第10話:将来の領地、アメリアに行ってきます(1)
王都に戻ってきて一ヶ月ほど経った頃、ムーノ殿下と一緒にアメリアに視察にいくことが決まった。今日は、その打ち合わせと、初めての顔合わせが公爵家でおこなわれる。
「お初にお目にかかります、ムーノ・ユースティティア殿下。わたくしは、アクトゥール公爵家長女のマーサ・アクトゥールと申します。本日は、ご多忙の中お越し頂き、厚く御礼申し上げます」
貴族令嬢モードの私は、淑女の礼とともに挨拶をした。
「わたしたちは婚約者同士だ。そこまでかしこまらずともよい。気楽に話そう」
ムーノ殿下は早速椅子に腰掛けた。
当たり障りのない挨拶を終えた私たちは、アメリア視察のことを話し合った。
「将来私が統治することになるアメリアの視察に向こうことになった。妻としてわたしを支えることになる貴女にも同行願いたい」
ちょっと上から目線ね。王族だからしょうがないかしら。
「かしこまりました。殿下のお力になれるように、微力ながらも精一杯努めさせていただきます」
「出発は2週間後、滞在期間は4週間の予定だ。都合はどうだ?」
「日程についても事前に伺っておりますので、問題ありません」
「そうか、よろしく頼む」
殿下はそばにいる護衛に話しかけ、手土産をとりだした。
「さて、堅苦しい話はこれくらいにしよう。王都で有名な菓子屋の品だ、口に合えばいいのだが」
あれ、もう少し具体的な視察の話はしないの?お菓子は嬉しいけど。
「お心遣いありがとうございます。こちらのお店は常に人の列ができ、入手困難で有名な人気店だと記憶しております。そのような貴重な品を頂き重ねて御礼申し上げます」
「もっと欲しくなったら言ってくれ。また朝から護衛に並ばせる」
殿下は、俺優しいだろうと言いたげにニコッとしたが、隣にいた護衛の顔は曇っていた。
「まぁ、わたくしなんかの為に王家の優秀な護衛の方を動員してくださるのですね」
「わたしの婚約者だからな。遠慮しなくていいぞ」
遠回しに、護衛は殿下の私物ではなく王家に仕えていること、護衛の時間を無駄にするのもやめてくれ、と言ったつもりだったけど通じてない。言い方が悪かったのかな。
隣にいた護衛には伝わっていたようで、ご配慮ありがとうございます、と目がいっていた。この護衛も苦労しているのね。
その後は、雑談にうつった。
王都で流行っている演劇の話、王都で人気になっている演奏家の話、王都でカップルに人気のデートスポット、王都で流行っているアクセサリーなど、殿下から話題を提供していた。
殿下がおかえりになる時間になったので、お見送りをした。
「それではマーサ嬢。また会おう」
帰り際、ムーノ殿下が私の手の甲に口付けをしてきた。
顔はイケメンだから、絵にはなるのよね。
私は着替えをしてから自室に戻り、一息つくことにした。
「少し気になる態度はあったけど、最近の王都の流行などはしっかりおさえていたわね。どれも実際に流行しているもので、内容も間違ってなかったわ。ちゃんとご自身で王都の情報収集はしていらっしゃるのね。殿下のこと少し見直したわ」
そばにいたアルマが彼女のカバンから取り出した本を無言で渡してきた。
「アルマ?これは確か、民衆向けの王都の女性情報誌でしたっけ?」
「そうです。お嬢様は普段読まれないと思いますけれど」
アルマの目が早く読め、と言っているので早速読んでみた。
「ちょっと、アルマ!この雑誌に特集されている内容は、先ほど殿下が話した内容と一言一句そのまま同じじゃない!」
「お嬢様、つまりそういうことだと思います」
私はつい脱力してしまった。
「女性情報誌の内容を上部だけそのままなぞっていたのね・・・。どおりで、私から話題を振ると受け答えがおぼつかなかったのね。見直して損したわ」
先が思いやられるわー、と思いながら私はベッドに倒れ込んだ。
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私はアルマを連れて、ユースティティア王国の東側に位置する港に着いた。これからムーノ殿下とともにアメリアの視察に向かう。アメリアまでは船で半日くらいかかるらしい。地球でいうと、ジブラタル海峡より多少遠いくらいの距離なのだろう。
「私たちの乗る予定の船の周りが何やら騒がしいわね、どうしたのかしら」
「話を聞いてきますので、マーサ様はここでお待ちください」
「いえ、私にも関係あることかもしれないし、一緒に行くわ」
