第14話:王立魔法学園に入学しました
本人にとってはあまり喜ばしいことではないが、マーサは晴れて王立魔法学園に入学した。1クラス20名でA、B、C、D、Eの5つのクラスがあり、マーサは1番上のAクラスになった。
基本的に生徒は学園内に建てられた寮に住むことになっている。学生は一人一部屋割り当てられていて、従者を1人まで同行させることができる。マーサは専属メイドのアルマを連れてきている。
そして今日は学園生活の初日だ。
「お嬢様、いってらっしゃいませ」
「ええ、行ってくるわ」
授業棟には学生本人しか入れないから、アルマに見送られた私は一人でAクラスの教室に入った。
入学試験の時に会ったレオとレイラも同じAクラスのようで、二人で窓際で談笑をしている。
私は黒板に貼られてあった座席表を見て、自分の席についた。
ちなみに、マーサの婚約者であるムーノはCクラスになっていた。
魔力量が一番多い紫色は一年生の中では、マーサとファウナとムーノしかいないにも関わらず、ムーノは一人だけ一番上のクラスではない。
実際の実力はもう少し下だろうが、魔力量が多いことを表向きの理由にCクラスに留まっている。王族が一番下のクラスでは外聞が悪い為、王立魔法学園側のギリギリの配慮だった。
マーサは、机に置かれた入学案内を読みながら教室の様子をうかがっていた。
「どうしよう、すでにグループが出来上がっているわ」
これまでの私は、アクトゥール領にいるか、アメリアにいるか、冒険者をやっているか、の3本柱だったわね。王都の社交界にほとんど顔を出していないから、王都の貴族には顔見知りがほぼいないのよね。逆に、王都に拠点を持っている貴族は基本的に全員お互いの顔を認識している。入学試験の時に、レオと様レイラ様が私の顔を知らなかったのもそれが原因だと思う。
「もう少し王都のパーティーに顔を出しておけばよかったかしら」
私が一人で後悔していると、ストロベリーブロンドの髪色をした女の子が入ってきた。ファウナはやっぱりAクラスなのね。
ファウナは周りの生徒から話しかけられている。元平民とはいえ、光属性の魔法を扱う聖女で、今は教会関係者のクラーク伯爵に養女として迎え入れられている。貴族としてはお近づきになりたいし、平民としても親近感が湧くのでしょうね。入学初日から人に囲まれているわね。
その後、Aクラスの担当教員が教室に入ってきて、今日の予定を伝えた。
「このクラスを担当することになったジョンだ。よろしく頼む」
40歳くらいで、短い刈り上げをした大人の雰囲気を纏っている。
「今日は、初日ということもあり授業ではなく、学園のガイダンスを中心に行う。夜には新入生歓迎パーティーも予定されている。平民出身の者もいるから、無礼講だ。貴族出身の生徒もその点は理解してくれ」
学生同士の自己紹介を含めて午前中のガイダンスが終わり、昼食の時間帯となった。
クラスメイトからの態度がよそよそしいこともあり、マーサはまだクラスに馴染めておらず一人で行動している。周りに人が集まって身動きがとれないファウナはマーサが一人で食堂に向かう様子を横目で見ていた。
「もしかして、私はすでに悪役令嬢コースに入っている?何かしたかしら・・・」
食堂に向かいながらマーサはそんなことを考えていたが、実際の事情はこうだ。
入学試験の時の、氷の女神、というあだ名が密かに浸透しており、憧れの対象となっている。
普段は領地にいることが多く社交界にもあまり顔を出さないことから、アクトゥール公爵が非常に大事にしている箱入り娘だと噂されていて、周りが接し方をはかりかねている。
そしてなにより、クラスメイトは抜きがけは許さんとばかりにお互いに牽制し合っている。
ファウナが、会いに行けるアイドルのように親しみやすい立ち位置なのに対して、マーサは、同じクラスにいる国民的女優に話しかけたいけど話しかけられない感じに近く、高嶺の花の立ち位置にいた。
