第13話:王立魔法学園の入学試験をうけます
アメリアの視察から月日が経ち、マーサは14歳になった。冒険者ランクはBだ。
本人は王都のアクトゥール邸の自室で王立魔法学園の入学試験の案内と睨めっこをしている。先ほどから変わらない様子に呆れたアルマに声を掛けられた。
「お嬢様、ずっと見つめても何も変わりません」
「やっぱり受けないとダメ?」
王立魔法学園は乙女ゲームの舞台なのだ。そんな物騒な場所には行きたくない。しかもアメリアから帰ってきてからムーノ殿下との仲も冷え込んでいるというか一方的に避けられている。悪役令嬢フラグが私に向かって手を振っているような気がする。
「一定以上の魔力を持った貴族は強制的に試験を受けることになっています」
「試験にわざと落ちるのは・・・」
「公爵家の顔に泥を塗るおつもりですか。それに、お嬢様のように保有している魔力量がかなり多い場合は、試験というよりも実質クラス分けです」
「アルマーーーー」
私は泣きついた。
「はいはい、試験が終わったら冒険者でも美味しいデザートでも好きなことしましょうね」
「絶対だよ?」
観念した私は試験の準備をすることにした。悪目立ちはせずに差し障りの無い結果で入学することを目標にした。
王立魔法学園は14歳になった魔力持ちが入学する学校だ。貴族も平民も問わない。
貴族については低から中程度の魔力量があれば全員強制的に試験を受けなければならないが、使用人や平民については、中以下の魔力量なら試験を受けない選択ができる。
かく言うアルマもその選択をした一人だ。9月入学、6月卒業の3年制であり、入学試験は7月頃に行われる。
そしてついに試験当日になった。
「マーサ様、試験頑張ってください」
「ありがとう、行ってきます」
アルマに見送られて、マーサは王立魔法学園の試験会場に足を踏み入れた。たくさんの受験者がいるが、定員は各学年100人前後だ。大多数の受験生が落ちることになるため、受かった生徒は国のエリートとして扱われる。試験は実力重視だが、貴族が運営に関わっている以上、抜け道が少なからず存在している。
試験に落ちた受験生については、地方に何箇所かある魔法学園に入学することが多い。
マーサは試験場となる修練場の横に設置された待合場所で順番をまっていた。魔力量ごとにある程度グループ分けを行うため、マーサが案内された魔力量が多い受験生向けの待合場所の人口密度はそれほど多くない。
「私の番はそろそろかなー」
自分の試験の順番が近づいてきたのでソワソワしていたら、見覚えるのある女の子がこちらに歩いてきた。聖女であることが判明したファウナだ。
女神様の神託により、ユースティティア国内に聖女がいることがわかり、ファウナも共同洗礼式に呼ばれた。そこで彼女が聖女だとわかったこと、その後教会関係者のクラーク伯爵家の養女になったことも周知されていた。それにしても、女神様の神託って実際はやらせだったりするのかな。どうなんだろう。
あれれ?数年前にアテナとして会っただけなのに、ファウナが私のことを見ている・・・?
早速悪役令嬢フラグ?気のせい?
ファウナは、同じ待合室に、数年前にワイバーンの肉を入手して助けてくれた女の子がいることに気付いた。あれ以降は会えていないが、恩人と言うべき綺麗な銀髪の相手を見間違えるはずもない。「アテナちゃん」と声をかけようとしたら、試験官が呼んだ彼女の名前に驚いた。
「マーサ・アクトゥール嬢、いらっしゃいますか?」
「はい、私です」
「順番になりましたので、試験に向かってください」
その場面を見たファウナは困惑していた。
アテナとそっくりの見た目をした女の子は、マーサ・アクトゥールと呼ばれていた。アクトゥールといえば、国の守護者とも呼ばれ、武闘派と名高い公爵家で、まだ貴族社会にうといファウナでも知っている。なんなら平民でも知っている。立ち振る舞いもあの時会ったアテナではない。アクトゥール家のご令嬢?人違い?ファウナの中で謎が深まってしまった。
マーサは先ほどのファウナの様子が気にはなっていたが、試験に向かった。
試験場につくと試験内容について説明をうけた。
「まずは、魔力量の測定を行います。洗礼の時にも測定したかと思いますが、子供のうちは成長とともに増える可能性もあるので、試験で改めて測定します。魔力量に応じて水晶の色が変わり、赤、黄、緑、青、紫の順に多くなります」
そう言われて、私は目の前の水晶に手をおいた。うわぁ、綺麗な紫色だなぁ。
「アクトゥール嬢の魔力量は紫色でかなり多いですね」
周りからも、おお!というような歓声があがってるわね・・・。
「次に魔法の実技の試験をおこないます。あちらに5つのマトが置かれているのが見えますか?魔法させ使えば方法はお任せしますので、左から順にマトに攻撃をあててください。防御魔法を施しているので本気で攻撃しても大丈夫です。攻撃チャンスは7回です。なにか質問はありますか?」
