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剣と魔法と核融合 ~現代世界大戦で剣とか魔法とかハズレチートじゃないですか?~  作者: 猫長明


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第12話:剣聖と言語学者

 剣と魔法の世界。

 かつて、異世界といえばそんな名前で呼ばれるのが当たり前だった。

 だが、昨今異世界がその名で呼ばれるのは稀になった。

 もはや「剣」が登場することは稀になり、異世界の主役は魔法使いとハズレチート能力者になってしまった。

 

 そんな流行の中にあっても、女神から剣スキルの最強チートを与えられたリョウは、少なくとも転生させられた先の異世界では最強の剣聖として無双の活躍が約束されていた。

 転生と共に彼の名は異世界に響き渡り、闇の世界を晴らす光として誰もが彼の力を求めたのだが。

 

「あぁん! 剣聖さまぁ!」

「リョウ様素敵!」

「うへへ。右も左もおねえさん! ハーレム最高―!」


 彼はハーレム因子に溺れた。

 世界を救うことを忘れ酒と女に溺れる彼を剣聖と呼ぶ者は次第に減っていき、最後に残ったのは「異界の種馬」という不名誉な二つ名のみとなっていた。

 

「……あなたは一体何をされているんですか」

「お……おぉ! 君は俺を転生させた女神様!

 まさか君まで俺のハーレムに!?」


 卑猥な目線は女神の胸元に吸い込まれ、彼はその上にある女神の怒りの表情に気付かなかった。

 

「翻訳スキルと好感度補正とハーレム因子はどんな転生者にも与えられる基本の三点セット。

 しかし、あなたにはそんな基本に縛られるべき人ではなかったようですね」

「ははは! そうさ! 俺は常識で縛られる器じゃないのさ!

 さぁさぁ女神様、君も……」


 ベッドから誘う手を汚い物を見る目で見下した女神は、この何者にも縛られない男を前に転生者への不介入のルールを破る。

 

「……現実を思い知りなさい」


 そう呟き姿を消す女神。

 首を傾げた後で一拍を置いて残念そうにため息をつくリョウ。

 女神とやれないのは残念だったが、今の自分にはハーレムがある。

 

「さ! 気を取り直してお姉さん達! また俺と……」

「ん……うげ。なにこのキモおっさん。

 近寄らないでくれます?」

「ん?」


 かくして異界の種馬リョウはただの剣聖に戻される。

 かつての楽園生活を取り戻したいが一心で魔王を瞬殺した彼が再びハーレム因子を手にすることは、なかった。

 後に伝説となる剣聖リョウに賛美の声を送ったのは、世界人口の半分だけだった。

 



 異世界でのハーレムを失ったリョウにも剣は残されていた。

 剣スキルのチートを授かる転生前からも剣道の才のあった彼は、なんやかんやで剣を愛していたのだ。


 そして、転生前の現世と違い、異世界での剣術はただのスポーツではなく生きる術となる。

 胡蝶の夢に目覚まし時計を叩きつけられた後でも、彼にとっての異世界はそれはそれで楽園だったのだ。

 

 そんな彼に叩きつけられる二度目の絶望。

 それがこの世界への転生だった。

 現代、それも世界大戦の中。

 時代遅れの剣は何の役にも立たず、大戦の中ではスポーツとしての剣道も失われている。

 当然のようにハーレム因子が戻ることもなく、彼は転生先のパナナ共和国で無気力な毎日を過ごしていた。

 

 世界が魔法の可能性に気付き、科学への転用を考える風潮が生まれた後。

 チートスキルを研究に転用したい科学者達が転生者達との面会を熱望するが、ただ剣が強いだけの彼は研究の意味でも無用の存在だった。

 少し前に金属素材の研究者が彼から何かのヒントを貰えないかと訪ねに来たが、剣は異世界ではメジャーな存在でありすぎるが故に、剣聖と刀匠は別のスキルツリーに分かれてしまっている。

 サ連の弓使いのように、剣の製造技術を持って何かの技術革新の助けになる道もなかったということだった。

 

 これまでのどの転生者とも違う、完全な役立たず。

 それもハーレムに逃げることもできないリョウは、この世界で完全に「詰んでいる」のだった。

 

「ごめんください」


 そんな彼の住まいに、一人の小太りな研究者が訪れることから運命が動き出す。

 

「あ、どーも。みなさんおなじみ役立たずです。

 俺が出来ることなんて何もないと思うんですけど、あんたは俺に何を求めるんだい?」

「そんな謙遜を……私、こういうものです」


 気だるげに名刺を受け取ったリョウの目に入った肩書き。

 それは、言語学者だった。

 

