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第5話(2/2):炎王VS炎帝

 ゲランの旗艦ジークフリートを筆頭に、戦艦3、空母2、重巡洋艦7、軽巡洋艦5、駆逐艦以下無数を撃破したブリタス湾の戦い。

 しかしブリタス側も戦艦1、空母3、重巡洋艦4、軽巡洋艦5を失っており、被害は甚大だった。

 ここに大西洋の覇権を主張し続けていたロイヤルネイビーの威光は消えたと言っても過言ではない。


 海戦を指揮していたハルバート中将は、異世界の勇者の力を借りての逆転に全身で喜びを表したが、すぐにこれが勝利でもなんでもないという現実を理解する。

 ゲランは今や大陸の半分を支配し、同じファシスト政権に掌握されたパスペンとの軍事同盟を締結。

 極東でもそれに呼応する動きがあることが暗号解読で判明していた。


 戦力の4分の1を失ったロイヤルネイビーでは、この先の海戦での苦戦は必須。

 長年のライバル国だった大国ランスすら降伏した今となっては、もはや大西洋を挟んだかの国との同盟は必須だった。

 

「しかし、それは私の仕事ではないな。

 そうだな、私が今なすべきことは……」


 副官にブリッジを任せ、甲板に降りるハルバート中将。

 突然現れた艦長にそれまでの笑顔を凍りつかせて敬礼を取る水夫に案内を頼み、勝利の立役者となったレールガンを眺める。

 まるで熱気を感じない。

 それまでの主砲ですら、戦闘の後は砲塔から湯気を上げていたというのに。


 無意識的に伸びる手。

 その狂気に気付いた水夫が制止を試みた時にはもう遅かった。

 しかし、艦長は何くわぬ顔で砲塔に触れた手を引き戻し、未だに残るひんやりとした感触に驚嘆した。

 

「まるで魔法だ。いや、まるで、ではないのか」


 直後、水夫が砲塔横の甲板に取り付けられた小さな扉を開く。

 そうだ、今はまず彼女に感謝を述べなければならない。

 この海戦を痛み分けに終えることができたのは、間違いなく彼女のおかげなのだから。


 開いた扉に歩み寄る艦長。

 ここで扉の中から、猛烈な熱風が吹き出す。

 それはまるで、北欧のサウナでのロウリュウようだ。

 思わず顔をしかめた艦長の前に自分の娘ほどの歳の少女がはしごを伝って現れた。

 その額には若干の汗が光る。

 

「はぁ、流石にちょっと蒸し暑かったわね」


 艦長はサウナを好んでいた。

 故に扉を開けた際の温度が「ちょっと」で済むものではないことは理解できた。

 なによりも海戦にかかった時間は約半日。

 温度がどのように上がったのかはわからないが、それにしてもありえない。

 目の前の少女は脱水症状はおろか、ほとんど汗をかいていないのだ。

 いや、そもそもの話、この少女の役割、そして、その魔法は。

 

(やはりというべきか、現代科学ではまるで理解できないものなのだな。魔法の仕組みなど)


 艦長はしばらく自分の手のひらを見つめ、一呼吸を挟んでから少女に向かってその手を差し出した。

 

「感謝する、もう一人の女王陛下。

 この勝利は、あなたの助力なくしてありえなかった」


 娘ほどの年頃の少女は、自分の娘がとても見せないような強い意思を持った凛々しい表情でその握手に応じた。

 しかし、その手は暖かく、また、その瞳の奥には確かに娘と同じような優しさと喜びを感じ取ることができた。

 



 ダバネの演習場での光景をライブ視聴していたマルティの政府高官達がそれぞれに感嘆の叫びをあげた。

 それは会場の右半分からは歓喜であり、左半分からは落胆だった。

 この瞬間、マルティは半年後の大統領選挙の結果を待たずして、国家方針が決まったとも言えた。


 その声はその場に招待されていたブリタスの外務使節、モズロー準男爵にとっては甘美な声だった。

 これならばこの先の二国間の同盟交渉もブリタスに都合よく進むことだろう。


 彼がこの先の交渉にあたっての資料を再確認しようとしたその時、再び会場内で叫び声が上がる。

 何事かと正面モニターを見た時、モズローは一瞬それがマルティのお家芸でもあるSFXを用いたスーパーヒーロー特撮映画に見えた。

 

「これは……現実なのか?」


 その映像を見たモズローは、かつて古代に信じられていた妄想科学を信じかけていた。

 四大元素論、そして、火に宿る精霊サラマンダー。

 それに疑いを感じられないほどに、炎が「生きて」見えた。

 

 炎王ナオキは魔王との最終決戦を思い出しかけた。

 しかし、すぐにその思考は打ち切られる。


 理由は2つ。

 相手の魔法が、かつての魔王を遥かに超える力であること。

 そして、今ここで余計なことを考えていれば死ぬという確かな直感だった。

 

「何が起きた、敵が何者かなんてことも考えてられねぇ……!

