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第6話(2/2):科学者とスイーツ

「これは私の元の世界であったゲーム……というか、漫画の話なんですけど」


 自慢のガジェットと同時に心の芯を砕かれた男が床に四つん這いになっている様を背後に、アマミは二人の科学者に自分の知る知識の説明を実践を踏まえつつ進めていく。

 

「火魔法と氷魔法は、攻撃魔法の中でも基本的なものです。

 最上級魔法は無理ですが、中級までなら私にも覚えられました」


 アマミは両手から火と氷の中級魔法を放って見せ、その場に集まった科学者達がそれを興味深そうに観察し、出来上がった氷を手にとって温めてみたりと検証を進めていく。

 

「ただ、私もこの魔法を同時に使うことはできないんです。

 人間の手は2本あって、両手にペンを握って同時に丸を書くことができますけど、片方で丸、片方で三角は難しいですよね?

 それがなんとか出来るようになっても、片方でドラゴンの絵、もう片方で人魚の絵とかになると流石に無理でしょうね。

 そういう感じだと思ってください」


 言われて数名の科学者が両手にペンを取り図形を書き始める。

 この説明だと、丸や三角という単純な図形が初級魔法で、ドラゴンや人魚という複雑な絵が上級魔法なのだろうかと彼らも考えた。

 

「でも、とあるゲームを題材にした漫画の中で、魔法使いとして最強クラスのキャラがそれをやってみせるんですよ。

 右手で火魔法、左手で氷魔法、それもそれぞれ最上級の魔法です。

 それをぶつけることで、究極魔法、極大消滅呪文が使えるっていうのがその漫画の設定でした」


 なるほど、あの爆発はそういう仕組だったのかと納得しかけてしまったところで、一人の科学者が挙手する。

 

「すみません、でもそれって、漫画の話ですよね?」


 そこで納得しかけた科学者達も一瞬で現実に引き戻される。

 言われてみればその通りだ。

 あまりに魔法が荒唐無稽すぎて忘れていた。

 そんな説明が通るのなら、地球の自転が逆転すれば時間を戻せるし、右足が沈む前に左足を前に出せば人間は水の上を走ることができるし、二刀流で二倍のジャンプで三倍の回転でパワーが十二倍になってしまう。

 

「はい。その通りです。

 しかし、異世界ではそんなゲームや漫画の設定が当たり前に成り立っていたんです。

 魔法もそうですけど、魔王とか魔物とか、普通に考えたらファンタジーでしょう?

 でも、ユニコーンの角を煎じて飲むと死者が生き返るような世界なんですよ」


 そう異世界から来た本人から言われてしまうとぐうの音も出ない。

 なにせ自分たちは既に炎魔法と氷魔法を目撃しているし、ただのドーナツで8歳の少女がスーパーヒーローさながらのパワーを獲得する様を見てしまっているのだ。

 

 だが、その事実を認めるにしても、それを「そういうものだ」で思考停止することは科学者の矜持が許さなかった。

 それらは事実として、ではその原因は何なのか。

 その探求を諦めるのはまだ早すぎる。


 この不可思議な現象について科学的説明を行うために、それぞれが熱力学や素粒子物理学まで幅広い知識から切り込みを考えた。

 そこで、腹を抑えて脂汗を流しつつ一人が手をあげる。

 

「これも半ばオカルトみたいな話になってしまうんですけど……」


 それは先程ミス・スイーツによって壁に打ち付けられた男だった。

 あの時壁に打ち付けられたもう片方の男は病院に運ばれており、肋骨にヒビが入っていたことがわかっている。

 この男もおそらく同様の肉体的損傷を受けているのだが、脳内から溢れ出る好奇心がアドレナリンとなりその痛みを緩和していたのだろう。

 

「火の魔法を使っていた二人が最後に使った呪文、あれが最上級炎魔法ですか?」

「はい。多分そうだと思います」

「では、その呪文の名前……詠唱、っていうんですかね。

 あの、アマテラスというのはどういう意味なんですか?」

「あっ」


 ここでアマミは今まで自分が自然と異国の科学者達と日本語で会話していた事実を思い出す。

 言葉に不自由しない翻訳能力もある意味チートであり、転生者の基本スキルである。


 その転生者の言葉が理解できないということは通常ではありえない。

 言葉の意味が通らないことが起きる唯一のケース。

 それは、相手の文化に同様の概念がない場合だ。

 この場合のみ、言葉は単純な音として伝わってしまう。

 

 これは不便なことに感じるかもしれないが、実はそうではない。

 この機能が存在しないと、ほとんどの固有名詞がうまく機能しなくなってしまう。


 例えば、核兵器という概念がない異世界で「核兵器」という言葉を用い、「『核兵器』を使えば魔王も倒せるよ」という言葉を発したとして、これがチートによって翻訳されてしまう場合。

 

「『すべての物を作る小さな粒が分裂しやすい性質をもった鉱石のすべての物を作る小さな粒にすべての物を作る小さな粒の中心の塊の中でも雷の力を一切持たない状態の粒をぶつけた時に粒が分裂し続ける現象を利用して作った爆弾』を使えば魔王も倒せるよ」


 という認識を強要することになり、この言語圧縮によるタイムラグがスムーズな会話を妨げると同時に相手の脳に過負荷をかけることになってしまう。

 この現象を利用すれば、いかなる魔王であってもその辺の科学論文を朗読してやれば数十秒で脳神経が焼ききれて絶命してしまうだろう。

 

(それはそうだよね。神様の名前は世界で違うのが普通だ)


 アマテラスという言葉が通らないことに納得するアマミ。

 この勘違いが後になって問題解決を遅らせることになることを、彼女はまだ知らない。

 

