最終話(1/2):そして魔法はいつの日か
宇宙局は最高機密を公開する。
この世界の宇宙開発と月面着陸は、すべて魔王ローズベストのためにあった。
慎重な魔王が絶対の安全を求めた場所は核シェルターではなく、月の裏だったのだ。
「どうやってあそこまで行くんだ?」
「ロケットを打ち上げれば……」
「それも向こうからの妨害がなければの話ね」
ホワイトハウスに集まった9人の勇者たちは頭を抱える。
宇宙開発は超精密作業だ。
向こうから妨害されればどうしようもない。
それに、月に行く技術はあってもロケットはない。
あるにしても用意には時間がかかる。
もしもその間に魔王が何かしらの手を打てば、今度こそ終わりかもしれない。
「流石に宇宙まで行けるチートなんて、持ってるやつは……」
「失礼。遅ればせながら、協力させてほしい」
白いコートの少女を隣に控えさせ、10人目の勇者が現れた。
弓の蛮族ネクト。
この世界に来てはじめて空を見上げた時、彼は月の違和感に気付いた。
そして出会ったサ連の天才指導者リンにのみその秘密を共有。
リンは理由を伏せた上でサ連の鎖国を宣言し、宇宙開発に国力のすべてを注ぎ込んだ。
再び世界との国交を開始したサ連のロケット開発基地に向かう大陸横断鉄道に乗る勇者たちと、全世界の科学者達。
だが事情を知っている者たちは不安げな表情を残している。
「なんか不安事でもあるんすか? マリアさ……げふん。
ま、マリア?」
敬称を抜くことに未だ抵抗があるNはもう童貞ではない。
一方のマリアの表情は暗い。
「有人月面着陸を成功させたのは未だにマルティだけ。
本当にこの2年でサ連が技術革新を成し遂げることができたのか。
失敗が許されないこのプロジェクトを任せても本当に良いのか。
成功例0のサ連と、少なくとも1であるマルティを比べるなら……」
「確かにそう思いますよね。
でも、僕らが使用するのはロケットではないんですよ」
二人の前に現れたネクトは、列車の外を指さした。
「見えます?」
「なにが?」
「……すみません。つい自分の感覚で。
あと数十分もすれば見えてくると思いますよ。
僕達の、技術の結晶が」
首をかしげつつも指が指された方向を見ていたNは数十分後、空に引かれた黒いアーチに気付いた。
「な、なんだあれ……吊り橋?
いや、いやいや! でかっ! でかすぎんだろ!?」
「あれがサ連の、ロケット発射場……?」
「正確には、僕の『弓』です」
数日後。突貫作業の末にサ連のロケット、いや、矢の先に有人ブロックが搭載される。
「本当に私達、これで飛ばされるの?」
「うーん……」
疑いの目を向ける氷の魔女キリアと炎王ナオキだが、剣聖リョウは成功を疑っていなかった。
「大丈夫だって。
多分これが一番成功率がたけぇよ」
ウォッカを煽って顔を赤くするダメなおっさんにしか見えないリョウに、キリアは呆れと同時に一応とばかりに質問を返す。
「なんでそう言い切れるのかしら?」
「まぁ、お前ら魔法使いには実感がねぇと思うけどさぁ。
剣のチートで異世界を冒険した俺にはわかんだよ。
武器に関するチートを受ければ、その武器種は全部装備可能だってことがな」
「それはそうなんでしょうけど、それで?」
「わかんねぇかなぁ。
あのガキ、言ったろ? これはロケット発射場ではなく弓だって。
弓であるなら、あれは装備可能だってことなんだよ。がはは」
再びウォッカを喉に流し込むリョウの言葉は、二人にはとても信じられない。
「百歩譲ってあれが弓だとしてさぁ。
引けるのか? あの弓」
「無理ね。
全長10kmの弓の弦なんて、人間の力というか、人間の体重じゃびくともしないでしょ。
物理とか以前に常識からやり直す必要があるでしょ」
「……いや、でもよ」
ナオキは顎に手を当てつつ、結論を述べる。
「俺達が常識を語るのは、どうなんだ? 魔法は、『ある』んだぞ」
そう言われてしまうとキリアに反論は、できなかった。
「がうっ! がう!」
「よっしゃ! 行くぞぉ!」
6人の最終パーティに選ばれなかったサトルはヒグマのV2と相撲を取って遊んでいた。
誰もが知るヒグマのパワーだが、同時にヒグマは非常に賢い動物でもある。
事実、現実のヒグマは自分の足跡の上を歩いてハンターの追跡を撹乱したり、中には銃撃による傷に対して薬効成分のある野草の葉を当てて回復効果を狙う個体も居るというエピソードがまことしやかに語られている。
そんな彼らが自分と人間のパワーの差を学び、その間でスキンシップとしての遊びを行うという概念を学べば、このような何も知らない人が見れば肝を冷やすような行動も可能になるということだ。
尤も、それが人とヒグマにとっての幸せなのかはわからないが。
「くそーっ! もう少し手加減しろよぉ!」
「がうぅ!」
「はいはい。わかったわかった」
己の勝利を主張するV2にサトルは支給品のタバコを投げる。
ヴォイテクがそうであったように、V2もタバコを好む。
といっても、人間のようにライターで火をつけて吸うわけではない。
ヴォイテクもV2も、タバコを葉巻ごとむしゃむしゃと食べてしまうのだ。
なお、言うまでもないだろうが体にはよろしくないため、間違っても動物園やクマ牧場の個体にタバコを投げてはならない。
「といっても、ずっといっしょに過ごせるわけじゃないんだよなぁ……」
「何言ってるのよ。最後まで責任持つのは飼い主の勤めでしょう」
当然の道理を解くシュウカ。
だが、彼女もV2を犬猫のようなペットと同じように飼うことはできないことは理解している。
「一応、何箇所かの動物園が引き取りを申し出てくれたけど」
「勇者のクマだしな。最強チートの客寄せパンダだ」
「まぁそれも、この最後の戦いに勝った後の話ね」
やれやれと手を広げるサトルの横を、泣きながらクズハが駆ける。
「ハオラン様ぁぁ! 役立たずだからと捨てないでくださいませぇ!」
それを横目に今度はシュウカが呆れ顔になる。
「百歩譲ってV2が動物園に送られることはあっても、あなたはありえないでしょうに」
「イチャついてるだけだろあれ。知らんけど」
そんなクズハが泣くにはそれなりの理由があった。
「えっ? 必要ない?」
「そうね。今回のプロジェクトに複雑な軌道計算は必要ないわ。
ありがとうね。ハオランさんにもよろし……ニキーゼ!