そんな事情を知らないマーサは食堂で一人で食べることにしたようだ。
学園には複数の食堂があり、今マーサが使っている食堂は一番広く利用者の制限もない。従者も利用できるが、アルマはアルマで今日は従者向けのガイダンスや顔合わせがあり、今はいない。
「オークの生姜焼き定食を一つください」
ユースティティアに日本食を広めた開拓の聖女に感謝ね。
私は生姜焼き定食を受け取り、空いている席に腰を下ろした。ご飯を食べていると、一緒にアメリアに行って以来、一方的に避けられていたはずのムーノ殿下が近くに来て声をかけてきた。
「おい」
ムーノ殿下を見ると、横に側近を控えさせていた。
攻略対象でもあり、宰相様の二番目の息子であるウスタ・シエク。
攻略対象でもあり、騎士団長様の二番目の息子であるエシロップ・ノムアダル。
攻略対象ではないけど側近になっている、侯爵家令息のナウオック・サク。
ふと食堂の入り口を見ると、攻略対象でもあり、この学園の教師ユー・アドカスがいた。おそらく彼が私の居場所を殿下達に伝えたのだろう。
みな名前が呼びにくく、ゲームの開発者はどういう経緯でこの名前にしたのだっけか。確か、開発者インタビューで、このストーリーは突然頭の中にアイディアとして降ってきた、突然インスピレーションが沸いて、まるで夢のお告げのようだったと、前世の親友に聞いたことを思い出した。
ゲームのヒロインであるアメリアの女スパイもいるのだろうかと思い周りを見渡すと、人混みに紛れて気配を消しながらもこちらの様子を見ているジャンヌ・スプーキーがいた。固有スキルは傾国の美女、それと土魔法と精神干渉魔法とくに誘惑に適性があったはずね。
「おい、なんとか言ったらどうなんだ」
厄介ごとの気配がしつつも私は返事をした。
「ごきげんよう、ムーノ殿下。婚約者に対してあんまりなお声がけですね」
「何が婚約者だ。お前は公爵令嬢の身分を使い、身分の低い者に対して自分の意見を押し通したと聞いた。この学園では権力をひけらかす行為は禁止されている。どういうことだ」
私には思い当たる節がない。
「殿下、そのようなことをした覚えはありません。何のことでしょうか?」
「この場に及んでとぼけるつもりか!呆れた小根だな。試験の時のことだ。大方、Aクラスにいるのも公爵家の権力を乱用したからではないか」
周りがヒソヒソと話し始めた。これはしっかりと否定しないと。
それに試験と言われて私にも思い当たることがあった。
もしかして、レオ様とレイラ様のこと?
「殿下。試験とおっしゃいますと、子爵家のレオ様とレイラ様のことでしょうか」
「あぁそんな感じだ!」
殿下の目が泳いでいる?威張り散らしているだけで、実はしっかりと把握していない?
「その件に関してですが、公爵令嬢として、試験場でたまたまおきた事故の責任を問わないとお二人にお伝えしただけです。なお、私の試験は公正に行われました。疑われるようでしたら、当時の試験官や、近くにいた他の受験生に聞き取りをしてください」
「御託はいい!」
殿下がさらにヒートアップしたところで、当事者が現れた。
「ムーノ殿下、当事者であるわたしから説明をさせてください」
レオ様だ。
「わたしも当事者です。状況を説明する義務があります」
レイラ様だ。
「急に俺に話しかけるな!無礼だぞ!しかし、ちょうどいい。被害者の口から話を聞こうではないか」
殿下は、二人が殿下の意に沿う発言をすると思い込んでいるようだ。
あまりにも自信があるその様子に、二人が殿下側についたのかと、私は不安になったけれど、結局杞憂に終わった。
先にレオ様が、
「急に話しかけたことはお詫びいたします。しかし、アクトゥール公爵令嬢は、学園の規則に反することを一切しておりません。寛大な御心で私たちの行いを不問にすると申してくださっただけです」
レイラ様が続けた。
