第13話:剣と核融合
多次元世界の低エントロピー状態維持のための公共事業としての転生業。
その生まれは今から80年前に遡る。
初期は神々も女神達も手探りであり、その中では転生者に対してかなりの無茶を要求することも少なくはなかった。
「これが……勇者の剣」
「そうです。あなたのための剣です」
「私達二人で作ったんですよー」
その神々しい剣を手にする勇者。
確かに他の剣にはない物凄い力を感じる。
「これがあれば、最強と言われたあの魔王を倒せるのか……?」
その疑問に二人の女神の表情が曇る。
「はい。それは、間違いなく」
「でもごめんなさい。
私達二人の力をあわせても、この世界の魔王を倒すためには……」
「代償が必要なんだな」
意図を察する勇者。
だが勇者の決意は本物だった。
「構わない。
魔王を倒し、世界を救うためならば。
俺はどんな犠牲も厭わない。
言ってくれ。俺は、何を捧げればいいんだ」
文字通り、すべてを投げ出す覚悟を決めた勇者の表情を前に、二人の女神は視線を合わせ、数十秒の沈黙の後で深く頷いた。
「「あなたの命です」」
そして雷鳴の勇者エドリックは伝説となった。
だが……
ざわつく女神達を前に壇上に登った河の神は真実を語り始める。
「その通り。これはただの神々の遊びではない。
最強の魔王、ローズを倒すことが目的だ」
魔王ローズ。
転生業の黎明期に現れた最強の魔王。
もはや神々が直接介入行う他ないかと思われた脅威を打倒したのは、当時新人だった剣の女神と雷の女神の二人だった。
「嘘よ! ローズは倒したわ! 私達が……」
「その実績もあって、当時天界でビニール傘が大流行したじゃないですか!
こうやって!」
手元のビニール傘を逆手に握る雷の女神。
そんな二人に河の神は忌々しげな視線を向ける。
「そうだ。お前たち二人はローズを倒してしまった。
正確に言うならば、倒したと思わせるほどのダメージを与えてしまった。
それがすべての始まりだ」
「倒しきれて、いなかった……?
それなら、あの方は……エドリックさんは……」
「あぁ。無駄死にだ。
お前たちが、無駄死にを強要した」
「そんな……」
ばさりとビニール傘が床に落ちる。
失意に沈む二人を無視して河の神が続ける。
「最強の魔王ローズは、中途半端に追い詰められたことによってさらなる成長を果たす。
奴が覚えたのは、度の過ぎた慎重さだった。
最強でありながら決して人前に姿を見せず、それどころか魔物を生み出すこともせず、徹底して神々の目を欺いて世界を破滅へと向かわせた。
そして千年の時を経て、この未来の異世界がある。
この異世界の滅びが、世界の滅びへと広がる」
「未来の異世界……なら、あなたは……」
「ああ。私は……未来の神の生き残りだ」
衝撃の告白にざわつく船内。
そこで一人の女神が手をあげる。
「何故、私達を集めたの。
デスゲームだなんて嘘までついて」
河の神を睨みつける炎の化身フレイヤ。
彼女の目での訴えに河の神は嘲りを返す。
「では、今トップを走る女神達に、あいつが倒せると思うか?」
ハズレチートが持て囃される文化が進んでしまった今。
くだらない能力で最強の魔王を倒すことなど到底不可能。
それは間違いない事実だった。
熱帯雨林の奥の村から勇者の剣を手に帰還した剣聖リョウ。
彼は村で見聞きした事実を伝えるため、マルティに滞在していた氷の魔女、キリヤの元を訪れる。
「これが勇者の剣……」
「持ってみるか?」
「お借りするわ」
片手で軽く握られた剣をキリヤが何気なく受け取った瞬間。
超常の重さが彼女の片腕にのしかかった。
「これ、何でできてんの?」
「わからん。だが、こいつを持てるのは剣スキルを極めたやつだけだ」
「あなたにしか振るえないってわけね」
「いや、俺にも振るえん。
この剣を振るうには、2つのチートが必要だ。
1つは剣。そしてもう1つは、雷だ」
雷のチート。
それを聞いた瞬間、キリヤは手元のモズローレポートをかき集めて読み直し、やがて首を振る。
「なら、この世界でその剣は使えないわね」
「いないか」
「えぇ。この世界に、雷魔法のチートを受けた転生者は現れていない」
キリヤは机の上のマフィンを一口かじり、もう一度剣を手に取る。
今度は両手でどうにか持つことが出来たが、やはりこれは単純な力は装備できないもののようだ。
「あのー……ちょっといいですか?」
おずおずと手をあげたのは魔法のパティシエアマミだった。
「雷のチートは、何故必要なんですか?」
「村の伝承曰く、最強の魔王を倒すためらしいが」
「それってつまり、物凄い電気を流せればいいってことですよね?」
「そうなるんだろうが」
「なら、それ。今ここで作れませんか?」
そういってアマミが向いた先では、チートの力を借りた人類科学を革新させる実験が始まろうとしていた。
リバース・フローレン国立研究所。
その中央実験エリアに作られた、核融合発電炉である。
「もう一度説明します!
