第8話(2/2):モンスターテイマーと重力魔法と戦闘機
「試験飛行? フッケバインが飛ぶのか!?
パイロットは誰だ!? 私は乗っていないぞ!」
慌ただしく整備兵達が滑走路誘導に走る中、一人のゲラン軍人が怒鳴る。
その後ろには彼を止めるためだろうか、別の軍人が小走りで駆け寄った。
「そりゃあなたが乗ってないのは見ればわかりますよ!
というか、乗られたら困ります! また総統閣下に怒られますよ!」
「チョビ髭の言うことなど知らん!
それより、本当にフッケバインが飛ぶのか!?」
「みたいですね。
なんでも異世界の勇者がパイロットで……」
「勇者だと!? 勇者は戦闘機の操縦もできたのか!?
シミュレーター経験、実機経験は何時間ずつだ!?」
「いや、どちらもゼロだって聞いてますけど……」
「それはクールだな! 正気を疑う!
そいつがフッケバインを! 最高だな勇者は!」
豪快に笑う軍人の目の前でフッケバインのジェットエンジンが点火する。
そのまま轟音と共に黒いカラスが空へと舞い上がった。
片手で太陽を隠し空を見上げる軍人の目の前で、あのモンスターが大人しく言うことを聞いて上空を旋回していた。
軍人の肩が小刻みに揺れはじめる。
「出撃だ!」
「出撃!? 何言ってんですかあなたは!
もう出撃しないでくださいって総統閣下に頭下げて謝られたばかりですよね!?
それでこんな後方の基地に送られたんですよ!
そもそもどこに出撃するんですか!?
航続可能距離に戦線はありませんよ!」
「美大落ちに芸術はわからん!
なに、ただの訓練飛行だ気にするな!」
「訓練飛行って、あなた、まさか……」
軍人はにやりと、おもちゃを目の前にした子どものような笑顔で笑った。
「なんだか拍子抜けするほど乗り心地が良いな」
「なら魔法を止めてみましょうか?
肺が潰れて嘔吐もできないと思うけど」
「平素より大変お世話になっておりますありがとうございます!」
軽い漫才を挟みつつ、なんだかんだうれしそうに超一流のドッグファイター顔負けの曲芸飛行を楽しむサトルの背後からため息が響く。
「どうした?」
「呑気なものだと思って」
「俺が? いや、まぁ、否定できないんだが……」
「いえ、ゲランが、ね。
私にはこの戦闘機の性能の凄さはわからないけど、これが私達以外に乗り越せない物であることはわかります。
私達の活躍は、ゲランの技術革新には繋がらず、軍の能力底上げにもならない。
たった一機の新兵器とエースパイロットが加わるだけ。
それで戦争を逆転できると思っているのなら、テレビの見過ぎと笑うしかないわ」
「常識で考えればそうなるな。
現代戦における一人の英雄の価値は相対的に極めて低くなる。
所詮俺達異世界の勇者の力なんてものは……」
と言いかけたタイミングで、コクピット内にアラートが鳴り響く。
「なんですこれ?」
「ロックオンアラート!?」
急旋回でミサイルを振り切り、太陽を背に敵機の情報を確認するサトル。
レーダーよりも、魔法の方が速い。
「アナライズ、ゲットオン!」
敵はユンケルス社製の爆撃機、Zu97シュツォイク。
攻撃力134、防御力95、素早さ80、賢さ0。
覚えている魔法なし。
装備武器は37mmガンポッド機関砲二連、自律誘導型インコムミサイルXXー4、空対空ロケット弾フラカン、SG1000対戦車徹甲爆弾。
覚えている技はスライスバック、ダイブアンドズーム、捻り込み、急降下爆撃。
特性はマルチスケイルで、性格はようき。
「能力は完全にこっちが上!
そもそも向こうは戦闘機じゃなくて爆撃機だろ!?
なんかどっかで見たような数字の並びに親の顔ほど見たチート特性持ってる気はするが、そもそも相手にならないっていうか、友軍機だろ!?」
「でもミサイルを撃ってきました」
「お前の魔法で落とせないのか!?」
「私達二人の肺と引き換えでいいなら」
「背に肺は変えられないなぁ!」
急制動からの反転飛行を繰り返し、相手の背後を取ろうとする。
性能差は歴然、経験はないとはいえ、サトルのチートはフッケバインのカタログスペックを100%引き出している。
それでも、一世代前の旧型爆撃機の背後を取ることができない様はもはや悪夢だ。
「なんで戦闘機で爆撃機の背後を取れないんだよ!」
「あなたの腕が無能でないなら、考えられる可能性は1つね」
「相手が化け物ってことか!」
そんなチート野郎がいるわけない、と一瞬思うも。
「いや待てよ、俺達の世界でのゲランにあたる国に居た、第二次世界大戦の伝説的エースパイロット……
冗談と誇張と悪ノリだらけのネット百科事典に唯一嘘を書かせなかった男……
対戦車重爆撃機ストゥーカで平然と戦闘機とドッグファイトをする化け物……
その男の名は……!」
フッケバインの常識外れのスペックと効率化を極めた操縦技能だけで張り合い、背後を取ろうと旋回を繰り返す相手の先の先を読み逆に背後を取ろうと忍び寄りながらも、軍人はコクピットの中で終始笑顔を浮かべていた。
「大佐! もういいでしょう!? 戻りましょう!
実は部屋に大佐の好きな地ビールを隠してあるんです!」
「黙れガーデラス! 私は今、戦争をしているのだよ!