物に当たる癖はやめなさい! ヴォルコは無茶しない!
セフシュー! 現実逃避にお墓の設計図を考える暇があったら最終調整に手を貸して!」
技術者達に忙しそうに指示を飛ばすレニに協力を申し出るも門前払いを受けたためだ。
本来なら、ロケットの打ち上げは地球の自転や重力の影響をはじめ、気の遠くなるような計算が必要なはずなのだが。
「なるほどな。
それはつまり、僕が君に勝てる理由がわからないのと同じ理屈さ」
唐突に抱きついてきたクズハの頭を撫でつつ、ハオランが呟く。
「チートは、原理を伴わない」
今回のロケット打ち上げ。
そのすべての計算は、射手ネクトの勘で行われるのだ。
「射出は76時間後にセットする」
「いや、もう1時間と12分早めてほしい」
「わかった」
発射シークエンスを調整する魔勇者王ルテス。
本来その設定には複雑な計算が必要となるだろうことを理解している彼も、射手ネクトの言葉には疑問を挟まない。
「険しい顔をするな、人間も」
「……外すわけにはいかないからな。この狙撃は」
険しい顔のネクトが何かの匂いにつられて右手を伸ばす。
その手に取られたのはアプリコットで彩られたバターケーキ、ユビレイノエだった。
無意識的に口まで運ばれた瞬間、ネクトの表情が変わる。
「美味しい」
「そうでしょうとも! やはり疲れた人間には糖分が必要なのです!」
どや顔を誇る魔法のパティシエアマミを前に、ネクトはバターで少しべたついた手を見つめ。
「すまない。僕の筋力が少し上がった気がする。
あと15時間38分早めてくれ」
「まことチートは恐ろしいな。親父があっさり死ぬわけだ」
「そうですよ! チートは恐ろしいかもしれませんが、安心です!」
「安心?」
首を傾げるルテスの前に、山盛りのユビレイノエが差し出され。
「どれだけ食べても太りません!」
ルテスもまたチートデイを楽しむのだった。
そしてついに人類存亡を賭けた矢が今放たれる。
「アマミのスイーツがあれば矢のGと真空には耐えられる。
一度月に行けさえすれば、ファストトラベルの転移魔法で帰還は可能。
あとは……」
「魔王を倒すだけ。頼んだわよ、蛮族さん」
先端に乗り込む最終パーティを笑顔で見送るネクト。
大仕事を任された彼には、わからない。
何故この巨大な弓を人間の力で引くことができるのか。
何故複雑な計算をせず矢を的に当てることができるのか。
だがただひとつ。
それでも自分が確固とした成功を信じる自信を持つ理由だけはわかっていた。
(魔法は、イメージ)
火魔法を使うためなら火を、氷魔法を使うためなら氷を。
それぞれの事象を深く観察し、理解し、その現象をリアルにイメージすることが必須だ。
魔法なんてあるわけがない。
そう考える者は絶対に魔法を使えない。
ただ、「出来る」と信じること。
誇大妄想でも構わない。
それだけが、魔法使いの才能なのだ。
自分が何故魔法が使えるのかなんて、知らなくていい。
だって僕らは、確かに魔法が使えているのだから。
(そうだ、僕にはもう見えている)
目を瞑り、その景色を想像する。
月にこの一矢が届いた瞬間を。
超常の視力を持つネクトの目は、目的の月を捉えている。
だがしかし。
(物を見るのに必要なものは、視力じゃない)
走り出したネクトは知っていた。
必要なのは視力ではなく。
「想像力だ」
助走をつけて跳躍するネクト。
上空500mまで一気に飛び上がったネクトは、片手でその巨大な弦を掴む。
「すげぇ! 本当にあの弓を引いてやがる!」
「まさにチートね」
そのまま落下と同時に弓を引き絞るネクト。
手を離すべきタイミングは一瞬の誤差も許されない。
「いっけぇぇぇえええ!」
超音速ジェット戦闘機、フッケバインの開発過程で生まれた対Gスーツ。
その技術とスイーツ、そして、地上から限界まで行使された重力魔法が6人の勇者を守る。
片道59時間20分。
6人の勇者は月面に立つ。