 気を抜けば、押し切られる。

 俺が……炎王の2つ名で呼ばれた俺が、焼き尽くされる!」


 ナオキのチートは最強の炎魔法。

 だが、それは文字通り「最も強い」魔法ではないことはナオキ自身がよく理解していた。


 だからこそ、ついさっきも詠唱に長い時間をかけたのだ。

 この最強は、単純な炎魔法スキルとしての上限。

 それは別系統のパッシブ型強化魔法によってさらに数段上の効果を引き出すことができる。


 転生の女神から最強チートを貰い受けた自分の炎魔法にスキルが相手に劣るとは考えられない。

 だが少なくとも炎魔法以外、つまり、炎魔法を強化する別系統の魔法の腕において、相手は自分の遥か上に居る。

 

「冗談じゃねぇぞ……!

 どうする……どうすればいい……!

 考えろ、考えるんだ。

 お前は『炎王』なんだぞ……!」

「ほう、『王』を名乗るか。

 ならば……はなから『帝』に敵うはずもなし」


 炎を切り裂いた殺気と斬撃に、ナオキは久々に剣を引き抜いた。

 魔剣レバンティン、異世界最強の炎の剣の刀身が、鍔迫り合いによって融解していく。

 

「嘘だろ……?」

「筋は悪くない。だが、お前の命はここで終わる。

 お前の犯したただひとつの過ち、それは……鬼畜米帝に組みしたことと知れ!

 我が異界名は『炎帝』!

 三千世界の悪鬼羅刹を尽く焼き尽くす修羅なり!」


 蜃気楼でゆらめく向こうに、怒りに燃える白髪の老人の姿が見える。

 それはどこか見覚えがある顔。

 死を前に走馬灯が流れる中、幼い日の記憶とその顔が重なった。

 



 マルティに二人の勇者が居るなど初耳だった。

 だがそもそも、一国一名というルールがあると聞いたこともない。

 それにどうやら、この展開は演習を企画したマルティの人間も予想外のことだったらしい。

 元々マルティの現れた勇者は押されている側の少年で、あの老人は新たに現れた勇者であることが衝撃の展開を前に田舎訛りそのままに発せられたマルティ流のブリタス語からも聞き取れた。

 

 しかし、ここまでの政府の展望を無茶苦茶にする予想外の展開だというのに、困惑の叫びはやがて熱狂へと変わっていく。

 やはりマルティの人間は貴族のなんたるかを忘れ野に下った故の粗暴さというかなんというか、やれやれと頭を振るモズロー準男爵だったが、まぁ、理解できないこともないなと思ってしまう程度には彼もまた「男の子」だった。

 

「まったく。なんで男子っていくつになってもバカなのかしら。

 モズローさん、ちょっと頭冷やさせに出てくるけど、いいわよね?」


 はっと気付いたモズローがいつの間にか掲げられていた右腕を下げて振り返った時。

 そこには既に、涼しげな冷気が残るのみだった。

 



 小さい頃、ナオキはひいじいさんが大好きだった。

 お小遣いをくれるのはもちろんとして、それ以上にひいじいさんは様々な知らないことを教えてくれたから。

 

「ひいじいの親父さんはなぁ……

 ずっとウニ7から手紙を送ってくれていたんだよ」

「ウニ? ウニって、あのお寿司さんで食べられるやつ?」

「それもウニだなぁ。

 だがこのウニ7ってのは、昔の軍隊で使われていた暗号なんだ」

「暗号!?」


 暗号と聞いてナオキの心が跳ねる。

 忍者やスパイが操る秘密の言葉。

 アニメと漫画の中でしか聞かない暗号を使っていたというひいじいさんの親父さんは、どんなかっこいいスーパーヒーローだったのだろうか。

 そのわくわくどきどきそのままの興奮が口から出る。

 

「かっっけぇぇぇ! なぁ、ひいじいちゃん!

 そのウニ7ってのは、どういう意味なんだ!?

 もしかして昔の日本に居た7人のスーパーエージェントのコードネームで、ひいじいちゃんのお父さんはその中でも最強の一人だったりするのか!?」


 だが、ひ孫の興奮もどこ吹く風。

 ナオキの曾祖父は、寂しげな顔で答えた。

 

「親父さんが死んだ場所だよ、ウニ7ってのはな……硫黄島って島の名前だったんだ」


 死の縁にしてナオキの記憶の線が繋がる。

 老人から出た鬼畜米帝の言葉、ならばまさかこの人は。

 この運命に呪われているとしか思えない状況を打開する解呪の呪文は。

 

