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第5話(1/2):炎王VS炎帝

 1945年11月。太平洋、小笠原諸島最南端、硫黄島。

 後の太平洋戦争屈指の激戦が行なわれ地獄と化す火山島である。


 この時既にマリアナ諸島は陥落し、B-29爆撃機による日本本土への空襲が始まっていた。

 帝国陸軍士官として砲兵隊を指揮する旅団長となったオウキは、同じ小笠原諸島内の父島駐屯を経て、先週に最前線の硫黄島へ転属となった。

 

 戦況が絶望的なことは一部隊隊長でしかないオウキにも理解できる状況にある。

 帝国軍人として御国のために尽くしたいという思い。

 自分よりも若く未来のあるはずの部下達を死なせたくないという思い。

 そしてなにより、自分自身もまた生き延び生まれて間もない息子と再会したいという思い。

 その3つがこれから始まるだろう地獄の戦いを前にして渦巻いている。

 彼女と出会うのは、そんなある日のことだった。

 

「あー、あの! えっと、はじめまして!

 フレイヤといいます! 転生の女神をやってます!

 あ、転生の女神っていうのは、多元世界の間の扉を開き、世界間のエントロピーのバランスを調整する公共事業で……

 あっ! これ言っちゃいけないことでした!

 ごめんなさい忘れてください!

 私、この仕事あなたがはじめてで……えっと、そのぉ……」


 赤髪の少女は、日本人には思えない顔立ちでこそあったが、鬼畜米帝の者でないことは確かだった。

 軍刀にかけた手を動かすことなく少女の話を聞く中でオウキは、彼女が八百万の神の一柱であること、されども彼女が御国の逆転勝利のための神風を吹かせる存在ではないことを理解した。

 

「つまり……私にここから逃げろ、と。そう言うのか?」

「あっ!? いえ、そういうわけじゃ……

 あれ? でも結果的にはそうなるのかな……

 あー、でもでも! このままここに残れば……」

「それはわかっている。

 私にも生きて子に会いたいという思いまでは拭えぬ。

 だが、お前の言葉に乗ってその異世界とやらに向かえば、子と会うことはかなわぬのだろう?」

「それは……そう、ですね……」

「それならば……」


 オウキの中に渦巻いていた3つの果たせぬだろう思い。

 そのうちの1つはここで選択を行っても変わらない。

 そして、この少女が神風を吹かせぬ以上、御国のために尽くすことも不可能だ。

 ここに残って戦いを続ければ確かに本土が米帝の魔の手に侵されるまでの時間を稼ぐことはできるだろうが、それもせいぜい1ヶ月。

 敗戦確実の状況にあっては、空襲に苦しめられる時間が伸びるだけではないのだろうか。

 だとすれば、残ったもう1つの思いは。

 

「……条件がある」


 そしてオウキは、悪魔との契約のためのペンを取る。

 



 希望の船、ノアズアーク。

 その大広間のモニターを見つめるほぼすべての女神が同時に息を呑んだ。

 

(ついに……異世界人同士が衝突する……!)


 一方的に怪盗Nへの敵意を燃やす陰陽師ハオラン。

 現代を舞台に怪盗と陰陽師はいかなる技を用いて戦うのだろうか。

 女神達には想像もできない。

 それもそうで、まさか氷の魔法を巨大な砲撃武器の連射に用い、宝箱や扉を解錠する呪文を暗号解読に用い、式神をプログラム化し、陰陽道を量子力学に用いるなどというこれまでの発想は、とても想像できない魔法の使い方だった。


 それらが彼女たちに驚きと衝撃を与えたのは事実。

 ここに至って彼女たちは、それまで理解できないとバカにしていたカップ麺を無限に出す能力で世界を救うなどという最近流行りのハズレ能力異世界転生の面白さを悔しさと共に認識する結果となっていた。

 

 しかし、盛り上がる彼女たちは決して傍観者ではない。

 このデスゲームは自分たちの進退がかかったギャンブルなのだ。

 実際、別室に連れて行かれた竜の女神は今どのような辱めを受けているのかは想像もできない。

 多くの女神が目の前の面白さに己を忘れて盛り上がる中、炎の化身である女神フレイヤは一人このデスゲームの主催である河の神の元を訪れる。

 

