第2話:氷魔法とレールガン
北の果て。
年中雪が振る極寒の大地にそびえ立つ魔王城で、かつては世界の誰もが恐れた魔王は恐怖に震えていた。
配下の四将軍は既に倒され、魔王城に侵入した勇者パーティは城内各所に隠された宝箱をすべて回収しつつこの玉座の間に迫っている。
その圧倒的な力を前には、もはやすべがないことは魔王自身がよく理解していた。
ゆっくりと開く大扉。それは死の足音にも聞こえた。
それでも魔王は魔王としての最後の威厳を振り絞る。
「よく来た勇者よ。われこそ魔を統べる王。
わしは待っていた。そなたのような若者が現れることを……
もし、わしの味方になれば世界の半分をそなたにやろう。
どうか? わしの味方にならんか?」
その言葉に勇者は一瞬悩むような素振りを見せ。
「戦わないで済むなら悪くない話ね。でもね、残念」
この時既に、魔王の耳に勇者の声は聞こえていない。
無詠唱で瞬間発動した最上級の氷魔法が、魔王の体の全細胞の活動を停止させ、そして。
「私もう、だいたい世界の全部持ってるのよ」
指を鳴らすと同時に、凍りついた魔王はバラバラに砕けた。
そして氷の魔女キリアは伝説になった。
キリアの魔法は炎すら凍らせる。
視界に入った対象を無詠唱で瞬時に凍らせて砕く彼女の氷魔法が現代戦で通用するのか。
その答えは。
「あぁもう! 鬱陶しい! 氷盾!」
打ち込まれ続けるミサイルを瞬時に凍らせ、砲弾は氷の盾で防ぐ。
それでも彼女の攻撃射程はあくまで有視界。
大陸を挟んで打ち込まれる大陸間弾道ミサイルを防ぐことはできても、大陸の向こうに攻撃する能力はない。
国民感情から敵基地攻撃能力を持つことが許されず、それでもミサイル防衛能力は欲しいという平和な極東ではありがたがられたかもしれない。
だが、迫る世界大戦に対して積極的なブリタスにとっての彼女価値は。
ゼロに等しい。
「お疲れ様です、キリアさん」
ドアが開き、頭のVRゴーグルを外されるキリア。
仮想世界でのシミュレーションにおいて、キリアは何の成果も出すことができなかった。
「……すごいわね、VRとやらは。まさか私の魔法まで完全再現するなんて」
「そもそも私達に言わせれば、魔法はゲームの中だけのものですし」
「確かに、言われてみればそうだったわ」
キリアが異世界に召喚されたのは今から10年前。
当時、VRゲーム世界でのデスゲームをやるアニメが流行っていたのを思い出す。
あの頃はまだ現実では低クオリティだったVR機器だが、この世界では既にここまでリアルな物になっている。
年号は2025年。
元いた世界から1年先の世界であることもあわせて11年。
たったそれだけでこのレベルの技術革新が起きるというのは、異世界での魔法技術研究と比較しても驚異的だった。
そしてそれは、キリアの魔法がこの世界の科学に追いつくことができないという証拠でもある。
キリアにとって幸いなのは、チート氷魔法こそ役立たずだがそれ以外の力が問題なく機能していることだった。
全言語自動翻訳。
権力者からの好感度上昇最大補正。
そして、ハーレム確率上昇効果。
これら異世界転生者の基本セットにより、ブリタスの女王リザに受け入れられた彼女は、宮殿での贅沢な生活が保証されていた。
イケメン執事が隣に控え、政財界のジェントルマン達が連日のように恋を囁く。
それは正直に言えば、もうこのままでもいいかなと思えてしまうほどの生活だった。
だが彼女は知ることになる。本物の戦争の恐ろしさを。
二度目の転生から2年。2027年9月7日。
後に「ジ・ライトニング」と呼ばれる57日間の夜間空襲が始まった。
急進的な政党の暴走に起因するゲランの野心は、メーメ地方の割譲、自由都市同盟の解体、ポーラへの侵攻に続き本格的な世界大戦へと進んでいく。
そこから花の都リリーラの占領、ランスの降伏、ついにはブリタス本土への空襲へと至る。
闇を切り裂いて打ち込まれ続ける弾道ミサイルには、技術的には核兵器の搭載も可能である。
「氷の女王を……舐めるなぁ!」
既にすっかり今の生活に愛着を持っていたキリアは、宮殿の屋上に立ちミサイルの雨を防いでみせる。
だがすべてを迎撃などとてもできず。
燃える首都の街。逃げ惑う人々。
かろうじて魔法が届いて凍結したミサイルの中でもその一部は海に落ちたが、市街にまで届いたものに関しては即座に爆発物処理班が向かう形となる。
そんな防戦一方の戦いが続く中、キリアは自分にできるのがただ守ることのみで、敵国に攻撃する力が無いことを嘆いた。
思い起こされるのは異世界での無双の記憶。最初は小さな村にはじまった。
「わしらの村に出来ることは何も無いのじゃ。盗賊団の無法を見てみぬふりをし……」
「倒してきました」
商業都市のギルドでも舐められ。
「村から卵の輸入だって?