「チンオモウニワガクワウソクワウソウクニヲハジムルコトクワウエンニトクヲタツルコトシンコウナリ!」


 自然と口から出たその言葉の意味をナオキは理解していない。

 だが、その言葉自体は一文字一句間違えずに暗唱できる。

 子どもの頃、ずっと遊んでくれたひい爺さんが毎日毎日言って聞かせてくれたそれは、かつての日本での教育にまつわる標語らしい。


 意味もわからなかったそれが日本を戦争に駆り立てた邪悪な呪文だと知ったのは小学6年生の時のこと。

 以来、ナオキの記憶の中からも黒く塗りつぶされていたその呪文が、今この生死の縁にて蘇った。

 

「……我臣民克く忠に克く孝に億兆心を一にして世世厥美を濟せるは此れ我が国體の精華にして教育の淵源亦實に此に存す」


 弱まっていく炎と殺気。

 ほっと一息をついたナオキの目の前にあったのは、死に物狂いの目にあいながらようやく手にした最強の炎の魔剣の見るも無惨な姿だった。

 刀身は炎で溶けて曲がり、あと数ミリで溶断されていたことがわかる。

 

「あの死に物狂いのダンジョン攻略が、俺の命を繋いだってことか。

 いや、違うな。本当に命を繋いでくれたのは……」


 未だ土の上の油が燃え盛る戦場の中で、呆然と空を見ている老人。

 呪文が通じた以上、この人がかつての日本兵であることは間違いない。

 だが、改めて見てもその顔はひい爺さんの家で見たひい爺さんの若い頃の白黒写真と瓜二つだ。

 まさか、この人は。

 

「じいさん、あんた、まさか……」

「頭冷やせぇ! 馬鹿男子ぃ!」


 突然背後から響く甲高く冷たい女の声。

 彼女が腕を振ると同時に巨大な氷が津波のように地を駆け、未だ力強く燃え盛っていた炎を凍らせていく。

 猛烈な速度で迫りくる数十メートルの氷の波を前に、ナオキとオウキは一瞬のアイコンタクトの後にその手を重ねる。

 

「「焼き尽くせ! アマテラス!」」


 最上級の氷魔法と最上級の炎魔法の衝突が、極大消滅を引き起こす。

 演習の様子を見守っていた政府高官たちが集まっていた場所は、ダバネの南東約105キロの砂漠の街。

 マルティ最大のカジノ街で知られたラストベガの最高級ホテルタワーの最上階ラウンジだった。

 

 今を去ること75年前。

 1950年、このホテルには観光の目玉とも言える一大スペクタクルショーが存在していた。

 今回の演習の舞台となったダバネ演習場は、核兵器の実験場として有名な土地だった。

 今でこそ信じられないかもしれないが、ここでは核実験の閃光と立ち上るキノコ雲を、プールサイドで水着の男女が大興奮でその眼に焼き付けていたのだ。

 やがて放射能を恐ろしさが広まり、核実験の回数も減っていく中、1992年の928回目の核実験を最後に公的にはこの地にキノコ雲が上がっていない。

 そしてこの日、2027年11月24日。

 ホテルのラウンジから、35年振りのキノコ雲を伴うスペクタルショーが観測された。

 



■次回予告

 落ちぶれた女神たちを集めて始まる異世界勇者達の現代戦デスゲーム。

 かつて冗談のような低レベルパーティで魔王を討伐したその転生者の得意料理は。

 

「はい! みんな、特製ケーキができたよ! これ食べて、魔王も倒しちゃおう!」


 そんな最強の能力強化バフを操るアマミは現代の地において。

 

「んー! お姉ちゃんのドーナツ最高!」


 8歳の少女にスイーツを与えるお守り役を授かっていた。

 

「我々科学者は、彼らの魔法を用いてさらなる科学と技術の発展を目指すべきなのだ!」

「科学的に利用する前に、魔法の科学的理解を深めるべきなのだ!」


 一方、転生者同士の激突が起こした大爆発は現代の科学者達を真っ二つに分断する。

 

「オカルトはよそでやってくれ」

「そもそも魔法がオカルトだろう。

 利用するにしろ研究するにしろ、我々は今後数百年そのオカルトと向き合わねばならない。

 それが嫌ならば今すぐ足を洗って電気技師にでもなれ」


 激論を交わし一触触発の科学者達の間に割って入ったのは。

 

「いい大人がみっともないことで喧嘩しないで!

 どっちの言ってることもわけわからないしし面白くないの!」


 8歳の少女と真面目な科学者達を巻き込んだドタバタ劇の最果てに、科学は魔法の正体へと踏み込んでいくのだが。

 

「えっと、これは私の元の世界で住んでいた国の神様の名前です。

 一番偉い神様で、太陽の神様なんです」

「太陽? 炎の神ではないんですか?」

「あっ」


 次回、最強転生者達の現代出戻り列伝、第六話「科学者とスイーツ」


「すみません、でもそれって、漫画の話ですよね?」

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