「何の用だ」

「ルールを、確認したいの」


 ふむ、と河の神は相槌を返す。

 この場における最高責任者である彼だが、神界の構造で見た時は中間管理職でしかない。

 上位の神々を楽しませるため、特定の女神に肩入れすることはできない。

 実際、上位の神々はどの女神が勝利するかの賭けを楽しんでおり、自分の行動ひとつでその結果が変わることは公営賭博の規定にも違反する。

 

 だが、より面白く状況を演出するのも自分の仕事。

 この対応で状況がさらに面白く加速するなら、神々も多少の規定違反にも目をつむるだろう。

 ここまでを考えた結果の河の神の譲歩。

 

「YESかNOだ」

「は?」

「YESかNOでのみ答えよう。

 それも質問は1つだけだ」


 河の神が全体の前で行った説明は最低限。

 戦いの勝利条件もそうであるし、別室に連れて行かれた女神がどうなるのかもわからない。

 聞きたいことは無数にあったのに答えてもらえることは1つだけ、それもYESかNOでしか答えが返らない。

 フレイヤは熟考し、意を決し1つの質問を口に出す。

 

「自分の管理下の別の異世界から、追加の転生者を送り込むことは可能?」


 その問いかけに河の神は若干の沈黙の後で、にやりと口角を上げて笑い。

 

「YES。だが……」


 彼が燃やしたい「おもしろさ」に対する追加の燃料投入の許可に至った、が。

 



 ユナイテッド・ステイツ・オブ・マルティ、通称マルティ合衆国。

 大戦の主戦場となった大陸から海を挟んだ大国は、この世界大戦への参加に消極的だった。

 不干渉を貫くマリリンルールを掲げ、呑気な平和を満喫するこの国にも、異世界の勇者が召喚されていた。

 

「ははっ。笑わせるぜ、何が異世界の勇者だ。

 ソード&マジックだろ? 子供だましにもならないおとぎ話だ!

 せいぜいサイコロを転がしてのドラゴンスレイヤーを楽しんでりゃいいのさ!」


 マルティ陸軍戦車大隊隊長は、これから始まる演習を前に余裕の笑いをあげていた。

 ダバネ演習場に集まったのは300台の重戦車。

 どれも90年代製造の型落ち品だが、異世界の勘違いマジシャンに現実をわからせるには十分な性能だった。

 

 この演習に対し、マルティ政府は2つの未来を見ていた。

 1つは戦車隊による勇者の蹂躙。

 型落ちの戦車で勇者を蹂躙したという結果は、異世界の勇者が戦争の情勢を変え、マルティが戦争に巻き込まれて劣勢に陥るかもしれないという国民不安の払拭に繋がるだろう。


 そしてもう1つは、勇者による華々しい勝利。

 それはマリリンルールに縛られ、呑気な平和に溺れた国民達の目を覚ます結果に繋がる。

 同時に旧式の戦車を一掃し、最新技術を用いた軍拡への道も開かれる。


 マルティ政府にしてみれば、本当の意味でどちらが勝っても問題ない。

 変わるのは、この先マルティが右に進むか左に進むかというだけだ。

 

 勇者はこの演習に挑むにあたって、たった1部隊だけ自分に協力するよう要請を行った。

 マルティ空軍ノーフォース連隊。

 ステルス性能を持たない旧型爆撃機は、もはや解体を待つのみの正真正銘の骨董品だった。


 確かに戦車は対空能力を持たないが、部隊には高射砲もある。

 何より当たらなければどうということはなく、それが演習の勝利を動かすことない。

 勇者はきっと見たこともない空飛ぶ鉄の船を無敵のメカドラゴンと勘違いしたのだと笑われた。

 

「やつは火の手品を使う! だが射程は限りなく短い!

 アウトレンジで砲弾の雨を打ち込んでやればそれでおしまいだ!

 全機、前進はじめ!」

「隊長! 爆撃来ます!」

「はっ! あんた高度で当たるものかよ!