「ガヴァガイ問題ってご存知ですか?」

「いや……」

「あれがガヴァガイです」


 そう言って言語学者チョムマンは熱帯雨林の川を進むボートの上から鳥を指さした。

 

「……はぁ」

「この言葉の意味を理解する方法が我々にはないんですよ」

「どういうことだ?」

「つまり、未知の言語圏でその話者が鳥を指して『あれがガヴァガイです』と言ったとして、ガヴァガイが固有の鳥の名前を示す固有名詞なのか、鳥そのものを示す名詞なのか、そもそも動物全般を示す名詞なのか、その鳥の色を示す名詞なのか。

 もしくは鳥が羽ばたく動作を示す動詞なのか、綺麗さや大きさなどの状態を示す形容詞なのか、飛ぶ速度や様子を示す副詞なのか。

 全く判断がつかないんですよ」


「でも、あんたの言うガヴァガイは数の1だよな?」

「そうなんです!」


 チョムマンは感動に目を輝かせてリョウの手を掴んだ。

 

「あらゆる言語の完全翻訳! それは言語学者の夢!

 転生者のみなさんの基礎を構成するその能力は、我々にとっての究極なんですよ!」


 それは、リョウが久しく感じることができなかった「肯定」の視線だった。

 

「俺は……何も……」

「そんなことありません!

 あなたにとっての当たり前は、私にとっての奇跡なんです!」


 お世辞にも美形とは言えない小太りの研究者に手を握られ、輝く純粋な瞳で見つめられたリョウは、心に積もりに積もっていた失うことへの悲しみが晴れていく感覚を覚えた。

 

「……俺さ、元々は夢みたいな能力を持ってたんだよ」

「なんと! それは一体……」

「いや、あんたにとってはどうでもいい能力かもしれないな。

 ともあれ、俺はその能力を失った。

 俺に残されたのは剣の道だけだった。

 だが、この世界にやってきて剣の価値は変わり、俺は剣の道すら失われた。

 女神に弄ばれ、順々に力を失っていく様に俺は『力』の儚さを知ったよ。

 けどさ……そうだよな。

 俺にはまだ価値があったんだな。

 そして、もしも俺があんたの言う『奇跡』を失っても、きっと俺にはまだ別の『奇跡』が残されているだろう。

 俺はただ、今はそれに気付けていないだけなんだろうな」


 それを聞いたチョムマンは、間を挟んで大笑いする。

 

「それはそうかもしれませんね!

 私も東方のコメディアンの言葉に感動したものですよ

! パンツ1枚で死ねれば勝ち、生きているだけで丸儲けと!」


 こうして二人は熱帯雨林を進むボートの上で大笑いするのだった。

 

「それで、この先は?」

「はい。この奥には我々とはまるで違い文化の民族が住んでいまして。

 その言語形態が近隣の他の部族とまるで関連性がなく、言語解析が全く進んでいないのですよ。

 それで剣聖さんに協力をお願いしたくて……」


 なるほどと頷いた後でリョウの顔が強張る。

 

「難しいかもしれないな。

 確かに俺はあらゆる言語を翻訳し理解すると同時に伝えることもできるが、概念のない言葉は理解できないし伝えられないんだ」

「なるほど……よく聞く話ですが、色の概念も部族によって違います。

 赤と黒はほとんどの部族が持っているのですが、白と青になると持たない部族が現れはじめ、緑や黄色になると持たない方が多くなります。

 もちろん、こちらの文明の進んだ技術の概念もありませんし……」

「だろう? そんな簡単な話じゃないぞ」


「確かに。言語学はよく、何も無い海を冒険するようなものと言われます。

 ですが、私には今剣聖様という羅針盤があります。

 簡単とはいかずとも、恐れるものはありませんよ!」

「そうか……ははは! 確かにそうかもしれんな!」


 こうしてリョウは久しくわくわくとした胸の高鳴りを覚えつつ冒険を進める。

 ボートに揺られて18時間、そこからキャンプをしつつ道なき道を進んで丸4日。

 たどり着いた村は、リョウに既視感を覚えさせた。

 

「これは……」


 特徴的な家の作りや民族装束を観察するリョウを背に、チョムマンがわずかに解析されている言語理解をベースに会話を進める。

 

「こんにちは! 今日はお菓子を持ってきました!」


 同じ言葉を通訳したリョウは返された音をチョムマンに伝える。

 