「ありません」
「わかりました。それでは準備はいいですね?試験、はじめ!」
私は魔法の準備をした。大丈夫、今日のためにしっかり準備してきた。
本気で攻撃して大丈夫と言われたけど、そんなことしたら、マトだけではなく周囲を巻き込んで吹き飛ばすことになるか、固有スキルを併せるとあたり一面銀世界になって学園全体に局地的な氷河期が到来してしまう。
必要以上に悪目立ちして悪役令嬢になりたくないから、例年の受験生の結果を調べて、しっかりと準備してきた。
私は、詠唱を唱えた。
「アイスランス!」
氷の槍を3本生成した。魔力制御の精度も落としているせいか、氷が私の周りにヒラヒラと舞っている。
「いけっ!」
1本目の氷の槍が一番左のマトめがけて飛んでいき、狙い通りマトの横ギリギリを通り過ぎた。
普段は、完全無詠唱で魔法を使っているけど、試験では自重した。
最終的に5つ全てのマトに魔法を当てたけど、魔力制御の精度を落としていたからか、魔力がもれて私の周りの空気中に氷が舞っている。
こういうのも綺麗だなぁと思いながら、無事に試験を乗り越えたことに安堵していた私の耳に、声が届いた。
「危ないっ!!!」
模擬戦を行なっている区画から、こちらに向かって剣が飛んできた。
魔力量が多い場合は純粋な魔法の試験だけで終わるけど、魔法量が少ない場合は実力を図る為模擬戦を行うことになっている。強く希望する場合も模擬戦を行えたと思う。
私は、指をヒョイっとして試験の余韻でまだ空気中に漂っていた氷を盾のように操作し、飛んできた剣を受け止めた。
声の主がこちらに向かってきたようね。
何が起きたのか気になるようで、野次馬も集まってきてしまっているわね。
「申し訳ない!恥ずかしながら、模擬戦の最中に剣を弾き飛ばされてしまった。怪我はないか?」
オレンジ色の髪をした、元気そうな男の子が謝ってきた。人懐っこい犬みたい。
「怪我はしていません。ご心配ありがとうございます」
そのタイミングで、模擬戦の相手らしい黒髪の女の人が追いついてきた。
凛とした美人で女の人にモテそう。ポニーテールが似合っている。
「ごめんね、本当に怪我していない?」
「ええ、傷ひとつありません」
私が答えると二人が話し始めた。
「レオが一瞬気を抜いたのがいけないわ」
「悪いレイラ、けどこの人も怪我してないし結果的とはいえ何事もなくてよかった」
男の人がレオ、女の人がレイラ、という名前らしい。
「お二人はお知り合いなのですか?」
「そうね。お互い実家が子爵家で騎士の家系だから小さい頃からの腐れ縁よ」
「そういうわけでな、お互いの戦い方も知っているからさっきは油断してしまったんだ」
「戦場なら命取り」
「あぁわかってる」
何だか息があってるなぁと眺めていたら、レイラが私のことも聞いてきた。
「あなたのお名前は?」
「マーサ・アクトゥールと申します」
つい、普段の癖でカーテシーをしながら名乗ってしまった。
二人とも驚いた様子で、
「アクトゥール公爵家のご令嬢と知らず大変失礼いたしました。確認もせずに失礼な態度をとってしまったこと、公爵家のご令嬢を危険な目に合わせてしまったこと、誠に申し訳ございません。私も、こちらのレオも処罰は受ける所存です」
「そんなにかしこまらないでください。私は今は1人の受験生としてここにいますし、学園では身分を傘に着る態度や権力をひけらかす行為は禁止されています。気にしないでください」
二人の態度は硬いままだ。
「しかし、、、」
その様子を見て、私は少し考えた。
「入学試験の模擬戦の中でたまたま起きた事故であり、貴方達が私を害する気がなかったことは明白です。よって、公爵令嬢として此度の件を不問にします」
二人は顔を見合わせて、どうする?と目で会話をしていた。
「それよりも、お二人とも怪我をされていますね。見せてください」
私は、話題を変えるかのように水属性の治癒魔法を発動し二人の怪我を治療した。
その直後、なぜか周りの野次馬がざわつきだした。どうしたのだろうと、意識をむけたら、何やら不穏な単語が聞こえた。氷の女神、と。
今のマーサの周りは、氷の粒が空気中に舞っているままだ。太陽の光をうけて、キラキラと幻想的な雰囲気を醸し出している。その上、無詠唱で治癒魔法をつかってしまった。元々、少し青みが入った銀髪で氷や雪を連想しやすいこと、公爵令嬢に相応しい容姿であることから、いささか神々しい場面になっている。
周りの目には、氷が舞い落ちるなか治癒魔法を施す女神、のように映ってしまった。
状況に気づいたマーサは焦った。
実技試験は無難にやり過ごしたけど、こんなところに落とし穴があるとは。
おおごとになる前に退散しようと、すぐにその場から離れた。