 弾幕を張るまでもない! 無視だ無視!」


 遥か上空を飛ぶ型落ちの爆撃機の名はV-50。

 それは奇しくも、別世界の日本本土を地獄に変えたスーパーフォートレスのB-29の後継機として設計されたB-50のこの世界での姿だった。


 アメリカが第二次世界大戦を終え、朝鮮戦争を終え、新たな地獄としてのベトナム戦争に挑む頃には既に超音速実験機が完成し、ステルスの時代が始まる。

 結局B-50もこのV-50も、一度の実戦すら経験しなかった負け組、言うならば「ハズレ兵器」である。

 そんな空飛ぶ要塞の姿を見上げ、勇者は思う。

 

「俺のひいじいさんが言ってたな。

 東京大空襲の火の海にした悪魔の翼……」


 戦略爆撃機B-29が日本空襲に用いた武装は、それまでの爆弾とはまったく異なるものだった。

 木造の日本家屋を効果的に焼き払い、都市を火の海にするためだけに開発された原子爆弾以上の非人道兵器。


 それが焼夷弾である。


 焼夷弾は爆弾ではない。

 空中で油を飛散させ、それに火をつけることで文字通りの火の雨を降らせるというナパーム弾の一種だ。

 

「利用させてもらうぜ、鬼畜米帝とやらのアイディアをな」


 空飛ぶ要塞が戦場に、虹の橋を描いた。

 

「なんだありゃ? ん、この匂い……油か!?

 油撒いてんのか!?」


 V-50が空から撒いていたのは噴霧状の油だった。

 これに何の意味があるのかと首を傾げた隊長の顔が青くなる。

 

「ま、待てよおい! こんな戦場で火の手品を使われたら……

 いやいや! そんなの真っ先に自分自身がバーベキューだぞ!?

 勇者はクレイジーか!?」

「とか、程度の低いことを考えているんだろうなぁ」


 勇者が軽く目を閉じ詠唱を開始する。

 女神より最上位炎魔法を操るチートを手に転生し、魔王を一瞬で灰にした彼の異世界での異名は炎王ナオキ。

 当然ながら無詠唱での瞬間詠唱もお手の物だが、今回ばかりはただ単純に魔法を放てばいいというものではない。

 

「俺は炎を完全に操ることができる。温度も、範囲も。

 それは油の霧で包まれた空間内での連鎖的燃焼現象のコントロールも可能ってこと。

 俺の周辺は燃やさず、それでいて目の届かない範囲にまでも炎を届ける。

 射程が短い? あぁ、そのとおりだ。

 だからこその考えようだろうよ。

 チートってのはなぁ……」


 そして目を見開き、腕を振るい。

 

「頭使って最大以上の効果を出してこその! チートなんだよぉ!」


 放たれた炎は霧状の油に引火し、大爆発と共に戦場を包んでいく。

 かくして戦いは一瞬で終わった、かに思えた。

 

「ファック! クレイジーブレイザー!

 やつもこの火の海でも無事ってわけが……は?」


 火に包まれ停止した戦車の中から死に物狂いで逃げ出す隊長は、自分の目を疑った。

 燃え盛る地獄の中で見たものは、涼しい顔で平然と歩く白髪の老人の姿だった。

 

「今度はゴーストか!? 何者なんだよあの爺さん!」


 老人の手は小刻みに震えている。

 

「忘れもしない、何度も屈辱で見上げた飛行機の形、そして油の匂い……

 これが噂に聞きし焼夷弾か……おのれ……おのれ鬼畜米帝め!

 世界を変えどもその血の色は変わらぬか!」


 怒りに燃える白髪の老人が杖を天にかざし、なにやら詠唱をはじめる。

 

「おいおい……どういうことだ?

 誰なんだよあの爺さんは……!

 一体何が起きてんだこりゃぁ……

 いつからダバネに映画スタジオができてたんだよ!?」


 2027年11月24日。

 怪盗Nと陰陽師ハオランの対決よりも早く、異世界の勇者と勇者がマルティの地で衝突する。

 



 フレイヤは自らを棚に上げ、神々の性根の悪さを愚痴った。

 

「なぁにがYESかNOしか答えないよ!

 その後でつらつらと条件を語ってくれて!

 ルールだルールだって言うけど、どう考えたってその場で作りましたってのが見え見えなのよ!

