力に胡座をかいていい気になるな」
レオとレイラが加勢してから優勢になったことを確認したマーサは、先にこの口だけモンスターを相手にすることにしたようだ。
「エシロップ様、なぜ今公爵家が関係あるのですか?殿下とおっしゃいましたが、今この戦場にいますか?あなたは必死に魔物と戦っているご学友を見てなんとも思わないのですか?」
「うるさい!」
「あなたは何のために剣を握ったのですか?人を守りたいという気持ちが少しでもあるなら、今は」
「だからうるさい!」
エシロップは、マーサの言葉を遮り、あろうことか彼女をなぐろうとした。
「ごちゃごちゃいってんじゃねぇ!」
レオが割って入って、エシロップを蹴り飛ばした。
「騎士ごっこがしたいだけなら他所でやれ!今この場で戦う意志がないなら引っ込んでいろ!」
エシロップはレオに蹴られて木にぶつかり、気を失ったようだ。
マーサとレオは魔物との戦闘に戻った。
その場にいた魔物を倒し終えると、レオがつぶやいた
「ふう、これでここの魔物は倒したか」
1年生最後の進級試験トーナメントでレオと名勝負?を繰り広げていた男子生徒がそれに答えた。
「あぁ。けど、北の山の方から魔物が押し寄せてきているようだ。そっちをどうにかしないと、被害が広がるかもしれない」
「そうか、様子を見に行こう」
森に一人取り残されるのが怖いのかわからないが、意識が戻ったエシロップもついてくるようだ。
マーサたちは、森の端についた。森から山にかけては、野晒しの地面が広がっており、ゴロゴロとした岩肌もところどころ見受けられる。
そこには、ざっと100匹ほどの魔物の群れがこちらに向かってきている。
その様子をみたマーサはつい呟いていた。
「魔物が暴れるイベントというよりも、魔物の群れが暴れ回っているじゃない。スタンピートの方がしっくりくるわよ」
他の生徒たちも、こちらに向かってくる魔物の群れをみて唖然としながらもどう対処するか話し合っている。
「ここまで多いと俺たちだけでは厳しくないか?」
「そうね、魔法などの遠距離攻撃で適度に数を減らしたら一度撤退して、先生方と合流して対策を練りましょう」
「信号魔法も、もう一度打ち上げておく!」
そこにちょうどアルマが現れた。
「お嬢様!」
「アルマ!」
アルマの他にも、ムーノ殿下が派遣してくれた騎士団と魔法師団の方々も到着したようだ。
「お嬢様、ご無事ですか?」
「ええ、今のところは。アルマが早くきてくれて助かったわ」
アルマは、愛用のダガーを携え、戦闘準備も整っている。
騎士団と魔法師団は先ほどから行なっていた相談を終えたようで、騎士団のリーダーらしき人が周りに向かって声をあげた。
「俺は騎士団のローガンだ!ここの指揮を預からせてもらう。学生諸君は、撤退するなら今のうちだ。すでに魔物を討伐している様子だし、ここで引いても不名誉にならない。身の安全を優先してくれ」
学生は、それを聞いても誰もこの場を離れず、参戦するつもりのようだ。
ただ、エシロップだけは隙を見てこの場を離れようとしている。
ローガンが続けた。
「その心意気やよし!ただし、先ほども言ったように身の安全を優先してくれ。君たちは学生で、本来はまだ守られる側の立場だ」
ローガンは一度そこで言葉をきり、周りを見渡した。
「まずはあの魔物たちをある程度引き付る。魔法が届く距離まできたら、魔法師団が魔法で一斉攻撃をかける。撃ち漏らして近づいてきた魔物たちは騎士団を中心に迎え撃つ!準備はいいな?」
そうして魔物との戦闘が始まった。
第一王子ユーノが手配した騎士団と魔法師団は実力が高く、大きな怪我人も出すことなく、1時間ほどで魔物を掃討し終えた。
しかし、魔物に集中していたからか、幻惑魔法で身を隠しながら森の影からその様子を見つめていたジャンヌ・スプーキーに誰も気付かなかった。
みんなが一休みをしていると、ファウナが追いついたようだ。
「みなさん、大丈夫ですかっ?」
騎士団や魔法師団のメンバーは、光の聖女がきた!と盛り上がっている。第一王子ユーノと関わりのある彼らは、ユーノが定期的に会っているファウナのことも知っていた。
ファウナが治癒魔法をかけて回っていると、山の方から、土煙をおこし地面を揺らしながら、先ほどよりもかなり多くの魔物の群れが森に向かってきた。