冗談じゃない。運んでいる途中ですべて腐って……」
「冷凍輸送します」
向こうでの内戦を任された時も。
「我が騎士団勇猛果敢なれど、反乱軍の海軍は……」
「凍った海で動けません」
そして四魔将も瞬殺し、魔王も敵ではなかった。
これらすべて氷魔法の力。無敵に思われた能力も、この近代では何の役にも立たない。
いや、何の役にもというのは卑下のしすぎにしても、少なくとも個人で世界大戦の情勢を変えることは不可能だ。
(他にもこの世界には異世界の勇者が来ているはずなのに……)
机に並べられた資料は、キリアの愛を囁くジェントルの一人であるモズローから渡された最新の国家情勢。
歴史にそこまで詳しい訳では無いキリアも、この世界が自分の知る第二次世界大戦をなぞる形で動いていることが想像できた。
しかし、すべてがそのままというわけでもない。
現実でのソ連に当たるサヴィーナ連邦は現実でのドイツであるゲランと不可侵条約を締結しておらず、東西のどことも戦争状態になく不気味な平和を保っている。
現実でのインドであるオセニアに至っては数十年前に独立を果たし、インドネシア諸国を統一。
ゴムをはじめとした天然資源を生産しつつ、豊富な人口から大国の道を駆け上がるという完全なIFを歩んでいる。
それはつまり、未来知識を利用したありがちな戦記物的動きも取れないことを示している。
そしてモズローレポートに、異世界の勇者達の活躍は記されていない。
いくつかの大国で私と同様に客将としてもてなされているらしいが、活躍は皆無。
局地的には歩兵師団の一人として無双の活躍を行っているのかもしれないが、それがいかに小さく無意味な勝利であるかという話なのだろう。
(私達異世界の勇者は、この世界で何の力もない。
これが本当のハズレ能力ってわけなのね)
無双もできない。架空戦記もはじまらない。
一人の英雄が歴史を作る神話の時代は、とうに終わっていた。
もう自分に言い寄るジェントル達を骨抜きにする悪女的ムーブを楽しみ、流行りの悪役令嬢物でもやってみようかと現実逃避に走ろうとするキリアだったが。
「あの、キリア様。今更ではあるのですが……
その氷の魔法というのは具体的に何ができるのでしょうか?」
そう問いかけてきた男の名前をキリアは記憶していなかった。
ハーレム因子の影響か、キリアに言い寄る男は数しれず。
とても全員を覚えることなどできない。
覚えているのは露骨なイケメンか、モズローのように情報源として有用な地位にあった男だけ。
キリアが記憶していないというのはつまり、そういうことであった。
「そうね、見たものを瞬時に凍らせることができるわ。
氷の魔女は炎ですら凍らせるなんて言われたものよ」
「その力って、加減もできるんですか?」
「加減? つまり、凍らせないまでも温度を冷やすってこと?」
「そうですね」
「もちろんよ。絶対零度から氷点下くらいまではある程度調整できるわ」
「それが可能なら……」
男からの提案は、キリアにとってどうにも意味がわからないものだった。
だが、無力感に苛まれていた彼女に再び自分の力で世界を変えられるかもしれないという一筋の光明を示したことは、確かだった。
アザラシ作戦。ゲランによるブリタス本土上陸作戦の通称だ。
ジ・ライトニングによる本土空襲がゲラン優位に進み、潜水艦艦隊の他にも海軍力の増強に注力したゲラン海軍は、この作戦は十分成功が見込めるものとして10月初旬の決行を計画していた。
ロイヤルネイビー旗艦グレートアーサー。
異世界の勇者にして氷の魔女キリアは今、その中央甲板下に控えていた。
その視界に入るのは巨大な鉄の塊のみであり、海の青さを覗くことはできない。
かつて騎士団隊長を任された時は海を凍らせるという大技を持って海戦を制したキリアだったが、今回のキリアの役目はそれとは全く別だった。
(本当にうまくいくの?