 ホント最悪! 私達が立場の弱い地方公務員だからってバカにして……!」


 と、怒りの愚痴はそこそこに、咳払いを1つ挟んでフレイヤはその久しい世界との間の扉を開いた。

 

「邪魔するわよ!」


 空間を裂いて突然現れる女神フレイヤ。

 しかし、目の前の老人は狼狽もせず落ち着いて読んでいた本を閉じた。

 

「これはこれは誰かと思えば……いつぞやの女神ではないか。

 硫黄島で見た時のままの若き姿、なんとも羨ましいものだ。

 だが……あの時とは印象が変わったな」


「そりゃそうよ。

 80年もすれば女神だって変わるわ。

 歳だってもうすぐ四千……いや、ごめん。

 忘れてちょうだい」

「そうして口を滑らす癖は変わらず、か」


 くくくと笑う老人にフレイヤはため息をつく。

 

「あんたは私がはじめて転生させた勇者だからね。

 ま、無事魔王を倒してくれたことは感謝するわ。

 それで? いっしょに転生、いや、転移させたやつらはどこ?」


 老人の笑いが、消える。

 

「……神々とはやはり言葉が通じぬな。それもそうだろう。

 数千年を平気で生きるお前たちと私達では、80年の意味も異なる。

 お前の力で異界人の子どもへと転生させられた私は今年で齢86だが……

 世界を救ってやる条件としてあの地獄よりそのままの歳で転移させられた部下達なら、もう皆往生しておるよ」

「あぁ、そういえば人間の寿命ってその程度だったわね。

 ま、安心してちょうだい。

 部署は違うけど、一応知り合いに声をかけてあるわ。

 詳しいことは職務規定で話せないけど、地獄に落ちてないことだけは教えてあげる」

「それはなにより」


 老人に再び優しげな笑みが戻りかけるも、ふと気付く。

 

「いやしかし。

 神ともあろうものがこんな老人と世間話をしにきたわけではあるまい。

 此度は何用か?」

「あぁ、そうだった。実はね……」


 そうしてフレイヤはデスゲームの話を伝える。

 老人は神々の醜悪さにため息をつきつつも最後まで話を聞き終えた。

 

「それでこのような老いぼれに、まだ戦えと申すか」

「そうね。私も最初こそそれは酷だと思ったのよ。

 何よりあんたは、私の初仕事だったわけだしね。

 こう見えていろいろ心配してたのよ?

 あんたが魔王を前にして死にそうになった時も……」

「あぁ、あれはお前が」

「……やば。忘れて忘れて。

 今でもバレたら私クビじゃすまないから。

 ともあれ、普通に戦わせるとなったらさすがにあんたは選ばない。

 ちゃんと最近担当したばかりの若い子を選んだわ。

 でもね、どうやらこのゲーム、単純な強さで決まるわけでもないみたいなのよ」

「で、あろうな」


 氷の魔法を戦艦の主砲の連射に使ったという話はかろうじて納得できたが、その先はまるで理解が及ばなかった。

 しかし、遥かな未来で魔法がまともな形では役立たずになっていることは想像ができた。

 

「そういうアイディア勝負ってなると、やっぱり年の功って言うじゃない?

 悪いけど、あんたの知恵、貸しなさいよね。

 それにね、私も結構な数を異世界に送ったけど……

 何の因果か、最初に送ったあんたが一番強いのよ、炎帝オウキ」


 そう言われてオウキは目を瞑る。

 齢86ともなれば、最近はもう体のいろいろなところにガタが来ている。

 若い頃魔王を倒した時のような大立ち回りはもうできまい。

 だが。

 

「……部下たちは地獄には落ちていないと言ったな」

「そうね」


 彼女には部下を救い、成仏まで導いてくれた恩がある。

 しかしそれは裏を返せば、人質を取られているとも言える。


 神々の性根は醜悪である。

 それは当然、この女神も同じだろう。

 

「よかろう」

「ほんと!?」

「うむ。それに、既に若者を一人向かわせているのだろう?

 その若者と協力し……」

「あ、それなんだけどね」


 フレイヤは顔をしかめつつ、河の神の言葉を思い出す。

 

『YES。だが……』

『だが? 何よ、YESかNO以外も答えるじゃない。

 はいはい、それで?』


 河の神は邪悪に口角を上げたままフレイヤに囁く。

 

『ゲームの勝者はあくまで一人。

 それは女神一人ではなく、勇者一人だ。

 同じ担当勇者だろうが……殺し合ってもらうことには変わらぬ』


 それが異世界最強の炎魔道士となった炎帝オウキと新世代の炎魔道士、炎王ナオキの激突に繋がるのだった。

 つくづく神々と人間の間に、言葉は通じないのだ。

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