「えっと、これは私の元の世界で住んでいた国の神様の名前です。

 一番偉い神様で、太陽の神様なんです」

「太陽? 炎の神ではないんですか?」

「あっ」


 その科学者の純粋な質問にアマミは焦る。

 彼女は日本の神話にも火の神が存在していたことはおぼろげに覚えている。

 確か最高神であるアマテラスが子どもを産んだ時に火の神を産んで大火傷をして、そのショックであの有名な天岩戸隠れを起こすんだった。

 でも、その火の神の名前が思い出せない。

 

 なお、これは正確ではない。

 火の神ヒノカグツチを産んだのはイザナミであり、これによりイザナミは死亡しあの有名なイザナギの黄泉下りの物語が始まる。

 アマテラスは黄泉の国からイザナギが戻った後に黄泉に穢れを落とすために左目を洗った際に生まれた神であり、岩戸隠れはその彼女の弟であるスサノオの乱暴によってショックを受けたため起きたエピソードだ。

 

 とはいえ、ゲームと漫画程度でしか日本神話を知らなかったアマミを責めることは酷だろう。

 

「えっと……はい、すみません、確か炎の神様も居たと思うんですけど、名前が思い出せないです……」

「その神様は有名ではないんですか?」

「いえ、アマテラスが産んだ神なので有名だと思うんですけど、私はよく知らなくて……」


「なるほど。有名なのに、その炎の神ではなく、太陽の神の名前が最上級の炎魔法に使用されているんですね。

 確かに、太陽は燃えているように見えますからね。

 しかし……」


 と、ここで男が足から崩れ落ちる。

 アドレナリンにより意識を保っていたのがついに限界を迎えたのだ。

 薄れゆく意識の中で、男は自分の口に何かがねじ込まれるのを感じた。

 

「ん……ここは……」


 目に入ったのは、知らない天井だった。

 男は自然に体を起き上がらせる。

 どうやら病院のベッドの上のようだ。

 隣のベッドではあの時に自分といっしょにミス・スイーツに突き飛ばされた科学者が、腹に仰々しいギブスをつけられた状態でうなされている。


 それに対して、彼は五体満足、昨今感じることができなかった清々しい目覚めであり、体は不調どころか絶好調だ。

 

「あ、起きられたんですね」


 彼に気付いた看護師が医者を呼ぶ。

 首をかしげつつ現れた医者が手元のノートパソコンでレントゲン写真を見せつつ彼に語る。

 

「隣の彼は肋骨にヒビが入ってるのに、君は無傷なんだよねぇ」

「はぁ。当たりどころが良かったんですかね」


「それはそうかもしれないんだけど……

 ところで君、最近突然胸が痛むようなことはなかった?」

「あ、はい。なんか調子が悪いなって思うことが何度か」


「それ、癌だよ。肺癌。ステージ4」

「……は?」


 そういって彼に肺のレントゲン写真を見せつつ説明する医者。

 いやいや、自分が癌? ありえない。

 百歩譲ってそうだったとして、普通医者が患者に癌を宣告するのは、もっとこちらを思いやりつつも深刻に切り出すものではないのか。

 それを何故こんなあっさりと、普通の病室の中で世間話感覚で切り出されているのだ。

 

「ステージ4って……」

「まぁ普通ならもうダメなんだよね。

 でもね……この写真見てね。

 君の体から確認できるのは癌『だった痕跡』で、それが完全に治ってるんだよ。

 ありえないよ」

「えぇ……?」


 あまりの医者の様子に何がなんだかまるで理解できない。

 なんとなしに流れた目が、ベッドの隣に置かれていた小箱に気付く。

 

「とりあえず、ここまでの検査で君は隣の彼みたいに肋骨にヒビが入ってることもないし、癌も治ってるし、完全に健康そのものってことになってる。

 でも、重ね重ね言うけどそんなこと絶対にありえないから、数日検査入院ね。

 いろいろ検査を受けてもらうけど、いいよね?」

「あ、はい。もちろんです。お世話になります」


 そうして何度も首をかしげながら出ていく医者の背中を、チーズケーキをかじりつつ見送った。




■次回予告

 落ちぶれた女神たちを集めて始まる異世界勇者達の現代戦デスゲーム。

 かつて無法の蛮族として恐れられたネクトが魔王を倒した手段とは。


「まさか……あそこから撃ってきているのか……?」


 そんな600kmの彼方から弓で狙撃するチート射手は現代の地において。


「ダメです。弦を張り替えてください」

「わかりました」


 極寒の大地に作られた弓道場で科学研究に協力していた。

 彼が目指すものは。


「だから……私達は宇宙を目指します。

 他のすべての国との国交を断ち、宇宙との窓だけを開く。

 不凍港を持たないサヴィーナ連邦に、人類初の宇宙港を」


 7歳の天才少女リン・ホシノによる国をあげての宇宙開発プロジェクトだった。


「ごめんね。僕はただの射手でしかない。

 現代で弓の技術が役に立つとは思えないよ」

「現代では役に立ちません。

 しかし、数百年、数千年後ではそうではないでしょう」


 宇宙に巨大な「弓」を作るという彼女の想像はただのSFなのだろうか?


「これで、伍長閣下も人種差別主義者も皆殺しにできますね!」


 トランス状態に陥り狂気を叫ぶリンの記憶の正体はただのオカルトなのだろうか?


「なるほど。『君の世界の』死人の記憶か。興味深いね」

「それが、母親が娘に向ける言葉なんですか?」

「いや、科学者が製作物に向ける言葉だよ」


 次回、最強転生者達の現代出戻り列伝、第七話「弓と宇宙」


「これはただの弓だよ」

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