ムーノ殿下が船長らしき人と話していた。
「どういうことだ!船員を予定の人数確保できなかっただと?」
「申し訳ございません、殿下。若い衆が船乗り病にかかっちまいやして。予定より1人少なくなってしまいます。ですが、航海は安全に行えます」
「1人足りないんだろう?本当に安全なのか?」
「欠員は元から余剰要員なので問題ありません」
私たちが近づくと、船長らしき人が声をかけてきた。
「マーサ様ですか?到着早々申し訳ありませんが、船乗り病で乗組員に一人欠員がでてしまいやした。航海に支障はないのでご安心ください」
一応状況を確認したいわね。
「初めまして、マーサ・アクトゥールよ。あなたが船長様でよろしいかしら?」
船長さんが恭しく敬礼をしそうになったので、私は手で制してから質問をした。
「ここからアメリアの首都オールドミルまでは半日くらいでしょうか?」
「そうですね、風向きにもよりますが、半日ほどを予定しています」
「長い航海ではないから、船乗りの方の体力的に問題ないということですか?欠員の方はどのような仕事を担当する予定でしたか?」
「体力的に問題ないということもそうですけど、今回は殿下と婚約者様をお乗せするので元から余剰要員を多めに予定しておりやした。欠員と言っても余剰要員なので、交代で休憩をとりながらも、船の運行に必要な要員はしっかり揃ってます」
「そうでしたか、それなら問題なさそうですね」
私と船長さんとの会話がひと段落しそうになったところで、ムーノ殿下が割り込んできた。
「それでも一人足りないんだろう?本当に大丈夫なのか?」
私は感情を隠す為に淑女スマイルを装備してから答えた。
「ムーノ殿下、お気持ちはわかりますが、先ほどのお話し通り航海には問題なさそうですよ」
「一人足りなくても本当に大丈夫なのか?」
一人足りないという上部だけのことしか頭にないようだ。先ほどの会話の中身を考えれば、問題ないことくらいわかるでしょうに。
これ以上は、船の出発が遅れてしまう。その方が問題だ。
私は淑女スマイルのまま答えた。
「船長様にお話を聞く限り問題ないと思いますが、どうしてもとおっしゃるようでしたら、私の護衛から一人人員を出しましょうか?アクトゥール領は海に面してもいるので、船乗りの経験がある護衛もおります」
「そうか、そうしてくれ。王子である私と婚約者であるお前に何かあると困るからな」
ムーノ殿下はキリッとした良い笑顔で言い切った。
私の淑女スマイル、もう少し頑張って。
「かしこまりました、ムーノ殿下。船長様、申し訳ございませんが、よろしいでしょうか」
「殿下の決定に従うまでです」
これはあまりよろしくない雰囲気かもしれない。いきなり知らない人を自分の持ち場に送り込まれることになってしまったのだ、フォローしないと。まさか提案を本当に受け入れられるとは思っていなかったとはいえ、私の落ち度だ。
殿下がその場から移動するのを待ってから船長さんに話しかけた。
「船長様、私の護衛から人員を出すと言っても、皆様のお邪魔をしないようにさせます」
船長さんが以外そうな顔をした。
「よろしいので?」
「ええ、この船のことや航路について、皆さんの方がご理解しているでしょう。その邪魔はしたくありません」
船長さんは言いにくそうに答えた。
「それは・・・正直助かります」
これで一旦はひと段落かな。さっき気になったことを聞いてみよう。
「そういえば、先ほど船乗り病とおっしゃていましたか?」
「若い衆が船乗り病にかかっちまいやして、港で療養させることにしました」
「それはお気の毒に・・・」
船乗り病は確かビタミンCが不足するとおこる病気だ。祖父から渡されたハシカプをもとに作ったジャムなら症状を治せるかもしれない。
「よろしければこのジャムをその方に差し上げてください。まだ流通はしていないのですが、私の祖父が育てたハシカプという果物から作りました。栄養が豊富にあることは保証します。船乗り病にも効果があるかと思います」
「それはありがたい!」
船長さんは勢いよくジャムを受け取り、療養中の船員に渡すように手配した。
白羽の矢を立ててしまった私の護衛にも、お詫びとしてハシカプのジャムをあげた。これが公爵家秘伝のハシカプですか!となんかテンションがあがっていたようだけど、喜んでくれたようでよかった。
一悶着あったけれど、私たちは船に乗り込みアメリアの首都オールドミルに出航した。