「意図的でもなく害意がなかったとはいえ、子爵家のわたしたちが、結果的に公爵家のご令嬢に剣を向けてしまいました。処罰を受けても不思議ではありません。処罰を受けると申し上げた子爵家の私たちに対して、公爵令嬢として不問にするとおっしゃられただけです」
レオ様が引き継いだ。
「学園の規則では、上の身分の者が、下の身分の者に、権力をたてに不利益を負わせることは禁止しておりますが、アクトゥール公爵令嬢からそのようなことはされておりません」
ムーノ殿下は二人の言っていることがわからないような顔で停止している。
私が二人の発言を捕捉した。
「その場にいた人間にとっては、あれがたまたま起きた事故であり、そちらのお二人に害意がないことは自明でしたわ。誤った噂にならないように、偶然の事故であること、二人に害意がなかったことを明確にしたうえで、公爵令嬢として不問にすると申しあげました。模擬戦ではじかれた剣が私に向かってきたことは実際に起こってしまったので、その場にいなかった人間が都合よく引き合いにださないようにする為ですわね。今の殿下のように」
ムーノ殿下はやっと理解したようだ。
「王子である俺に対してなんというもの言いだ!そこの子爵令息令嬢の発言も事実かわからん!父上に頼んで調べてもらう!」
ムーノ殿下はやっとの思いで、捨て台詞をいい、取り巻きをつれて去っていった。それにしても、父上って、、、虎の威を借る狐ですか。
私は、人混みに紛れていたジャンヌの口元が嗤っていることに気付いた。なるほど、これはあなたがきっかけですか。本来の実力的にはAクラスでしょうに、ムーノ殿下と同じCクラスになるように、手を抜いたのでしょうね。おそらく、学園の情報を流す協力者もいるわね。
それにしても、前世の親友から聞いていたゲームではこのようなイベントあったかしら。大きなイベントしか覚えてないけど、今回の食堂イベントは無かった気がする。
私は、レオ様とレイラ様に話しかけた。
「ごめんなさいね、二人とも。巻き込んでしまって。今後殿下に何かされたら教えてくださいね」
レイラ様が答えた。
「元はと言えば、わたしたちの不注意が招いた結果です。こちらこそアクトゥール公爵令嬢にご迷惑をおかけし、申し訳ありません」
「いえ、終わったことよ。それよりせっかくクラスメイトになれたのだからマーサと呼んでくれない?」
「・・・わかりました、マーサ様。私のことはレイラとお呼びください」
「レイラ様、せっかくだから、昼食を一緒に食べない?レオ様も一緒にどう?」
私たちが同じ席に座ると、先ほどの私たちと殿下のやりとりを見ていたらしいご令嬢が声をかけてきた。
「アクトゥール公爵令嬢、初めまして。同じクラスのカミラ・フラメルと申します。父はフラメル侯爵です。わたくしもご一緒してもよろしいでしょうか?」
「ええ、ぜひ。私のことはマーサと呼んでください。それと、ご配慮ありがとう」
私は驚いていた。カミラと名乗った侯爵令嬢は気が利く上に度胸もあるようだ。
この国で身分が下の者から身分が上の者に声をかけるのはマナー違反だけど、そんなことを言っていたら学業に支障がでるため、学園内ではこのマナーは廃止されている。
殿下によって冤罪をかけられた私を気遣ってくれたようで、私を公爵令嬢と呼んで身分を明確にした上で、公爵令嬢よりも身分の低い侯爵令嬢である自分から声をかけることで、私が身分をひけらかすタイプではないことを示してくれた。
ムーノ殿下が先ほどレオ様とレイラ様に話しかけられた時に無礼だと怒ったことを周りはみている。ムーノ殿下の方に問題があることを示すために、わざわざ火中の栗を拾うようなことをしてくれた。
学園内ではマナー違反にならないとはいえ、注目を集めているこの場で実行するとは度胸がある。
「まぁ配慮だなんて。ただ学園のクラスメイトの昼食に加わろうとしただけですわ」
カミラは淑女のお手本のような微笑み浮かべながら、何のことかしら?というな雰囲気で私に返事をした。
私たちは昼食を終え、午後のガイダンスをうけた。