「『お菓子』の概念がないみたいだ。

 さらに言えば『今日』の概念もない」

「時間の概念がないのか!?」


 手元のメモにペンを走らせるチョムマン。

 『無い』がわかるだけで研究は飛躍的な速度で進む。

 自分たちにとっての当たり前のほとんどが無いということは、コミュニケーションの難易度を飛躍的に上昇させる。

 フィールドワークが進む中、興味を持った村の子どもが声をかける。

 

「あぁ、このおじさんは、勇者様なんだよ……って、勇者なんて概念あるわけが……」


 俺は勇者だと伝えるリョウ。

 驚きに目の色が変わる子ども。

 そこからの質問攻めにリョウは衝撃を受ける。

 

「勇者、魔王、魔法、剣聖……嘘だろ? 全部通じるぞ」


 異世界にしかないような概念が、熱帯雨林の奥の部族にすべて存在している事実。

 それは世界の各地に似たような神話があるという理屈では説明できない。

 やはり、最初に村に入った時に覚えた既視感は事実だった。

 

「ここは……異世界だ」


 驚くリョウの前に子どもに連れられて一人の若者が現れる。

 その手には冶金技術がないはずの部族だというのに、高い攻撃力を持ちそうな立派な剣が握られていた。


 リョウを指さして叫ぶ男。にやりと口角を上げるリョウ。

 何がなんだかわからないチョムマンの前で、リョウは背中に背負った剣をすらりと引き抜く。

 

「剣聖さん! 一体何が……」

「俺も何がなんだかわからねぇんだが……最高だよ。

 消えた蝶が、帰ってきやがった」


 剣スキル最強チートを受けていたリョウだが、この男との決闘には決着まで10分を要した。

 チョムマンは、それだけこの部族の若者が強かったのだろうと解釈したが、それは誤った認識だった。


 事実を理解していたのは、戦っていたリョウ本人だけ。

 彼は苦戦したわけではない。

 そう、彼はただ。

 

(あぁ……すっかり忘れてたよ。この、剣を重ねる楽しさを……!)


 そして村の勇者との決闘に勝利したリョウの前に村長がシャーマン達を連れて現れ、何事かと慌てるチョムマンの前でリョウはごくりと喉を鳴らす。

 

「剣聖さん! 一体どうなってるんです!?」

「俺も驚いてるよ。

 だがな、チョムマンさんよ。

 ここは、異世界だ。異世界の……勇者の村だ」


 村長に連れられてよそ者が決して立ち入れない神殿へと足を踏み入れたリョウは、その最奥でありえない物を見る。

 

「こいつは……」


 それは、岩に突き刺さった朽ちた剣だった。

 



 船内の巨大モニターに流れる映像にざわつく女神達。

 その中でも、二人の女神が受けた衝撃は極めて大きなものだった。

 

「どうなってんの!?

 この世界は剣と魔法の世界じゃぁない現代って言ったわよね!?

 あれは……あの剣は!」

「間違いありません!

 あの剣は、私と彼女が新人だった頃、当時最強と言われた魔王を倒すため二人で作ったやつじゃない!

 剣と雷の加護を受けた……勇者の剣よ!」


 落ちぶれた女神たちを集めて始まる異世界勇者達の現代戦デスゲーム。

 その真の目的がついに明かされようとしていた。


 


■次回予告

 落ちぶれた女神たちを集めて始まる異世界勇者達の現代戦デスゲーム。

 最強の魔王を滅ぼす勇者の剣を手にした剣聖リョウだが。

 

「こいつを持てるのは剣スキルを極めたやつだけだ」

「あなたにしか振るえないってわけね」

「いや、俺にも振るえん。

 この剣を振るうには、2つのチートが必要だ。

 1つは剣。そしてもう1つは、雷だ」


 かつて2人の女神のコラボで作られた勇者の剣。

 その真の力を引き出すために必要な雷のチート使いは、この世界には現れていなかった。

 

「それってつまり、物凄い電気を流せればいいってことですよね? なら、それ。

 今ここで作れませんか?」


 地上の太陽、核融合炉。

 二人の勇者の炎が、その炉心に火を灯しに挑む。

 

「それで、よかったらだけどさ。

 この実験が終わったら、この世界の日本で俺と……」


 数奇な運命で曾々祖父と出会った炎王ナオキの提案に炎帝オウキは首を振る。

 そして始まる戦争を終わらせる起動実験。

 

「ダメだ! エネルギーが少しだけ、あと少しだけ足りない!

 君たちは炎魔法の覚えがないのか!?」


 次回、最強転生者達の現代出戻り列伝、第十三話「剣と核融合」


「真反対? それはどうかな」

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