氷魔法に、そんな使い方ができるなんて……)
未だ半信半疑のキリアに艦橋からの通信が入る。
「キリア様! お願いします!」
「……わかった。やってみるわ」
目の前の鉄の塊に向かって加減した氷魔法を放つキリア。
この状況に疑問を覚えていたのは何もキリアだけではない。
「本当にうまくいくのだな? ラシード技術顧問」
軍人からラシードと呼ばれたその男こそ、キリアに協力を仰いだ張本人。
戦乱の中でブリタスに亡命した物理学者である。彼はその問いに力強く頷いて見せる。
「中将! ゲラン海軍主力に動きあり!」
「制空権は?」
「完全に頭を抑えられています!
空母トリスタン、航行不能!
駆逐艦ガングラン、ブルーノ、対空砲残弾30%を切ります!」
「絶体絶命か……もはやこの一撃に賭ける他にないな。撃てるのだな? 技術顧問」
「はい。問題ありません」
中将は一度ため息をついて海軍帽を被り直し、正面を向いて指示を出す。
「改装型主砲、電磁式加速弾、斉射はじめっ!」
砲弾を電磁気力を用いて加速し打ち出す新兵器、通称レールガン。
5メガジュールのコンデンサーが唸りを上げ、15kgの砲弾が秒速3km/sで連射される。
この超兵器は既に現実にも存在し、日本の海上自衛隊でもテストが進んでいるのだが、実用化にあたって大きな問題があった。
それが、砲身の冷却である。
レールガンの発射には超低温が必要不可欠だ。
しかし、一度でも発射が行なわれば砲塔内部で発生する超高温のプラズマが一瞬で温度を上昇させてしまい連射は不可能。
下手をすれば数発で砲塔が使い物にならなくなるという大きな問題を抱えていた。
このレールガンの冷却について現実では国立の研究開発機関である科学技術振興機構などがアメリカと協同し様々な手法での解決を模索している最中であり、それはこの世界のブリタスでも同じだった。
つまり、このレールガンは未完成の欠陥品だったのだ。
「砲塔内温度、変動なし! すごい……本当にこんなことが!」
その欠陥品が、氷魔法で完成に至る。
弾の続く限り連射が可能となったレールガンの火力は圧倒的だった。
それは射程は当然として威力においてもキリアの最強氷魔法を遥かに超える火力となり、海戦を一瞬で勝利へと導いた。
「ゲラン海軍、壊滅! 我が軍の勝利です!」
全身で喜びを表現し、階級関係なくの抱きつきあいで奇跡を喜ぶブリッジ。
今ここに、おそらくこの世界ではじめて、異世界の勇者の活躍が大国の歴史を動かしたのだった。
しかし、そんな喜びの狂乱の中。
「私、いつまでこの鉄の温度を下げていればいいのかしら。
というか、本当にこれにどんな意味があるの?
私、こんな簡単なことしてるだけなのに……」
当の本人だけが、完全な蚊帳の外。今も暗い甲板下で首をかしげていた。
■次回予告
落ちぶれた女神たちを集めて始まる異世界勇者達の現代戦デスゲーム。
かつて一晩で魔王城の宝物庫を空にしたその転生者の名は。
――お宝はいただいたぜ、怪盗勇者N
そんな盗賊のスキルをカンストさせたNは現代の地において。
「何を寝ぼけたことを!
昨日既に目ぼしい絵画を奪い去った後ではないか!」
「なんだと? どういうことか!? ええいそこをどけ!」
美術品を略奪するゲラン親衛隊に先んじて、貴重な絵画を盗んで回る義賊として活動していた。
「スキル宣言、盗賊の直感」
羊のメンヘラっぽい名前の画家の絵画の真贋を見抜いたりしつつも、出来ることはその程度。
ゲランに蹂躙されるポーラの国を救う術は彼には存在しなかった。
「そんなにゲラン軍は強いんですかね」
「そうですね。機械化大隊を中心とした電撃戦も脅威ですが、電子戦でも敗北が続き……」
現代戦において重要な要素である電子戦。
それは、彼が盗賊スキルを駆使してスパイとして活躍することすらできないことを示していた。
「リーマン予想ってご存知ですか?
数学の未解決問題の1つで100万ドルの懸賞金がかかっているんですけど、仮にこれを証明する人物が現れれば、その人物は……」
次回、最強転生者達の現代出戻り列伝、第三話「解錠魔法とRSA暗号」
「俺なんか、まずいとこいじったりしました?」