第14話:魔王と核
マルティ首都、ウォーシントDC。
大統領官邸ホワイトハウスの地下600m。
その狭い核シェルターが魔王ローズベストの城だった。
魔王としての能力こそ最強と恐れられた存在だが、歴史の影に潜むことに尽力した結果、配下の戦力として使用できる魔物はこの世界には存在しない。
だが彼は、今この世界で間違いなく最強の力を手にしていた。
「魔王の力、思い知れぇ!」
次々に押されていくスイッチ。
それは、マルティ大統領にのみ押すことのできる核兵器の発射ボタンだった。
何度も言われた通り、魔王といえども核を打ち込まれれば死ぬ。
だが、核シェルターに引きこもるローズベストに核は通用しない。
そんな魔王が、マルティ合衆国大統領の権限を利用して、逆に核兵器による攻撃を敢行したのだ。
人類最強の炎、核兵器。
現代においてその弾頭は、果たしてどこに隠されているのだろうか。
その答えが、海の中だった。
現代において世界の海を支配するマルティ。
その海に潜む潜水艦が、核弾頭の隠し場所となっているのだ。
「艦長! 大統領命令でこそありますが、もはや戦争は終わりました!
核兵器の使用は、非人道的であると考えます!」
「そのとおりだ。そのとおりではある。
が……我々は軍人だ。
軍人が上官の命令を無視することは、決して許されんのだ」
苦渋の決断を下さざるをえない立場に座らされた潜水艦艦長。
沈黙が司令室を覆う中、通信士が叫ぶ。
「ソナーに感あり! ゲルミル型潜水艦、ゲランです!」
「核ミサイル発射急げ! 並行して対潜水艦戦用意!」
焦りが走る船内。
既に停戦条約は結ばれており、ゲランがこちらに攻撃することは許されないはず。
そもそも広大な世界の海の中でどうやってこちらに気付いたのか。
その答えは。
「だから人類はサンゴ礁を守る必要があったということだな」
太極図を睨み、深海に潜むマルティの潜水艦の場所を次々に暴いていく陰陽王ハオラン。
深度300mを超える深海に存在する深海サンゴは海底にその足を接触させている。
陰陽道における龍脈は、必ずしも地上を流れるものではない。
レイラインとも言われるその線は、まるで光ファイバーケーブルのように世界の海にまで伸びているのだ。
「あの日、虎の子の潜水艦艦隊を逃した意味がここに示される。
全艦、対潜水艦戦闘用意!
ゲラン人として、あのシュヴァルツヴァルトの惨劇を繰り返すわけにはいかん!」
潜水艦同士の戦闘が始まろうとする中、マルティ側に焦りが広がる。
「何をしている!?」
「ソナーが効きません! まさか、ハッキングを!?」
「バカな!? 物理的にありえん!」
「し、しかし……この音は……鈴の音?」
電子の式神クズハ。
その真骨頂がこの戦闘で発揮される。
衝撃で揺れる船内。始まる浸水。
「ダメです! 沈みます!」
「……いや、これで……これで、良かったのかもしれん」
とはいえ、すべての潜水艦を核ミサイル発射前に沈めることは不可能だった。
いくつかのミサイルは発射され、世界各国の首都に向かっての無差別攻撃をはじめていく。
しかし。
「ふはははは! なぁにが魔王だ!
魔王はこの私、ルーデンただ一人だぁ!」
黒いカラス、フッケバインが空を舞う。
もはや天然のチートでしかないその操縦技術を持って、放たれた核ミサイルを次々に撃墜していく。
「これで3発! どうした勇者! ここでも私に勝ちを譲るのか!?」
「ふざけんなこのチート野郎ぉ!」
「本当にチートってクソね」
稼働状態にあるフッケバインはたったの2機。
そのたった2機が今、世界にとっての最強の盾となっていた。
「よし。扉開くっすよ」
大統領以外開くことのできない核シェルターの鍵。
それも当然、怪盗Nは一瞬で解錠してしまう。
最強の魔王との戦闘を前に、地下600mへのエレベーターの中で異世界の転生勇者達はアップルパイを補給する。
「まさかこの現代で私達が魔王討伐をすることになるとはね」
氷の魔女キリア。
「最強だがなんだか知らんが、こっちは異世界オールスターだぜ?」
炎王ナオキ。
「俺は扉だけ開けたら帰るっすよー」
怪盗N。
「そ、そんなこと言わないでくださいよぉ! ほら、マリトッツォもありますからぁ!」
魔法のパティシエアマミ。
「そのとおり。魔王を倒すことが勇者の定」
魔勇者王ルテス。
「やれやれ。おっさんには辛いねぇ」
そして勇者の剣を持つ剣聖リョウ。
この6人が、最終パーティーだ。
エレベーターが止まり、Nがドアを開く。
目の前に広がった空間に人の姿はなく、世界地図上に光る赤い点が順々に消えていく様が確認できた。
「こいつぁ、まさか……」
「全世界に配備された核ミサイルのリアルタイムデータね」
突入した6人には、実際に核ミサイルが着弾してしまったか否かを知る術はない。
陰陽王ハオランが指揮する潜水艦艦隊と、空の魔王と魔物使いによる2機の超音速戦闘機を信じる他なかった。
だが少なくとも、次々に赤い点が消滅していく様には胸が撫で下ろされる。
「ん? あれ、ここ……日本だよな?」
「正確に言うなら扶桑。この世界での日本ですね。
しかし、確かにここは扶桑国内です」
「おかしんじゃねぇの?