核融合炉の稼働に必要な物、それは、超高温です!
核融合は宇宙では太陽で行なわれている現象であり、そこでは1600万℃、2400億気圧のエネルギーを用いて行なわれています!」
マルティに現れた二人の転生者、炎王ナオキと炎帝オウキに対して、量子理工学主任エドガーが説明を続ける。
「核融合発電は、一度稼働が始まればあとはほぼ無尽蔵なエネルギーを受け取ることができます!
しかし、それだけの点火を行うだけのエネルギーがそもそも存在していないというのが現状です!
地上での温度にして、理論値では1億8000万℃!
お二人の力で熱を高め、この核融合炉を点火していただくのが今回の実験の目的です!」
アマミの作ったおはぎを頬張りつつ、二人は魔力を高めていく。
「それにしてもよく協力する気になったな、爺さん。
ここは鬼畜米帝の研究所だぜ?」
「お前が生きる未来に、その名が残されていないことは理解したつもりだ。
それに……見ること決して叶わぬと諦めた曾々孫の頼みだからな。
世界にはこんな奇跡もある。長生きもしてみるものだな」
「それはうれしいね。
俺もまさか、曾祖父さんから聞いた憧れのヒーローに会えるなんてな」
「……敵性言語は好かぬ」
「それはすまないな。英雄だよ。英雄」
「英雄、いや……英霊か。
私は未だ、靖国には戻れておらぬのに」
目を閉じて過去の記憶に思いを巡らせるオウキ。
その目には、まだ言葉も話せない赤子だった曾孫の顔が思い浮かんでいた。
「ナオトは……よく育ったか」
「あぁ。最高の曾祖父ちゃんだった」
「そうか」
これまで無意味に生きてきた人生が、この瞬間。
ついに肯定されたような感覚を覚えた。
「それで、よかったらだけどさ。
この実験が終わったら、この世界の日本で俺と……」
だがオウキはその提案に首を振る。
「私は生きすぎた。
己の時間がもうわずかしかないことも理解している。
その最期を曾々孫に看取らせることには……恥を覚える」
「恥なんてそんなことねぇよ! 人間は誰だって死ぬ!
何も恥ずかしいことじゃねぇ!」
そう訴えるナオキの頭に、オウキは優しく手を乗せた。
「すまぬな。ただの、意地だ。許せ」
ナオキはその頭に載せられた枯れ葉のような手を握り、涙を流す。
「汚ねぇよ、そういう言い方……」
「そうだな。そうだろうな」
オウキの胸にも熱い思いがこみ上げる中、実験場にブザーが響いた。
「では、勇者様方! お願いします!」
二人は一度手を離し、正面から見つめ合って無言で頷いた。
「そういえばまだ理解していないのだが。
これが完成するとどうなる?」
「世界のエネルギー問題が解決する。
もう石油を掘る必要もない時代が始まるんだ」
「ならば、戦争も……終わるな」
「あぁ。間違いなく」
二人の魔力が腕に集中していく。
「なら、戦争を終わらせるぞ! 炎王!」
「おうよ! 遅れるなよ、炎帝!」
そして戦争を終わらせる最後の魔法が放たれる。
「炉心内温度上昇! 1億℃を突破!」
「いけるか!?」
「1億2000……1億3000……臨界まであと5000!」
炉心温度と共に上昇していく観測室内の興奮のボルテージ。
飛び込みの剣聖リョウの胸も高鳴る。
だが、温度上昇のグラフの角度はある程度で平行線に近付いてしまう。
「1億7800……7700……7750……」
「ダメだ! エネルギーが少しだけ、あと少しだけ足りない!