それをくだらない飲み物で邪魔をしてくれるな!」
「いや戦争じゃないですよ! 友軍ですよ友軍!」
「友軍だとしても相手は勇者だ!
そして私の2つ名はなんだ!? 言え!
私の名前を言ってみろガーデラス!」
「ハンザ・ゼルリッヒ・ルーデン。空の……魔王」
「そうだ! 魔王! 私が……私こそが魔王だ! 勇者は私の、敵だ!」
響き続けるアラームを無視してルーデンが操るシュツォイクが機首を下げ、相手のミサイルを紙一重でかわしたかに思えたその時。
上空をかすめたミサイルが、落ちてきた。
「はーっはっはっはっ! マルチスケイルがなければ即死だったな!」
豪快に笑いながらこちらのグラスにビールを注ごうとするルーデンの手を避けつつサトルは愛想笑いを返した。
(爆撃機のマルチスケイルって一体どういう理屈なんだよ。
ゲランの技術は世界一なのかよ)
進みすぎた科学は魔法にしか見えないとはよく言ったものだった。
「だが、まさかフッケバインをあそこまで自在に操るとはな!
流石勇者様と言ったところだ!
そしてこれで、我がゲランには魔王と勇者が空に揃ったことになる!
総統閣下も仰っていたぞ!
私がもう一人居れば戦争に負けることはありえないと!」
「いや言ってないですからね。
この人の言うこと気にしないでくださいね勇者様」
「は、はぁ……」
だが「あの」人物のエピソードを知っているサトルにしてみれば笑い事ではない。
確かに、あの人物がもう一人居れば歴史は変わっていたかもしれない。
魔王と勇者が並び立ち空から統べる。
それは、サトルの知る歴史が覆る可能性を感じさせるには十分だった。
「む……おぉ! ハイルマイフューラー!」
突然敬礼の姿勢を取るルーデンに、親衛隊の制服に身を包んだシュウカが顰め面を返す。
「なんだよその趣味悪いコスプレ。世が世なら逮捕されてんぞ」
「お気に入りの一張羅が汚物にまみれたのはあなたのせいね」
あの瞬間、リュウカは一瞬だけ重力魔法の対象を切り替えた。
自分とサトルを対象にしていた魔法を、サトルと前方のミサイルに変えたのだ。
強く地球の重力に引かれたミサイルは物理的にはありえない起動で下に落ち、ルーデンの操るシュツォイクの翼に命中した。
(何故反応できたんでしょうか。
確実にコクピットに当たるはずだったのに)
絶対にありえないミサイルの挙動。
見たこともないこちらの魔法。
それを予測できたはずがない。
なのにルーデンは咄嗟に操縦桿を左に倒し、直撃を回避してみせたのだ。
(マルチスケイル……)
その一瞬で自分の肺が潰れず、嘔吐で済んだのは幸運でしかない。
だがそれでもあの瞬間、シュウカは自分の命を捨てても構わないという覚悟で魔法の対象を切り替えた。
勇者の宿命は、魔王を討つこと。
命に変えても、混沌の中枢たる魔王を滅ぼす。
「ともあれこれでどんどん出撃できるな!
さぁ勇者よ! 戦争をしよう!
私は戦争が大好きなんだ!」
その言葉は、確かに魔王の口から出るにふさわしい言葉だなと、シュウカは感じた。
暗い部屋の中。
そこには各国で活躍する勇者の情報をまとめた書類が散乱している。
男は机に肘をつき、両手で頭を抱え、ボソボソと言葉を繰り返す。
「戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい戦争がしたい」
舞台は現代。
この世界には魔法も魔物は存在しない。
だが、魔王は確かに、存在している。
■次回予告
落ちぶれた女神たちを集めて始まる異世界勇者達の現代戦デスゲーム。
父親が勇者に討たれ、己の命を犠牲に最愛の妹を異世界へと逃がした魔王の子の運命は。
「あなたを転生させましょう。
そこで勇者、いや、魔勇者として向こうの魔王を討ちなさい」
一方、陰陽王ハオランは私怨でゲラン親衛隊を抜けこそ泥を追い。
「さらに東に逃げたか。追うぞ、クズハ」
怪盗勇者Nはキャンピングカーでマリアと二人だけの逃避行を余儀なくされていた。
「もうわかってると思いますけど、相手は同じ転生者ですよ」
「でしょうね。私が見たあれはどうみてもドローンには見えませんでした」
女性との二人旅でも未だ童貞のままNが今恐れるのは、ゲランの暗号文に頻出するようになった未知の単語。
「前後に頻出する単語は『開発』『大陸間弾道ミサイル』、そして」
「……『核』っすよね」
核兵器が実際に使われた国の出だからこそわかるその言葉の恐ろしさ。
だがマリアの推理はその先を行く。
「でも、これはきっと核兵器ではないと思います。
ゲランでは、核兵器を超える未知の『何か』の開発が進んでいる可能性があります」
その頃、ゲランより亡命したアル博士が大統領に送ったという手紙の噂を聞いた博士はスイーツを片手に崩れ落ちる。
「私も眉唾な話なんですが……ゲランは、光子爆弾を実用化しつつある。
合衆国はゲランよりも早く光子爆弾を開発するべきだ、と」
星を破壊する超兵器の足音が忍び寄る世界の運命は。
次回、最強転生者達の現代出戻り列伝、第九話「闇魔法と反物質」
「何故お前たち人間にはこんな簡単なこともできんのだ。
こんなものは初歩的な魔法に過ぎん」