日本っていえば、作らず持たずに持ち込ませずが加わった非核三原則が有名だろ。
なんで国内に核ミサイルが隠してあるんだ?」
「……聞いたことあるっす。
都市伝説めいた噂ですけど、近年になって事実だったとわかったとかいう。
太平洋戦争の後、全世界に核兵器を隠したアメリカは、日本にも1発の核弾頭を潜ませていた。
その場所は、まさかの東京都内。
とはいえ、電車の東京駅から南に離れること986km。
東京都小笠原村……」
『よく知っているなぁ、流石は異世界の転生者と言ったところか』
モニターに姿を現した声の主は、ただの老人にしか見えないような顔をしていた。
異常なのは、その顔がまるでお面のようについているだけ。
首から下は巨大な魔物。背中には巨大な羽が生えている。
人間に化け、世界を破滅に進めた最強の魔王、ローズベストだった。
「きもっ……」
「俺に向けて言われたわけじゃないって頭じゃわかってんだが、なんだか心が痛むんだよなぁ。
これがトラウマってやつなのか?」
軽口を吐くリョウだが、額から冷や汗が流れる。
画面に映る魔王。
それはつまり、ここに魔王がいないことを示している。
「てめぇどこにいやがる!」
「くくく……絶望の怨嗟は心地よいな」
「なんですって?」
「虎視眈々と整えた世界を滅ぼす核の炎。
あれだけの力ですべて防げるとでも慢心したか?」
モニター上に青い点が灯る。
それは、世界中で防衛に当たる各国の潜水艦と2機のフッケバインの場所を示していた。
「わかるか? お前たちのイージスの盾の隙間が!」
魔王が指差す先。
それは、他の場所とは離れた1点。
先程の話題にあがっていた日本の南の孤島だった。
「やっ……やめてくださぁい!」
「ふはははは! 忌々しい極東の島国に向けて放たれる核の火を見よぉ!」
切り替わるモニターは青い海を示していた。
東京都小笠原村、父島。
そこに隠された核ミサイルが……
「…………」
「……どうしたの?」
カメラはただ平和な島の様子を映すだけで何も変わらず。
「な、ど、どうなっている!?
こんな辺鄙な場所にお前達の仲間がいるはずが……」
その瞬間。猛烈な炎がカメラを焼き尽くした。
その見覚えのある炎に、炎王ナオキはほっと安堵のため息をはく。
(やっぱり、ヒーローだよ。俺の曾々祖父ちゃんはさ)
わなわなと肩を震わせるローズベスト。
怒りのあまりにモニターの向こうで机を叩く。
衝撃で机の上のペンが飛びあがり、背中から羽が数本抜け落ちた。
「だが無意味だ!
貴様らには私の隠れる場所などわかるまい!
勇者とはいえ所詮は人間! いずれ死ぬ!
私は貴様らが老いて死んだ後に世界を手にするだろう!」
魔王ローズベスト。
その恐ろしさは極度なまでの慎重さにあった。
お約束的にはここで慢心し居場所を喋ってしまうもの。
だが彼はそのような愚行を犯さず、これ以上の会話でヒントを出すこともしなかった。
「あっ! この野郎待ちやがれ!」
消えるモニター。
魔王の居場所を示すものは何も無い。
かに思えたが。
「まぁ、おっさんにはお見通しなんだよなぁ」
剣聖リョウはにやりと笑う。
既に齢40歳を越えたおっさんは、その動画を何度も見ていたのだ。
「どういうことだよおっさん! ヤツはどこにいる!?」
「あの画面の中で、ペンと羽が同じ速度でゆっくりと落ちたな。
やつが居るのは……月だ」
アポロ計画。
全世界の人々を魅了した月への挑戦。
そこで宇宙飛行士が落としたハンマーと羽が同時に落下する様を、彼は覚えていた。
■次回予告
最強の魔王を倒すため、最強の転生女神達を集めて挑む決戦。
月へ向かうための射手は矢をつがえる。
「本当に私達、これで飛ばされるの?」
「弓であるなら、あれは装備可能だってことなんだよ」
「百歩譲ってあれが弓だとしてさぁ。
引けるのか? あの弓」
「無理ね。
全長10kmの弓の弦なんて、人間の力というか、人間の体重じゃびくともしないでしょ。
物理とか以前に常識からやり直す必要があるでしょ」
「……いや、でもよ」
「俺達が常識を語るのは、どうなんだ? 魔法は、『ある』んだぞ」
月面に到達する矢。
しかし魔王を滅ぼすための勇者の剣は覚醒しない。
「月に雷が落ちるはずもなし、か。
お前さんが動かした核融合炉でも出力が足りん。
そんな力がここに……」
「ある、かもしれない」
次回、最強転生者達の現代出戻り列伝、最終話「そして魔法はいつの日か」
「チートは、原理を伴わない」