君たちは炎魔法の覚えがないのか!?」
リョウは申し訳無さそうに首を振る。
「俺は魔法はからきしだ」
「中級止まりですが、私の力がお役に立てるなら!」
マカロンを口に頬ったアマミが実験場へ駆け出す。
二重の扉を順々に開かれ実験場に飛び込むアマミ。
外から見守るリョウとキリヤは、扉から流れてきた熱で実験場内の温度がとても人間には耐えられない状態にあることを理解した。
「7900……7930……7920……7880………」
「やはりダメか……?」
「あんたは手伝えないのかい? キリヤちゃん」
「私の二つ名をご存じない? 氷の魔女ですよ。
炎魔法は真反対の……」
「真反対? それはどうかな。
熱を操るって意味じゃ、同じものなんじゃないのかね」
そう言われてキリヤは気付く。
いつも氷魔法を使うたびに流れていた汗。
科学者は氷魔法は熱量保存の法則を破ると驚いていたけれど、それは違う。
氷魔法は、熱の位置を変えるだけ。
だから戦艦の甲板下のような密閉環境で使用すれば、砲塔以外の部分の温度が跳ね上がる。
「……やってみます」
「おうよ。役立たずのおっさんとは違うとこ、見せてみろよ」
実験場に飛び込むキリヤ。
同時に彼女は室内に対してその最強の氷魔法を行使する。
「何やってんだお前! 邪魔してんのか!?」
「いや、これで良い」
一気に平常温度に戻る室内。
一方で観測室の熱は限界を突破していた。
「1億8000! 8200! 8900! 9700! 2億℃を突破!」
「行けるぞ! イグニッション! DT反応はじめ!」
そして人類は、地上の太陽を手に入れた。
エネルギー問題に端を発した世界大戦は、無限のエネルギーによって終わりを迎えるのだ。
「爺さん、本当にいっちまうのか?」
「あぁ。すまんな。
最期は一人、あの島で迎えたい」
振り返ることもなく死地へと向かうオウキ。
その背中に向け、ナオキが叫ぶ。
「爾臣民父母に孝に兄弟に友に夫婦相和し!」
その呪文にオウキが優しく答える。
「朋友相信し恭儉己れを持し博愛衆に及ぼし學を修め業を習い以て智能を啓發し徳器を成就し」
日本を戦争に向かわせた呪いの言霊。
黒く塗りつぶされた歴史の闇。
「進で公益を廣め世務を開き常に國憲を重し國法に遵い一旦緩急あれば義勇公に奉し以て天壤無窮の皇運を扶翼すべし是の如きは!」
だがその意味を理解していなかったナオキにとってのその音は、最初に触れた魔法の呪文で。
「獨り朕が忠良の臣民たるのみならす又以て爾祖先の遺風を顯彰するに足らん」
80年の時を経て、出会うはずのなかった二人を繋いだ奇跡の呪文。
「「斯の道は實に我が皇祖皇宗の遺訓にして子孫臣民の倶に遵守すべき所之を古今に通じて謬らす之を中外に施して悖らす朕爾臣民と倶に拳々服膺して咸其徳を一にせんことを庶幾う」」
こうしてナオキにとっての太平洋戦争は、ようやくの終戦を迎えたのだった。
「さて。地上の太陽は、勇者の剣を覚醒させるに至るのかね」
すべてが終わった後、勇者の剣に最大出力の電圧をかけるリョウ。
それは間違いなく、この世界の最大電圧だった。
バチバチと火花が飛び散る勇者の剣を自然に手に取ったリョウは、小さく失意のため息をついた。
狭い部屋に響く銃声。驚いた親衛隊が部屋に飛び込んだ瞬間。
そこには拳銃で自殺した総統の躯が転がっていた。
狂気に囚われたゲラン総統は、自らその命を絶ったのだった。
戦後処理を任されてしまった親衛隊隊長ホムラは、即座に収容所の解放を指示。
盗んだ美術品をすべて返還し、他国との外交交渉に挑む。
「すべての責任はゲランにある。
我が国はさらなる賠償金を背負う責任があると考える」
これに対し、ゲランの侵攻を受けたランスを中心とする諸国はさらなる天文学的金額を要求しようとするのだが。
「今更お金の必要もないでしょう。
世界は本物のフリーエネルギーを手にしたのですから」
マルティより無償で世界中に供給される無限の電力。
それは、再生可能エネルギーを含めたすべての発電施設を無用の長物に変えた。
旧時代の発電所の事故で始まった世界大戦は、新時代の発電所の誕生によって終わりを迎えたのだ。
「ゲランの悪行をすべて許すことはできません。
しかし、その狂気に走らせたのが発電所事故に対する無茶な賠償金要求にあったことは事実。
生まれてしまった人種間の諍いまでをすべてを流せとも言えませんが、可能な限りすべての国に対して過度な負担をかけることない戦後を目指し、交渉を進めていきましょう」
選挙で選ばれたばかりのマルティ合衆国新大統領アイゼンバウアーは、ブリタス女王リザの仲介の元、歴史的な和解の握手を交わそうとするのだが。
「ふざけるなぁ! 戦争はまだ! まだ終わらんよ!」
魔王フランケン・ローズベスト。
世界を包む闇が、ついにその姿を表した。
■次回予告
最強の魔王を倒すため、最強の転生女神達を集めて挑む決戦。
ついにその姿を表した魔王を前に、異世界勇者達のドリームチームが結成されるが。
「魔王の力、思い知れぇ!」
大統領に化けた魔王は、その権力を持って全世界に向け核ミサイルの発射指示を出す。
「艦長! 大統領命令でこそありますが、もはや戦争は終わりました!
核兵器の使用は、非人道的であると考えます!」
「そのとおりだ。そのとおりではある。
が……我々は軍人だ。
軍人が上官の命令を無視することは、決して許されんのだ」
核ミサイルの発射シークエンスに入った潜水艦を止めるのは。
「だから人類はサンゴ礁を守る必要があったということだな」
「この音は……鈴の音?」
そして空を黒いカラスが羽ばたく。
「どうした勇者! ここでも私に勝ちを譲るのか!?」
「ふざけんなこのチート野郎ぉ!」
次回、最強転生者達の現代出戻り列伝、第十四話「魔王と核」
「本当にチートってクソね」




